ハズレギフト土生成で成り上がる!〜追放から始まる英雄譚〜

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第2話 失意のアル

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 半ば飛び出すように酒場を後にしたアルの視界は涙で歪み、世界がぼんやりとした影の塊のように見えた。しかし、足は意思とは関係なく動き出し、やがて荒々しい石畳を蹴るようにして駆け出していた。頬を伝う涙が冷たい夜風にさらされる感覚すら、今の彼には届かない。

「無能だって・・・お荷物だって・・・!」

 仲間と思っていたガイたちの冷たい声が、彼の頭の奥深くに爪を立てるように響く。その言葉は追い風のように彼を暗闇の中へと押し流し、盲目のまま駆けていった。足音だけが夜の静寂を破り、彼の心が叫ぶ声に耳を貸す者は誰もいなかった。
 道行く人もその異様さから道を開け、門番さえ誰何することも無く門を素通りさせてしまった。

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 どれくらい走っただろうか、突然足が虚空を踏み倒れ込む。  
「ぐはっ!」  
 腐った葉の積もる地面に顔から突っ込み、口の中に土の味が広がる。ぺっ、ぺっと唾を吐きながら起き上がると、手のひらに張り付いた湿った落ち葉が生温かい。  
「・・・ここは・・・?」  
 我に返ったアルが目を凝らすも街の灯りは見えない。月明かりで辛うじて足元が見えるだけで、周囲は鬱蒼とした木々に囲まれていた。肌を刺す冷気が、自分が門の外に出たことを悟らせる。  

「まずい・・・戻らなきゃ・・・!」  

 慌てて立ち上がろうとしたが、足元の腐葉土がぐにゃりと沈む。もがくうちにズボンの膝が泥で染まり、草の匂いが鼻を突いた。  

「くそっ・・・!」  

 転びながらも這うように進み、ようやく固い地面に足が着き、そこからは必死になって街に向かって走った。恐らく10分ほど走ったところで街の門が見えるも、既に鉄格子で封じられていた。  

 門の上の魔導灯が赤く点滅し、閉鎖していることが見て取れた。また、日が暮れたことを知らせる鐘の残響が森に吸い込まれていく。  

「・・・遅かったか」  

 アルは泥まみれの手で顔を覆う。指の間から零れる息が白く揺れ、落ち葉に積もった自分の足跡が、いかに無軌道だったかを物語っていた。

 時間外に門の外に人がいても翌朝の開門時間まで閉ざされている、それがこの街、いや世界のルール。
 魔物が闊歩する世界で人が生きるためには高い塀に囲まれた安全なエリアが必要で、その安全を確保するためのルールだ。幼子でも知っている絶対的なルールなのだ。

「・・・戻れない・・・どうしよう・・・」

 途方に暮れるように呟くしかなかった。

 これからどうするかの思考を振り払うように頭を振ったが、胸に渦巻く苦しさは消えない。彼の脳裏に浮かぶのは、学園で過ごした2年間と、探索者としての現実だった。

 ギフトを持つ者は例外なく学園で2年間訓練を受けなければならず、それが国の定めだ。
 そして卒業後は、半年間の探索者生活が義務付けられている。どんなに高貴な血筋であろうと、王族でさえ例外ではない。正当な理由がなく一ヶ月毎に一定の貢献値を稼がなければ、犯罪者として奴隷落ちとなる――その現実をアルは嫌というほど理解していた。
 例外は怪我や病気により活動出来ない期間のみ一時凍結されるくらいだ。

 仲間たちも同じだ。探索者生活を続ける中で、彼らがそれに対しどれだけ怯えていたか、アルには痛いほど分かっている。特に女性陣の、時折見せる怯えたような目つきが忘れられなかった。

「追放されたら、あの子たちだって・・・」

 奴隷として娼館落ちになるか、早々に命を落とすしかない――アルはそれを知っていた。だから彼女たちはガイに従い、何も言えずにしがみつくしかないのだと。

 12歳の時に信託の儀を執り行う。約1割の者にギフト持ちがいると言われており、ギフトを持っていると判明した者は13歳から15歳までの間、強制的に探索者学園に集められ学ぶことになる。もちろん学費や最低限の衣食住が用意される。そして卒業式の時に行われる神託によりギフトが判明する。その後、探索者として生きて力をつけなければならない。ある者は宮廷魔道士に、また別の者は騎士や大神官、はたまたそのまま探索者を続ける者など様々だ。ただし、最初の半年を無事生き残ることが出来たのならばだが。

