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王城への突入

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 オッズライル領主・ボードン伯爵が籠城しているおかげであっさりと王都へ到着することができた。そして、そのまま王城を囲む黒蝶騎士団まで馬を走らせる。
 こちらに気付いた王城を囲む兵士は、目をパッと輝かせ大きな声を上げた。

「姫ぇぇぇぇぇ!!!!」

 ドスドスと音を立てながら、何人もの男達が駆けてくる。懐かしい顔ぶれに、思わず涙が出そうになった。

「彼らが、元部下?」

 フロストの問いに、思わず声が大きくなった。

「そうです! 皆さん! お久しぶりです!!」

 合流し馬を止めると、わらわらと男達に囲まれる。

「お久しぶりです!! 姫、お美しくなられて……ッウウッ!!」
「おい、泣くなよ!! 約束だろ!!」
「無理だろッ、だって、あんな、姫さんがあんな……っ俺ら、俺らっウウッ!!」

 一人が泣き出すと、他の男達もつられて泣き始めてしまった。
 馬を降りると、男達は抱き締めたり頭を撫で回したり、まるで離れていた娘と再開したような喜び方だ。実際、それに近いのだろうけれど。
 しばらくすると、聞きつけた他の兵士が駆けつけてくるのが見えた。それはフロストも見つけたようで、腕を掴まれフロストの馬上に引き上げられた。

「わっ、フロスト!」
「ちょっと待った、黒蝶騎士団の兵士さん達もちょっと落ち着け!」
「びめぇ゛ぇ゛」
「再開の喜びは後だ。今の状況を教えて欲しい。黒蝶騎士団の代表者はいるか?」

 フロストの声に一番泣いている男が手を挙げた。

「マジかよ」
「彼はジャック。顔触れに変化がなければ、黒蝶騎士団最年長者です。涙脆いのは相変わらずですね、ジャック」
「ごれでも、びめがいないどぎは、がまんじでだんでずよッ」

 顔面が涙でドロドロになったジャックにハンカチを渡す。それで余計にジャックは泣いてしまい、合流した騎士団も泣いて……その場はちょっとした混乱状態になってしまった。
 そして三十分後、ようやく落ち着いた黒蝶騎士団達は王城からすぐの建物内に集まり、キリリと顔を引締めている。……が目元が赤くて可愛らしく思えた。

「まずは皆さん、無事で良かったです。タルタロスに幽閉されてから、情報が無く、こちらから連絡できず申し訳ありません」
「そんな! 俺たちは姫を信じていましたから!」
「ありがとうございます。再開の喜びを分かち合いたいのですが、今はやるべきことを進めましょう。早速ですが、現状を」

 そう伝えると、一人の男が立ち上がる。彼は作戦参謀のようなことをよくしてくれていたタクトだ。メンバーの中で一番頭の回転が早く、戦場で自身が指示できない範囲の時はタクトの言うこと聞くようにと伝えていたが、今もそうなのだろう。

「ボードン伯爵は動かず籠城を続け、相変わらずです。しかし中で働く兵士達は、いつまで籠城するのか分からず不満が募りつつあるようです。招集されている兵士たちがいつ来るのか、そればかり気にしているとのこと」
「ボードン伯爵を完全支持する人は?」
「老執事と息子が一人。しかし、老執事は籠城から三日目に戦争の中止を訴え首を切られました。その首を兵士に見せ、反抗しないように抑え込んでいるようです。息子は……アルコール中毒のようで、常に酔っている状態ですが父親同様に好戦的な性格のようです」
「放っておいても中から瓦解しそうですね……」

 十中八九、そうなるだろう。しかし、だからと言ってそれをのんびりと待つ余裕は無い。
 今も苦しい生活をしているオッズライル領民は、長期間は持たないはずだ。
 皆も同じことを思っているようで、ウンウンと頷いている。

