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二十一話
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私は一人帰宅の途に着いていた。今度こそ本当の意味で私は帰る。どうせならもう少しだけこうやって散歩を続けたい気持ちもあったけれど、そろり刻は夕刻より夜刻に傾いてきている。あまり遅すぎると徘徊を疑われてまたも口酸っぱく罵られるだろう。まあ、徘徊は確かにしてるのだけれど。
閑散としきった路地を行く旅は、私を独りだと改めて解させた。真昼間の往々をその目に焼き付けた脳裏は、今や人おろか野良犬や猫の類すらもの知れぬ世界に、戸惑いと激しい耳鳴りを呼ぶ。
ひとりぼっちの夜だ。目の前は言わずもがな、左右にすら人と呼べる暖かな影はなく、冷めきった陰ばかり。後ろの正面も誰もいない。私の革靴の鳴らすこつこつという無骨な音のみが反響をする世界。その無骨で柔らかくもない硬い音にすら、私は在るだけ親しみを覚えるほどである。備え付けてある電灯が、呼吸をするように明暗を繰り返す様は恐怖を覚えさせる。こうまで孤独たらしめる日の夜闇は、きっとどんなものよりも恐ろしく映えるだろう。
今日一日も疲れた。私はこの日の出来事を思い出して、ひとつ大きなため息をつく。疲弊してくたくたの肩は、重すぎる着物に悲鳴を上げていた。ただ歩みを進めるだけで、鎖骨の辺りを強く断続的に締め付けるような痛みが走る。歩きなれてない御御足は、大腿からくるぶしにかけて異様な違和感を生んでいる。一歩一歩に伝う軽い衝撃が骨に響くような感触に苛む。なんにしろ革靴の重さと硬さが相まって、心地よくはない。腕だって、歩くために振り疲れた。満身創痍だ。心身ともに擦り減りすぎている。
身体的な疲労の意味でそういった違和感を感じてしまうのはあまり驚きはしないし動揺もしない。動物である以上は酷使した分は何らかの形で代償を払わねばならないものなのだから、特に私のように絵に書いたような箱入り娘は身体の無理を効かせないまま生きてきたわけで、慣れぬ環境に遠足とまで来らば、ガタが出始めるのは考えるに容易い。時々しか稼働しない機械を設備もしないままに稼働すれば、思った以上に働いてくれなかったり調子が悪かったりするのと同じで、馴染みがなければ本体に影響を及ぼすといえばこれまた考えやすいか。
ともあれ、しかし私には自分でも体の節々に少しばかり不審に思う節がある。最近やたらと気分の悪さというか、心地の悪さが蝕んでくることが多い。なんだろう、例えるならば、風邪や病気の類に近いのだ。突発的な腹痛や、肺からせり上げてくるような咳。吐き気やたまに目眩など、病気にかかれば何かと厄介になりそうな症状が訪れる。
お陰で些細なことにすら苛立ちを覚えたりするし、何よりどれほど良質な睡眠をとっても、なぜだか気分は一向に晴れず、気だるさが増すばかり。今日日の許嫁殿への静かな啖呵や、それこそ今までなら素面の面でやり過ごせたであろう事柄に嫌に噛み付こうとしてしまう様、もしくはその行為を耐えられない様は自分自身の行為なれど如何せん気味悪く感じる。
今までの私なら、重圧に耐えきれないからだとか、婚姻のせいだとか色んな後付けを理由にみなして終わろうとしていたのだけれど、昨今の体調の悪さを踏まえると、果たしてそうやってとんとんと片していい問題なのか甚だ疑問に感じつつある。
至って身近な人間が大病を患って倒れてしまった矢先、この身体にも、何かしらの病が纏わりつこうとしているのでは、とvそう感じてしまうのだ。遠くの人がいくら病気にかかろうが身に及ばずと言った感じで然程の危機感すら抱かないのに関わらず、身近の人が一人成ればそれだけで狼狽えることのなんとも浅はかなものかと。私に限らず。
もとより私は病弱で、人より身体が脆かった。その事実は、過去なれど実際そうであったのだから。かくも幼い頃だけだったと言いたげではあるけれど、今がまるで健全で健やかに見えるだけで、きっと根本的な脆弱さは変わっていないはずだとは自分でも薄々思っている。成長の過程である程度免疫力が着いたのかもしれないが、それでも、他者と比べると攻め落とされやすい身体ではあるはずだ。
常々、体調不良の類を感じるならまだしもそれこそ昨今になってこの違和感を認知し始めたのだから、少しばかり怖い。そういった不穏なものは基本的に唐突に訪れるからだ。気づいていないだけで、実は私は既に取り返しのつかないものに罹っているかもしれないし、その不安を拭えるだけの何かを持っているわけでない。
私には、この動悸に近い胸の鼓動が、身体の何らかの危険信号であるのかそれとも虫の知らせであるのか分からない。
ただ、そこにあるだけで襲う悪寒や腹部に鈍く生じるこの痛みの起因が分からないだけ、不安という闇に身を沈めていくのを感じるばかりだった。
