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寄り道、そして合流
翌朝、まだ日が登りきらないうちにロックフェルト国の代表宅から出征。
フロストの使い魔が保管していたという軍服は、少しだけキツく感じたけれど袖を通せば身体に馴染む。ドレスを纏えば淑やかに、軍服で固めれば身が締まった。
ネロの話通り、バジー兵団と共に国境を越えた。そこは王都まで最短距離の国境であり、何度も戦場になった場所だ。
しかし今は、風の音が酷く聞こえるほど静まり返っている。異常さをひしひしと感じ、身震いがした。
「………………急ぎましょう」
「あの、マリア殿。よろしいでしょうか」
「なんでしょう」
声をかけてきたのは、若い兵士だ。
共にしているバジー兵団は十名から構成され、剣術や銃に優れている者を集めているという。その名を知らなかったので、きっとタルタロスに幽閉されて以降に設立されたのだろう。
年齢は最年長がネロの夫である、エルド。そして、三十代前半から二十代後半の精鋭達だ。その中でたった一人の十代が声をかけてきた彼だ。
「どうした? キリアン。急いでるんだ、手短にしろ」
エルドの言葉に、キリアンは素直に頷く。
「墓参りを、させて欲しい。そして、マリア殿にも」
「おまっ!! いや、分からなくはないけど、今じゃないだろ!!」
焦るエルドが、こちらとキリアンの顔を何度も確認している。きっと思うところがあるのだろう。
戦場では遺体を全て回収することは難しい。そのため、戦死者の遺品の一部……特に個人を特定できるような家族の写真が収められているロケットペンダントやタグなどを持ち帰ることが多い。そして、戦況が落ち着いているときにその地に戦死者を弔う墓石を置くのだ。
今、通過しているこの土地はすでにティアブール国ではあるものの、こっそりとロックフェルト国の者が墓石を作り弔ったのだろう。
「行きましょう」
「え、良いのですか?」
自分で言い出したくせに、キリアンは目を思い切り開き驚きを隠せていない。だが、よく見れば他の兵士も多少なりと驚きを覚えているようだ。
「えぇ、長居はできませんが。案内をお願いします」
キリアンに向けて伝えると、先頭が入れ替わり進み始める。
先程まで兵士達は雑談をすることもあったが、今は誰もが無言で馬を進めていた。
「マリア」
心配そうな声でフロストが話しかけてくるが、言葉での返事はせずに目で頷く。大丈夫。これは大事なことだ。
きっと、まだバジー兵団の誰もがティアブール国への進軍……いや、私自身についてくることを躊躇い、心の奥底では嫌悪し恨みを抱えている者もいるだろう。
それは簡単に消えない。
それほど、ティアブール国とロックフェルト国の争いは長期に渡っているのだ。
(でも、だからといって、このままではいけない)
正直、綺麗事だと思う。でも、それでも、できる限りのことをしたい。
「ここです」
馬が止まり、先頭のキリアンが馬を降りた。倣って馬を降り、全員が馬を降りたことを確認したキリアンは無言で歩き出す。
たった十数歩先にあった、小さな小さな石の墓。
よく見れば、確かに何かが彫ってあるようだが、馬で真横を通ってもそれが墓石だとは気付かないだろう。
「これは、三年前の戦闘で亡くなった方の墓です。俺の兄さんが……二人眠っています。っても、遺体はその時はもう……」
戦闘が終了しても、すぐに戦場に一般市民が入ることはできない。なぜなら、まだ敵兵が潜んでいるかもしれないうえに、遺体を狙う野生動物が集まってくるからだ。
食い荒らされる戦場は悲惨そのもの。幼子や女が見て良いものではない。
「その戦闘で生き残った人に、敵の騎士団長はガルマンだったと聞きました」
「――それは」
ガルマン公爵。酷い戦闘狂だ。
王が 勝てば良い という考えなことを知っているので、どんな卑怯なことにも手を染めていた。
「その副団長が、マリア殿だったと」
三年前なら、確かに何度かガルマンの下で戦場に向かったことがある。そのうちの一つか……と思わず心が重くなった。
自身が副団長で入った時、ガルマンは死者に対しての礼儀も失っていた。少しでも息があれば もう少し戦えるだろう と剣を振り下ろし、息が切れていても まだ蘇りそうだ と徹底的に命が完全に切れるまで打ちのめしていた。
それに対し、そこまでするなと何度も進言した。だが、ガルマンは聞かなかった。
それどころか、次に言えば副団長であろうと殺すと言われたのだ。戦場で死ねば、誰が殺したかなんて分らないだろうと忌々しいほどの笑みを浮かべながら。
「………………」
唇を噛んでいると、キリアンは背を向けて膝を折る。墓石に祈りを捧げているようだ。
その横に並び同じように膝を折る。目を瞑り、無念に散っていき、死してなお無碍に扱われたいくつもの命に祈りを捧げる。
「ごめんなさい……」
