【R18】タルタロスの姫は魔族の騎士に溺愛される

麦飯 太郎

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動き出した国々

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 モルタール王国での離宮の暮らしにもだいぶ慣れた頃、外堀を埋めるように国境の街で契約していた二階の家を解約したとアレンから聞かされた。
 また不法侵入の森の家に住むという手も無くはないけれど、やはり王都よりも情報が少なく、もう少しだけ世話になろうとフロストと話し合った。
 そんな矢先。

「ティアブール国で大規模な反乱があった」

 何気ないいつもの茶会に、珍しくアレンとアランが出席していると思ったが、どうやらこの報告だったようだ。
 イザベラとルーンは既に状況を把握しているらしく、神妙な顔でこちらを見つめている。

「そうですか」
「驚かないのかい?」
「いえ。驚きました。しかし、……今はオッズライルとの戦闘が相次ぎ戦場に多くの兵士と民間兵も導入されていました。結果はギリギリの勝利で被害も多く、それを埋めるために税収を各所で引き上げていたので……」
「歪みは随分前から生じていた。ということか」

 ゆっくりと頷くと、アランが困惑した表情で声をかけてきた。

「状況は相当悪い。それでも聞くか?」
「はい。それによって、私も行動を起こすか判断します」

 その言葉にイザベラが思い切り立ち上がる。その反動で椅子がひっくりかえり、メイドが慌てて駆け寄ってきた。

「ダメよ!! マリアはもう沢山苦労したんだから、もう戦争なんて行かないで!! ここで暮らすことに気が引けるなら、私達と行商すればいいわ!! 貿易を始めたい国はまだ沢山あるもの、そこで落ち着けそうならそうしてもいいし、戦争なんて、戦場……なんて……」

 涙ぐむイザベラに、心からの優しさを感じる。だけれど、そういうわけにはいかないだろう。
 目指していたのは、ティアブール国とロックフェルト国、そしてオッズライルの三国が平和を結ぶことだ。
 人を殺してきた贖罪であり、フロストが人間に戻れる可能性なのだ。

「イザベラ。座って」

 そう言ったのはアランだ。夫に促され、渋々とイザベラは席につく。

「ティアブール国での反乱は、既に終盤を迎えているらしい。水面下で多くのことが動いていて、一日で王族をほぼ全員捕え……翌日には処刑や暗殺されたそうだ」

 さすがの言葉に息が止まる。
 ということは、父である王はもちろん、他の兄弟姉妹や多くの側室やあの酷い正室も処刑をされたのだろう。
 親しい者がいたわけではないが、思うことがないわけではない。
 それに、あのままタルタロスから抜け出さなければ、私もきっと殺されていたはずだ。

「反乱は民間人だけですか?」

 こちらの言葉にアレンは首を振る。

「いや、王国騎士団のいくつかは反乱軍に寝返ったとのことだ。特に、なんと言ったか……黒蝶騎士団? だったか。その騎士団が田舎で畑仕事をしていたが、招集されて一気に戦況が変わったらしい」
「は? なんで騎士団が畑仕事をしてるんだ??」
「さぁ? ティアブール国が食糧難になるとは思えないから、左遷かな??」

 アレンとアランが首を捻る中、指を顎にあてて考える。

「オッズライルはどうしていますか?」
「モルタール王都へ向け進軍の準備をしているそうだ」

 いつか王家を乗っ取りたいと考えていたボードン伯爵なら、この好機を逃すはずがない。既に進軍をしていてもおかしくなかったが、まだ準備段階なら急げばどうにかなりそうだ。
 決意を込めて、頭を下げる。

「アレン陛下。ロックフェルト国に行き、交渉をして参ります。モルタール国、オッズライル、ロックフェルト国はこのままでは三国とも不幸になるでしょう。しわ寄せは全て国民です。いかなる事情があろうと、それだけは阻止せねばならないかと」
「それはそうだが……」

 国として動けない。中立国として当然の決断だ。アレンの顔はその言葉の代わりに、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

「……ふむ。俺らが行くか」
「!? アラン?? お前が行ってどうするんだ??」
「国として行けないなら、俺とイザベラが行商で行けばいいだろう? それに付いてきた従者として入国して、その後は好きにすればいいさ」

 放置するような言い方だけれど、彼らは王族だ。まず自国を守るのが常だろう。それなのに手助けを申し出てくれたのだから、それだけで感謝してもしきれない。
 本来なら一人、いや、二人で乗り込むつもりだったのだから。

