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幕間 はじめての社交パーティー

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 離宮での暮らしは、非常に快適だった。
 冬の寒さをしのげるのはもちろんのこと、この離宮で働く人々が暖かすぎるのだ。
 先住の夫妻の主人は王族ではあるけれど、アレンの遠縁で本来なら離宮で住める人物ではなかった。そんな夫婦がなぜ離宮に住めたのか。それは彼らの人間性が大いに関係していた。
 通常ならば、領地を所有し管理する城で暮らしているような人物だ。しかし、領土は欲しくないから若いものへどうぞと譲り、王族の威厳を維持するために支給される費用の殆どを孤児院へ寄付していた。
 夫婦が住むタウンハウスでさえ貴族よりも小さく、食事は孤児院の敷地内で子供達と共に育てた野菜や鶏などを、料理の仕方や食事マナーを教えながら食べていたという。
 そうすることにより、子供達が孤児院を旅立ったあとの仕事の選択肢が増えればいいと考えていたという。
 実際、現在も離宮の管理をしている、メイドと執事はその孤児院の出身だ。特に懐いた二人が頼み込んだというが、王族に仕えるために相当な努力をしたらしい。
 そんな孤児院での奉仕活動を王妃のルーンに知られ、奉仕活動や孤児院のあり方を話すうちに良好な関係を築いたという。
 ずっとタウンハウスで暮らしたいと言っていたが、奥方が高齢による足の不調で出歩くことが困難になり、アレンとルーンのはからいにより離宮で晩年を過ごされた……というわけだ。
 この離宮にも多くの孤児院の子供達を呼んでは、勉強会や茶の淹れ方、編み物を教えたりしたそうだ。
 タウンハウスはこの離宮に移る際に売り払い、得た金は孤児院の運営が困った時に使うようにと貯蓄されているという。
 そして、その金も、この離宮の執事が管理している。

「おはようございます、ゴードン」
「マリア様、おはようございます。お早いですね」

 朝日が眩しい庭にでて、既に仕事をしている男に声をかけた。
 ゴードンは執事ではあるけれど、執事用の燕尾服を着ている姿は初日くらいで、あとはずっと作業着だ。
 庭仕事に家の手入れ作業が多く、汚れたり破れたりするので執事服は特別な日だけだと言っていた。
 歳は四十代くらいだろうか。二十歳になる前から夫婦に支えていたらしい。

「目が覚めてしまって。野菜の収穫ですか?」
「えぇ、モルタール王国は温暖な気候なので、冬でも結構育つのですよ」
「お手伝いしても?」
「よろしいのですか? 助かります」

 自身が隣国の王族であることは伏せているが、一応は王の客人だ。そんな人に手伝いなんてさせられないと言ってくることが普通だろう。だがそんなことは言わずに、ニコリと笑って収穫方法を教えてくれる。
 それがとても嬉しくて心地が良かった。

「ゴードン、マリア様知らない? あ! こんな場所にいらしたんですね! フロスト様がお探しになってましたよ」

 駆け寄ってきた女性はメイドのフラン。ちなみにゴードンとフランは夫婦だ。子供は男が一人いるけれど、首都の誰でも入れる全寮制の学校に行っているので、会えるのは年末年始くらいなのだそうだ。

「ありがとうございます。フロストはどちらにいますか?」
「今はご入浴されています」
「そうですか。なら、これを収穫したら戻りますね。とても美味しそうなので、昼食で使ってください」
「かしこまりました。マリア様が収穫したというだけで、フロスト様の目尻が下がるのが目に見えるようですわ」
「ははははは!! フロスト様はマリア様が大好きだからなぁ!!」

 なんだか恥ずかしくなり俯くが、そんな姿も可愛らしいとフランが笑う。
 まだ夫婦ではない、恋人同士だとは伝えてあるので問題ないといえば問題ないのだけれど……この離宮に来て一週間。ほぼ毎日、フロストに抱かれ甘やかされていることは筒抜けなのだろう。
 もちろんそのことを言及されたりすることはないけれど、それでも朝食を終えて部屋に戻ると美しくベッドメイクされているので申し訳ない気持ちになる。
 一度、部屋の掃除は自分達ですると申し出たけれど、それはメイドの仕事を奪うことになりますと断固拒否されてしまった。

「本日は、王妃殿下と謁見されるんですよね?」
「はい。まぁ王宮には毎日のように呼び出されてますけど……」

 イザベラがお茶をしようと呼び出してくるのは、恒例というか日課になりつつある。他にもミーナが遊ぼうと言って王宮にある池で釣りをしたり、アランに気に入られたフロストが剣術の訓練に連行されたり、もちろんアレンやルーンも昼食を共にしようと言ってきたり、毎日何かしらあるのだ。
 まだ会ったことがないけれど、アレンとルーンの間には七歳の王太子と三歳の王女がいる。今後、機会を設けて会うことになっているが……その二人からも呼び出しがあるのだろうか。

(いえ、それはないわね。私もフロストも子供と関わることなんてなかったから、扱いがわからないですし。怖がらせてしまいそうね)