ぽつりと出た言葉に、隣のキリアンが冷たく 何に対してですか と聞いてくる。
「戦場で命を奪い合うのは、それは軍人として仕方の無いことです。それが戦争です。ですが、無駄に奪うことは許されません。それに、死者は敵味方関係なく辱めてはなりません。それなのに、私はガルマン公爵を止められなかった……」
沈黙が続く。
「誰も死にたくなかった」
絞り出すように兵士の誰かが呟いた。それに対して、はいとしか答えられない。
「俺らは戦争がしたかったわけじゃない」
「はい」
「ただ、交渉をしたかった」
「はい」
「本当に死ぬなんて……思わなかった」
いくつもの声が矢のように降る。一つ一つが、心に刺さり涙が出そうになるが、それは今は絶対にしてはいけない。
その気持ちを全て受け止めるのだ。
きっと彼らの親や兄弟、友人に私が直接手を下したこともあるはずだ。過去に戻れないからこそ、泣いてはいけない。
言葉が少なくなり静まると、エルドが頭を下げてきた。
「すまん。マリア殿に言っても仕方ないのは分かっていたが……」
「いえ、聞かせて頂けて良かったです」
「そうか……」
立ち上がり振り向くと、困ったように微笑んだエルドは墓参前よりもスッキリとした顔をしている。それはバジー兵団の他の面々も同様で、多少であれ膿を吐き出せたからなのだろう。
「私は、二度と人を殺めたくありません。もう一人として死なせたくない」
すっと息を吐き、しっかりと前を向く。これから向かうのは戦場だ。きっといくら抗おうと死者はでてしまう。でも、言わずにはいられなかった。
「私は、この長い戦争を終わらせます。ティアブール王亡き今、王城は今頃オッズライル領主ボードン伯爵が占領しているでしょう。そこに潜入し、和平への交渉を行い無血開城をさせることが狙いです」
「せ、戦闘になるのかと……」
キリアンの言葉に何人かが頷く。同時に、そんなことが可能なのかと呟く声が聞こえた。
「容易ではありません。それに多少の血は流れるかもしれません……ですが、最善を尽くします。その最善のために、まず黒蝶騎士団と合流します」
「信頼はできるのか?」
その言葉に思わず微笑んだ。
「もちろん。彼らなら大丈夫です」
それから丸二日かけ、王都目前の街に沿うように広がる森に到着した。
久しぶりの野営は、鈍った身体と感覚を取り戻すには十分な時間だった。休息中に、フロストと鍛錬をしたことも良かったのだろう。
今後は少しでもアランの鍛錬に交わらせてもらおうと思った。
先に偵察に行っていたキリアンが戻り、鬱蒼と茂る草の中に入ってきた。息を切らし、汗が吹き出ている。
「どうだった?」
急かすようなエルドを手で制し、まずキリアンに水を渡す。
「落ち着いて。まず飲みなさい」
渡された水を一気に飲み干してもまだ落ち着かない様子だったが、キリアンは口を開く。
「マリア殿の言うとおり、王城はオッズライルの領主が占領していました。さらには王城の全ての入り口をオッズライルの兵士で強固に固めているようです」
籠城している間に、オッズライルから援軍が来るのだろう。援軍が入城すればするほど不利になる。
「兵糧が無くなるまで城に閉じ込めれば良いんじゃないか?」
エルドの言葉にフロストが首を振った。
「それだと数年はかかるぞ」
「な!? そんなに備蓄があるのか!?」
半年分はあるだろうと思っていたが、そこまでとは思わず、エルドと同じように驚いてフロストを見る。
「国王は臆病だったんだ。とてもな。だから、籠城することになっても王族だけでも生きのびれる程の備蓄をしていた。とんでもない量だったぞ」
「いつ、見たのですか?」
「マリアの世話係になった直後。アイツらの作る料理以外をマリアに食わせたくて、食材を漁っててな。奥に隠し通路を見つけたんだ」
それをオッズライルが発見していれば、援軍が兵糧を持ち込まなくとも耐えられるだろう。そして、黒蝶騎士団と民衆がこの状況に慣れ、弛んだところで支配を始めるつもりだろう。
「……キリアン、黒蝶騎士団は何をしていましたか?」
「王城の門をそれぞれ監視しているようでした。でも、攻める姿勢はなく……何かを待っているようでした」
「何をだ?」
エルドの質問にキリアンは首を振る。だが、その言葉で確信を得た。彼らは待っている。
「どうする? マリア殿」
「あと一時間待ちましょう」
「誰をだ?」
首を傾げたフロストにニコリと笑みを向ける。
「信頼できる味方ですよ。さぁ、これからに向けて一時間だけ休憩です。食事にしましょう」
そして、ぴったり一時間経った。
「お嬢様ァァァァ!!!!」
食事を終えて休憩をしていると、頭上から鳥のようにふわりと男が叫びながら降りてきた。
「ラリ!!」
「遅くなりました!!」
黒いピッタリとしたズボンに深い緑のコートを纏った男は、他に目もくれず抱きついてきた。その感覚が久しぶりで思わず抱き締め返すと、背後から極寒の殺気を感じた。
