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タルタロスの姫と新たな世話係 *

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 ここから見えるもの。
 良くいえばレトロ、悪くいえば使い古された木製の机と椅子。それと似たような古い本棚。そこに並ぶのは戦争に関する書籍のみ。
 今、私が座っているそれなりに広いベッド。
 三方を黒い石壁に囲われ、奥に繋がる扉の先には簡易的なシャワーとトイレがあり、唯一の出入口でもある一方は鉄格子で厳重な錠前がかけられている。鉄格子の奥には階段があり、しかしそれも、揺らめく灯りが微かに映し出すだけだ。上を向けばどこまでも続くような吹き抜けがある。天井のガラスから微かに入る光により、今が太陽が登っている時刻なのだとわかった。地上まで何メートルあるのだろうか。階段を降りる歩数は、気が滅入るので数えたことは無い。
 この場所に住むようになって、二年の歳月が過ぎた。
 人は私を【タルタロスの姫】と呼んでいるらしい。


******


 硬い椅子に腰掛け、昔……三代前の王の戦争を記した書を開く。どの時代も大して変わらない稚拙な戦略と、横暴な考え。その先にあるのは一体何百、何千人の死であろうか。
 時代と死者、戦況を自分なりにまとめているノートを開いた。百、いや百五十年に一度は有り得ない程の死者を伴う戦争が何処かで起こっている。それらの戦争を、死者を出し戦果を挙げた戦勇……蛮勇は、今の自身のように幽閉されたりしたのだろうか。

「マリア様、お食事をお持ちしました」
「ありがとうございます」
「こちらの書簡を預かっております」

 鉄格子の隙間から出された食事と書簡を見比べ、まず食事に手を付けた。焼きたてのパンに温かいポタージュ、温野菜と魚のムニエル、デザートにはホットショコラが用意されている。全く問題の無い食事だ。この様な狭い地下牢で囚人のような扱いではあるが、この国の重要な姫には違いないのだろう。
 食事をはじめると普段は下がる世話係が、そのまま残って困ったように目が泳いでいる。

「書簡は急ぎですか?」
「あ、いえ、その、……はい……ロックフェルト国の軍が進軍してきたようで……」

「はー、またですか。懲りない奴らですね」
 書簡の中身を確認せず、食事を続けていると世話係がメモを取り出す。

「……食事も待てませんか?」
「ロックフェルト国も本気のようで、上層部はマリア様のご助言を欲しています」
「…………あの老害ども」

 思わず口悪くボソリと呟くと、世話係はビクリと肩を揺らす。今にも泣き出しそうなほど瞳を潤ませているのに、泣いてはいけないと唇を強く噛んで居るようだ。
 斬り捨てることなどしないというのに、これではまるで猛獣にでもなった気分だ。
 パンを頬張りながら、渋々と書簡に手を伸ばし内容を確認する。

(……上層部……まったく、馬鹿の集まりなのかしら? こうなっては民間の死者は防げないですね。でも、あの地域はまだ女子供が多いはず……被害はなるべく避けるとして、それならば……)
「東」
「はい?」
「東にある旧ナトゥーラ邸を拠点として下さい」
「……ナトゥーラ……ナトゥーラ……え、あ、そちらは森が深く戦には不向きですが……あ、いえ、そう伝えます」
「森を使うんです。焼けって意味じゃないですよ? あの森で兵を散らせば勝算があるという話です」

 いくら馬鹿だと言っても、この国の参謀に届けば意図することくらいは分かるだろう。そもそも旧ナトゥーラ邸の存在すら、目の前の世話係と同じように忘れているはずだ。
 しかし、それだけの指示で上層部が満足するとは思えない。仕方なく大まかに作戦とそれに対する戦況の変化予測を記したメモを世話係に渡した。

「ありがとうございます。マリア様……あの、申し上げにくいのですが……」

 こちらと目を合わそうともしない世話係の様子を見て、またかと溜息を吐いた。

「構いません」
「ありがとうございます……それでは、失礼します」

 世話係の持つランタンの光が階段を照らし、直ぐにそれは見えなくなった。明るい光が無くなり、目の前が闇に包まれたが、すぐにまた目が慣れてくる。
 先程の世話係の発言。それは係の交代を希望しているということだ。一応、姫の侍女のような扱いなので、交代は私の許可をとる事になっている。しかし、こうして食事を運ぶ以外は、希望した時の極わずかな浴槽への入浴の為の外出、ひと月に数度の王への謁見の日だけなのだから、許可制にすることはないと思う。
 相手がどこの誰だということも知らないうえに、興味も無い。だが、こうして唯一外部と関われる人間が何度も変わるのは少し寂しさもある。
「しかし、今回は短かった……二週間もったかしら? 次は骨のあるやつにして欲しいわね」
 誰もいない空間に言葉が喰われ、返答として沈黙が訪れた。