「あの、姫。よろしいか?」
「どうしました?」

 最年長のジャックが、そっと手を挙げる。

「姫の後ろにいる方は? 見たところロックフェルト国の方のようだが」
「あぁ、そうでしたね。こちらの方々はロックフェルト国・バジー兵団の皆様です。他にも数名いますが、今はラリと共にオッズライルの招集兵達の説得に向かっています」
「なるほど。で、そちらさんは??」

 ロックフェルト国の軍服ではない、自分達が昔着ていたティアブール国の軍服を身にまとったフロストを見て、訝しげに首を傾げている。
 ここは下手に嘘をつくよりも真実を言った方が良いだろう。

「彼はフロスト・タリアン。元ティアブール国兵士で、タルタロス幽閉時のお世話係で、私の恋人です」
「ほぉ、元兵士で世話係で…………こいびと? 恋?? は? 姫の恋人!?!?」

 ジャックが椅子を倒しながら立ち上がり、フロストへ駆け寄る。上から下から横から顔を眺め、今度はフロストを立たせて腕や脚を触りまくる。
 呆気に取られされるがままのフロストだったが、さすがに服を脱がされそうになって叫び声を上げた。

「おい!! おっさん!! 何してくれてんだよ!!」

 その言葉でパッと手を離したジャックは、少しだけ頷いた。

「顔は良い。かなり良い部類だ。だが筋肉が少ないな。筋肉を付けろ。体重も増やした方が良いだろうな」
「……マリア。俺からも説明を求める。この筋肉バカみたいな奴らは本当にマリアの元部下なのか?」
「えぇ、そうですよ」

 王族付きの騎士団を選ぶ際は、基本的な能力や技術は勿論だが、外見も大いに査定に関係する。そんな中で一般騎士として頭角を表したけれど、遅咲きだったり筋肉隆々過ぎて王族から嫌がられてしまった……そんな騎士達を集めたのが、私の騎士団だったのだ。
 なので父親のような年齢の男達や筋肉が正義だと思っている奴らが集まりやすかった。それだけだ。
 例外はラリくらいだろう。彼は王族付き騎士団の入団テストに遅れて、最終の私の時にしか間に合わなかったのだ。でなければ、あの見目の良さと若さで他の王族が手を付けないはずがない。
 何年後かにもう一度試験を受けても良いのだと提案したこともあるが、他の人に従うつもりは無いと満面の笑みで答えてくれたのは良い思い出だ。

「……マリアは、筋肉好きか?」
「あら? どうかしら? でもフロストの整った肉体は美しいと思いますよ?」

 満足そうに そうか と呟いたフロストはニヤリとしながら黒蝶騎士団の面々に顔を向けた。

「だそうだ。マリアの恋人であり、彼女を守る騎士として命をかけるよ」
「ぐぅ……姫を守れるくらい強いんだろうな?」
「まぁ、マリアより少しはって感じかな」

 いつまでも続きそうだったので、手を叩いてその場を静める。
 そして改めて、この戦争を終結させるための三国和平同盟を結ぶことが第一の目的だと伝えた。
 王城の内部構造の確認や作戦の詰めをしている間に、オッズライルを説得したラリ達が合流した。
 全員で王城近くまで来ると、城を守っている兵士達に見つかってしまうので、オッズライル招集兵団からは三名だけが王都入りをし、他のメンバーは森で待機している。
 軽い挨拶だけで済ませてしまったが、オッズライルを率いていたソフィアはかなりの切れ者だということは伝わってきた。
 作戦を軽く伝えるだけで、自分達が何をすべきなのかを理解し、改善案まで提案してくれたのだ。
 そして、最後に彼女は頭を下げてこう言った。

「これまでの憎しみはすぐには拭えません。ですが、死んでいった者達はこれからも死者が出続けることを望んでいないでしょう。一刻も早く、この憎しみの連鎖を断ち切り、友好への一歩を。マリア様に賛同致します」

 思わず涙が出そうになったのは、彼女の長かったであろう美しい茶色の髪が短く切り揃えていたからだろうか。それとも、決意の目の輝きだろうか。
 顔を上げさせ、手を握る。ただ無言で見つめるだけで、心が通じた気がした。
 その直後、作戦を開始した。



