ネット青春史―高校生だった僕がP2Pで見つけた秘密の世界

のすたる

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外伝1章

第3話 サークル参加編

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僕の青春のすべては、技術と熱量の両極にあった。
自作PCでコンテンツを「解析し、所有する」技術的な優位性。
そして、コミケという地上最大の祭典で、その熱量を「体感する」こと。

だが、2006年のあの熱狂的な夏を境に、僕の情熱は新たなベクトルを持つことになった。
P2Pの時代にコンテンツを「所有」することに執着した僕が、ついにその熱量を「創造」という形で爆発させるための、長い苦闘の始まりだったのだ。

それは2006年の冬、C71でのことだった。
僕は、初めてコミックマーケットにサークル参加者として足を踏み入れた。

机の向こう側に立ち、熱狂を生み出す「創作者」として。

僕のサークル名は、P2P時代から使っていたハンドルネームにちなんだ、控えめなものだった。
友人も別枠で参加を申し込んでいた。

机に並んだのは、僕が描いた『Fate/stay night』のみのパロディイラスト本だ。

僕は、印刷費用を回収できれば御の字という謙虚な目標を立て、たったの50部を用意した。

この50部という数字は、僕にとって全く未知の数字だった。
コミケなら人気ジャンルなら売れるのではと思っていた。
しかし売れ残れば、重い在庫を抱え、自宅の部屋で何年もその失敗を思い知らされることになる。

やはり、現実は冷酷だった。東ホールの島中には、開場直後から異常な熱気が渦巻いていたが、僕の机の前だけは、時間が止まったように静かだった。

嵐のような人波は、僕の机に目もくれず、次々と奥の「東方Project」の島へと吸い込まれていく。
僕の心は焦燥で満たされた。

午後を迎え、僕は友人に売り子を任せ、戦場を視察したが、シャッター前の巨大な熱量を「内側」から眺めるその優越感と、自ブースの閑散とした静寂の島とのギャップが、僕の心を激しくえぐった。

その日、別の友人のサークルも、東方ジャンルながらまだ駆け出しの時期だったため、僕と同じように苦戦していた。

しかし、僕のサークルは結局、50部刷ったうち、売れたのはわずか5部だった。
この「5部」という数字の軽さが、僕の胸を刺した。
9割以上の在庫を抱え、重くなった段ボール箱を引きずりながら帰路についた。

P2Pで何百ギガのファイルをダウンロードしても感じなかった、明確な「敗北」の感覚だった。

友人は僕を気遣い、「まあ、初参加なんてこんなもんだ。でも、これがお前の『スタート地点』だ」と言った。
その言葉の優しさが、逆に僕の胸に重くのしかかった。

僕は悟ったのだ。
僕がこれまで積み上げてきた「情報解析力」をもってしても、「熱狂の波」を捉えられなければ意味がないのだと。

翌年以降、僕のサークル活動は漂流の時代へと入った。
P2Pの技術探求と同じように、僕は「創作者としての解法」を探し続けた。

『Fate/stay night』、『リトルバスターズ!』といった、当時の人気アニメやゲームを中心に作品を作り続けた。

努力の結果、部数は徐々に増え、50部~100部を安定して売ることに成功した。
ブースに立ち止まってくれる人がいる。それだけで、僕には大きな進歩だった。

しかし、この頃、東方ジャンルに集中し続けた友人が、ついにその熱狂の波を完全に捉え、700部を売る大人気サークルへと成長していた。

彼のブースは常に人が溢れ、僕は自分の席からその光景を見るたびに、嫉妬と、そして彼らが作り出す熱量への純粋な畏敬を感じた。

僕のサークルは、二方向から人目につく「お誕生日席」に配置されるようになったが、これは初参加で5部しか売れなかったサークルが、年々安定して100部以上売れるという継続的な実績がコミケ運営に認められた証だった。

僕は、継続的な努力と実績は、必ず小さな優位性を生むのだと信じるしかなかった。

そんな低迷期にあった2007年、僕たちの創作環境を根底から変える、新しいインターネットサービスが始まった。

それがPixiv(ピクシブ)という革命の波だった。
Pixivは、誰もが簡単に自分のイラストを公開し、「評価」を得られる場所を提供した。

これは、コミケという物理的な戦場でしか得られなかった「承認欲求」を、日常のデジタル空間にもたらしたのだ。

僕は、P2Pで培った情報解析能力を使い、Pixivでの人気ジャンル、人気タグ、そして「伸びる絵の傾向」を徹底的に研究した。

「ネットの海での人気を可視化する」というPixivの機能は、僕にとって最高の「市場調査ツール」だった。

僕は必死に人気ジャンルのキャラクターを描き続け、沢山の模写、デッサン、クロッキーなどの努力をして、ついにPixivでランキング入りしたイラストも出てきた。

僕は、次のコミケでの「波」が来るのを、このデジタルな観測所で待ち続けた。
Twitterという、より即時性の高い情報発信ツールが普及し始めたことも、僕の戦略に拍車をかけた。

そして、僕がコミケ初参加から丸5年が経とうとしていた頃、Pixivの中で、とあるコンテンツが静かに、しかし爆発的な熱量を帯び始めていることに気づいた。

それが、『アイドルマスター(アイマス)』という鉱脈だった。
当時のアイマスは、まだ爆発的な国民的アニメになる前段階だったが、ゲームと関連ライブイベント、そしてソーシャルゲームの熱量は、既に臨界点に達していた。

僕は直感した。

「これだ。この波に乗るんだ」

僕は、コミケでの成功を夢見て、アイマスを中心とした同人誌制作に、それまでの技術と情熱のすべてを注ぎ込んだ。

僕は徹底的に売り方を研究した。
Pixivでの閲覧数から最も需要が高い人気キャラクターを選定し、Twitterを駆使して制作過程や表紙を公開し、数カ月前から戦略的に「期待値」を煽った。

アダルト路線に特化することでニッチなファン層を掴み、印刷では蛍光色や光沢加工といった特殊なインクや紙質を選定。
会場で目立つようにポスターをデザインし、流通の確保にも手を抜かなかった。

そして、コミケ初参加から丸5年目となる、2011年夏(C80)。
僕のサークルは、会場で150部、委託販売で150部前後の売上を誇るまで成長していた。

当日午前10時、開場。僕の机の前には、開場直後から列はできないものの、コンスタントにファンが訪れ、同人誌を手に取っていった。
そのペースは、これまでの停滞が嘘のようにハイペースだった。

「え、こんなハイペースで!?」

手が震えた。これまでの5年間、泣かず飛ばずだった僕の机に、「本物」の熱狂が押し寄せている。
僕は、用意した300部の同人誌を、来る客、来る客に手渡し続けた。午後になる前に300部は完売した。

「完売です!」

僕は興奮した声で叫んだ。喉が張り裂けそうだった。
この成功は、会場だけでは終わらない。
事前に委託契約をしていたとらのあな、メロンブックスでも、合計で200部が瞬く間に売れていった。

最終的に、僕の作品は500部を売ることに成功した。
僕の青春時代のすべてをかけて作った作品が、たった数日で、熱狂的な同志たちの手に渡ったのだ。

その瞬間、僕は、P2Pで味わった「技術的な達成感」とは全く違う、「創造的な勝利」の喜びに打ち震えた。
僕は、自分の手で、この熱狂の「源流」の一つを、ついに作り上げることができたのだ。

僕の青春のすべてだった技術への探求心は、ここで、「熱狂を生み出す創造性」という、最高の形となって結実したのだ
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