 夜、食事の時間に来た新しい世話係は、珍しくもないミルクチョコレートの色のふわふわとした柔らかそうな髪の毛を肩に付かない程度に伸ばし、シルバーフレームの眼鏡をかけ、……私と同じく紺色の軍服を纏っていた 。それは近衛や第一から第八騎士団まである中でも、どこにも所属していないことを表している。
 背丈は百八十センチ程だろうか。表情は比較的柔和で、一見すると軍ではなく街で子供達に勉学を教えていそうだ。
 世話係は城の内部で補っているはずだが、軍人が配属されるのは珍しい。戦況が悪いということだろうか。それとも……軍人を装い潜り込んだスパイか暗殺か。

「マリア様でらっしゃいますか?」
「そうです」

 こんな地下で檻に入った女など、二人も三人も居ては困る。私以外誰がいるというのだろう。

「……」

 世話係は目を瞬かせ、言葉を失っているようだ。……驚くのも無理はない。幼顔であることは自覚している。背丈も標準より低い。その割に育ってしまった胸はさらしで潰しているので、余計に幼く見えるだろう。染めたことも無い黒髪はストレートに腰まで伸びている。
 傍から見たら、デビュタント前の子供と相違ないはずだ。
 しかし、ここまで露骨に見てくる人は珍しい。

「食事、ありがとうございます。貴方はどこの所属ですか? 軍の所属では……初めて見る顔ですね」

 こちらの問い掛けに我に返ったのか、食事を受け渡しの棚に置き敬礼をした。

「……私はサッチャー大佐付きでありましたが、訳あってこちらで姫のお世話係として配属になりました」
「嘘を付くのがお上手だこと。どから潜り込んだのですか? それとも父上から私を殺せとでも言われてるの?」
「……え、何を……御冗談を」

 後半は冗談だが、前半は冗談では無い。この場所に来るまでに、何人殺したんだ? と言ってやりたいほど、彼からは血の匂いと纏わり付くドス黒い何かがある。本当に人間かどうかすら怪しい。人間以外の人型の何かに会ったことはないが、その柔和な雰囲気からは想像もつかないほど人の死に関わっていることは間違いないだろう。
 しかし、この目の前の軍服を着て世話係を装っている男が口を割るとも思えない。今の雰囲気から判断して、すぐに殺されることは無いだろう。
 殺したいなら、ここに一人で到着した時点ですぐに殺るはずだ。
 考察を後にし食事に口を運ぶと、驚いた顔をされた。

「なんですか?」
「いえ、暗殺とかそういう類を思慮して食事は毒味させたりするのかと……」
「ふふっ、あはははっ! でも、そうですね。死ぬ時は美味しい食事で死にたいわ。貴方が運んでくれる時は毒味とか……ふふっ、した方がいいのかしら?」

 敢えて試すような口振りで聞くと、ニコリと笑い「ご安心下さい」と返された。人の命を奪うことに一片の迷いも無い心を持ちながら、人畜無害のような笑顔が恐ろしい。
 だが、何故かその表裏の両方に親しみを抱いてしまった。

「貴方、名前は?」
「フロスト・タリアンです」
「そう、マリア・ド・メディシスです。よろしくお願いします」

 世話係に名前を聞いたのは初めてだ。興味と暇潰し、そして親しみを込めて鉄格子から手を出す。一瞬眉間に皺を寄せ躊躇ったが、フロストはそっと手を出し握り返してくれた。
 その手はとても冷たく、しかし何故か暖かく感じた。
 

 フロストは食事の時間だけではなく、時間が許す限りタルタロスへと足を運んでくれた。
 最初こそ鉄格子越しだったが、この牢の鍵を手に入れ、最近は共に中で過ごすようになった。一度、鍵の入手方法を聞いたことがある。しかし、適当にはぐらかし笑みで返され、溜息を吐いてそれ以上の追求をやめた。
 彼の知識はまるで戦場を見てきたかのように豊富だった。いくら書物を読んでも知らなかった、当時の戦況や事実を話してくれる。最初こそ眉唾物だと思ったが、嘘だとは思えなくなったのはいつからだったろうか。
 そしていつしか、彼の話を心待ちにしている自身に気が付いた。いつでも彼がタルタロスを訪れることを歓迎しているのだ。
 しかし、いくらこちらが心を寄せたところで、彼から感じられる死の匂いは薄れることがない。だが、それが今の自身に関係するところではないだろう。それに、死が付きまとうのは私も同じなのだ。

