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姉妹の過去
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散々フロストの上で腰を振ったあと、今度は奉仕しないとなと嬉々と呟いたフロストに溶けるまで甘やかされ……今はもう外は暗くなっている。
「朝だったのに、夜だわ」
ダルい身体にシーツだけを軽くまとい、ベッドに腰掛ける。すふと、まだ半裸のフロストが太ももに頭を乗せ、こちらの腰に手を回し甘えるように撫でてきた。その手を振り払うことはせず、微かな月明かりで美しく銀色に輝く髪を軽く撫でる。
「あ、そうだわ。フロスト」
言葉は無いけれど、 どうした? と目で返事をされる。
「ミーナが、下町で暮らしたらどうかって。提案を受けました」
「却下」
そう言うだろうなと予測していたので、全く驚きはしないけれど、それでも最近感じていることはきちんと伝えることにした。
「オッズライルからの暗殺者から逃れてしばらく経ちました。森で身を隠す時期は過ぎたと思うの」
無言を貫くフロストに、優しく説得するように極力穏やかに話を続ける。
「もちろん、まだ安心はできないわ。でも……もう街の人も私達を、どこかから駆け落ちしてきた貴族だと思ってくれています。それなら、平民として暮らしたい元貴族を演じるのは身分を偽るに丁度良くないかしら? 国境付近だから、外見で勘ぐる人も少ないでしょうし。それに……人目がある方が、暗殺者だって侵入が難しくなるでしょう?」
実際、タルタロスは警備の者が居たとはいえ、一度侵入してしまえば対象者までの障害は一切ない。
そんな緩い警備の理由は、娘ではあるものの厄介な戦場の鬼神を暗殺者が殺してくれれば……それはそれで都合が良いと国王が考えていたからだろう。
まぁ、ひとりふたりの暗殺者なら問題ないのだけれど。
暫く考え込んでいたフロストだけれど、大きく長いため息のあとに わかった と短く返事をしてくれたのだった。
その後、引っ越しはとても早かった。
家は一階が飲食店の二階部分を借りることになった。そこは以前からミーナが目をつけていたらしく、大家のおかみさんも気さくで良い人らしい。
引っ越し自体は、簡単なものだ。そもそも森の中の家は勝手に住んでいるので、不法侵入である。自分達の持ち物といえば、服くらい。ミーナが何度も往復しないようにと手配してくれた荷馬車に気持ちばかりの荷物を乗せて出発したが、歩いた方が早かったのではと思ってしまう。
そんな一つ二つの荷物を下ろしていると、後ろから声をかけられた。
「あの、すみません」
振り返ると落ち着いた大人っぽいドレスを身にまとった、いかにも貴族といった風貌の女性が立っていた。服装、仕草や手先を見ても、暗殺や戦場にいた人だとは思えない。しかし、警戒心を抱くことに越したことはないだろう。
「なんでしょう?」
「えっと、そのあなたはずっとこちらで住んでいらっしゃるのかしら?」
質問の意図がわからない。けれど、そうだと答えたとしても周辺に聞き込みをすればすぐに嘘だとバレるだろう。
「いえ、本日越してきました」
「そうなのね! では、ティアブール国からでしょうか?」
「なぜ、そのように思われたのでしょうか?」
心臓がドクドクと激しい。しかし、それを一切感じさせない声色で返事をすると、女性は手を前にだしブンブンと振った。
「あ、怖がらないで下さい! その黒髪が……ティアブールに残してしまった母と……何年も会えていない妹に似ていましたので」
ふと落ち着いてみると、目の前の女性も黒い髪をしている。ピッタリと一本の毛もはみ出さないようにまとめられ、豪華なくすんだ桃色の髪飾りをしているので髪の毛自体は目立たないけれど、見えている髪の色はは漆黒と言っていいだろう。
「そうですか。黒髪は珍しいですからね」
「そうなのよ!」
女性は困ったように笑みを浮かべ、その表情に懐かしさを覚えた。
「モルタール王国でも、ティアブール国でも黒髪は珍しいでしょう? 母が遠い異国の難民だったので、私と妹はそれを受け継いだのですけど……それだけの情報じゃ会えませんよね」
「お名前は?」
「え?」
悲しそうに、でも諦められないといった表情で笑った女性に、本来なら踏み込んではいけないはずの部分に足を入れてしまう。
放っておけない。そんな気がした。
「あなたと、妹さん。あと、母君の……」
一瞬迷いをみせた女性に、聞いてはいけなかったと後悔をしたが、それはすぐに消え去った。
「妹はマリアといいます」
「!? マリア……」
「えぇ。とても素直で可愛い子なんです。今年で十八になるので、きっとあなたみたいな女性になっているのでしょうね。私の名前はイザベラで、母はダリアです」
そう言って、イザベラは優しく微笑んだ。そして こんな話をしてごめんなさいね と背を向けたとき。
「マリア、荷物を入れないのか?」
タイミング悪く、フロストが玄関から顔を出した。
振り返ったイザベラは目を瞬かせ、フロストと私を何度も見比べた。
「マリア?」
もう一度声をかけてきたフロストは、何かを察したらしく素早くイザベラとの間に割って入る。
「どちらさまでしょう?」
「あの、フロスト」
「おーい! マリア! フロスト! これどこに置くぅー?」
さらにタイミング悪く、引っ越し手伝いに来ていたミーナが出窓から顔を出して叫ぶ。
そのミーナの姿を確認したイザベラは、先ほどよりも目を大きく開き、口を呆けたように開いた、
「げ、イザベラ義姉様!」
「……え? ミーナ? マリア?? え? え??」
「マリア、一体どうなってるんだ?」
こっちが聞きたい。そんな言葉を飲み込んで、目の前にいるイザベラに 一旦、中で話しませんか? と絞り出すように声をかけたのだった。
「と、いうことは……イザベラ義姉様とマリアは本当の姉妹なのね??」