 暗い闇を壁伝いに進む。
 ここは、かつてフロストが見つけていたという隠し通路だ。先頭をフロスト、次が私、そして後ろにソフィア、最後をエルドが務めてくれている。
 ボードン伯爵への交渉は、なるべく刺激しないように最小人数だけを選んだ。全員、腕に覚えがあるので万が一でも安心だろう。

「今頃、招集兵達が和平交渉要求の書簡を持って入城してるでしょうね」

 ソフィアは少しだけ声を震わせているようだ。

「そうだな。でも、大丈夫だろう。あいつらも良い目をしてたからな」

 彼らと交渉し、王都近くまでやってきたエルドはからりと爽やかに返事をした。その声に励まされたようで、ソフィアは安心したように そうですよね と呟く。

「ソフィア令嬢は、いつから剣術を?」
「令嬢だなんて! ソフィアとお呼びください。マリア様」
「ありがとう。それなら私もマリアでいいわ。王家は無くなったのだから、様を付けられるような身分は無いもの」

 戸惑ったソフィアだが、もう一度お願いすると素直に頷いてくれた。

「剣術は実は誰にも習っていないんです。父と兄が稽古する姿を見て覚え、夜中にこっそりと鍛錬していたんです。ですので、まだまだ訓練中って感じで」

 麗しき少女の表情を残す年齢の彼女にとって、それは並大抵の努力ではなかったはずだ。

「あ、でも、戦争だからってわけじゃないんですよ! ただ、じっと刺繍したり読書したりっていうのが苦手で……お茶会で腹の探り合いするなら、魚釣ったり、木の実を集めに行ったり、運動したりする方が好きなんです。母は渋い顔をしながら、目を瞑ってくれていましたね」

 そう言って爽やかに笑う姿に好感を覚える。淑女としては良くないのだろうが、好きなことを好きだと言えるのは両親の温かな優しさのおかげなのだろう。

「素敵なご家族ですね」
「そうですね。……父と兄は最近のティアブール国との戦争で亡くなってしまったので、今は母が屋敷を守ってくれています。早く帰ってあげたいです」

 最後の言葉をソフィアは他より強く想いを込めているようだった。それに対して、心から頷く。

「そろそろ城内の隠し倉庫だ」

 フロストの言葉に全員の顔が引き締まる。とうとう、戻ってきた。王城に対して思い出があるわけではない。
 それでも、何かが心の中に渦巻いているような気がしててが震えてしまう。そんなこちらの気持ちを察してか、フロストがそっと手を握ってくれた。

「ありがとうございます」
「大丈夫。きっとうまくいくはずだ」
「そうですね」




 隠し通路の先が隠し倉庫……。先程の通路は備蓄をこっそりと貯めるために作られた通路なのだろう。
 その備蓄の多さに驚きを覚えたが、湿気の少ないこの環境ならば、飢饉への対策で備蓄をするのは悪くないと思う。
 そんな隠し倉庫内を抜け、調理場、廊下に出るが、人がいない。オッズライルが占領しているとはいえ、広い王城では人不足なのだろう。
 これならば、ボードン伯爵がいる場所まであっさりと辿り着けそうだ。
 そう考えていると、爆発音と共に外が騒がしくなった。

「始まったな」

 呟いたエルドは廊下から外を見る。ワラワラと王城内に居た兵士が外に出て、更にいくつかある門を完全封鎖しろと叫んでいる声が聞こえた。

「決裂だな。マリア、次にいこう」

 侵入している間に、ソフィアと共にやってきた兵士に書簡を届けさせていた。三国和平を願い同盟を申し出たのだが、きっと破り捨てたのだろう。
 同盟に賛成ならそのまま兵士は王城を出る、反対なら手投げ花火を王城の外に向けて投げる。先程の爆発音はきっと手投げ花火の音に違いない。
 予想はしていたが……。

(うまくはいかないものね)