「念の為ですが、フロストは行きますか?」
「愚問だな。俺はマリアの隣でしか存在できない」
「……それは、言い過ぎです」

 優しく微笑みながら 本当なのに と頭を撫でられ、一瞬だけほっこりとした空気が漂う。しかし、その空気を今まで黙っていたミーナが打ち壊した。

「私も行くわ」
「ミーナ!? あなたは王女なのよ!!」

 ルーンの悲痛な声がミーナの声に被さる。だが、しっかりと決意した眼差しでミーナはアレンを見た。

「アレン兄――いや、陛下。お願いです。私をアラン兄貴とイザベラ義姉様と共に行かせて下さい」
「……。行かせるメリットが無いな」

 珍しく冷たい態度のアレンだが、逆に言えばメリットがあれば考慮するのだろう。それに気付いているミーナは唇を噛み、再び決意の表情を見せる。

「……知り合いがいます」
「……それで?」
「その方に、北方の山でロックフェルト国の住人しか知らないモルタール国へ通じる道を教えて貰いました」
「なんだと!?」

 今度の叫びはアランだ。

「それはどこだ!! 俺が行商で見つけられない道があるとでもいうのか!! いや、それよりその道を何に使っている!!」
「悪いことじゃないよ!! あ、いや、悪い……ことかな……ロックフェルト国は冬はどうしても夜が長くなって寒さが酷くて、いくら貯めていたとしても食料と燃料が不足する。だから……その、隣接するうちの国の村から必要なものを渡して、代わりに珍しい毛皮とかを譲って貰ってるのよ。ロックフェルト国のさらに北方に住む動物の毛皮は厚くて丈夫で暖かい。だから……密輸……ルートになるのかな……」
「密輸……」

 目に手を当てたアレンが、そのまま天を仰ぐ。

「ロックフェルト国は確かに隣接するのがうちとティアブール国だけだからな。だがうちまでの道は、ティアブール国を跨がなければ来れないということになっている。しかし、ティアブール国とは衝突していてうちと貿易はできない。ロックフェルト国の民の苦渋の決断……か」
「アレン兄貴、あの……」
「どうした、ミーナ」
「ロックフェルト国の人達は自然を愛して敬ってる。自分達が必要な分だけを自然から借りてるって感覚なの。だから、よく聞く戦闘民族みたいな感じでは絶対にないの。信じて……」

 ミーナの話は真実だろう。ロックフェルト国が攻めてくる時期はいつも冬の厳しさが訪れる前だ。暖かい時期にティアブール国に送った支援や協力を求める信書が無碍された時期と合致している。
 条件次第で和平交渉は一気に進展するだろう。
 唸っていたアレンがミーナを見据える。その目には任せたい思いと、兄として妹を心配する優しさを孕んでいるようだ。

「ロックフェルト国の人に文を出せるかい?」
「!? ええ! 今から鳥を飛ばせるわ!」
「なら、その人に国境まで迎えに来るように伝えて欲しい。その後、王城まで案内して貰って。アランとイザベラはいつも通り行商をしながら、国の実情把握。こちらも王家宛に文を出すから、ミーナはその使者という扱いで」

 何度も頷き感謝を述べたミーナは、急いで文を出して準備をすると部屋に駆け戻ってしまった。

「マリア。ミーナはちょっと落ち着きがない子だから、よく見ておいてくれるかな」
「かしこまりました。多大な配慮をありがとうございます」

 誰からともなく席を立つ。

「よし!! 出立は早い方がいいな!! 今宵でも構わないか?」
「もちろんです。私達には用意はありませんから」

 こうしてアラン、イザベラ、ミーナ、フロスト、そしてマリアの五人でのロックフェルト国行きが決まったのだった。




 モルタール国の首都を出て、ひたすら北西へ向かう。険しい山々に囲まれたそこは、モルタール国の人は地元民でも近付かないような場所だという。
 首都はもう暖かい春が訪れているが、北部はまだ雪も降るらしい。ロックフェルトならば積雪が残っているかもしれない。
 ミーナは途中から獣道のごとく狭い横道に方向を変えた。

「可哀想だけど、頑張ってね」

 アランとイザベラ。フロストと私。そしてミーナの組み合わせで三頭の馬が走る。
 獣道、川沿い、細い山道を通り抜けると、ミーナが叫んだ。

「ロックフェルト国だよ!」

 続いていた森が開き、崖の目下には街が広がっている。モルタール王国とロックフェルト国、唯一接してる場所がこの切り立った崖では、過去に訪れた人々はここからの交流を諦めざる得なかっただろう。近いが、遠い。
 この崖まで昨晩王都を出て一日半だ。開通出来れば、便利さは増すだろう。
 改めて目下の街並みを見る。頑丈な木で作られた家々は、モルタール王国ともティアブール国とも違い遠目でも暖かみを感じられた。屋根が白いのは雪だろうか。

「綺麗ね……」

 思わず呟くと、ミーナは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「でしょ? ここからは回り道して降りるよ。急な坂道でかなり狭くて危険だから、よっぽどじゃないとロックフェルト国の人も使わないんだよ。それに、雪が積もってると通れなくなるから、期間限定の道なんだ」

 やはり、崖は崖のようだ。通常使うことはできないが、緊急時だけでも役にたつだろう。

「ああ。ところでここはどこの街だ?」
「あれ? アラン兄貴は昔来たことあるでしょ?? 首都だよ」
「首都!?」

 目を向いたのはアランだけではない。ミーナ以外全員が、まさかともう一度しっかりと街を見下ろした。
 確かに栄えているようだけれど、王城や王家の住まいと言えるような場所は見当たらない。広めの屋敷が一つある、その程度。そして、立っているこの道が、その広めの屋敷の庭に続いているっぽい……というくらいだ。
 到着して一日か二日は移動だと思っていたので、首都に到着したことは嬉しい誤算ではある。
 そんなことを考えていると、遠くから手を振った人がこちらに向かって走ってきている様子が見えた。

「ミーーーナーー!! おーーーい!! ミィーーーーナァーーーーー!!」
「凄く……呼ばれてますよ??」
「あー。うん。彼がロックフェルト国の友人」

 山道をかけ登っきた青年……いや、少年? 美女……?

