【R18.BL】千里結言

麦飯 太郎

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7.夏祭り

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 扇風機の修理はあっという間に終わり、本当に壊れていたの? とハルトがおばぁちゃんに聞くと、ニコニコと笑いながら「あんたらに会いたかったんだよ」と言われた。その言葉にハルトはすっかり毒気が抜かれたらしく、今度は普通にお茶の誘いにしてよねと言い返していた。
 その後、男衆と共に神社の奥にある納屋から神輿を出した。有事の際に動けるように、六次だけは担ぎ手に組み込まれていないようだ。しかし、小さな街に有事などある訳がなく、ただ見回りとして夏祭りをハルトと楽しむことにした。

「前も一緒に祭りに来たんだよ」
「え!? そうなの!?」

 日本に来た頃からの記憶を失っているハルトに、たまにこうして一緒に行った場所や会話を教えてやる。もちろんハルトが嫌がれば話さなかったが、ハルトは積極的に聞きたがってくれた。それに、脳を刺激すれば何かを思い出すかもしれない……と医者にも言われたからだ。

「うん。食べ物大量に買い込んでたよ。食べ切れるのか不安になった」
「はははっ、でもオレは食べきったでしょ?」

 あの頃は大人の六花ではなく、子供の六花だった。それをどう思い出すのか……想像出来ない。
 最近は、思い出さなくてもいいなと思っている程だ。六次と六花、そしてハルトの三人で過ごした時間は長すぎる。記憶の歪みが出るくらいなら、いっそのこと思い出さずにいて欲しい。

「思い出したい?」

 ふと聞いてしまったが、ハルトとって記憶が無いのは不安なので当たり前だ。何を聞いているのだろう。

「ごめん、不躾だった」
「え? なんでだよ? うーん。前はなんで日本に? とか思ってたし、不安もあったけど。今は思い出さなくてもいいかなって」
「…………なんで?」
「だって、六花はずっと傍にいてくれたんだろ? ならそれでいいじゃん。別にオレの性格変わったとかそういうことじゃないんだし。仕事のこととかは覚えてるし、少しだけ日本での暮らしをアップしてたのを確認したからな。うーん、でも不思議なことはある」
「――?! な、なに?」

「いや、些細なことなんだ。写真が凄く少ないんだ」
 ハルトは仕事柄、様々な写真を撮り世界に配信している。なので、ことある事に写真を撮っていた。
 最初こそ、子供の六花の写真をネットにアップしたいと言われたが、断固拒否し、その後は写真を撮られることも断った。ハルトは悲しそうにしながらも強要はしてこなかった。
 しかし、それでも六次に関する写真があるのは混乱を招くきっかけになる。そう判断した蓮が人々の記憶を変える時に、六次の写真も一緒に無くしてしまったのだろう。

「楽しすぎて、撮るの忘れたってこと……多かったよ?」
「えぇ?! そうなのか?! 写真だけはずっと撮ってたのになぁ。どんだけ楽しんでんだよオレ!!」

 自分にとって都合のいい嘘が心に刺さるが、ハルトは首から下げていたミラーレス一眼カメラをこちらに向けた。 

「ならさ、今日から沢山撮っていい? 六花はとても綺麗だから、オレのアカウントで人気になると思うな」

 思い切り目を開く。
 今は、人間だ。そして、今の僕は【華藤六次】。人間の世界に存在して良い、六次だ。撮られても、大丈夫。

「……カッコ良く撮ってよ?」
「ははっ! 何してても、六花はカッコイイって」

 素直に言ってくれる言葉はとても嬉しいが、それに恋愛感情はきっと無いだろう。胸が苦しくなる気がしたが、少し下にあるハルトの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「ハルトは可愛いよ!!」
「はぁ!? 男だから!! キュートってのは女の子を褒めるんだって」

 そう言いつつ、ハルトは嬉しそうにカメラのレンズをこちらに向けてシャッターを切った。




 夏祭りは、前回の交流祭のように集落が集まらない。なので、神社でこじんまりとしたものだが、地域の人達にとっては楽しい楽しい夏祭りだ。
 小さな会場に幾つか出店があるが、それも有志で出しているものだ。顔見知りが集まり、笑い声が耐えない。
 その光景をハルトはカメラに収めていく。