 正直、モルタール王国での日々やロックフェルト国の柔軟さに どうにかなるかも という楽観的な考えが浮かんできていた。だからこそ、この開戦の合図は胸に響いく。

(私が始めたのだから、私が終わらせないと)

 歯を食いしばると、後ろから背に二つの手が置かれた。
 振り返るとエルドとソフィアがニコリと笑っている。思わず目を思いきり開く。

「大丈夫です」
「そうだぞ、マリア様がやってきたことは無駄じゃぁない。それを証明しにいこう!」

 胸が詰まる。
 一人じゃない。
 もう、タルタロスで寂しく遠い天井を見上げていた頃とは違うのだ。
 戦争を終わらせ、喜びを分かち合いたい。
 ここにいる皆で、いや、戦ってくれている皆と街の人達と、国の人達と関わる全ての人と。
 その為に、立ち止まっている時間はない。

「行きまょう!!」

 全員で顔を合わせ、しっかりと頷きあった。




 招集した兵士が黒蝶騎士団側についたと知り、少ない兵士たちは総出で外の対応に追われているらしい。
 ひっそりとした王城を歩くのは、夜中にフロストの部屋に行った時を思い出す。
 そんな廊下を抜け、玉座に辿り着いた。
 扉の外から中を伺うと、甲高い男の金切り声が響いてきた。その直後、別の男の叫び声も聞こえてくる。

「お前がしっかり兵士を管理しないからだろ!!」
「父上こそ、城さえ手に入ればあとは平民を抑え込めば済むとおっしゃってましたが!? 先程の書簡だってろくに読まずに破ってしまわれて!! 何が書いてあったんですか!!」
「知らん知らん!! どうせろくなこじゃないんだ!! そんなことよりも、抑え込むには兵士が必要だろ! そんなことも分からんのか!! 先程の書簡の兵士は我がオッズライルの兵士だった!! いつ寝返られたんだ!?」
「そんなこと知りませんよ!!」
「知らないで済むか!! 兵士が足りない中、どうすれば……いや、お前がオッズライルまで馬を飛ばせば……」
「はぁ!? もう領には女子供ばかりですよ?? 父上は耄碌されたか!?」
「バカ息子が。今だけ乗り越えれば、この国の国民も我が民だ。オッズライルの領民が死んだら、適当に埋め合わせれば良い。とりあえず、オッズライルを捨てて全員で王都へ向かわせろ」
「なるほど……」

 ……何が、なるほどだ。何も解決にはなっていないどころか、ティアブール王よりも酷く……なんというか、頭が悪い……。

「も、もめてますね」
「もめてるというか、クソの会話だな」
「解決も何もなってないぞ。バカなのか?」

 自身以外も同じように考えていたのかと安心しつつ、溜息を吐く。
 これではきっと和平同盟には賛同しないだろう。そうなれば、決戦……といってもオッズライルで戦えるのはもうこの王城の兵士だけ。
 その兵士達も黒蝶騎士団により、殺されずに気絶させられ縄に縛られているだろう。

「……行きましょうか」
「行かなくても自滅するぞ?」

 エルドは苦笑いをしているが、答えは一つだ。

「それでも、やるだけやります」

 一刻も早く、この無駄な戦いを終わらせる。そう心で叫び、扉に手をかけた。
 突然開いた扉に、中の男達はこちらに視線を寄越した。そして嫌悪感丸出しの顔で眉を寄せる。

「誰だ、貴様ら」

 オッズライルの兵士以外は入ってこないと、信じ込んでいるのだろう。奇襲など、頭にもないということだ。
 しかし、壮年で恰幅の良いボードン伯爵と思われる男の横にいる体格の良い男だけは、サッと腰の剣に手をかけた。
 同様に顔の赤いボードン伯爵そっくりの青年の隣に立つ男も同様に動く。
 彼らは最側近の護衛だろうか。
 ちらりと二人を見比べる。どちらもそこそこ腕が立つはずだ。でも、それだけでこちら側の四人の誰にも敵わないだろう。

