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結婚式 フロスト視点

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 半年後、初夏。
 まだ朝晩の涼しさは感じられるが、日中は汗ばむ日が増えてきた。ウーラ国の中でも北部に位置し、ロックフェルト国に近いこの場所は真夏でもいくらか涼しいので暑がりの俺としては助かっている。
 そんなことを考えながら、窓の外を見た。

「だいぶ集まったな……」

 ここはマリアと共に住んでいる屋敷から程近い、由緒ある教会だ。もちろんこの場所にいる理由は結婚式を挙げるためだ。
 待ちに待った当日。
 ドレスの試着すら見せてもらえなかったので、マリアがどのようなドレスを着てくるのかは全くもって分からない。
 執事のゴードンやメイドのフラン、他にもデザイナーや側近として勝手についてきた元黒蝶騎士団のラリにも聞き込みをしたけれど、誰も欠片の情報も与えてくれなかった。
 それは、マリアが内緒にしたいという気持ちを尊重し、マリアのことを大切にしているからなのだろうけれど……だが、一応。これでも、和平同盟の筆頭管理官であるマリアの補佐であり、副管理官であり、夫なのだが……。

「全員、俺よりマリアが大事だな」

 そうぼやくと、ゴードンが何を当たり前なこと言ってるんだ? という表情をして、思わず失笑してしまったことがある。
 要は、全員が全員、マリアが大好きだということだ。
 それは嬉しいが、夫としては人気者になりすぎるのも複雑だ。
 二人きりのタルタロス内で、一つの本を覗き込んでいた頃が懐かしい。けれど、懐かしいだけで戻りたいとは思わない。
 物思いに耽っていると、ドアが軽くノックされた。

「フロスト!! 久しぶりですね!!」
「やっほー」
「イクルにミーナか。久しぶりだな」

 軽い調子で入ってきたのはロックフェルト国代表者の息子であるイクル。そして、そのイクルに嫁いだモルタール王国の元王女でありながら、家出娘だったミーナだ。
 ミーナは三国同盟直後に妊娠が発覚し、急いでネロと結婚。数ヶ月程前に出産し、手には小さな赤子が抱かれている。

「ねぇ! マリア見た!? すっごい綺麗過ぎて、私が結婚したくなったよぉー! ねぇ、フロストぉ? マリア、私と結婚してくれないかなぁ? ロックフェルトに頂戴よぉ」

 何言ってるんだと目で返事をしながら、赤子の頬を突く。それに、まだマリアを見ていない。複雑な心境を隠しながらイクルに顔を向けた。

「順調みたいだな」
「無視!!」
「はははっ。相変わらずだね。うん。この子も母体も順調だよ。順調過ぎて、最近はミーナがじっとしていないから困ってるよ」

 その様子が目に浮かぶようだ。
 きっと今は大人しく抱かれているこの子も、すぐにやんちゃに動き回るようになるのだろう。

「男の子だったな。名前は」
「セリだよ。フロストおじちゃんに沢山お土産貰おうねー」

 そう言いながら、ミーナはセリに頬を寄せる。その表情は、町娘の格好をしていた頃には見られなかった母親の顔だ。
  変化というのは少しずつ起こるものだと思っていたけれど、母親になるということは一瞬で起こる変化なのかもしれない。

「今日のことを聞きつけて、各国から商人が集まっているらしいからな。イクルにたんと買ってもらえ」
「えー! フロストが買うんじゃないの? まぁ、いいや。商人が来てるなら、南で流行ってるっていう子供用の服もあるだろうし。沢山買って帰ろうっと」

 そんな話をしていると、今度はミーナの兄であるアレンとアランがノックと共に入ってきた。

「よぉ! フロスト。おぉ、イイ男がさらに色男になったな」
「陛下。王弟陛下。お久しぶりです」

 一応、他国の王とその親族なので恭しく頭を下げたが、アレンはプハッと吹き出して大笑いし始めた。

「アハハッ!! いつも通りアレンでいいよ。それにしても、本当に良い男になったな。ルーンもイザベラも安心するだろう」

 その二人はいないのかと視線を動かす。それを察したアランは両手を上げた。

「まだマリアのところだよ。ルーンもイザベラもウェディングドレス姿を見て号泣したんだ。結果、化粧が落ちて今は至急お直し中。女は大変だな」
「そういうことか。まぁ、夜にはパーティもあるからその時に改めて挨拶しに行くさ」

 そうしてくれとアレンが頷いていると、今度はロックフェルト国の代表であるネロ、その夫のエルド……さらにオッズライルのソフィアまで訪れてきた。
 三国和平同盟の主要人物のマリア以外全員が、ここに集まったことになる。

「久しぶりだね。フロスト」
「代表もお元気そうで。それにエルドは……老けたか?」
「はぁ!? まだまだ現役だ!」
「エルド、あれを」

 ネロに促されたエルドが あぁそうだ といいながら大きな袋を差し出してきた。それを開くと、中から立派な熊の毛皮が現れた。
 これほどまでの大きさと毛並み。手入れも相当された一級品だ。

「これは?」
「祝いの品だよ。ここはウーラ国の首都より寒いだろう? 冬には雪も多く積もる。毛布の上に乗せても良いし、敷いても暖かい。もちろんコートにしても良い。使い方はマリアと考えてくれ」
「ありがとうございます」
「俺が獲って、俺が全部手入れしたんだぞ!」

