気がつくとノンケの俺が年下の性悪ホストにひたすら犯される

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO

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31 待ってるよ

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 着いた場所は、埠頭の外れだった。人気のない場所に、何だか不安になって来る。

(北斗……大丈夫かな……)

 ポケットの中で、スマートフォンが震えている。多分、北斗だと思う。電話に出たかったけれど、佐月が何をするか解らない。出ることが出来なかった。

「佐月……」

 こんなことをして、どうする気なのだろうか。佐月はハァと息を吐いて、海の近くへと歩いていく。

「逃げ切れると思ってるのか?」

 俺の言葉に、佐月はチラリと俺を見たが何も言わなかった。佐月自身、解っているのだろう。相手が悪すぎる。

「……お前、なにやってんだよ……。ヤクザ相手に詐欺なんて」

 呆れと悲しさを込めた声に、佐月がククと笑った。どこか、冷めた声だった。

「本当にね……。なんか全然、うまく行かないね。オレ、要領良い方だったんだけど」

 溜め息を吐き出し、佐月が空を見上げる。東京の空は、曇っていてなにも見えない。空の向こうに、星があったとしても。

「お前――なんで、萬葉町に戻ってきたの?」

 俺の問いかけに、佐月はしばらく答えなかった。

 やがて、ポツリと呟く。

「なんでかなぁ」

 佐月の声は淡々としていて、どこか他人事のようだった。詩を紡ぐように喋る姿は、まるで舞台をみているようで、どこか現実感がない。

「オレ、この街が嫌いだった。施設に居た頃、全然馴染めなくて、いつも一人で過ごしてた」

「……」

 北斗のことを思い出す。二人は、どこか似たところがあるのかも知れない。

 けれど、北斗は施設から逃げ出さず、佐月は逃げ出してしまった。

「アキラは知らないかも知れないけど、施設ではさ、自分のものなんか、何一つなかったんだ。丈の合わない服、誰か知らない人の名前が書いてある本。身の回りの物、何一つ自分のものじゃなくてさ。いつかビッグになってやろうって、施設を飛び出して、小さな劇団に潜り込んで……。

 でもさあ、俳優になっても、見栄張ってレンタルのブランド服着て、先輩俳優のおさがり着てさ、やっぱり、俺のものなんか、何一つなかった。

 ある時さ……」

 佐月が、空中に手を伸ばした。まるで、そこにショーウインドウが見えているみたいだった。

「すごい敷居が高い、ブランドの店の前を通ったんだ。普段なら、相手にされていないと思う。だけどその日、何故かドアマンがドアを開けてくれてさ……。オレじゃ到底手に入らないような服に、すごくドキドキした……」

「佐月……」

「一着九十万円もする、オーバーシャツ。気づいたら買ってて。そんなの、買えるわけないのに、袖を通したらもう、手放したくなくて。自己投資だって言い聞かせてさ」

 佐月にとって、それは特別だったのだろう。なんとなく、痛ましい気持ちになる。それが本当に、原動力になったのなら、どんなに良かっただろうか。だが、人生はうまく行くことばかりじゃない。

「一度手に入れたら、それだけじゃ我慢できなくなった。気づいたら、借金まみれで……どうしようもない状況になってて……」

「それで、詐欺を……?」

 佐月は肯定しなかったが、否定もしなかった。いつから、そんなことになってしまったのだろうか。

「アキラ、覚えてる?」

「え?」

「オレが転がり込んだ時、アキラがさ、ずっとここに居るなら必要だろって……グレーのスエット、買ってきたじゃん」

「……そう、だっけ?」

 あまり覚えていない。あの頃のことは。

「ドンキで買った安物なのにさ……あれはちゃんと、オレのものだったな……」

 そんなことを、思い出したのだろうか。それで、萬葉町に帰って来たのだろうか。言いたいことも文句も、山ほどあったはずなのに、俺はどうしても、口に出せなかった。

 あの頃急に居なくなったこと。告白した癖に、金を持って消えたこと。何も、相談してくれなかったこと。

「オレも、ここまでかな」

 佐月の声に、顔を上げる。

「え?」

「最後に、話せて良かったよ。バイバイ」

 感情のない顔に、ゾクリと背筋が震える。

「佐月、お前、何考えて……」

「このままだと、オレ、あのヤクザに沈められるだろ。そんなことになるくらいなら、自分でやるよ」

「お前っ……!」

 佐月の言葉に、動揺して指が震えた。嫌な、覚悟を決めてしまった人間の顔だ。

「バイバイって……、何だよ、それ!」

 俺の怒鳴り声に、佐月が顔を上げた。

「お前、勝手すぎる! 昔からそうだ、勝手に転がり込んで、勝手に出て行って、俺の金も盗んで! その上、勝手に表れて、俺に事情を話したクセに、勝手に死ぬのかよ!?」

「――要治」

 佐月は『アキラ』とは呼ばなかった。昔と同じく、俺の本当の名前で、俺を呼ぶ。演技めいていた佐月の顔が、僅かに歪んだ。

「っ、だって、オレの人生、クソみたいだ……」

「そうしたのは、自分だろ」

 声は、俺の後ろから聞こえた。驚いて、俺も佐月も声の主を見る。

「――ほく、と……!」

 走って来たのか、息を切らして、俺の横に立つ。

「確かに、僕らの人生、他人から見たら、クソみたいに見えるかも知れないけど。僕にとっては、そうじゃない。アンタだって、そう出来たハズだろ」

「はっ……、綺麗事だ」

「そうだよ。でも、そのマジで綺麗事を、アキラが本当にやるから、アンタだってここに来たんじゃないの」

「――」

 佐月が、黙った。

「佐月……」

「どこかで、アキラなら助けてくれると、思ってたんじゃないの?」

「オレ、はっ……」

 佐月が、膝をついた。コンクリートの地面に、雫が落ちる。

「死にたく……ないっ……。怖いよっ……!」

「佐月」

 思わず駆け寄ろうとしたのを、北斗が止めた。佐月は聞こえないほど小さな声で「助けて」と呟いた。

「――上田さんに連絡した」

「え? あ……、うん……」

 ここに来るまでに、北斗が連絡したらしい。

「あとは、警察に任せよう」

「……うん」

 俺に出来ることは、そんなに多くない。佐月は犯罪を犯して、落ちてしまった。俺が手を出せることは、ほとんどないんだ。

「佐月」

 俺の声に、佐月が顔を上げる。

「待ってるよ。お前のこと」

「――」

 佐月の顔は、ボロボロで、イケメン俳優が形無しだった。北斗が肩を竦める。

「まあ、罪を償って、ついでに依存症も直して、出直したら良いよ。『兄さん』?」

「――は。クソ生意気な弟だよ」

 強がりでそう言った佐月の表情は、どこかすっきりした様子だった。

 そして――佐月はほどなく到着した警察に保護され、俺たちの前から姿を消した。






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