「交渉に参りました」

 毅然とした態度でニコリと笑う。

「交渉だと? 先程の書簡もお前か……名乗れ」
「旧ティアブール国、国王の娘。マリア・ド・メディシス」
「――!? 戦場の殺戮女!!」

 今までで一番酷い言われようだ。思わず苦笑いしてしまうと、それを正解だと受け取ったらしく、ボードン伯爵はわなわなと震えだした。
 だが、そんな彼の横であっけらかんとボードン伯爵の息子は手を叩く。

「なぁーんだ!! 援軍ですね!! いやぁー助かりますよ」

 何かを勘違いした息子が満面の笑みで近づく。それから庇うようにフロストが前に出た。

「こういうことでしょ? 自分を見下してきた王や王妃が死んだから、その遺産の分け前を取りに来た。良いですよ、沢山持って行ってください!」
「…………」

 愚かさに口を閉じていると、息子は更に近付き息を吐く。フロストを挟んでいても感じるアルコール臭に顔を背けたくなった。

「たーくさん持ってく代わりに、援軍をって話ですよね? 助かりますぅー!! 実は苦戦してましてね。マリア姫様ならきっと一人でも余裕で終わらせられるでしょうけれど、なんか後ろの御三方……いや、お嬢さんはわからないけど、とにかく大丈夫ですよ! かるーく黒蝶騎士団の奴らを殺してきて下さい!」

 今すぐ目の前の愚か者を殴ってしまいたい。そんな衝動を抑え、至極丁寧に言葉を選ぶように口を開いた。

「いいえ、援軍は致しません。私は三国和平同盟の交渉に参りました」
「三国……は? なんだと?」

 震え続けるボードン伯爵に向けて、ゆっくりと歩き出す。
 フロストとエルドが横を挟む。しかし、ソフィアは入室した状態で立ち尽くしている……が、今は気にしていられない。
 全員の視線は今、自分だけに集まっているのだから。

「三国和平同盟です。旧ティアブール国、ロックフェルト国、そしてオッズライル。オッズライルを国として樹立させ、和平同盟を。そして、この戦争を終わらせましょう」
「だ、だが、ティアブール国は誰が治めるのだ!? 統治する者は必要だろう!! 私がやってやる。そうしたら、この国力と兵力でロックフェルト国も、モルタール王国だって手中範囲だ!! 姫も加われば、そ、そうだ! ロックフェルト国は全て領地にしてやる!! どうだ? こちら側にこないか?」

 戦場の殺戮女と言いながら、あっさりと手を結ぼうとする。悪く言われたのは、かつての事実なので受け止めるが……やはり戦争を続けるつもりしかないのだろう。
 この国とロックフェルト国以外にもモルタール王国、そしていつかは東方にある国々や別の大陸にも目を向けるのだろう。
 終わりのない戦争、想像するだけで身体が冷えていくようだ。

「三国和平同盟は、賛成できませんか?」
「当たり前だ!! ようやくティアブール国民が王を殺してくれたんだぞ!! 今しかない。マリア姫だってそう思うだろう!?」
「では、あなた方を拘束し、この王城を占拠させて頂きます。国民の命を蔑ろにする愚か者に、何も望むことはありません」

 描いたシナリオ通りになってしまった。
 最善は、ボードン伯爵が実は戦争反対派で誰かに唆されて致し方なかったというものだ。だが、そう上手くはいかない。
 こうなったら、ボードン伯爵親子を拘束し、別の人物をオッズライルの代表者に立たせるしかないだろう。
 しかし、その方がオッズライルの領民からしたら良いのかもしれない。新たな気持ちで立ち上がるには、新しい風が必要だ。
 ため息を吐いていると、目の前のボードン伯爵は再び震えだした。顔は怒りで真っ赤になり、口端からは泡が吹き出している。