不穏な空気がたなびけば意図せず不幸が潜んでいるのと同じように、現状の周りの暗黒が、私に躓けと言わんばかりに睨めつけている気さえする。
これ以上何も起きない事を祈るばかりだ。
閑散としきった路地を行く旅は、私を独りだと改めて解させた。真昼間の往々をその目に焼き付けた脳裏は、今や人おろか野良犬や猫の類すらもの知れぬ世界に、戸惑いと激しい耳鳴りを呼ぶ。
ひとりぼっちの夜だ。目の前は言わずもがな、左右にすら人と呼べる暖かな影はなく、冷めきった陰ばかり。後ろの正面も誰もいない。私の革靴の鳴らすこつこつという無骨な音のみが反響をする世界。その無骨で柔らかくもない硬い音にすら、私は在るだけ親しみを覚えるほどである。備え付けてある電灯が、呼吸をするように明暗を繰り返す様は恐怖を覚えさせる。こうまで孤独たらしめる日の夜闇は、きっとどんなものよりも恐ろしく映えるだろう。
今日一日も疲れた。私はこの日の出来事を思い出して、ひとつ大きなため息をつく。疲弊してくたくたの肩は、重すぎる着物に悲鳴を上げていた。ただ歩みを進めるだけで、鎖骨の辺りを強く断続的に締め付けるような痛みが走る。歩きなれてない御御足は、大腿からくるぶしにかけて異様な違和感を生んでいる。一歩一歩に伝う軽い衝撃が骨に響くような感触に苛む。なんにしろ革靴の重さと硬さが相まって、心地よくはない。腕だって、歩くために振り疲れた。満身創痍だ。心身ともに擦り減りすぎている。
身体的な疲労の意味でそういった違和感を感じてしまうのはあまり驚きはしないし動揺もしない。動物である以上は酷使した分は何らかの形で代償を払わねばならないものなのだから、特に私のように絵に書いたような箱入り娘は身体の無理を効かせないまま生きてきたわけで、慣れぬ環境に遠足とまで来らば、ガタが出始めるのは考えるに容易い。時々しか稼働しない機械を設備もしないままに稼働すれば、思った以上に働いてくれなかったり調子が悪かったりするのと同じで、馴染みがなければ本体に影響を及ぼすといえばこれまた考えやすいか。
ともあれ、しかし私には自分でも体の節々に少しばかり不審に思う節がある。最近やたらと気分の悪さというか、心地の悪さが蝕んでくることが多い。なんだろう、例えるならば、風邪や病気の類に近いのだ。突発的な腹痛や、肺からせり上げてくるような咳。吐き気やたまに目眩など、病気にかかれば何かと厄介になりそうな症状が訪れる。
お陰で些細なことにすら苛立ちを覚えたりするし、何よりどれほど良質な睡眠をとっても、なぜだか気分は一向に晴れず、気だるさが増すばかり。今日日の許嫁殿への静かな啖呵や、それこそ今までなら素面の面でやり過ごせたであろう事柄に嫌に噛み付こうとしてしまう様、もしくはその行為を耐えられない様は自分自身の行為なれど如何せん気味悪く感じる。
今までの私なら、重圧に耐えきれないからだとか、婚姻のせいだとか色んな後付けを理由にみなして終わろうとしていたのだけれど、昨今の体調の悪さを踏まえると、果たしてそうやってとんとんと片していい問題なのか甚だ疑問に感じつつある。
至って身近な人間が大病を患って倒れてしまった矢先、この身体にも、何かしらの病が纏わりつこうとしているのでは、とvそう感じてしまうのだ。遠くの人がいくら病気にかかろうが身に及ばずと言った感じで然程の危機感すら抱かないのに関わらず、身近の人が一人成ればそれだけで狼狽えることのなんとも浅はかなものかと。私に限らず。
もとより私は病弱で、人より身体が脆かった。その事実は、過去なれど実際そうであったのだから。かくも幼い頃だけだったと言いたげではあるけれど、今がまるで健全で健やかに見えるだけで、きっと根本的な脆弱さは変わっていないはずだとは自分でも薄々思っている。成長の過程である程度免疫力が着いたのかもしれないが、それでも、他者と比べると攻め落とされやすい身体ではあるはずだ。
常々、体調不良の類を感じるならまだしもそれこそ昨今になってこの違和感を認知し始めたのだから、少しばかり怖い。そういった不穏なものは基本的に唐突に訪れるからだ。気づいていないだけで、実は私は既に取り返しのつかないものに罹っているかもしれないし、その不安を拭えるだけの何かを持っているわけでない。
私には、この動悸に近い胸の鼓動が、身体の何らかの危険信号であるのかそれとも虫の知らせであるのか分からない。
ただ、そこにあるだけで襲う悪寒や腹部に鈍く生じるこの痛みの起因が分からないだけ、不安という闇に身を沈めていくのを感じるばかりだった。
不穏な空気がたなびけば意図せず不幸が潜んでいるのと同じように、現状の周りの暗黒が、私に躓けと言わんばかりに睨めつけている気さえする。
これ以上何も起きない事を祈るばかりだ。
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