「なんだ、こいつ」
不味いと思ったが一足遅く、抱きついていた男が離れ背後のフロストを睨む。
種類の異なる二つの殺気に挟まれ、二人を離すように両手を広げる。フロストが氷の刃なら、ラリは全てを飲み込む闇というところか。
「落ち着いて下さい」
「は? 俺は落ち着いてる」
全くそうは見えないけれど、その言葉を信じ改めてやってきた男を見た。
知っている姿よりもかなり成長し、男らしくなっている。年月が経つのは早いものだ。
「お嬢様、お美しくなられました。いえ、昔も美しかったですが……昔は可愛らしいの方が似合ってましたからね」
ニコニコと満面の笑みで話す男に、エルドが口を挟む。
「マリア殿、この者は?」
「この者はラリ。私が軍で騎士団の団長を任されていた時の団員です」
紹介すると、今度は少しだけ外向けの笑顔になったラリがエルドに手を差し出した。
「ラリです。爵位はありませんので、そのまま呼んで下さい。ちなみに十七歳。マリアお嬢様の一つ下で、黒蝶騎士団の中で一番年下。イケメン諜報員です」
イケメンかどうかは分からない……が、確かに年頃の女子ならば顔を赤るような整った顔立ちだ。そして、あの騎士団が解散させられた後も皆が一緒にいるのであれば、ラリ以外は諜報活動はできない。
「へぇ……、で、マリアはなんでコイツが来るってわかってたんだ?」
少し冷たい声のフロストは、わざとらしくこちらの腰に手を回してきた。
「ラリならきっとキリアンの背後を取っていると」
「え?! 俺、誰にもつけられなかったよ?!」
驚いたキリアンが叫んだが、その言葉にラリはふふんと笑う。
「諜報と尾行の天才が気付かれると思うか? それにお前、他の団員にも気付かれてたぞ? ちなみにオッズライルのアホどもは気付いてないけど」
そんな……と落ち込んだキリアンの肩を叩く。
「ごめんなさい。実はラリが絶対に気付けるようにあなたを偵察に選んだの。他の人だと、上手くいきすぎて万が一、ラリが気づけなければ連絡が取れないので……」
その言葉に再び落ち込んだキリアンだが、ラリが偵察教えてやると励ますと一気に元気になった。
「それで、現状は?」
「はい。オッズライルは自分達が勝ったと思い込んで、王城へ。今は王家で保有していた宝物を嬉々として数えてますよ」
「思い込んで?」
エルドの言葉にラリは頷く。
「えぇ、下手に逃げられたりしたら民間人に被害がでますので。そして、思惑通り、オッズライルの全兵力を王都へ召集しています。クソ伯爵は王都と王城へ強い執着がありますからね」
やはり、ボードン伯爵は自分が王に成り変わるつもりなのだろう。
だが、そうはさせない。させてはいけない。
欲深い者はそれだけで満足はせず、次はロックフェルト国を狙い、中立であるモルタール王国も支配しようとするだろう。
そうなれば戦争は続き、今よりさらに酷くなる可能性がある。
「オッズライルはどうでしたか?」
「酷いもんですよ。お嬢様がタルタロスに幽閉されてから、王に散々戦場に向かわされたけど誰も死なないからって騎士団解散させられて。その後は、左遷された田舎で畑仕事してたんです。まぁ、そこがオッズライルと近かったから様子がよく分かったんですけどね」
自身が幽閉されたあとはすぐに解散させられたと思うこともあったが、やはり違ったようだ。地下で何もできない時に、彼らは戦場で駆け回っていたと思うと……心が締められるようだ。
一息に話したラリは、ニコリと笑う。
「俺以外は、筋肉馬鹿だから畑は凄く順調だったんです。それでね、あの辺は国境でも境が曖昧ですから、オッズライルの人が野菜を買いに来てくれたんです」
「は?? オッズライルは温暖な気候だし川も流れて海にも面してるだろ?? 自領でどうにかなるだろ」
キリアンの言葉に頷いたラルは、話を続ける。
「本来ならね。でも、そうもいかなくなってきたわけだ」
「徴兵ですか……」
「さすがお嬢様! そうなんです。自領といっても国ほど国土がないので、住民は限られている。なのに、働き盛りの四十から二十代は殆どがティアブール国との戦闘に駆り出されていたんです。長引く戦闘で、今は平民の十代と貴族の子息も招集されてる始末です」
沈黙が訪れる。男手がほぼ無いとなると、生活は一気に厳しくなるだろう。いくら働いても、今まで通りの収入は見込めない。
その上、戦場へ旅立った人に心を揉み続けるのは並大抵の精神力では叶わないはずだ。一日でも早く、終結しなければと改めて心に誓う。
これから合流するオッズライル兵の士気は極めて低いだろう。しかし、ボードン伯爵はそれに頼るしかない。
「オッズライルに見込みのある者はいますか?」
「おります。二年前に戦場で父親と兄を亡くされた、ソフィア令嬢です」
女か……とバジー兵団の者が呟いたが、すぐに自分たちの代表も女性だと気付いたのだろう。口々に女性の方が目先の利益に捉われない等々の賛辞を述べ始めた。