「あぁ、あのロックフェルト国の侵攻はどうなりましたか?」
「すぐに対応しました。ロックフェルト国は多大な死者をだし、撤退をしました。…………」
「……? どうしました?」

 可能な限り、死者を出したくなかった。それは敵味方関係なく、だ。数年戦場を駆け抜け、多くの命を奪ったから……なのかもしれない。

「いえ、そう言えば本日は王族の皆様、離宮に御宿泊のようです。久しぶりにシャワーではなくご入浴されてはいかがですか?」

 重要なことを流された気がするが、フロストが口を割るとは思えない。

「そうですね、ゆっくり浸かりましょうか」
「では、ご準備致しますね」

 素直に提案を受けたのが嬉しかったのか、それともただの見間違いか。とても優しい笑顔でこちらを見ている気配がした。その気配にむず痒さを感じ、見ないように心掛けたが一度気付いた気配と心の微かな騒めきは一向に落ち着くことがなかった。


 王族専用の浴場は無駄に広く、だがそこを利用出来るのは随時一人のみ。となると、地下牢に幽閉されている自身が利用できるのは月に数度だ。部屋にあるシャワーで清潔は保たれているが、それでもゆっくりと入浴できると気持ちが良い。

「本日は誰も利用されないそうですので、お時間は気になさらないでください」
「ありがとうございます。こんなのは本当に久しぶりだわ」
「では、ごゆっくり」

 そう言ってフロストは入り口で礼をした。
 脱衣所で締め付けていたさらしを外し大きく深呼吸をすると、心がふと軽くなる。締め付けるのは胸の大きさを強調させないようにしているからだが、今自身が置かれている状況をこの締め付けと息苦しさで忘れないようにする為でもあった。いつまでこの状況が続くのか、役に立たなくなったらなのか、死ぬまでなのかは分からない。
 欲を言えば、恋をしてみたかった。昔、絵本で読んだような素晴らしい王子様が迎えに来てくれたらどんなに良いだろう。しかし、タルタロスの姫と言われ、戦場では鬼神の如く敵軍に死をもたらしてきた女を誰が迎えに来てくれるのだろうか。

(…………フロストは私のことをどう思ってるのかしら……)

 ふと浮かんだ笑顔のフロストが眩しく頭を振った。

(彼ほどの柔和な方なら、どんなに血生臭い戦場に生きたとしても女性が放っておかないでしょうね)

 自身との比較に自嘲するように笑みを浮かべ、浴場に足を踏み入れた。


 最下層であるタルタロスのシャワーでも十分な水量で湯が出るようになっているが、やはり王室専用のこの浴室は全てが桁外れだ。広さ、装飾の豪華さ、湯の温度に量、風呂の湯も乳白色の温泉をひいている。
 軍に出るまでは、沢山の侍女に身体の洗浄から髪の手入れまで任せていた。たっぷりのオイルで髪をパックした時の艶めきは、子供ながらに心が躍り、侍女に何度も「どう?」と聞いてその場をクルクルと回ったものだ。
 今はそんな手入れはできないが、あの頃が懐かしい。
 椅子に座り、頭から湯を一気に浴びる。

「私は軍人です」
「そうですね。でも、女性でもありますよ」
「――!?」

 声も出ず振り向くと、そこには箱を持ったフロストが軍服の上着を脱いだシャツ一枚とズボンの姿で立っていた。

「な、なにして、これでも私は女性なんですよ?!」
「知っていますよ。だからこそです。女性なんですから、できる時はちゃんとお手入れをしましょう。私が手伝います。髪と肌のオイルを拝借しちゃいました、大丈夫です気付くような方々ではありませんよ」

 確かに義姉姫のものだとしても、その量が減ったことに気が付くものはいないだろう。義姉姫の侍女が気が付いたとしても、補充をするだけでそれがどれだけ高価だろうが気にする者はいない。
 しかし、それとフロストが浴場に入って来たことは、別の話だ。