 ふんぬと胸を張るエルドに顔を向けるが、それより先にアランが声を上げた。

「これを一人でか!? すごいな!! こんなに立派でなくても良いんだが、我が国にも卸してもらえないか?」

 その時、エルドの目が光る。

「用途は?」
「田舎で農作業する国民が、暖かくて軽い耳まで覆う帽子が欲しいと言っていてな。これは軽くなるか?」

 それなら……と話が盛り上がり、アレンはネロと共に赤子のセリの話で盛り上がる。
 自身の周りにこんなに人が集まるなんて――なんだか感慨深い。

「フロスト様」
「? あぁ、ソフィアか」
「この度は、ご結婚誠におめでとうございます。父と兄はオッズライルを離れられないので、私が代表してお祝い申し上げます」
「ありがとう。っていうか、君がオッズライルの代表なんだから、もっとあいつらに押し付けてもいいんだぞ?」
「そうですね。でも、この結婚式だけは絶対私だけで来たかったんです。兄が来たら……煩いでしょう? あぁ、でも気持ちだけは持っていってと泣きつかれました」

 そう言ってソフィアはクスクスと笑った。オッズライルはまだ苦しい面もあるものの、男手が戻ったことによって再び豊かになりつつある。
 もともと温厚な性格が多いと言われていてたオッズライルなので、今後は観光産業にも力をいれると聞いていた。

「あぁ、そうだ。オッズライルにマリアと行こうって話をしていたんだ」
「そうなんですね!! その時は私に案内をさせてください。いつの時期でも楽しみ方がありますので」

 そうしようと返事をすると、ノックの音で部屋は静まった。教会のシスターが扉を開き頭を下げる。

「お時間となりましたので、皆様ご準備を」

 促されて部屋を出る。
 列席者は先に聖堂に入っていった。そして、一人でカーペットを歩き神父の前に立つ。
 ふと、ここでいう神はアルフレッドなのかと思ったけれど、今はそれを考えないことにした。
 そしてパイプオルガンの音と共に、聖堂の扉が開く。

「――!」

 俯き加減のマリアに目を奪われた。
 その美しさは光を放ち、この世の全てを包み込むかのような温かさと慈愛を感じられる。
 言葉を失うとはこのことだ。
 純白のドレスとベールに身を包み、黒い髪を後ろでまとめ、左側にくるりと巻いた一房が落ちている。
 新婦に付き添う父親の役を引き受けてくれたアランは、すでに隣で号泣している。号泣しつつ、マリアの手をひいてバージンロードを歩いてきた。
 一歩、一歩と近付くたびにまた好きになるようだ。
 愛しさが込み上げ、胸が苦しくなる。
 目の前に来たマリアとようやく目が合うと、少しだけ照れたように微笑んだ。

「フロスト……うっ……マリアを頼んだ……うぐッ」

 小声で呟くアランに もちろん と返事をすると、マリアもアランにありがとうございますと伝えた。それを聞いたアランは崩れそうなほどにまた泣くので、シスターにそっと促されて席につく。
 そして、神父から堅苦しい言葉を長めに聞き、誓いの言葉となる。

「新郎、フロスト。あなたは新婦マリアを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」

 それに 来世も、その次も、俺はマリアを探し、見つけ、愛し、守る と心で付け足した。

「誓います」
「新婦、マリア。あなたは新郎フロストを夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「証として、指輪の交換を」

 リングボーイを務めてくれた、アリストは満面の笑みで指輪を差し出してきた。その笑顔があまりに嬉しそうで吹き出しそうになりつつ、マリアの手をとり指輪を嵌める。そして、同じようにマリアが指に指輪を嵌めてくれるが……緊張しているのか、うまく入らない。

「大丈夫ですよ、姉さん」

 満面の笑みのままのアリストを見たマリアは驚いた表情をしたけれど、そのおかげで力が抜けたらしく、するりと指輪が手に馴染んだ。

「ありがとう、アリスト」
「ふふ、おめでとう。兄さん、姉さん」

 その様子に、ふんわりと聖堂内の空気が柔らかくなる。人間の頃には分からなかったけれど、アリストには人の心を和ませるとか、そういう才能があるらしい。
 そして、柔らかく微笑んだまま自席にアリストが戻った。

「では、誓いのキスを」

 ゆっくりと屈んだマリアの顔を覆っていたベールを上げる。タルタロスや出会った頃はしていなかった化粧をしているからか、唇も頬も微かに桃色に染まっていた。
 普段も愛らしいけれど、今日は一段と美しい。

「フロスト……?」
「あぁ、悪い。見惚れていた」

 両手でマリアの頬を包む。
 ゆっくりと唇が合わさった。触れるだけの優しいキスなのに、離れ難く、いつまでもこうしていたくなる。
 すると、その長さに痺れを切らしたのか、神父が咳払いをしてきたので、仕方なく唇を離した。

「今この時をもって、二人は永遠の愛を誓い夫婦となりました。実り豊かな二人の未来に満ちあふれる祝福を送りましょう」

 その言葉で列席者から多くの拍手と祝福の声を貰いながら、バージンロードをマリアと歩く。
 この場にいる全ての人が祝福してくれている。いや、この場に来られなかった人や、聖堂に入りきれなかった外で待機している人も……。
 幸せすぎて、目の奥が熱くなる。
 それに気付いたマリアがからかうように 泣いてるんですか? と聞いてきた。

「あぁ。でも、もっと、ずっと幸せに――二人で」

 その言葉に頷いたマリアは襟元を掴んできた。そして頬にキスをして えぇ、二人で と満面の笑みで返してくれたのだった。
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