信じられないといったようにミーナが見比べるが、今度は 似てるもんなぁ とあっけらかんと呟いた。
目の前にいるイザベラは、ティアブール国から亡命中に亡くなったと聞いていた姉のイザベラ・ド・メディシス本人だったのだ。
イザベラの話によると、当時の国王は側室を何人も迎えていた。そして、産まれた子で一番優秀だった子を国王にしようとしていたようだ。
その中で、女でありながら誰よりも優秀だったイザベラは正妃に目を付けられた。そして、毒を盛られ、何度も生死を彷徨ったという。母は幾度となく王に掛け合ったけれど、それくらいで死ぬならそれまでだと言われ、亡命を決意したそうだ。
だが、まだ幼かったマリアは亡命をするほどの体力がなかった。
致し方なく、イザベラだけを 外出中に盗賊の襲撃にあい死亡した と偽り、モルタール王国へ亡命したのだ。
しかし、運悪くモルタール王国への亡命中に嵐に遭い、本当にイザベラの行方が分からなくなってしまったのだ。
母はそれでもきっとイザベラは生きているはずだと、亡命の話を伏せつつ、幼い私に何度も聞かせてくれた。それは縋るような希望だったのだろう。
本来なら、私が十歳になった時点で母とモルタール王国へ亡命を果たす予定だったようだが、その計画を知らない私が七歳で軍学校に入ってしまう。その上、九歳になってすぐに母は流行病で亡くなった。
「私だけ逃げてしまい……ごめんなさい」
「いいえ、私こそ。亡命の計画を知らず、母を押し切ってまで軍学校に入り……母を心配させてしまいました。訓練中だったので、亡くなった母と対面したのは墓に埋められたあとでした。本当に、どうしようもない親不孝だと」
冷たい風が吹く中で、一人で墓石に花を手向けたことを思い出すだけで涙が出そうになる。堪えるように唇を噛むと、隣に座っていたフロストにそっと手を握られた。
「亡命したとしても、連絡くらい取れただろう?」
「……私を保護してくれた人の身分により、それは難しかったのです。連絡するのはしばらく我慢してくれと言われ――母が亡くなったと知ったのは三年後でした。でも! 手紙の許可をもらってからは、暗号文で何度もマリアに手紙を送りました! それは届いてませんか? 軍に居ると聞いていたので、暗号は読み取れるかと」
「え? 何も届いてませんが……」
そもそも、唯一の味方であった母を亡くしているので、個人宛に届くものなど一切無い。
「消されたか」
フロストの言葉にイザベラが頷く。
「そうでしょう。マリアに一片の希望も持たせたくなかったのでしょうね。あの陰険国王は」
最後のセリフに対し、フロストは同意を示した。
「で、あんたはどうやって生き延びたんだ?」
「それは……、亡命中に嵐に見舞われ、馬車が横転し投げ出され護衛とはぐれました。森を彷徨っているうちに、小屋を見つけそこで泊めてもらったのです」
幼い少女が危険ではないかと思ったが、その答えをミーナが手を挙げて答えた。
「そこに住んでいた男が、私の兄貴。現国王の弟、アランです」
「そして、今の私の旦那様です」
「…………はぁ?」
言葉を失っていた私の代わりに、フロストが素っ頓狂な声を出した。
「モルタール王国、国王は二人兄妹だろ?」
「いや? 国王のアレン、弟のアラン。そして妹の私、ミーナ。三兄妹だよ? 知ってると思うけど、両親は二年前に二人で旅行に行って事故死しちゃった」
他国の情報収集は軍事の最優先事項だけれど、中立国のモルタール王国に関して重要視してこなかったのだろうか。しかし、それにしても不自然過ぎる。
……あえて隠していた、か。
「国王は三十になられましたっけ?」
「いや、この前三十三になったよ。双子だからアラン兄貴も。で、年の離れた私が二十。」
納得した。双子ならば片方を隠しておけば、有事の際に替え玉にできるということだ。
「ねぇ、マリア。きっとマリアが難しく考えてるような理由じゃないよ」
少し笑いながらミーナが軽い口調で続ける。
「アラン兄貴は、王城でじっとしてられないんだよ。他国を渡り歩いて、趣味で貿易とか行商してる変人。だから、アレン兄貴しかいないって思われてるだけじゃないかな? 隠してるわけじゃないけど、二卵性双生児で似てないしね!」
「な、るほど? 王弟殿下なのに、そんな自由で良いんですか?」
「まぁ、それで貿易だけじゃなく他国の情報収集をしてるんだから、文句は言えないでしょ?」
「それに、そのおかげで私も彼と結婚できました。最初は、他国の孤児を保護したという名分で傍に置いてもらっていたんですよ」
愛しい人を思い浮かべたらしく、イザベラは頬を染めた。保護してもらったゆえに、婚姻を強制されたのかと思ったが、恋愛結婚のようでホッとした。
「それで? そんな他国を渡り歩く王弟の妻がこんな辺境になんで来たんだ? モルタール王国領土内といえど、オッズライルとティアブール国が近いから危険だろ?」
キツめに言葉を吐いたフロストに、イザベラは微笑んでからミーナを見る。
「このじゃじゃ馬を迎えに来たんです」
ビクッっと肩を揺らしたミーナは ふ、へへ、へへへ と変な声をだした。
「ミーナ??」
「いやぁ! 私も王城は狭くてさ!! たまに帰ってるんだよ?! でも帰る度に、結婚しろー社交しろー走るなー食べ過ぎだーってうるさいのなんの……脱走したくもなるよね??」
同意を求めるように目をパチパチとして見つめられてしまい、軽く頷いてしまうと でっしょぉー!! と味方を得た喜びで満面の笑みになる。
天真爛漫なその姿は、確かに王城生活は合わないだろう。
「アレン様――国王陛下も自由にさせていますが、たまに生存確認をするようにアランと私に指示されるので。こうして噂を頼りに捜し出すのです」
「言われて数日で見つけ出す、兄貴とイザベラ義姉様の探知能力が怖いッ!!」
「あなたの行動は分かりやすいのよ」
「うぅ……帰らなきゃ、ダメ??」
「顔を見せたらどうかしら? アランも会いたがっていたわ」