「令嬢はオッズライルに?」
「いえ、今回の王都招集に参加しています。領主に進言するんだってずっと言っていたので」
それならば、話し合いができそうだ。
しかし、最初から元王族の自身が行くと余計な詮索をされかねない。
「二手に別れましょう。まずラリとキリアン、エルド、それと偵察が得意な方はソフィア令嬢にこちら側の意図を伝えてください。できればオッズライルで待機していて頂きたいですが、きっと王都にそのまま進軍するでしょう。無理に止める必要はありません。見届ける権利があります」
三人と数人の男が頷く。その他の者達の視線を感じた。
表情を引き締め、これから起こるであろうあらゆる事柄を考える。この中にいる者から、死者を出してしまうかもしれない。それでも、進むしかないのだ。
「その他の方達は私と共に王都へ。黒蝶騎士団と合流し、まずはオッズライルに交渉の場を要求。叶わなければ、援軍は来ないことを伝え、籠城を決め込む様子なら突入します。和平を一日でも早く結びましょう!!」
おう!! と勇ましい男達の声が森に響いた。そして準備を始めた時、そっとラリが隣に座った。
フロストが威嚇するかと思ったが、馬の手入れで後ろを向いている。
「どうしました?」
「実はお嬢様がタルタロスに入った後すぐに、お嬢様は死んだって言われたんです」
父である先王ならば、そうするだろう。元団長である私に、団員達は強い愛着があることを知っていた。その絶対的な信頼や従事を無くさせたかったに違いない。
「それで第五近衞騎士団は解散させられ名前が無くなって。でも、皆して強いから戦場には送られていたんです。でも、名前が無いと格好がつかないなってなって、黒蝶騎士団って名前をつけたんです」
「そうでした。知らない騎士団はなかったので、いつの間にか現れた騎士団名を不思議に思いましたが……すぐにラリ達だと気付きましたよ」
ニコリと笑顔で伝えると、嬉しそうによかったと呟いた。
「黒蝶騎士団って名前で?」
「いえ、私がタルタロスから出した指示を素直に受け取り、遂行できた騎士団だったからです。非公式の騎士団と言う割に、実戦経験が豊富な感じが伝わってきました。それに、他の騎士団は団長命令で指示を変更することが多かったので」
「なーんだ。黒蝶ってお嬢様みたいだなって、皆で名付けたのにぃ」
黒蝶。鬼とか死神とかは呼ばれていたが、そんな優雅なイメージを持たれるようなことはしていないはずだ。首を傾げると、ラリはこちらの髪を指に絡める。
「美しい黒髪が舞うのは、蝶のそれみたいですよ。あ! あと、俺らがお嬢様が生きてるって確信したのも戦場だったんですよ!! あんな指示を国王が出すはずがないですもん。絶対死んでないって機会を伺っていたんです。まぁ、結局戦いで強すぎて俺らまで怖がった臆病王様が田舎に送ってくれちゃったんですけどね」
「苦労をかけました」
「そんな! ずっと訓練とか戦場に居たので、田舎暮らしは全てが新しくて楽しかったです。終わったら、また農夫に戻るかって言ってる奴もいるくらいですし! あ、でも俺はお嬢様の近衛でいたいけど。さて、俺も準備してきます!」
言いたいことを言い切ったのか、先程よりもさらに笑みを咲かせてラリは準備に向かった。その背中を見送っていると、また別の人物が隣に座る。
「フロスト……」
「話は終わったか?」
「ええ。ありがとうございます」
気を使い、二人の時間を持たせてくれたのは明白だ。それを知られていることに対して、少しだけ照れくさそうに頬を掻いたフロストは構わないと呟いた。
無言の時間が二人を包む。その時間すら、愛おしいと感じる。そんな自身の変化は、フロストから与えられていると思うと、それすら愛おしい。
ふと、思い至り沈黙を破った。
「……フロスト」
「ん? どうした?」
「この件が全て片付いたら、結婚しましょう」
「は? え?」
「結婚するの。あなたがどんな存在とか、過去に何をしたとか、そういうことも全て含めてフロストが好きだわ。愛してる。ね、どうかしら?」
驚きの表情で固まったフロストは、目を手で覆ってため息を吐いた。
「いや、あのさ。カッコよすぎんでしょ……」
「嫌かしら? 恋人……なのだし、その先も――と思ってたのだけど」
「嫌じゃない! 嫌なわけない。でもさ、ほら、プロポーズはカッコ良く決めたかったわけだ。俺も男だし?」
そう言われれば、淑女はプロポーズを自らしないのだろうと理解し、少しだけ頬が熱くなった。
「ご、ごめなさい。そうなれれば、うれしいなって……先走ったわ」
「いいよ。それだけ俺のことか好きだってことだし……。でも、この戦争が終結したら改めてプロポーズを俺からする。だから、待っててくれ」
そう言われると、何だかとても期待してしまう。
ゆっくりと頷くと、フロストは安心したように すぐに終わらせよう と囁き、額にキスをしてくれた。