(妖精かもしれないわね)

 雪を積もらせたような白い髪を長く伸ばし後ろで一本に束ね、ロックフェルト国特有の刺繍が施されたポンチョコートを身にまとっている。
 ミーナが彼と呼んだので男なのだろうが、中性的で美しい顔立ちをしているようだ。

「やっほー! イクルー!」

 息を切らして到着したイクルと呼ばれた青年は、思い切りミーナを抱き締めた。

「ミーナ!! 会いたかったよ!!」
「!? おい、なんで抱き締めてるんだ!?」

 驚愕の声を出したアランに気付き、青年はミーナから離れる。

「アランお兄様ですね!!」
「おにッ」

 満面の笑みを浮かべると、今度は恭しく腰を折る。その所作は美しく、洗練されているように思えた。

「皆様。初めまして。私はロックフェルト国の代表者であるネロ・メトルの長男、イクル・メトルです。ようこそおいでくださいました」

 なるほどと心の中で呟く。ロックフェルト国は王政ではなく、民の意見を集約するような政治を敷いている。
 現在、その代表をしているネロ・メトルの息子であれば、対外的なことを任せる上で礼儀や礼節を叩き込まれているのだろう。
 こちらも今回の訪問の表の代表者であるアランが頭を下げた。

「イクル殿、今回は突然の訪問となり大変失礼した。だが、こうして歓迎していただき感謝申し上げる。俺はモルタール王国国王の王弟アラン、隣にいるのが妻のイザベラ。妹のミーナ。後ろに控えているのが」
「存じております」

 従者として紹介される予定だったけれど、イクルのまさかの言葉に全員が硬直する。しかし、イクルは天使のような笑みを浮かべ 警戒しないで と言った。

「ティアブール国、マリア・ド・メディシス王女殿下。そしてその世話係のフロスト・タリアン様でいらっしゃいますね?」

 まさか、フロストのことまで知られているとは思わず、息をのむ。隣をチラリと見ると、どうやらフロストも予想外だったようで目を瞬かせていた。

「……ミーナ、あなたが伝えたのかしら?」

 イザベラが少々怒気混じりな声をだすと、焦ったミーナは思い切り首を振りながら知らないよと叫んだ。
 今回の目的を知っているので、そんなことをミーナがするはずがないだろう。ということは、目の前の人物は相当な情報網を持っているということになる。

「申し遅れました。仰しゃる通り、私はマリア・ド・メディシスです。フロストは世話係ではありましたが、それはティアブール国でのことでございます」
「ふーん。それじゃぁ恋人か。いいなぁ! 私も早くミーナと恋人になりたいですね」

 その言葉に、アランが口をぽかんと開く。イザベラもあらあらと口元を覆い、ミーナは目を覆っている。
 その様子を楽しんでいるかのようにフロストがイクルに話しかけた。

「ミーナ王女とそういう仲ではないのですか?」
「いや。まだだよ。何度もお付き合いを申し込んで、不安なら婚約しよう、でも本心は今すぐにでも結婚したいと伝えているんだけどね。ミーナは自国の様々な場所で実際に住んで民に寄り添いたいって言うんだ。いや、凄いことだし応援しているよ? それにそのおかげでこの国境沿いの森でミーナに出逢えたんだ。感謝してもしきれない。でも、私ももう二十七になるし、ミーナも適齢期でしょう? 早く結婚しないとミーナがどこぞやの知らない貴族と結婚したとかなったら、誘拐しにいかなきゃいけなくなる。骨が折れるし、できればモルタール王国との歪みは産みたくないんだよなぁ」

 情報が多過ぎてついていけないが、どうやらミーナに重量級の愛を抱いていることだけは理解した。そして、話が好きということも。
 ……誘拐とかそういうことは、この際聞かなかったことにしておこう。

「おま。ミーナ! そんな奴がいるなんて知らないぞ!!」
「兄貴に聞かれてないもん」
「いや! 聞いたぞ!!」
「付き合っている人はいるか? って聞くじゃない。だから 付き合っている人はいない って答えたでしょう? 本気で口説いてくる人はいたけど」
「冬の間は会いに行けなかったから、こうしてミーナから会いに来てくれるなんて幸せだよ!」

 なんだか、もう訳が分からない。だが、ミーナがスッと真顔になった。

「イクル、今回の訪問は」
「知ってる。ただ行商や観光で来たわけじゃないでしょ? マリア王女殿下。お話は代表へ。ご案内します」

 ニコリと笑みは浮かべているけれど、どこまで知られているのだろうか。得体の知れない恐怖を抱きつつ、お礼を述べた。
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