渋るミーナに、イザベラはパッと顔を明るくしてこちらを見た。そしてフロストと私を何度も見て頷く。これは……。
「ねぇ、マリアとフロストさんも一緒に帰りましょう!! だって、私の妹が見つかっんだもの!! 絶対会わせたいわ!! ミーナも、それならいいでしょう!?」
「え、あの、私達は」
「それならいい……けど」
ためらいの言葉はミーナの了承によりかき消されてしまった。
「決まりね!! さぁ、すぐに出ましょう」
幼い頃の記憶にある姉は、本とノートとペンを常に持ち歩くような人だったのだが、どこでこんな行動力を得たのだろうか。
不思議に思い圧倒されているうちに、イザベラの馬車に詰め込まれモルタール王国・王都へと向かって走り出してしまったのだった。
王都までの道のりは時間はさほどかからず、一日馬車に揺られるだけで到着した。かつては、山を迂回し、谷を避けなければならなかったが、いくつかトンネルを通すことにより大幅に時間が短縮できるようになったとのことだ。
トンネルを事業としてティアブール国でも工事をしている箇所はある。完成すれば敵国までの進軍が容易になり、劣勢であれば崩壊させることにより時間稼ぎにもなるからだ。
しかし、あまり上手くいっていない。
――山体崩壊を防ぎながら、作業をするのは容易ではない。からだ。
ティアブール国はモルタール王国よりも圧倒的に雨が多く、土壌は潤い、山は水を多く含む。そして山を支える木々は深くまで根を張り、山自体を支えているのだという。それが取り払われたら……容易に想像がつくだろう。
そんな危険な開通作業に携わる労働者の多くは貧困層だ。それに、孤児や出稼ぎの子供が動員されることもある。
そんな環境の中、数年前に掘削作業中に土砂崩れが発生。多くの犠牲者を出し、トンネル事業は下火になっているという。
もっと技術が発展すれば、どんな山でもトンネルを開通させられるだろうけれど、今はその時代ではないのだと思う。できないことは、今は必要ないことだ。
そんなことを考えていると、馬車は王城の門をくぐり、さらに豪奢な宮殿へ近付く。
「すごい建物ですね」
「えぇ、三代前の王が老朽化による改築をした際に、城の高さを低くしたのよ。民衆を見下ろしたくはないから、と」
「なるほど。横に広がるシンメトリーが美しいです」
中央にある巨大な門扉、その左右を一寸も違わずに広がる宮殿。きっと見えている部分だけではないのだろうけれど、これだけ広ければ王族としての威厳を保てるはずだ。
「基本的に中央より右が来客用の部屋、左がが王族用。その両方の端にメイドや執事達の部屋が続いているの。ここからは見えないけれど、中央の扉の奥にさらに廊下が続いていて、中庭に出たり温室に続いているわ。本来は廊下なんか作りたくなかったらしいけど、王族のプライベート部分に境界線をって当時の護衛騎士がうるさかったみたい」
「それは、素晴らしい騎士をお持ちでしたね。王の言葉に言及できるなんて、並の騎士ではなかったのでしょう」
「えぇ。あら、着いたわ! さぁ、行きましょう!!」
順次馬車を降り、王宮へ入る。その時、ようやく自分自身の格好が町娘の服だと気付いた。
「!! フロスト……」
「どうした?」
「私達、格好が」
シャツ一枚に、ゆるいズボン。完全にどこにでもいる街の男だ。いや、それでも格好良さは隠せてないのだが……そうではない。
「問題ないだろう?」
大アリだろう。
一応、逃走中といえど他国の姫だ。それが、町娘の格好で、ラフな私服姿の脱走騎士を連れているなど、王に謁見する身なりではない。
「ほらみろ、ミーナと変わんないって」
「そうだけど、そうじゃないのよ」
話しても進展しないフロストを置いておいて、イザベラに相談することにした。
「あの、イザベラ。いいかしら?」
「なぁに? マリア」
「服を、お借りできませんか?」
なぜ? と首を傾げたが、すぐにクスッと笑い 大丈夫よ と返事がきた。
「陛下もルーン王妃も、それにアランも服装なんて気にしないわ。それにアランはきっと……見ればわかるわ。気にしない気にしなーい」
頭の上に音符のマークでも飛ばしていそうな軽快な声を出したイザベラは、こちらの背中に周りグイグイと押してきた。
「温室で待っていてと早馬を飛ばしたから、今頃二人ともソワソワしてるわよ! 早く行ってあげないと」
最後の助け舟を願いながらミーナを見たが 汚れてないし平気でしょ と笑って返されてしまった。
到着した温室は冬にも関わらず色とりどりの花が咲き乱れ、濃い香りを充満させている。咽せ返るほど強い香りだけれど、上品でいつまでもその場に留まりたくなるような暖かさだ。
ティアブール国の王城にも温室はある。だが、行ったことがあるのは一度きりだ。
それは、六歳の誕生日。母に何か欲しいものはあるかと問われ、物は要らないから温室に行きたいとわがままを言ったのだ。
一瞬、困惑した表情を見せたけれど、母は一緒に温室へ行ってくれた。
……しかし、そこで運悪く正妃に遭遇し、罵詈雑言を浴びせられたのだ。当時の私は、それが何を意味するのかわからなかったけれど、手を握る母は小さく震え手が冷え切っていた。
二度と行きたくない。行くこともないと思っていた場所である。
「大丈夫か? マリア」
少し思い出に馳せただけなのだが、それに気付いたフロストは優しく肩を抱いてくれた。
「具合が悪いのか?」
「いえ、大丈夫。少し昔を思い出しました」
「……謁見を伸ばしてもらうか?」
良い思い出ではないと察したのだろう。優しい言葉に首を振り その必要はない と返答した。
「いつか、その思い出も教えてくれ」
「そうね。ゆっくり私のことを聞いてくれるかしら?」
「もちろん」
短い会話をしていると、温室の道がひらけた。広場の中央に大きめのテーブルがセッティングされており、そこに男性が二人、女性が一人座っている。
女性はルーン王妃で間違い無いだろう。だが、男性は……わからない。