 多額の資金をつぎ込んで育てるも、卒業式の後の半年は国から一切の援助はない。貴族などは金で仲間を雇い、安全に貢献値を稼ぎお役御免になる者がいる。しかしアルのように何も持たぬ者が大半で、貢献値を稼ぐ以外に探索者として活動して生活の糧を得るしか道はない。そして今、その命の灯火に黄色信号が灯ったのがアルだ。

 冷たい夜風が、アルの体温を容赦なく奪っていく。誰もいない静かな街道を見つめながら、アルは自嘲気味に笑った。

「結局、僕は追い出されたけど、補助魔法なしに大丈夫かな?どうするつもりなのかな?」

 しかしその言葉は、自分を納得させるための空虚な慰めだった。震える手でポケットを探ると、そこにはたった1枚の銀貨。今日の稼ぎの分配で渡された、屈辱的な報酬だ。お人好しのアルは、自分の心配より仲間の心配が勝ってしまった。

「しかし、これでどうしろっていうんだよ。」

 アルは銀貨を握りしめたまま、閉ざされた門の前でへたり込んだ。孤独と絶望が押し寄せる中、頭を抱えて座り込む。動けずにいるうちに、夜の闇が深まっていく。そう、魔物が活発に活動する夜の始まりを意味している。

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 アルは学園での2年間を思い出していた。そこでは基礎魔法を学び、生活魔法や簡単な回復魔法を習得した。特に得意としていたのは補助魔法で、中級レベルを身につけていた。また、得意属性は土だったが、攻撃魔法は初級しか覚えられなかった。それに加え戦闘訓練も受け、いざ冒険者として踏み出す準備が整っていた。しかし、どんなに準備をしても、実際の冒険は想像以上に厳しかった。

 ギフトを持つ者は学園に入り卒業した後、必ず半年間は探索者になり活動する義務がある。ギフトを持つ者全てであり例外はない。そのためアルも仲間たちと共に、パーティーを組んで冒険に出た。しかし、現実は厳しく、最初のうちはうまくいかないことばかりだった。

 その日も仲間と共に魔物の討伐依頼に挑み、最初は順調に魔物を倒していた。しかし、アル自身の直接的な討伐貢献は少なく、どんどんと仲間たちとの距離が開いていった。ガイから浴びせられる罵倒により、戦闘では自分が足を引っ張っているのではないかと感じることが増え、次第にその不安は現実となる。

 そんな中、無謀なチャレンジ・・・実際にはアルのギフトのお陰で切り抜けたにも関わらず、誰もその事に気がついていなかった。その日、酒場での食事の時間に仲間だと思っていた者から告げられた言葉がアルの心を砕いた。

「アル、お前は役立たずだ。オーク一体しか倒してないんだろ?」

 双剣使いのレイの言葉が痛いほど胸に刺さり、続けて放たれたガイの言葉に打ちひしがれた。

「お前は無能者だ。役立たずのクズだ。パーティーにいても足手まといでしかない。」

 男子は一様に頷き、アルを追放することを決めた。女子は庇う仕草を見せ、アルが必死に反論しようとする間にも、リーダーはその決定を揺るがせることなく追放を告げた。

「・・・お前のような無能はお荷物なんだよ!パーティーからでていけ!」

 アルは涙を堪えきれず、ゆっくりと立ち上がり、酒場を後にした。

 彼が酒場を出た後、ふと気がつけば町からかなり離れた位置にいた。辺りは静かで街の喧騒はもう遠く、空気が冷たく感じられた。閉門時間を過ぎると町に入れない。しかし、見通しの良い門の近くでは身を潜めるところもなく魔物に襲ってくれと言わんばかりだと危機感を覚えた。そしてアルは、森の中のほうがまだマシだと思い、危険な森の奥深くへと足を踏み入れてしまったのだった。

 果たして無事に一夜を明かすことができるのであろうか?そんな不安を抱えつつ、彼は進むしかなかった。

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