そのキスはいつもより優しく、いつまでもじんわりと暖かく感じられた。
フロストの使い魔が保管していたという軍服は、少しだけキツく感じたけれど袖を通せば身体に馴染む。ドレスを纏えば淑やかに、軍服で固めれば身が締まった。
ネロの話通り、バジー兵団と共に国境を越えた。そこは王都まで最短距離の国境であり、何度も戦場になった場所だ。
しかし今は、風の音が酷く聞こえるほど静まり返っている。異常さをひしひしと感じ、身震いがした。
「………………急ぎましょう」
「あの、マリア殿。よろしいでしょうか」
「なんでしょう」
声をかけてきたのは、若い兵士だ。
共にしているバジー兵団は十名から構成され、剣術や銃に優れている者を集めているという。その名を知らなかったので、きっとタルタロスに幽閉されて以降に設立されたのだろう。
年齢は最年長がネロの夫である、エルド。そして、三十代前半から二十代後半の精鋭達だ。その中でたった一人の十代が声をかけてきた彼だ。
「どうした? キリアン。急いでるんだ、手短にしろ」
エルドの言葉に、キリアンは素直に頷く。
「墓参りを、させて欲しい。そして、マリア殿にも」
「おまっ!! いや、分からなくはないけど、今じゃないだろ!!」
焦るエルドが、こちらとキリアンの顔を何度も確認している。きっと思うところがあるのだろう。
戦場では遺体を全て回収することは難しい。そのため、戦死者の遺品の一部……特に個人を特定できるような家族の写真が収められているロケットペンダントやタグなどを持ち帰ることが多い。そして、戦況が落ち着いているときにその地に戦死者を弔う墓石を置くのだ。
今、通過しているこの土地はすでにティアブール国ではあるものの、こっそりとロックフェルト国の者が墓石を作り弔ったのだろう。
「行きましょう」
「え、良いのですか?」
自分で言い出したくせに、キリアンは目を思い切り開き驚きを隠せていない。だが、よく見れば他の兵士も多少なりと驚きを覚えているようだ。
「えぇ、長居はできませんが。案内をお願いします」
キリアンに向けて伝えると、先頭が入れ替わり進み始める。
先程まで兵士達は雑談をすることもあったが、今は誰もが無言で馬を進めていた。
「マリア」
心配そうな声でフロストが話しかけてくるが、言葉での返事はせずに目で頷く。大丈夫。これは大事なことだ。
きっと、まだバジー兵団の誰もがティアブール国への進軍……いや、私自身についてくることを躊躇い、心の奥底では嫌悪し恨みを抱えている者もいるだろう。
それは簡単に消えない。
それほど、ティアブール国とロックフェルト国の争いは長期に渡っているのだ。
(でも、だからといって、このままではいけない)
正直、綺麗事だと思う。でも、それでも、できる限りのことをしたい。
「ここです」
馬が止まり、先頭のキリアンが馬を降りた。倣って馬を降り、全員が馬を降りたことを確認したキリアンは無言で歩き出す。
たった十数歩先にあった、小さな小さな石の墓。
よく見れば、確かに何かが彫ってあるようだが、馬で真横を通ってもそれが墓石だとは気付かないだろう。
「これは、三年前の戦闘で亡くなった方の墓です。俺の兄さんが……二人眠っています。っても、遺体はその時はもう……」
戦闘が終了しても、すぐに戦場に一般市民が入ることはできない。なぜなら、まだ敵兵が潜んでいるかもしれないうえに、遺体を狙う野生動物が集まってくるからだ。
食い荒らされる戦場は悲惨そのもの。幼子や女が見て良いものではない。
「その戦闘で生き残った人に、敵の騎士団長はガルマンだったと聞きました」
「――それは」
ガルマン公爵。酷い戦闘狂だ。
王が 勝てば良い という考えなことを知っているので、どんな卑怯なことにも手を染めていた。
「その副団長が、マリア殿だったと」
三年前なら、確かに何度かガルマンの下で戦場に向かったことがある。そのうちの一つか……と思わず心が重くなった。
自身が副団長で入った時、ガルマンは死者に対しての礼儀も失っていた。少しでも息があれば もう少し戦えるだろう と剣を振り下ろし、息が切れていても まだ蘇りそうだ と徹底的に命が完全に切れるまで打ちのめしていた。
それに対し、そこまでするなと何度も進言した。だが、ガルマンは聞かなかった。
それどころか、次に言えば副団長であろうと殺すと言われたのだ。戦場で死ねば、誰が殺したかなんて分らないだろうと忌々しいほどの笑みを浮かべながら。
「………………」
唇を噛んでいると、キリアンは背を向けて膝を折る。墓石に祈りを捧げているようだ。
その横に並び同じように膝を折る。目を瞑り、無念に散っていき、死してなお無碍に扱われたいくつもの命に祈りを捧げる。
「ごめんなさい……」
ぽつりと出た言葉に、隣のキリアンが冷たく 何に対してですか と聞いてくる。