「な、ならそれを置いて出ていって下さい! 自分でやりますから!!」

 自身の身体を隠すように布を押し当て、そしてフロストに背を向ける。だが、フロストはそこから出ていくどころかこちらに近付き、膝をつく。
 そして濡れた髪を一房持ち上げ、どうやらキスをしたようだ。

「ちょっ――早く! 出ていってって言ってるでしょう?!」
「出ませんよ。こんな素敵な髪や肌が粗末に手入れされていることの方が問題です」

 フロストがそう言った直後、キュポッと音がして髪にたっぷりのオイルが垂らされていく。頭の頂上からトロリトロリと流れるオイルの心地良さに思わずうっとりと目を閉じた。
 硬くなった脳がゆっくりと温かいそれに溶かされているようだ。この香りには覚えがある。義姉姫が 最高級なのよ とかつて自慢していたものだ。私にはまだ早いからと、その瓶に触れることすら嫌がられた。
 深いバラ園へ迷い込んだかのようなダマスクローズの濃厚な香りの中に、可愛らしく弾むベリーとこってりとしたバニラが微かに顔を覗かせる。
 女の子から女性に変わる香りだ。
 その憧れのオイルが髪から流れ、腰から臀部に流れるほどに垂らされる。そして、オイルが止まり、フロストの手が髪を優しく撫でていく。梳くように撫で、たまにオイルを温め髪に滲み込ませるように大きな手で頭を包み髪を優しく握る。
 それが終わり、ゆっくりと湯でオイルを流すと乾かしていなくとも、肩から下を流れる髪の輝きが数段増したのがわかった。

「凄い! 何かしていたのですか?」
「いいえ、ただ知識が少し多いだけです」

 こんな知識が必要だと思えないが、女性と関わりがあればこういう知識も増えるのかもしれない。聞いたことも見たことも無い、勝手な妄想の女性の影に少し心に靄がかかる。

「ひゃんっ!! ちょっと!!」

 少し考え事をしている間に、手入れした髪は束ねて頭の頂上で丁寧に団子結びをされ、そして髪を手入れし、十分温まったフロストの大きな手が肩に触れた。たっぷりとオイルを手にしていたようで、ヌルリヌルリと肌の上を滑っていく。

「あんな狭い場所に居るんです。身体が凝っているでしょう?」

 指先が撫でるように首筋に上がり、そしてまた肩に掌が流れる。肩甲骨の辺りをグッと親指の腹で押されると思わず「ンッ」と声が出てしまった。その声色が恥ずかしく、手で口を押える。しかし、フロストは気にする様子も無く、無骨な男の手はオイルを足しつつ肩から腕へまた肩へ、肩から腰へ、腰から脇腹へ、脇腹か太ももへ、じっくりと丁寧にオイルを塗り続ける。
 脇腹を何度か手が往復すると、腰が小さくだが確実にビクンと跳ねた。

「マリア様、可愛らしい」
「……煩いです」
「はははっ、失礼しました」

 茶化すように笑いながら謝られ、往復していた手が一旦離れ、更にオイルをたっぷりと足してから脇腹に戻り、スッと腹部に移動してきた。流石に身体の前面に触れられるのは良くないと、脳が必死に警鐘を鳴らしている。
 だが、口は小さく開き、少し荒れた呼吸を整えることに必死で拒否の言葉が出てこない。
 地下に幽閉されても日課としてトレーニングを欠かしていない肉体は、女性らしい丸みの中にしっかりとした筋肉を感じられる。しかし、男性に比べれば隆々しい筋肉ではなく柔らかい。
 その柔らかさを堪能するような手つきと、その指がたまにへそに触れることにより、胸の鼓動が同時に跳ねる。

「もう、これ以上は……」
「駄目です、ちゃんと全部。いつも締め付けている所もですよ」
「え? あぁッ! や、ぁん!」

 こちらの言葉をきっかけに、フロストの指はオイルの滑りを利用し一気に胸に移動し、重量のある乳房を持ち上げるように下から掬い上げた。持ち上げた乳房をゆっくりともとの位置に戻すようにサイドを撫でながら指先だけが乳房の上を移動する。

「わきを上げて下さい。じゃないとちゃんと出来ないです」
「そんな、で、できるわけないでしょう?!」

 一旦引き抜かれた手を二度と通されないように、自身の腕を強く締める。

「そうですか、そうすると私が立ち上がってマリア様を後ろから抱きつくように、肩の上から手を入れなければ……すると、見えちゃいますよ?」
「やらないって選択肢は無いのですか!? 自分でやります!」
「へぇ、自分で……ここもこうやって、できますか?」
「え、ちょ、やぁ、あぁぁん!!」