似ているからわからないのではない。似ていなさすぎて、全くわからないのだ。
近付いていくそのわずかな時間で情報を収集する。
まず、上座に座る筋骨隆々の男。金髪の直毛は硬そうにツンツンと適当な方向を向いている。服装は、どこにでもいる庭師……のようなラフなものだ。もう一人は金髪をふんわりと無造作に後ろで一つにまとめている。服装は、綺麗な服装だけれど国王かといわれると、そんな威厳が先の筋肉男よりは感じられない。
(上座の男が国王か。まぁ、イザベラもあんな筋肉とは)
合わないからと思った時、筋肉男が立ち上がり手を振ってきた。
国王陛下は随分と気さくな性格のようだ。
「イザベラ、俺のハニー!! 待っていたぞ!!」
「……違ったわ」
イザベラをハニーと呼んだ筋肉は、地面が割れそうな勢いで走ってきてイザベラを軽々と持ち上げて抱き締めた。
「会いたかった!! 永遠の別れに感じたぞ!!」
「もう、たかが四日ですよ」
「四日も、だ!!」
勢いとその熱愛振りに圧倒されていると、フロストがこちらを見ていることに気が付いた。首を傾げると、不敬なことに王弟殿下であるアランとイザベラを指差した。
「あれ、俺もしたい」
「…………何言ってるのかしら??」
本当に何を言っているのだ。タルタロスにいた頃、森で隠れていた時、それともまた違うフロストの表情に、思わず吹き出しそうになった。
「今は無理ね」
「……わかった。あとでなら良いんだな?」
軽く頷くと満足そうに前を向く。そして、ひとしきり愛の抱擁をしていたアランがイザベラを降ろし、こちらに手を差し伸べてきた。
「君がイザベラの妹さんだな! ようやく会えて最高の気分だ!!」
「アラン。先に陛下へのご挨拶をしないと」
「あぁ、そうだな。俺が先に握手なんてしたら臍を曲げてまたアトリエに籠城されてしまう!」
豪快に笑いながら、歩き出したアランに続く。
テーブルに到着し、頭と腰を下げる。
たとえこちらも王族といえど、今は逃亡している身なので、こちらから声をかけることはできない。
「よくきたね。二人とも頭をあげて。ミーナはルーンの隣に座りなさい」
ずっと黙っていたミーナは小さく はい と呟いて席に腰掛けた。
「お嬢さんが、イザベラの妹だね」
「はい。マリア・ド・メディシスと申します」
「マリア、頭を上げてごらん。あぁ、そっくりだね。イザベラの身分は偽ってはいるけれど、それでも疑う人がいてもおかしくなかっただろうに。まぁ、イザベラはアランと行商に、君は戦場で生きていたから関わる人間が根本的に違ったのだろう。今まで会えなかったのは悲劇だが、それだからこそイザベラも君も、ティアブール王の手を逃れていたといっても過言ではないのだろうね」
「仰るとおりでございます」
「うん、で。隣の君は?」
「私はフロスト・タリアンです。ティアブール国第一騎士団に所属しておりましたが、現在はマリア様の世話係なので騎士ではありますが所属はございません」
フロストは頭を下げたまま、自己紹介を終える。
「そうか。よく守ってくれていたね」
「恐れ多いお言葉です」
「さぁ、顔を上げて。席についてゆっくりと話そう。堅苦しい自己紹介を終えたから、もういいよね?」
アレンは隣のルーンをちらりと見る。その言葉にルーンが冷たい視線を投げた。
「……ご自身とわたくしの紹介がまだですわよ」
「あ、あー、あぁ~。うん、でも見ればわかるじゃん??」
「そうは参りませんでしょう? まったく。ごめんなさいね。こちらがモルタール王国の国王陛下であらせられる、アレン・モルタールです。わたくしは王妃のルーン。我が家は来た順に好きな席に座って良いことになっているので、本日は先にいらしていたアランが上座なの」
「ここならイザベラが来るのが一番見えそうだからな!! 全部座って試したんだぞ?」
堂々としたアランに困ったような顔をしたルーンだが、それは嫌だからではなく いつものこと なのだろう。改めて挨拶をし、促されるまま席につく。
出会ってまだ数分だけれど、アレンとルーン、そしてアランとイザベラの仲の良さが伝わってきた。
その後、アレンとアランに質問攻めにあい、母のこと、軍学校のこと、戦場やタルタロスでのこと、姉は死んだと思っていたことなどを話した。
フロストの話も出たけれど、魔族であることは伏せておいた。話さなくて良いことも世の中ある。
「では、これからどうするのですか?」
「まだ逃亡している身ですので、一旦街で様子を見て移動します」
「そう……ねぇ、アレン」
「ん? あぁ。いいよ」
何か二人の中で話がついているようで、アレンはニコリと笑った。その笑顔に曇りが一切なく、爽やかで眩しく感じる。
「マリアにフロスト。この宮殿の離宮を使うといいよ」
「え、でもそれは」
「離宮を使っていた皇族が先日高齢で身罷られてね。とても優しく気さくな夫婦だったんだが、立て続けに亡くなられて、そこの執事やメイドも塞ぎ込んでいるんだ。イザベラの妹が見つかったと話し、君は異国の難民でフロストは恋人って感じで説明してある。イザベラとご夫婦は仲が良かったから、親族のお世話ができるなんて幸せだと話していたんだが……君たちが良ければ、人助けだと思って」
一気に話したアレンは、やはり爽やかに微笑んでいる。微笑んではいるけれど、その顔には拒否なんてしないよねという自信を秘めているようだ。
「有難いお話なのですが、フロストは」
「いいんじゃないですか?」
まさかの返事に口をポカンと開けてしまう。
「マリアもイザベラ様ともっとお話したいでしょうし、何より王宮内なら追っ手が入ることはない。身分を詐称していれば、後々動きやすいですよ」
そうか? そうだろうか? でも、確かにイザベラとはもっと話したい。心が揺れている。
「せめて数泊してみて? それから決めても遅くないでしょう?? 私達もしばらく王宮で過ごすから」
「なら、……お世話になります」