「戦場で命を奪い合うのは、それは軍人として仕方の無いことです。それが戦争です。ですが、無駄に奪うことは許されません。それに、死者は敵味方関係なく辱めてはなりません。それなのに、私はガルマン公爵を止められなかった……」
沈黙が続く。
「誰も死にたくなかった」
絞り出すように兵士の誰かが呟いた。それに対して、はいとしか答えられない。
「俺らは戦争がしたかったわけじゃない」
「はい」
「ただ、交渉をしたかった」
「はい」
「本当に死ぬなんて……思わなかった」
いくつもの声が矢のように降る。一つ一つが、心に刺さり涙が出そうになるが、それは今は絶対にしてはいけない。
その気持ちを全て受け止めるのだ。
きっと彼らの親や兄弟、友人に私が直接手を下したこともあるはずだ。過去に戻れないからこそ、泣いてはいけない。
言葉が少なくなり静まると、エルドが頭を下げてきた。
「すまん。マリア殿に言っても仕方ないのは分かっていたが……」
「いえ、聞かせて頂けて良かったです」
「そうか……」
立ち上がり振り向くと、困ったように微笑んだエルドは墓参前よりもスッキリとした顔をしている。それはバジー兵団の他の面々も同様で、多少であれ膿を吐き出せたからなのだろう。
「私は、二度と人を殺めたくありません。もう一人として死なせたくない」
すっと息を吐き、しっかりと前を向く。これから向かうのは戦場だ。きっといくら抗おうと死者はでてしまう。でも、言わずにはいられなかった。
「私は、この長い戦争を終わらせます。ティアブール王亡き今、王城は今頃オッズライル領主ボードン伯爵が占領しているでしょう。そこに潜入し、和平への交渉を行い無血開城をさせることが狙いです」
「せ、戦闘になるのかと……」
キリアンの言葉に何人かが頷く。同時に、そんなことが可能なのかと呟く声が聞こえた。
「容易ではありません。それに多少の血は流れるかもしれません……ですが、最善を尽くします。その最善のために、まず黒蝶騎士団と合流します」
「信頼はできるのか?」
その言葉に思わず微笑んだ。
「もちろん。彼らなら大丈夫です」
それから丸二日かけ、王都目前の街に沿うように広がる森に到着した。
久しぶりの野営は、鈍った身体と感覚を取り戻すには十分な時間だった。休息中に、フロストと鍛錬をしたことも良かったのだろう。
今後は少しでもアランの鍛錬に交わらせてもらおうと思った。
先に偵察に行っていたキリアンが戻り、鬱蒼と茂る草の中に入ってきた。息を切らし、汗が吹き出ている。
「どうだった?」
急かすようなエルドを手で制し、まずキリアンに水を渡す。
「落ち着いて。まず飲みなさい」
渡された水を一気に飲み干してもまだ落ち着かない様子だったが、キリアンは口を開く。
「マリア殿の言うとおり、王城はオッズライルの領主が占領していました。さらには王城の全ての入り口をオッズライルの兵士で強固に固めているようです」
籠城している間に、オッズライルから援軍が来るのだろう。援軍が入城すればするほど不利になる。
「兵糧が無くなるまで城に閉じ込めれば良いんじゃないか?」
エルドの言葉にフロストが首を振った。
「それだと数年はかかるぞ」
「な!? そんなに備蓄があるのか!?」
半年分はあるだろうと思っていたが、そこまでとは思わず、エルドと同じように驚いてフロストを見る。
「国王は臆病だったんだ。とてもな。だから、籠城することになっても王族だけでも生きのびれる程の備蓄をしていた。とんでもない量だったぞ」
「いつ、見たのですか?」
「マリアの世話係になった直後。アイツらの作る料理以外をマリアに食わせたくて、食材を漁っててな。奥に隠し通路を見つけたんだ」
それをオッズライルが発見していれば、援軍が兵糧を持ち込まなくとも耐えられるだろう。そして、黒蝶騎士団と民衆がこの状況に慣れ、弛んだところで支配を始めるつもりだろう。
「……キリアン、黒蝶騎士団は何をしていましたか?」
「王城の門をそれぞれ監視しているようでした。でも、攻める姿勢はなく……何かを待っているようでした」
「何をだ?」
エルドの質問にキリアンは首を振る。だが、その言葉で確信を得た。彼らは待っている。
「どうする? マリア殿」
「あと一時間待ちましょう」
「誰をだ?」
首を傾げたフロストにニコリと笑みを向ける。
「信頼できる味方ですよ。さぁ、これからに向けて一時間だけ休憩です。食事にしましょう」
そして、ぴったり一時間経った。
「お嬢様ァァァァ!!!!」
食事を終えて休憩をしていると、頭上から鳥のようにふわりと男が叫びながら降りてきた。
「ラリ!!」
「遅くなりました!!」
黒いピッタリとしたズボンに深い緑のコートを纏った男は、他に目もくれず抱きついてきた。その感覚が久しぶりで思わず抱き締め返すと、背後から極寒の殺気を感じた。
「なんだ、こいつ」
不味いと思ったが一足遅く、抱きついていた男が離れ背後のフロストを睨む。