「ふざけるな!! 小娘の分際でぇぇぇ!! おい!! ジル!! 殺せ!! 全員殺せぇぇぇぇええええ!!」

 隣の護衛騎士は剣のグリップを握る。シャンッと高い音と共に抜かれたそれを見て、フロストが手を出したその時。

「イギャァァァァァッァァ!! 痛い!! 痛い!! 父上ぇぇ!!」

 振り向くと、ボードン伯爵の息子の腹を剣が貫いていた。その剣のグリップを握っていたのは隣の護衛騎士だ。
 どういうことだ。
 エルドとフロストに腕を引かれ、剣が届かない範囲まで下がる。
 剣が刺さったままなので流血は少ないが、引き抜いたら一気に失血死するだろう。

「は!? おい、ジェームズ!! 大丈夫か!? リック。貴様!! 息子を!!」
「ボードン伯爵」

 そう呟いたボードン伯爵の護衛騎士は、ゆっくりと動きだす。その気配にボードン伯爵は勢い良く振り向いた。

「貴様!! 裏切るつもりか!!」
「最初からそのつもりでした」
「なっ!!」
「俺と息子を死人扱いして、側近として置くと聞いた時から、計画していました」
「さ、最初からか!!」
「そう申し上げましたよね? ティアブール国が倒れ、様子を見ていましたが……」

 護衛騎士と目が合った。そして微かな笑みを浮かべ、スッと真顔に戻る。

「もう大丈夫そうなので。不要なゴミは処分します」

 護衛騎士は正面から剣で一気に心臓を刺した。口から血を吹き出したボードン伯爵は悔しそうに眉間に皺を寄せ、息子を睨む。

「だ――から、誰も……信じるな、と――言ったの、だ」

 絶命した二人の男。
 戦争の終了は、二人の護衛騎士によりあっさりと迎えることになった。
 護衛騎士達は、剣から手を離す。ボードン伯爵親子がバサリと倒れると同時に、走り出し、ソフィアを強く抱き締める。
 ソフィアの目からは涙がボタボタと溢れ、瞬きも忘れているようだ。

「ソフィア!! ソフィア!! 生きていてくれて良かった!! 招集兵の一覧に名前を見つけた時は心臓が止まるかと……!!」
「全て解決してからと思ったのに、ここまで来させて悪かった! 苦労かけてすまない……」
「父様、兄様……」

 三人の関係は親子だったのか。
 入室した後にソフィアが動けなかったのは、二人の顔を確認し動揺したからだろう。生きていて嬉しい、でも本当にボードン伯爵側についているのか分からない。迂闊な発言もできないし、何をすればいいのか分からない。頭が真っ白になったに違いない。

(良かったわね、ソフィア)

 彼女にとっては最高のエンディングになっただろう。

「エルド、外の者達に終戦を伝えてください」
「おう。フロスト、あとは頼んだ」
「言われなくても」

 颯爽と走っていたエルドの背を見送り、暫くの間、再会を喜ぶ三人を見守っていた。
 だが、それもひと段落したようなので声をかける。

「よろしいでしょうか?」
「こっ、これは失礼しました!! 私はオッズライルのジル・ザフィーラ。こいつは息子のリック・ザフィーラです。ソフィアがお世話になりました」
「いいえ。私は何も。ソフィアが全てご自身で決定なさりましたから。とても聡明で、私達の方が助けられました」

 膝をつき頭を垂れるジルの手を取り立ち上がらせる。同じようにリックも立ち上がらせると、二人は困ったように微笑んだ。

「マリア姫様、ありがとうございます。伯爵に雇われたのは数年前だったのに、何も出来ずにズルズルとここまで来てしまったのは、俺らが至らぬせいです。マリア姫様の同盟を聞き、安心し……討つことができました。本当にありがとうございます」

 ゆっくりと首を振る。
 ソフィアには、死んだと知らされていたのであれば表立って動くことはできず、ボードン伯爵と常に腹の探り合いをしていたに違いない。
 側近の護衛騎士として置かれていても、その立場は危うい。死人ならばいつ消えても問題ないのだから……。
 それに、数年前ならまだ領民の間にもボードン伯爵支持派もいたはずだ。迂闊な行動は命取りだ。