その場の全員がこちらをみて、満足そうに微笑む。その微笑みが、家族の愛を含んでいるようで居心地が悪く、くすぐったく、でも嬉しいと思ってしまった。
「朝だったのに、夜だわ」
ダルい身体にシーツだけを軽くまとい、ベッドに腰掛ける。すふと、まだ半裸のフロストが太ももに頭を乗せ、こちらの腰に手を回し甘えるように撫でてきた。その手を振り払うことはせず、微かな月明かりで美しく銀色に輝く髪を軽く撫でる。
「あ、そうだわ。フロスト」
言葉は無いけれど、 どうした? と目で返事をされる。
「ミーナが、下町で暮らしたらどうかって。提案を受けました」
「却下」
そう言うだろうなと予測していたので、全く驚きはしないけれど、それでも最近感じていることはきちんと伝えることにした。
「オッズライルからの暗殺者から逃れてしばらく経ちました。森で身を隠す時期は過ぎたと思うの」
無言を貫くフロストに、優しく説得するように極力穏やかに話を続ける。
「もちろん、まだ安心はできないわ。でも……もう街の人も私達を、どこかから駆け落ちしてきた貴族だと思ってくれています。それなら、平民として暮らしたい元貴族を演じるのは身分を偽るに丁度良くないかしら? 国境付近だから、外見で勘ぐる人も少ないでしょうし。それに……人目がある方が、暗殺者だって侵入が難しくなるでしょう?」
実際、タルタロスは警備の者が居たとはいえ、一度侵入してしまえば対象者までの障害は一切ない。
そんな緩い警備の理由は、娘ではあるものの厄介な戦場の鬼神を暗殺者が殺してくれれば……それはそれで都合が良いと国王が考えていたからだろう。
まぁ、ひとりふたりの暗殺者なら問題ないのだけれど。
暫く考え込んでいたフロストだけれど、大きく長いため息のあとに わかった と短く返事をしてくれたのだった。
その後、引っ越しはとても早かった。
家は一階が飲食店の二階部分を借りることになった。そこは以前からミーナが目をつけていたらしく、大家のおかみさんも気さくで良い人らしい。
引っ越し自体は、簡単なものだ。そもそも森の中の家は勝手に住んでいるので、不法侵入である。自分達の持ち物といえば、服くらい。ミーナが何度も往復しないようにと手配してくれた荷馬車に気持ちばかりの荷物を乗せて出発したが、歩いた方が早かったのではと思ってしまう。
そんな一つ二つの荷物を下ろしていると、後ろから声をかけられた。
「あの、すみません」
振り返ると落ち着いた大人っぽいドレスを身にまとった、いかにも貴族といった風貌の女性が立っていた。服装、仕草や手先を見ても、暗殺や戦場にいた人だとは思えない。しかし、警戒心を抱くことに越したことはないだろう。
「なんでしょう?」
「えっと、そのあなたはずっとこちらで住んでいらっしゃるのかしら?」
質問の意図がわからない。けれど、そうだと答えたとしても周辺に聞き込みをすればすぐに嘘だとバレるだろう。
「いえ、本日越してきました」
「そうなのね! では、ティアブール国からでしょうか?」
「なぜ、そのように思われたのでしょうか?」
心臓がドクドクと激しい。しかし、それを一切感じさせない声色で返事をすると、女性は手を前にだしブンブンと振った。
「あ、怖がらないで下さい! その黒髪が……ティアブールに残してしまった母と……何年も会えていない妹に似ていましたので」
ふと落ち着いてみると、目の前の女性も黒い髪をしている。ピッタリと一本の毛もはみ出さないようにまとめられ、豪華なくすんだ桃色の髪飾りをしているので髪の毛自体は目立たないけれど、見えている髪の色はは漆黒と言っていいだろう。
「そうですか。黒髪は珍しいですからね」
「そうなのよ!」
女性は困ったように笑みを浮かべ、その表情に懐かしさを覚えた。
「モルタール王国でも、ティアブール国でも黒髪は珍しいでしょう? 母が遠い異国の難民だったので、私と妹はそれを受け継いだのですけど……それだけの情報じゃ会えませんよね」
「お名前は?」
「え?」
悲しそうに、でも諦められないといった表情で笑った女性に、本来なら踏み込んではいけないはずの部分に足を入れてしまう。
放っておけない。そんな気がした。
「あなたと、妹さん。あと、母君の……」
一瞬迷いをみせた女性に、聞いてはいけなかったと後悔をしたが、それはすぐに消え去った。
「妹はマリアといいます」
「!? マリア……」
「えぇ。とても素直で可愛い子なんです。今年で十八になるので、きっとあなたみたいな女性になっているのでしょうね。私の名前はイザベラで、母はダリアです」
そう言って、イザベラは優しく微笑んだ。そして こんな話をしてごめんなさいね と背を向けたとき。
「マリア、荷物を入れないのか?」
タイミング悪く、フロストが玄関から顔を出した。
振り返ったイザベラは目を瞬かせ、フロストと私を何度も見比べた。
「マリア?」
もう一度声をかけてきたフロストは、何かを察したらしく素早くイザベラとの間に割って入る。
「どちらさまでしょう?」
「あの、フロスト」
「おーい! マリア! フロスト! これどこに置くぅー?」
さらにタイミング悪く、引っ越し手伝いに来ていたミーナが出窓から顔を出して叫ぶ。
そのミーナの姿を確認したイザベラは、先ほどよりも目を大きく開き、口を呆けたように開いた、
「げ、イザベラ義姉様!」
「……え? ミーナ? マリア?? え? え??」
「マリア、一体どうなってるんだ?」
こっちが聞きたい。そんな言葉を飲み込んで、目の前にいるイザベラに 一旦、中で話しませんか? と絞り出すように声をかけたのだった。
「と、いうことは……イザベラ義姉様とマリアは本当の姉妹なのね??」
信じられないといったようにミーナが見比べるが、今度は 似てるもんなぁ とあっけらかんと呟いた。
目の前にいるイザベラは、ティアブール国から亡命中に亡くなったと聞いていた姉のイザベラ・ド・メディシス本人だったのだ。