種類の異なる二つの殺気に挟まれ、二人を離すように両手を広げる。フロストが氷の刃なら、ラリは全てを飲み込む闇というところか。
「落ち着いて下さい」
「は? 俺は落ち着いてる」
全くそうは見えないけれど、その言葉を信じ改めてやってきた男を見た。
知っている姿よりもかなり成長し、男らしくなっている。年月が経つのは早いものだ。
「お嬢様、お美しくなられました。いえ、昔も美しかったですが……昔は可愛らしいの方が似合ってましたからね」
ニコニコと満面の笑みで話す男に、エルドが口を挟む。
「マリア殿、この者は?」
「この者はラリ。私が軍で騎士団の団長を任されていた時の団員です」
紹介すると、今度は少しだけ外向けの笑顔になったラリがエルドに手を差し出した。
「ラリです。爵位はありませんので、そのまま呼んで下さい。ちなみに十七歳。マリアお嬢様の一つ下で、黒蝶騎士団の中で一番年下。イケメン諜報員です」
イケメンかどうかは分からない……が、確かに年頃の女子ならば顔を赤るような整った顔立ちだ。そして、あの騎士団が解散させられた後も皆が一緒にいるのであれば、ラリ以外は諜報活動はできない。
「へぇ……、で、マリアはなんでコイツが来るってわかってたんだ?」
少し冷たい声のフロストは、わざとらしくこちらの腰に手を回してきた。
「ラリならきっとキリアンの背後を取っていると」
「え?! 俺、誰にもつけられなかったよ?!」
驚いたキリアンが叫んだが、その言葉にラリはふふんと笑う。
「諜報と尾行の天才が気付かれると思うか? それにお前、他の団員にも気付かれてたぞ? ちなみにオッズライルのアホどもは気付いてないけど」
そんな……と落ち込んだキリアンの肩を叩く。
「ごめんなさい。実はラリが絶対に気付けるようにあなたを偵察に選んだの。他の人だと、上手くいきすぎて万が一、ラリが気づけなければ連絡が取れないので……」
その言葉に再び落ち込んだキリアンだが、ラリが偵察教えてやると励ますと一気に元気になった。
「それで、現状は?」
「はい。オッズライルは自分達が勝ったと思い込んで、王城へ。今は王家で保有していた宝物を嬉々として数えてますよ」
「思い込んで?」
エルドの言葉にラリは頷く。
「えぇ、下手に逃げられたりしたら民間人に被害がでますので。そして、思惑通り、オッズライルの全兵力を王都へ召集しています。クソ伯爵は王都と王城へ強い執着がありますからね」
やはり、ボードン伯爵は自分が王に成り変わるつもりなのだろう。
だが、そうはさせない。させてはいけない。
欲深い者はそれだけで満足はせず、次はロックフェルト国を狙い、中立であるモルタール王国も支配しようとするだろう。
そうなれば戦争は続き、今よりさらに酷くなる可能性がある。
「オッズライルはどうでしたか?」
「酷いもんですよ。お嬢様がタルタロスに幽閉されてから、王に散々戦場に向かわされたけど誰も死なないからって騎士団解散させられて。その後は、左遷された田舎で畑仕事してたんです。まぁ、そこがオッズライルと近かったから様子がよく分かったんですけどね」
自身が幽閉されたあとはすぐに解散させられたと思うこともあったが、やはり違ったようだ。地下で何もできない時に、彼らは戦場で駆け回っていたと思うと……心が締められるようだ。
一息に話したラリは、ニコリと笑う。
「俺以外は、筋肉馬鹿だから畑は凄く順調だったんです。それでね、あの辺は国境でも境が曖昧ですから、オッズライルの人が野菜を買いに来てくれたんです」
「は?? オッズライルは温暖な気候だし川も流れて海にも面してるだろ?? 自領でどうにかなるだろ」
キリアンの言葉に頷いたラルは、話を続ける。
「本来ならね。でも、そうもいかなくなってきたわけだ」
「徴兵ですか……」
「さすがお嬢様! そうなんです。自領といっても国ほど国土がないので、住民は限られている。なのに、働き盛りの四十から二十代は殆どがティアブール国との戦闘に駆り出されていたんです。長引く戦闘で、今は平民の十代と貴族の子息も招集されてる始末です」
沈黙が訪れる。男手がほぼ無いとなると、生活は一気に厳しくなるだろう。いくら働いても、今まで通りの収入は見込めない。
その上、戦場へ旅立った人に心を揉み続けるのは並大抵の精神力では叶わないはずだ。一日でも早く、終結しなければと改めて心に誓う。
これから合流するオッズライル兵の士気は極めて低いだろう。しかし、ボードン伯爵はそれに頼るしかない。
「オッズライルに見込みのある者はいますか?」
「おります。二年前に戦場で父親と兄を亡くされた、ソフィア令嬢です」
女か……とバジー兵団の者が呟いたが、すぐに自分たちの代表も女性だと気付いたのだろう。口々に女性の方が目先の利益に捉われない等々の賛辞を述べ始めた。
「令嬢はオッズライルに?」
「いえ、今回の王都招集に参加しています。領主に進言するんだってずっと言っていたので」
それならば、話し合いができそうだ。