 子供らしい遊び方なんて一度もしてこなかった。話題は戦場のことばかりしか持ち合わせていないので、退屈させることはあっても楽しませることはないだろう。

「ドレスはいかがなさいますか?」
「いつもので大丈夫ですよ」
「そうですか? せっかくですしお召しになってくださいよ」
「大事な遺品でしょう? 私が何着もお借りしたら怒られてしまいます」

 離宮で過ごし始めた頃、町娘のワンピース姿でウロウロとしていたら不法侵入と間違われてしまった。それを機に、亡くなった奥方が若い頃に着ていたドレスを数着借りしている。
 本当は 軍服かズボンを…… と言いたかったが、この国での私とフロストの設定はあくまで異国から来た難民だ。
 ズボンは誤魔化せても、軍服はダメだろう。
 フランはムスッと頬を膨らませる。ゴードンと同じ四十代のはずだが、その表情は少女のようだ。

「マリア様は心配し過ぎです! 奥様はそんなことで怒るような方ではありません! それに、本当はドレスも装飾品も全て売り払って孤児院の費用にと仰ったんです。でも、タウンハウスのお金すら一銭も手を付けなくて良いほど、安定しているんです。王のお陰です。あ、そうじゃなくて、だから、ドレスを売る必要はなくて、奥様に保存させてくれと私が申し出たんです。然るべきときに処分なり売るなりするという約束でしたので、マリア様が着て活用してくれればそれが奥様も喜ぶ最善なのですよ!!」

 お喋りすきのフランは一気に話して、満足そうにウンウンと自分の言葉に頷いた。

「フランの気持ちはありがたいです。でも、そうですね。何かあった時は是非」
「普段でもよろしいのに」

 ぶつぶつと言ってはいるけれど、少し納得して離宮に戻っていく。
 居候の生活に何かがあるわけではないと思う。そもそも、この生活をいつまでも続けるわけにはいかないのだ。

「そろそろ考えないといけないですね」

 生活も魂を救うために動くことも、全てはフロストと自分自身の幸せのためだ。

 


「マリアのお披露目パーティをします」

 ルーンの言葉に意味が分からず、王座に座るアレンを見る。が、ニコニコしているだけだ。
 更にその隣に座るイザベラとアランも満面の笑み……。

「えっと、不要かと」
「そんなことないわ!! 私の妹が見つかったのよって自慢したら皆が会いたいって言ってくれたの。それなら、盛大にパーティしようって」

 そもそもアランとイザベラの存在は王都では周知だろうけれど、常に行商に出ているという貴重な存在。いや、希少生物や絶滅危惧種のような扱いではないだろうか。

「しかし私達は軍人でしたので、顔が知られている可能性があります。危険です」

 たとえこのモルタール王国が中立国といえど、近隣国の戦況は伝わっているはずだ。その中でティアブール国の姫が戦場を駆け回って、戦績を残していることは知られているだろう。
 意図しない場所で、似顔絵や噂で人相を知られている可能性は大いにある。

「私の存在は、皆様を危険に晒します。時期をみて国境の街に戻り、その後は移動する予定です。どうぞ、ご容赦下さいませ」

 恭しく頭を下げると、アレンは ふむ と腕を組む。柔和な雰囲気だけれど、王座で足を組み腕を組み、眉間に皺を寄せるとそれなりに威圧感を感じた。

「却下」
「……なぜでしょう?」
「一つはマリアはイザベラの妹であり、異国の難民としてあるからだ。二人の母がそうであったように、そこは海を何十日も渡らねば行くことができない。並の貴族や皇族でも、余程の用が無ければ関わらない国だ。ゆえに、ティアブール国の姫が黒髪で似ていようと 異国では常識 で押し通す。二つ、私達はそんなに柔な国家ではない。中立国というのは、軍事が無いというわけではない。自国を防衛し、緊急時に対応できる力はある」

 舐めるな。ということらしい。確かに中立なら軍備などたかが知れていると思っていたが、フロストがアランから聞いたという軍備や訓練内容は、ティアブール国に匹敵するものだった。
 だが、その緊急時の理由が私自身になりたくない。暖かいからこそ、壊し、……嫌われるのが怖いのだ。

「最後の理由だが、それは何よりルーンが楽しみにしているからだ」
「それに、イザベラもだ」

 アレンの言葉にアランがかぶせる。そして、満面の笑みをうかべたルーンとイザベラは椅子から立ち上がり、歩み寄ってきた。
 そっとルーンが頬に触れてくる。

「戦場の女と、社交界の女は別人よ」
「えっと、ドレスがありません」
「仕立てるわ。それが嫌なら貸しましょう」
「お、踊れません」
「開催は一週間後です。練習なさい」
「礼儀も知りません」
「難民の設定でしょう? 礼儀が完璧より、真実味が増します」
「あ、え、その」
「迷惑ではありません」

 キッパリと言われ、反論の言葉が出なくなる。すると、安心したように頬から手を離し、ほほ笑みを浮かべた。

「美しくなりなさい。あなたはまだほんの乙女なのだから。ねぇ、フロストもそう思うでしょ?」

 今までずっと黙っていたフロストは、ルーンに視線を向けたあとにすぐこちらを見る。そして優しく口端を持ち上げた。

「マリアは最初から、いつでも美しいですが?」

 ポカンとしたルーンは思い切り笑いだし、そうよねと何度も頷いたのだった。
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