イザベラの話によると、当時の国王は側室を何人も迎えていた。そして、産まれた子で一番優秀だった子を国王にしようとしていたようだ。
その中で、女でありながら誰よりも優秀だったイザベラは正妃に目を付けられた。そして、毒を盛られ、何度も生死を彷徨ったという。母は幾度となく王に掛け合ったけれど、それくらいで死ぬならそれまでだと言われ、亡命を決意したそうだ。
だが、まだ幼かったマリアは亡命をするほどの体力がなかった。
致し方なく、イザベラだけを 外出中に盗賊の襲撃にあい死亡した と偽り、モルタール王国へ亡命したのだ。
しかし、運悪くモルタール王国への亡命中に嵐に遭い、本当にイザベラの行方が分からなくなってしまったのだ。
母はそれでもきっとイザベラは生きているはずだと、亡命の話を伏せつつ、幼い私に何度も聞かせてくれた。それは縋るような希望だったのだろう。
本来なら、私が十歳になった時点で母とモルタール王国へ亡命を果たす予定だったようだが、その計画を知らない私が七歳で軍学校に入ってしまう。その上、九歳になってすぐに母は流行病で亡くなった。
「私だけ逃げてしまい……ごめんなさい」
「いいえ、私こそ。亡命の計画を知らず、母を押し切ってまで軍学校に入り……母を心配させてしまいました。訓練中だったので、亡くなった母と対面したのは墓に埋められたあとでした。本当に、どうしようもない親不孝だと」
冷たい風が吹く中で、一人で墓石に花を手向けたことを思い出すだけで涙が出そうになる。堪えるように唇を噛むと、隣に座っていたフロストにそっと手を握られた。
「亡命したとしても、連絡くらい取れただろう?」
「……私を保護してくれた人の身分により、それは難しかったのです。連絡するのはしばらく我慢してくれと言われ――母が亡くなったと知ったのは三年後でした。でも! 手紙の許可をもらってからは、暗号文で何度もマリアに手紙を送りました! それは届いてませんか? 軍に居ると聞いていたので、暗号は読み取れるかと」
「え? 何も届いてませんが……」
そもそも、唯一の味方であった母を亡くしているので、個人宛に届くものなど一切無い。
「消されたか」
フロストの言葉にイザベラが頷く。
「そうでしょう。マリアに一片の希望も持たせたくなかったのでしょうね。あの陰険国王は」
最後のセリフに対し、フロストは同意を示した。
「で、あんたはどうやって生き延びたんだ?」
「それは……、亡命中に嵐に見舞われ、馬車が横転し投げ出され護衛とはぐれました。森を彷徨っているうちに、小屋を見つけそこで泊めてもらったのです」
幼い少女が危険ではないかと思ったが、その答えをミーナが手を挙げて答えた。
「そこに住んでいた男が、私の兄貴。現国王の弟、アランです」
「そして、今の私の旦那様です」
「…………はぁ?」
言葉を失っていた私の代わりに、フロストが素っ頓狂な声を出した。
「モルタール王国、国王は二人兄妹だろ?」
「いや? 国王のアレン、弟のアラン。そして妹の私、ミーナ。三兄妹だよ? 知ってると思うけど、両親は二年前に二人で旅行に行って事故死しちゃった」
他国の情報収集は軍事の最優先事項だけれど、中立国のモルタール王国に関して重要視してこなかったのだろうか。しかし、それにしても不自然過ぎる。
……あえて隠していた、か。
「国王は三十になられましたっけ?」
「いや、この前三十三になったよ。双子だからアラン兄貴も。で、年の離れた私が二十。」
納得した。双子ならば片方を隠しておけば、有事の際に替え玉にできるということだ。
「ねぇ、マリア。きっとマリアが難しく考えてるような理由じゃないよ」
少し笑いながらミーナが軽い口調で続ける。
「アラン兄貴は、王城でじっとしてられないんだよ。他国を渡り歩いて、趣味で貿易とか行商してる変人。だから、アレン兄貴しかいないって思われてるだけじゃないかな? 隠してるわけじゃないけど、二卵性双生児で似てないしね!」
「な、るほど? 王弟殿下なのに、そんな自由で良いんですか?」
「まぁ、それで貿易だけじゃなく他国の情報収集をしてるんだから、文句は言えないでしょ?」
「それに、そのおかげで私も彼と結婚できました。最初は、他国の孤児を保護したという名分で傍に置いてもらっていたんですよ」
愛しい人を思い浮かべたらしく、イザベラは頬を染めた。保護してもらったゆえに、婚姻を強制されたのかと思ったが、恋愛結婚のようでホッとした。
「それで? そんな他国を渡り歩く王弟の妻がこんな辺境になんで来たんだ? モルタール王国領土内といえど、オッズライルとティアブール国が近いから危険だろ?」
キツめに言葉を吐いたフロストに、イザベラは微笑んでからミーナを見る。
「このじゃじゃ馬を迎えに来たんです」
ビクッっと肩を揺らしたミーナは ふ、へへ、へへへ と変な声をだした。
「ミーナ??」
「いやぁ! 私も王城は狭くてさ!! たまに帰ってるんだよ?! でも帰る度に、結婚しろー社交しろー走るなー食べ過ぎだーってうるさいのなんの……脱走したくもなるよね??」
同意を求めるように目をパチパチとして見つめられてしまい、軽く頷いてしまうと でっしょぉー!! と味方を得た喜びで満面の笑みになる。
天真爛漫なその姿は、確かに王城生活は合わないだろう。
「アレン様――国王陛下も自由にさせていますが、たまに生存確認をするようにアランと私に指示されるので。こうして噂を頼りに捜し出すのです」
「言われて数日で見つけ出す、兄貴とイザベラ義姉様の探知能力が怖いッ!!」
「あなたの行動は分かりやすいのよ」
「うぅ……帰らなきゃ、ダメ??」
「顔を見せたらどうかしら? アランも会いたがっていたわ」
渋るミーナに、イザベラはパッと顔を明るくしてこちらを見た。そしてフロストと私を何度も見て頷く。これは……。
「ねぇ、マリアとフロストさんも一緒に帰りましょう!! だって、私の妹が見つかっんだもの!! 絶対会わせたいわ!! ミーナも、それならいいでしょう!?」