「あら、ハルちゃんと六次さんじゃない」
「こんばんは、おばちゃん」

 八百屋の奥さんは、冷やしキュウリとトマトを売っている……というか配りながら声をかけてきた。

「六次さん、今年も見回りありがとう。はい、これキュウリ」
「ありがとう。神輿を担がないのでこれくらいはしないとね!」
「男衆はみんなそれだもんね。こんなに小さい祭りでも、六次さんが目を光らせてるって思うから悪さする奴がいないのよ? 毎年何も起こらないことは凄いことなのよ」

 六次はみんなに愛されていた。居ることが当たり前の存在だったのだろう。それを実感し、六次を改めて大切にしようと思った。

「うん、僕もこれからも何も無いように見守っていくよ」
「そうしてちょうだい。あ、ハルちゃんは甘いもの好きだったわよね? あっちで今年はモモ飴が売ってるのよ! その隣でかき氷とチョコバナナ、集落をまたいでこっちに来る子達が増えてきたから、甘いもの増やしたの」
「へぇ! 六花、行ってきていい?」
「もちろん。ここで待ってるよ」

 目を輝かせるハルトを見送り、八百屋の奥さんと立ち話をしていたが、配っていた品物が切れてしまい出店に戻っていった。
 一人きりになり、改めて祭りの会場を見渡す。
 以前の祭りは地元民だけだったので、他者が入ればすぐバレる。だから、幼かった頃にこっそりと参加も出来なかった。しかし、今ならば他の集落から親子連れが来ているので風花や銀花を連れてきても問題ないだろう。
 来年は誘ってみようか。と思案していると、視界の端に女の子の後ろ姿が見えた。

(……一人? いや、お父さんと一緒か)

 しばらく見ていたが、様子がおかしい。女の子は目の前の父親らしき人物に泣きついたりはしない。むしろ少し距離を置いている。
 強請ったものを買ってもらえないという雰囲気でも……ない。
 ゆっくりと近付き、観察するとその男は……前回の祭りで子供の姿の六花に話しかけてきた、あの気持ち悪い男だった。
 身の毛がよだつ。
 そこそこ脅したと思ったのに、舌の根も乾かぬうちにまたやってくるとは。しかも同じ地域の小さな祭りに。
 男の愚かさに吐き気がした。
 とうとう男は女の子の手に触れた。そして、「大丈夫だから」と言いながら歩き始めた。女の子は泣きながら母親を呼んでいる。
 周りから見たら迷子を世話しているように見えているか、親戚の子をあやしているように見えているのだろう。

「ねぇ、おっさん。その子、迷子だよね?」
「ん? なんだお前? この子は僕の知り合いの子だから。しし、親戚。親戚だ。家まで連れてってあげるんだよ」

 豚のように鼻息を荒くして、いかにも嘘をついているという目の泳がせ方だ。

「ふーん」

 しゃがみこんで、女の子に向き合う。グズグズと泣いている女の子はちらりとこちらを見てくれた。

「ねぇ、見てて」
「??」

 目の前に手を出して、握りこぶしを作る。それを思い切りに固く握ってからパッと開く。

「うわぁー!! すごい!!」

 掌には可愛らしい小さな兎の指人形が乗っている。簡単な仕掛けだが、子供の目には突然兎が現れたように見えるだろう。

「すごいでしょ?」
「うん!! お兄ちゃんは魔女なの?」
「あははは! 魔女は女の人だよ? うーん。そうだなぁ、お兄ちゃんは鬼だよ」
「鬼? 鬼は角があるよ? 鬼は魔法使えないでしょ?」
「じゃぁ、魔王かな?」

 笑う女の子と話していると、女の子の母親が半泣きの状態で駆けて来た。

「すみません!! 動かないで待っててって言ったでしょ?!」
「だって、このおじさんが……」

 そう言って、女の子は男を指さした。ここまで来ると、小さな祭り会場でもザワザワとし始めた。

「お、俺は何もしてない!! その子が泣いてたんだ!!」

 そう焦り始めた男を見下すように一歩近づく。

「へぇ、その子の親戚じゃなかったっけ??」
「――!! ちがっ!!」

 男はギリギリと奥歯を噛み締めていた。その音が酷く不快で、周囲の野次馬も眉を顰めている。

「誰か、駐在さん呼んできてよ。さっきシゲさんの出店で話してたから」
「じゃぁ、俺が行ってくる!!」
「まて、俺も行く」
「こっちは見張っとくぞ!」

 小さな集落の祭りに手を出し、失敗すればどうなるかなんて、目に見えて分かるだろうに。
 男は汗を流しながら震え始めた。

「ところでおっさん」
「な、なんだ!! 俺は本当に何も知らない!! その子供が泣いてしがみついて――」
「懲りてないんだね」
「――え?」

 怒りを抑えるのに必死で、わざとらしく微笑む。

「たかが数ヶ月前にも鬼に会ったのに、もう忘れたの?」
「は? え? ――!? さっき、子供に鬼って言った!? ぉ、おま、あの時の!?」
「さぁ、どうだろう? 鬼が一人とは……限らないよね」