「よく生きておられました」

 その言葉だけで伝わったらしく、ジルは嗚咽をあげて泣き始める。その父の肩に手を置いたリックが真っ直ぐにこちらを見る。

「今後、ティアブール国は……オッズライルはどうするおつもりですか?」
「混乱しているでしょうから、国を落ち着かせるために黒蝶騎士団を代表とする予定です。彼らにはまだ話してませんが……ここ数日の出来事で、彼らは民衆から絶大な人気になっていると聞いたので」

 ジルが頷き、リックも確かにと呟いたので問題なさそうだ。

「その後、ロックフェルト国のような代表制にするのかどうかは国民に是非を問いましょう。しかし、オッズライルはその土地の豊かさや今回のこともあるので……特別区として最初から代表者を立て複数国でしばらく管理をしてもらう予定です」
「なるほど。マリア姫様のお立場は?」
「私は、ただ見守るだけです。戦争が起きそうなら全力で止めますが……私には国をまとめるような知識はありませんから」

 王族ならば多少の差はあれど学んでいる国政を、私は全く学んでいない。きっと、隅々まで見渡せる目は持ち合わせていないだろう。
 それに……。

「全て終わったら、ひっそりと暮らしたいのです。森の中の家とか」

 ちらりとフロストを見ると、驚いたようだったがすぐに嬉しそうに微笑んでくれた。
 あの国境沿いの家も良かったが、いつかはロックフェルト国でも暮らしてみたい。あの美しい刺繍のポンチョや衣類に袖を通したら、心が弾むような気がする。
 そんな、素朴な暮らしをしてみたい。

「もったいないですよ! マリア姫様が総代表になればよろしいのでは?」
「それでは、また王政が復活すると不安視する方もいらっしゃるでしょう?」

 ですが……と言い淀むリックに微笑みかける。すると、意を決したように顔を上げた。

「なら、俺と結婚して下さい!! オッズライルで暮らしましょう!! 代表者になってまとめようと思ったけど、マリア姫様と暮らすのも」

 そこまで言ったリックは、フロストに顔面を掴まれてしまった。
 今にも握り潰しそうなフロストの腕を掴んで首を振る。

「やめてください!」
「なんらよ! おまへ!」
「何だと? マリアの恋人だ」
「こひびろ……」

 手を離したフロストはリックを見下ろし、もう一度 恋人、愛し合ってる と念押しをした。

「そ、そっか……マリア姫様……」

 ガックリと肩を落としたリックが哀れで、言葉をかけるか迷っていると、ソフィアがそれを制してきた。

「マリア様、不要です。兄様はすぐに惚れるんです。で、すぐに申し込んですぐにフラれるんです。慣れてますから大丈夫」

 それはそれで慣れない方がいいのではと思わなくもないが、下手に声はかけないでおこう。目が合ったので困ったように微笑んでしまったら、リックは顔を覆って泣き始めた。

「今度こそ、本当の恋だったのに!!」
「これも毎回です」
「ヒドイぞ、ソフィア!! 俺はいつだって誰にだって本気なんだ!!」

 おいおいと泣いているリックの首根っこを掴んだジルは、ポイと床に転がした。

「愚息が申し訳ない」
「いえ。あ、でも、オッズライル特別区としての代表者はソフィアに任せようと思っていたのです。お二人はソフィアを支えてもらえませんか?」

 その言葉に三人は目を丸くする。その表情が、あまりにそっくりでクスクスと笑ってしまった。
 無理ですと言ったソフィアだったが、それをジルとリックが いけるいける、大丈夫 なんとかなる どうにかしよう 俺達がいるから と応援している。
 その様子に、オッズライルはもう大丈夫だろうと思えてきた。

「さて、そろそろここを出ましょう。エルドが先に伝えてくれてますが、外の様子が気になりますから」

 ちょうどその時、黒蝶騎士団とバジー兵団、招集されたオッズライル兵が雪崩込み……ジルとリックとの再会や戦争終結の喜びで、涙と歓喜の声が響いたのだった。
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