「え、あの、私達は」
「それならいい……けど」
ためらいの言葉はミーナの了承によりかき消されてしまった。
「決まりね!! さぁ、すぐに出ましょう」
幼い頃の記憶にある姉は、本とノートとペンを常に持ち歩くような人だったのだが、どこでこんな行動力を得たのだろうか。
不思議に思い圧倒されているうちに、イザベラの馬車に詰め込まれモルタール王国・王都へと向かって走り出してしまったのだった。
王都までの道のりは時間はさほどかからず、一日馬車に揺られるだけで到着した。かつては、山を迂回し、谷を避けなければならなかったが、いくつかトンネルを通すことにより大幅に時間が短縮できるようになったとのことだ。
トンネルを事業としてティアブール国でも工事をしている箇所はある。完成すれば敵国までの進軍が容易になり、劣勢であれば崩壊させることにより時間稼ぎにもなるからだ。
しかし、あまり上手くいっていない。
――山体崩壊を防ぎながら、作業をするのは容易ではない。からだ。
ティアブール国はモルタール王国よりも圧倒的に雨が多く、土壌は潤い、山は水を多く含む。そして山を支える木々は深くまで根を張り、山自体を支えているのだという。それが取り払われたら……容易に想像がつくだろう。
そんな危険な開通作業に携わる労働者の多くは貧困層だ。それに、孤児や出稼ぎの子供が動員されることもある。
そんな環境の中、数年前に掘削作業中に土砂崩れが発生。多くの犠牲者を出し、トンネル事業は下火になっているという。
もっと技術が発展すれば、どんな山でもトンネルを開通させられるだろうけれど、今はその時代ではないのだと思う。できないことは、今は必要ないことだ。
そんなことを考えていると、馬車は王城の門をくぐり、さらに豪奢な宮殿へ近付く。
「すごい建物ですね」
「えぇ、三代前の王が老朽化による改築をした際に、城の高さを低くしたのよ。民衆を見下ろしたくはないから、と」
「なるほど。横に広がるシンメトリーが美しいです」
中央にある巨大な門扉、その左右を一寸も違わずに広がる宮殿。きっと見えている部分だけではないのだろうけれど、これだけ広ければ王族としての威厳を保てるはずだ。
「基本的に中央より右が来客用の部屋、左がが王族用。その両方の端にメイドや執事達の部屋が続いているの。ここからは見えないけれど、中央の扉の奥にさらに廊下が続いていて、中庭に出たり温室に続いているわ。本来は廊下なんか作りたくなかったらしいけど、王族のプライベート部分に境界線をって当時の護衛騎士がうるさかったみたい」
「それは、素晴らしい騎士をお持ちでしたね。王の言葉に言及できるなんて、並の騎士ではなかったのでしょう」
「えぇ。あら、着いたわ! さぁ、行きましょう!!」
順次馬車を降り、王宮へ入る。その時、ようやく自分自身の格好が町娘の服だと気付いた。
「!! フロスト……」
「どうした?」
「私達、格好が」
シャツ一枚に、ゆるいズボン。完全にどこにでもいる街の男だ。いや、それでも格好良さは隠せてないのだが……そうではない。
「問題ないだろう?」
大アリだろう。
一応、逃走中といえど他国の姫だ。それが、町娘の格好で、ラフな私服姿の脱走騎士を連れているなど、王に謁見する身なりではない。
「ほらみろ、ミーナと変わんないって」
「そうだけど、そうじゃないのよ」
話しても進展しないフロストを置いておいて、イザベラに相談することにした。
「あの、イザベラ。いいかしら?」
「なぁに? マリア」
「服を、お借りできませんか?」
なぜ? と首を傾げたが、すぐにクスッと笑い 大丈夫よ と返事がきた。
「陛下もルーン王妃も、それにアランも服装なんて気にしないわ。それにアランはきっと……見ればわかるわ。気にしない気にしなーい」
頭の上に音符のマークでも飛ばしていそうな軽快な声を出したイザベラは、こちらの背中に周りグイグイと押してきた。
「温室で待っていてと早馬を飛ばしたから、今頃二人ともソワソワしてるわよ! 早く行ってあげないと」
最後の助け舟を願いながらミーナを見たが 汚れてないし平気でしょ と笑って返されてしまった。
到着した温室は冬にも関わらず色とりどりの花が咲き乱れ、濃い香りを充満させている。咽せ返るほど強い香りだけれど、上品でいつまでもその場に留まりたくなるような暖かさだ。
ティアブール国の王城にも温室はある。だが、行ったことがあるのは一度きりだ。
それは、六歳の誕生日。母に何か欲しいものはあるかと問われ、物は要らないから温室に行きたいとわがままを言ったのだ。
一瞬、困惑した表情を見せたけれど、母は一緒に温室へ行ってくれた。
……しかし、そこで運悪く正妃に遭遇し、罵詈雑言を浴びせられたのだ。当時の私は、それが何を意味するのかわからなかったけれど、手を握る母は小さく震え手が冷え切っていた。
二度と行きたくない。行くこともないと思っていた場所である。
「大丈夫か? マリア」
少し思い出に馳せただけなのだが、それに気付いたフロストは優しく肩を抱いてくれた。
「具合が悪いのか?」
「いえ、大丈夫。少し昔を思い出しました」
「……謁見を伸ばしてもらうか?」
良い思い出ではないと察したのだろう。優しい言葉に首を振り その必要はない と返答した。
「いつか、その思い出も教えてくれ」
「そうね。ゆっくり私のことを聞いてくれるかしら?」
「もちろん」
短い会話をしていると、温室の道がひらけた。広場の中央に大きめのテーブルがセッティングされており、そこに男性が二人、女性が一人座っている。
女性はルーン王妃で間違い無いだろう。だが、男性は……わからない。
似ているからわからないのではない。似ていなさすぎて、全くわからないのだ。
近付いていくそのわずかな時間で情報を収集する。