 腕を組み、頬を掻きながら首を傾げる。周囲のざわめきが二人の会話をかき消しているので、誰もソレを聞いていない。
 むしろ、駐在は来たのかと急き立てる声すらしていた。

「ひい!!」
「夜は特に僕達の世界と近くなるから」
「や、やめてくれ!!」

 男は尻もちをついて後ずさる。
 夜が鬼界と近くなるなんて、実際はどうだか知らないし、どうでも良い。しかし、この男は誘拐未遂。未遂だ。社会的制裁はほんの少しだろう。
 もう二度と、こんなことするものかと思うくらいにしなければ。

「それにしても、人間に見える者が全て人間だと思うなんて……なんて愚かなんだろう」
「な、んだって?」
「お前を取り囲んでる『人間』が、本当に人間だという保証は?」
「そ、そんなの当たり前のことだろう!!」

 心底可哀想な物を見る目をして、男に敢えての哀れみを向ける。そうすれば、恐怖に陥った男が何を思うのかなんて……分かりきったものだ。
 勝手に妄想し、勝手に青ざめて、ヘナヘナと座り込みやめろやめろと繰り返しうわ言のように唱え始めた。

「さて、お前太ってるもんな。今日は祭りだから腹を空かせた奴ばかりなんだ」
「やめてくれ」
「ちょうど神輿の奴らも戻ってくるし、脂は削いで熊にでもくれてやるか」
「やめてくれぇ……」
「包丁、いや、駐在のおじさんならきっと、ナタとノコギリを持ってきてくれるかな」
「ひぃぃ!!」
「まぁ、今、食わなくてもいいか」

 少しの希望を見つけたように、男は目を輝かせた。許してくれるのかと言わんばかりの顔に唾を吐くように言葉を出した。

「どうせ鬼に目を付けられたんだ、お前の周りはこれからずっと鬼だらけだ。いつでも食える」
「――!?」

 希望と絶望を味わい、男は泣きそうになっている。その顔が酷く醜悪で、思わず目を逸らした。
 するとちょうどよく、駐在がやってきた。集落の男達に引き摺られるようにして男は祭り会場から居なくなり、そして人だかりもすぐに蜘蛛の子を散らしたように居なくなった。

「六花!」
「? ハルト!」

 両手いっぱいに食べ物を持ったハルトが、満面の笑みで駆けてきた。その食べ物達を受け取りながら 凄い量だ と言うと嬉しそうに そうでしょ? と返事をした。

「なんか人が集まってたけど、どうしたの?」

 人攫いの噂など、すぐに広まるので男との会話は伏せて嘘はつかずに説明した。

「えぇ……じゃぁ、六花がその人攫いを止めたんだ」
「いや、声掛けただけだよ」
「でも結果的には、六花が声掛けたから攫われなかったんでしょ? っていうかこの祭りって地元民だけじゃないの?」
「ほとんどね。でも、知らない顔もあるよ。親戚が帰ってきてたり、隣の集落から遊びに来たり。ほら、あの学生達は知らない顔だからきっとお忍びで逢い引きしてるんじゃない?」
「逢い引き?」
「逢い引き」

 ハルトはフランクフルトを頬張りながら首を傾げる。

「逢い引きって?」
「……周囲に内緒で会ってる……って感じ?」
「なんだ。デートか」
「デート」
「……六花って本当にたまに現代人らしくないな」
「ひぇ?! そうかな?!」

 思わず声が上擦るがハルトは全く気にしていないようで、うんうんと言いながら次のアメリカンドッグを食べている。それもペロリと食べた後、こちらを見てニコリと笑う。
 その笑顔があまりに可愛らしくて、思わず唾を飲んだ。

「それよりさ、あっちでバスケ対決してたから見に行こう!!」

 ハルトにガッシリと手を捕まれた。そして大量の食べ物が袋の中で揺れることも気にせず、引かれるように走り出した。
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