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九話 ヤキモチ
しおりを挟む「あ、ボンボンダンジュだ」
「ボンボンダンジュ?」
清の呟きに、カノは首を傾げた。清の指さす方向に、カラフルな花で飾られた可愛らしい店があった。
「キャンディ専門店。あれ美味いんだよ。女子ウケすると思って買ったことあって」
清はトレンドや情報に敏感だ。人気の店が出来たとか、日本初上陸とか、そういうコンテンツに弱い。ボンボンダンジュもそうした店のひとつで、フランスの人気キャンディ専門店が、日本に初進出したという触れ込みだったと記憶している。
「へえー。じゃあ、買ってあげるよ」
「え!? 良いよ。俺の方が……」
「だって飯奢ってくれるんでしょ? そのお礼みたいなもん」
「っ……、じゃあ……」
カノが選んでくれるというので、任せて大人しく待つ。
(スマートだなあ……。やっぱ、イケメンでホストともなると、気遣いも出来るってか)
清は雑に育てられてきたし、雑に扱われて生きて来た。人生において主役のようなポジションに立ったことはないし、いつだって「その他大勢」の枠の中にいた。カノはそんな清を、ちゃんとスポットライトの下に連れて行ってくれる。それがホストの仕事なのだとしても、清には特別なことだった。自己肯定感が擽られ、ゾワゾワしてしまう。
「はい。季節限定だって」
「あ、ありがとう……」
可愛らしくラッピングされた包みを受け取って、気恥ずかしいような嬉しいような、むずむずした感情が沸き上がる。こんなプレゼントなんか、貰ったことがあっただろうか。唇をもにょもにょさせていると、カノが清の額を突っついた。
「なにがおかしいの?」
「い、いや……。プレゼントなんか貰うの、初めてで」
「え? そうなの? でも家族とかから貰うでしょ? ……普通は」
「俺、誕生日が一月一日でさ……。なんか、そういうお祝い、やったことないんだよね」
「あー……。正月じゃ、そうなるか」
「スゲー損してんの」
そう言いながら清は、袋を破かないように丁寧に包装を剥がして、中から飴を取り出した。
「はい。カノくん」
飴を差し出すと、カノは一瞬なにか考えたそぶりをして、それから手ではなく口を開けて差し出した。
「ん」
「えっ。あ、うんっ……」
カノに「あーん」する日が来るとは思ってもおらず、動揺して飴を持つ手が震えた。顔が熱い。口の中に入れるその瞬間、僅かに指が唇に触れた。体温の上昇を感じて、ぐっと唇を噛む。
「お、美味しいだろ?」
「うん。たかが飴と侮ってたな。これは――チェリー味か」
「職人さんが手作りしてる飴だからやっぱりおいしいんだよな」
「なるほどね」
自分の口にも飴を放り込もうとして、一瞬手を止めた。先ほど、唇が触れた指。
「……」
(いやいやいや、何変なこと考えてんだ)
もしかして俺、気持ち悪い? なんてことを想いながら、ぱくんと飴を放り込んだ。
◆ ◆ ◆
鉄板焼きはカノに好評だった。蕩けるように柔らかい肉を食べ、大満足である。酒量はそれほど飲んでいない。これから『ブラックバード』の方で飲まなければ、カノには意味がない。
(今日も飲むぞっ!)