まず、上座に座る筋骨隆々の男。金髪の直毛は硬そうにツンツンと適当な方向を向いている。服装は、どこにでもいる庭師……のようなラフなものだ。もう一人は金髪をふんわりと無造作に後ろで一つにまとめている。服装は、綺麗な服装だけれど国王かといわれると、そんな威厳が先の筋肉男よりは感じられない。
(上座の男が国王か。まぁ、イザベラもあんな筋肉とは)
合わないからと思った時、筋肉男が立ち上がり手を振ってきた。
国王陛下は随分と気さくな性格のようだ。
「イザベラ、俺のハニー!! 待っていたぞ!!」
「……違ったわ」
イザベラをハニーと呼んだ筋肉は、地面が割れそうな勢いで走ってきてイザベラを軽々と持ち上げて抱き締めた。
「会いたかった!! 永遠の別れに感じたぞ!!」
「もう、たかが四日ですよ」
「四日も、だ!!」
勢いとその熱愛振りに圧倒されていると、フロストがこちらを見ていることに気が付いた。首を傾げると、不敬なことに王弟殿下であるアランとイザベラを指差した。
「あれ、俺もしたい」
「…………何言ってるのかしら??」
本当に何を言っているのだ。タルタロスにいた頃、森で隠れていた時、それともまた違うフロストの表情に、思わず吹き出しそうになった。
「今は無理ね」
「……わかった。あとでなら良いんだな?」
軽く頷くと満足そうに前を向く。そして、ひとしきり愛の抱擁をしていたアランがイザベラを降ろし、こちらに手を差し伸べてきた。
「君がイザベラの妹さんだな! ようやく会えて最高の気分だ!!」
「アラン。先に陛下へのご挨拶をしないと」
「あぁ、そうだな。俺が先に握手なんてしたら臍を曲げてまたアトリエに籠城されてしまう!」
豪快に笑いながら、歩き出したアランに続く。
テーブルに到着し、頭と腰を下げる。
たとえこちらも王族といえど、今は逃亡している身なので、こちらから声をかけることはできない。
「よくきたね。二人とも頭をあげて。ミーナはルーンの隣に座りなさい」
ずっと黙っていたミーナは小さく はい と呟いて席に腰掛けた。
「お嬢さんが、イザベラの妹だね」
「はい。マリア・ド・メディシスと申します」
「マリア、頭を上げてごらん。あぁ、そっくりだね。イザベラの身分は偽ってはいるけれど、それでも疑う人がいてもおかしくなかっただろうに。まぁ、イザベラはアランと行商に、君は戦場で生きていたから関わる人間が根本的に違ったのだろう。今まで会えなかったのは悲劇だが、それだからこそイザベラも君も、ティアブール王の手を逃れていたといっても過言ではないのだろうね」
「仰るとおりでございます」
「うん、で。隣の君は?」
「私はフロスト・タリアンです。ティアブール国第一騎士団に所属しておりましたが、現在はマリア様の世話係なので騎士ではありますが所属はございません」
フロストは頭を下げたまま、自己紹介を終える。
「そうか。よく守ってくれていたね」
「恐れ多いお言葉です」
「さぁ、顔を上げて。席についてゆっくりと話そう。堅苦しい自己紹介を終えたから、もういいよね?」
アレンは隣のルーンをちらりと見る。その言葉にルーンが冷たい視線を投げた。
「……ご自身とわたくしの紹介がまだですわよ」
「あ、あー、あぁ~。うん、でも見ればわかるじゃん??」
「そうは参りませんでしょう? まったく。ごめんなさいね。こちらがモルタール王国の国王陛下であらせられる、アレン・モルタールです。わたくしは王妃のルーン。我が家は来た順に好きな席に座って良いことになっているので、本日は先にいらしていたアランが上座なの」
「ここならイザベラが来るのが一番見えそうだからな!! 全部座って試したんだぞ?」
堂々としたアランに困ったような顔をしたルーンだが、それは嫌だからではなく いつものこと なのだろう。改めて挨拶をし、促されるまま席につく。
出会ってまだ数分だけれど、アレンとルーン、そしてアランとイザベラの仲の良さが伝わってきた。
その後、アレンとアランに質問攻めにあい、母のこと、軍学校のこと、戦場やタルタロスでのこと、姉は死んだと思っていたことなどを話した。
フロストの話も出たけれど、魔族であることは伏せておいた。話さなくて良いことも世の中ある。
「では、これからどうするのですか?」
「まだ逃亡している身ですので、一旦街で様子を見て移動します」
「そう……ねぇ、アレン」
「ん? あぁ。いいよ」
何か二人の中で話がついているようで、アレンはニコリと笑った。その笑顔に曇りが一切なく、爽やかで眩しく感じる。
「マリアにフロスト。この宮殿の離宮を使うといいよ」
「え、でもそれは」
「離宮を使っていた皇族が先日高齢で身罷られてね。とても優しく気さくな夫婦だったんだが、立て続けに亡くなられて、そこの執事やメイドも塞ぎ込んでいるんだ。イザベラの妹が見つかったと話し、君は異国の難民でフロストは恋人って感じで説明してある。イザベラとご夫婦は仲が良かったから、親族のお世話ができるなんて幸せだと話していたんだが……君たちが良ければ、人助けだと思って」
一気に話したアレンは、やはり爽やかに微笑んでいる。微笑んではいるけれど、その顔には拒否なんてしないよねという自信を秘めているようだ。
「有難いお話なのですが、フロストは」
「いいんじゃないですか?」
まさかの返事に口をポカンと開けてしまう。
「マリアもイザベラ様ともっとお話したいでしょうし、何より王宮内なら追っ手が入ることはない。身分を詐称していれば、後々動きやすいですよ」
そうか? そうだろうか? でも、確かにイザベラとはもっと話したい。心が揺れている。
「せめて数泊してみて? それから決めても遅くないでしょう?? 私達もしばらく王宮で過ごすから」
「なら、……お世話になります」
その場の全員がこちらをみて、満足そうに微笑む。その微笑みが、家族の愛を含んでいるようで居心地が悪く、くすぐったく、でも嬉しいと思ってしまった。
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