しかし、最初から元王族の自身が行くと余計な詮索をされかねない。
「二手に別れましょう。まずラリとキリアン、エルド、それと偵察が得意な方はソフィア令嬢にこちら側の意図を伝えてください。できればオッズライルで待機していて頂きたいですが、きっと王都にそのまま進軍するでしょう。無理に止める必要はありません。見届ける権利があります」
三人と数人の男が頷く。その他の者達の視線を感じた。
表情を引き締め、これから起こるであろうあらゆる事柄を考える。この中にいる者から、死者を出してしまうかもしれない。それでも、進むしかないのだ。
「その他の方達は私と共に王都へ。黒蝶騎士団と合流し、まずはオッズライルに交渉の場を要求。叶わなければ、援軍は来ないことを伝え、籠城を決め込む様子なら突入します。和平を一日でも早く結びましょう!!」
おう!! と勇ましい男達の声が森に響いた。そして準備を始めた時、そっとラリが隣に座った。
フロストが威嚇するかと思ったが、馬の手入れで後ろを向いている。
「どうしました?」
「実はお嬢様がタルタロスに入った後すぐに、お嬢様は死んだって言われたんです」
父である先王ならば、そうするだろう。元団長である私に、団員達は強い愛着があることを知っていた。その絶対的な信頼や従事を無くさせたかったに違いない。
「それで第五近衞騎士団は解散させられ名前が無くなって。でも、皆して強いから戦場には送られていたんです。でも、名前が無いと格好がつかないなってなって、黒蝶騎士団って名前をつけたんです」
「そうでした。知らない騎士団はなかったので、いつの間にか現れた騎士団名を不思議に思いましたが……すぐにラリ達だと気付きましたよ」
ニコリと笑顔で伝えると、嬉しそうによかったと呟いた。
「黒蝶騎士団って名前で?」
「いえ、私がタルタロスから出した指示を素直に受け取り、遂行できた騎士団だったからです。非公式の騎士団と言う割に、実戦経験が豊富な感じが伝わってきました。それに、他の騎士団は団長命令で指示を変更することが多かったので」
「なーんだ。黒蝶ってお嬢様みたいだなって、皆で名付けたのにぃ」
黒蝶。鬼とか死神とかは呼ばれていたが、そんな優雅なイメージを持たれるようなことはしていないはずだ。首を傾げると、ラリはこちらの髪を指に絡める。
「美しい黒髪が舞うのは、蝶のそれみたいですよ。あ! あと、俺らがお嬢様が生きてるって確信したのも戦場だったんですよ!! あんな指示を国王が出すはずがないですもん。絶対死んでないって機会を伺っていたんです。まぁ、結局戦いで強すぎて俺らまで怖がった臆病王様が田舎に送ってくれちゃったんですけどね」
「苦労をかけました」
「そんな! ずっと訓練とか戦場に居たので、田舎暮らしは全てが新しくて楽しかったです。終わったら、また農夫に戻るかって言ってる奴もいるくらいですし! あ、でも俺はお嬢様の近衛でいたいけど。さて、俺も準備してきます!」
言いたいことを言い切ったのか、先程よりもさらに笑みを咲かせてラリは準備に向かった。その背中を見送っていると、また別の人物が隣に座る。
「フロスト……」
「話は終わったか?」
「ええ。ありがとうございます」
気を使い、二人の時間を持たせてくれたのは明白だ。それを知られていることに対して、少しだけ照れくさそうに頬を掻いたフロストは構わないと呟いた。
無言の時間が二人を包む。その時間すら、愛おしいと感じる。そんな自身の変化は、フロストから与えられていると思うと、それすら愛おしい。
ふと、思い至り沈黙を破った。
「……フロスト」
「ん? どうした?」
「この件が全て片付いたら、結婚しましょう」
「は? え?」
「結婚するの。あなたがどんな存在とか、過去に何をしたとか、そういうことも全て含めてフロストが好きだわ。愛してる。ね、どうかしら?」
驚きの表情で固まったフロストは、目を手で覆ってため息を吐いた。
「いや、あのさ。カッコよすぎんでしょ……」
「嫌かしら? 恋人……なのだし、その先も――と思ってたのだけど」
「嫌じゃない! 嫌なわけない。でもさ、ほら、プロポーズはカッコ良く決めたかったわけだ。俺も男だし?」
そう言われれば、淑女はプロポーズを自らしないのだろうと理解し、少しだけ頬が熱くなった。
「ご、ごめなさい。そうなれれば、うれしいなって……先走ったわ」
「いいよ。それだけ俺のことか好きだってことだし……。でも、この戦争が終結したら改めてプロポーズを俺からする。だから、待っててくれ」
そう言われると、何だかとても期待してしまう。
ゆっくりと頷くと、フロストは安心したように すぐに終わらせよう と囁き、額にキスをしてくれた。
そのキスはいつもより優しく、いつまでもじんわりと暖かく感じられた。
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