 膝立ちだったフロストが立ち上がり、上から手を差し込んできた。拒否しようとしたが、オイルの足された手を拒むのは困難で、ヌルリと滑り込み自由になったふっくらとした乳房まで侵入し、その勢いで乳首が無骨な指先に弾かれた。
 衝撃で緩んだ腕を後ろに持っていかれ、乳房を突きだすような格好で椅子に座らされている。思わず上を向くと、そこにはいつもの眼鏡をかけていないフロストの顔があった。目が合うということは、身体の割に大きく育ち過ぎた乳房は見えているはずだ、そしてその頂きにある一度弾かれただけでプックリと反応をしてしまった乳首も……だ。

「やめ、て」
「嫌ですよ。ただ、私はこんなに美しいマリア様が手入れを怠っていることが嫌なだけです。やましい気持ちなんて……多分ありません」
「た、ぶん!?」

 こちらの言葉には耳を貸さず、再びフロストの手が鎖骨から乳房を包むように撫でるように移動してくる。
 乳首には触れず、横を撫で、下乳を丁寧に左右に手を動かしながらオイルを塗り込み、今度は谷間に手を入れゆっくりと上下する。乳首と乳輪を避け、ゆっくりと丁寧に指先と指全体、掌、そして腕まで使い……しつこい位に乳房を手入れされた。
 どれだけの時間が経ったのだろうか。もしかしたら思ったほど時間は経っていないのかもしれない。 
 だが、時間の感覚は徐々に失われるほど、乳房へのマッサージは執拗に行われている。
 触れられていない乳首がピンクに染まり、勃ちあがりピクンピクンと跳ねている。きっとこの光景もフロストから見えているに違いない。
 いっそこの先端に触れてもらえたら、どれだけの快感が身体を駆け抜けるのだろうか。想像しただけでも下腹部の奥底がキュンと締まる感覚がする。
 秘部からトロリと淫らな液体が溢れ出てしまいそうで、ギュッと両膝をつけた。
 セックスの経験は無いが、軍に居ればおのずと知識は入ってくる。男ばかりの軍なので、猥談や卑猥な本の貸し借りは日常だ。
 それに何故か私が率いていた軍の男達は私を男して扱い、その本を普通に貸してきたのだ。
 なので、この行為の延長線上に――それが存在することは分かっていた。
 最後までしてしまうのか、それとも本当に体を磨いているのか。惚けてきた頭では、もうよく分からない。
 気を抜いていると、フロストの手が谷間から下乳へ向かい張るように膨らんだ横を撫でた時に、ギュッと乳房を握った。

「ひゃぁぁん!!」

 身体がビクンと大きく跳ね、震えた。目の前に白い光が現れ、チカチカと揺れる。フロストの手はすでに離れているが、まだ身体は触れられた全てが熱い。

「はい、マッサージは終わりです。ちょっと意地悪しちゃいました。ってあれ? マリア様、大丈夫ですか? ちょっと、マリア様!」
「大丈夫です……その、オイル流して、湯に浸かります。ので、出てって下さい。お願い」
「本当に、大丈夫ですか?」

 身体を支えようと伸ばしてきた手を避け、身体を捻り隠す。

「平気です、その、早く……」

 それを拒否だと捉えたらしく、フロストは不安な表情をこちらに向けた。

「あ、えっと、ありがとうございました。私のことを心配して下さって」
「いえ、その、俺、外で待ってるんで。何かあったら呼んで下さい」

 そう言うとフロストは浴場から出ていった。
 暫く身体の熱と疼きが収まらず、身体に冷水のシャワーを浴びせ続ける。すっかりと冷えた身体を今度は浴槽で温めると、また身体はフロストの熱を思い出す。

(あんな、でも、フロストはただのマッサージのつもりだったのならば、私はなんてはしたない……しかし、あんなに乳房に……いえ、でも乳首には一度も触れてないですし)

 一瞬、偶然弾かれた乳首の感覚を鮮明に思い出し、身体を震わせる。

「あぁ、ダメダメ、考えないようにしないと」

 この入浴が終われば普段通り、フロストはただの世話役なのだ。そのことを頭に叩き込むように、湯に頭まで浸かり何度も復唱したのだった。
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