「カノくん、俺今日、オーラスだから!」
「マジ? 嬉しい」
ニッコリと笑うカノに、また心臓が痛くなる。オープンから営業終了まで、通しで居るということは、席が空いている状態がないということだ。クラブ側にとってもメリットだし、酒の量が増えればその分売り上げにつながる。清も店に顔を覚えられた立場として、そろそろしっかりお金を落としていきたいところだ。
(給料出たとこだし、この日のために来たんだし)
今日はワインを入れよう。ゆっくり味わって、カノを独り占め――は難しいかも知れないが、出来るだけ一緒にいるのだ。
二人で店に入店すると、店のホストたちから挨拶が飛んでくる。どのホストも既に顔と名前は知っているが、一緒に飲んだことはない。カノが相手してくれている時はヘルプで来てもらうということがなかったからだ。ホストクラブは基本的に最初に推しを決めると、変更することは出来ない。他のホストと飲むチャンスは、ヘルプに入ってもらう時くらいである。もちろん、清はカノ以外のホストと飲むつもりはないのだが。
席に案内され、おしぼりで手を拭く。カノは一度着替えるために控室へと消えたため、現在は席に一人だ。店内には既に客が入り始めており、同じように同伴出勤してきたホストに連れられて、ワンピース姿の可愛い女の子たちが席へと消えていく。
「いらっしゃいませ。今日もカノさんと同伴ですか」
「ああ、翠くん。今日は一段と混んでるね」
席を見渡しながら、ワインリストからボトルワインを注文する。これでゆっくり飲めるはずだ。
「お陰様で、今日はほぼ満卓ですね」
「あー…。今日はオーラスのつもりだったんだけど……」
もしかしたら時間制限があるかも知れないと、不安になってくる。翠は笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。カノさんはちょっと、席を外すこともありそうですが……」
「うん。解った。ありがとう」
どうやらカノの担当が他にも来店予定があるようだ。カノが人気なのは嬉しいので、問題ない。もちろん、カノと飲みたいが。
「お待たせ、清くん。翠、サンキュー」
会釈して去る翠を見送り、カノが横に座る。ホストクラブの背の高い椅子に座ると、不思議と個室のような空間になる。他の人の気配が気にならなくなる。二人だけのようだ。
「注文した?」
「うん。取り敢えずワイン」
「良いね。それ美味しいよ」
ほどなく、ワインクーラーに入ったワインが運ばれてくる。栓を抜かれたワインからは、テーブルに置いただけで既に薫り高いブドウの匂いが漂っていた。
「わ、すごい。良い匂い」
「時間経過でもっと雰囲気変わるから、ゆっくり飲むと良いよ」
今日、オーラスでしょ? と、カノがウインクする。カァと熱くなる頬をごまかす様に、清はグラスを手に取った。
「か、乾杯しよ?」
「ああ」
グラスを打ち付け、二人だけで乾杯する。肩を寄せ合って、瞳を覗き込まれ、ドクドクと心臓が高鳴った。
(ああ、すごい、幸せだ)
一口含んだワインの、芳醇な香りに、酔ってしまいそうになる。清は酒は強い方なので、これくらいでは酔わないはずなのに、何故か頭がクラクラした。
ワインを一口飲んで、何から話そうかと思った矢先だった。
「カノさん、済みません」
若い男がカノに耳打ちする。
「解った。清くん、オレちょっと、席外すね。すぐに戻って来るから」
「あ、うん……」
もう? と思ったが、仕方がない。グラスに唇をつけて、ワインを含む。先ほどまで芳しいと思っていたワインが、急に鉄の味を帯びた気がした。
(せめて、一杯くらい……。いや、すぐに戻るって言ってたし……)
と、店の奥の方で歓声が上がった。黄色い声に椅子から顔を出して視線を向ければ、カノが女の子に笑いかけている。
ズキ。胸の違和感に、首を捻る。
(ん。鉄板焼き、重かったか?)
胃のあたりをさすりながら、手元に置いてあったキャンディの包みに目をやる。カノが買ってくれたキャンディ。気が紛れるかもしれないと、一つ口に含む。
「~~~…~~」
「~~~くすくす~~~」
遠くで雑音が聞こえる。何だか、すごくモヤモヤする。
舌で飴を転がして、フゥと息を吐く。こんな予定じゃなかったのに。もう少しデートの余韻を味わって、それで一緒にワインを飲んで。少しくらい席を外すのは仕方がないと解っているけど――。
(ああ、もう……)
溜め息を吐いたところで、不意にテーブルに陰が差した。カノが戻ってきたと思い、喜色の表情で顔をあげた。
「吉田様、よろしければお相手させていただいても、よろしいでしょうか?」
「あ――」
ツーブロックのホストが、笑を浮かべて立っていた。チラリとカノを見れば、まだ女性の席にいるようで、笑い声が聞こえる。
「あっ……、俺、ちょっと、トイレ……」
「あ」
清は立ち上がると、男の横をすり抜けてトイレへと逃げ込んでしまった。
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