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youれい!
17.家に辿り着いて
しおりを挟むなんだか無駄な会話をしている内に僕らは家へと到着する。
足を止めて脇に目を向けると、彼女も止まって無言でその家を眺めていた。
「ああ、僕ん家ここだから」
その一軒家を見あげていた彼女は、僕の声にはっとしたように口を開く。
「え? ああ。つい、ぼーっとしていました。……へえ、洋風レトロという感じの、わりと素敵な家ではないですか」
「……まあ外見はそうだけど、中身は改装されてて、中途半端に古めな普通の室内なんだけどな」
そう答えながら玄関を目指していたところで、ふとした疑問が頭をよぎった。
そういやあ、こんなふうに女子を家に招き入れた事なんて、僕の人生には無かったな……。
というか、産まれてこのかた友達すらもできた経験の無い僕だ。そもそも他人を自分の家に招き入れたことすら無いのだ。
そんな自分の悲しい事実を今更自覚してしまい、玄関前で軽く思考停止に陥ってしまっていると、そんな挙動を不審に思ったらしき彼女が訊ねてくる。
「なにを固まっているのです?」
「日頃から日常会話のシミュレーションはしてはいたつもりだったが、これは盲点だった!!」
「は?」
思考がフリーズ状態になっている中で質問され、ついつい心の声を口に出してしまっていた。
どういう事かというと、今まで僕は引き篭もり生活を続ける中でも、自分の会話能力を低下させないように、イマジナリーフレンド的な疑似人格と脳内会話をする事で言語能力を維持してきたつもりだった。
とはいえ、いくら自分の心の中に仮想的な他人の人格を作ってみせようとも、所詮は独りよがりな想像の域を出ていなかったようだ。
なので、もう一人の僕もそんな言葉に反応すら出来ずにダンマリだった。
〝他人を家に招き入れる〟というそんな発想自体が無かったため、そういったシチュエーションに関するボキャブラリーが僕の頭の中に構築されていなかったというわけだ。どんだけモテない人生を歩んできたんだよこの僕は!
いや、それこそさっきの横断歩道で幻覚に囚われているらしき玲衣ちゃんの正気を取り戻そうとした時は、あんなに的確な言葉が次々と出てきたというのに、普通に女のコを自分の家に招き入れるための言葉はなんで一切思い付かないんだ? どう考えても逆だろ!
そんなプレッシャーに押しつぶされそうになっている僕を不審に思ったのだろう、彼女は多少困惑した様子で訊ねてくる。
「いったい何なのです?」
「い、いや。な、なんでもないっす」
「なぜ、いきなり下手な敬語口調に? これまで一貫して、一人称が『僕』なのにもかかわらず無理して男っぽく話しているみたいな口調だったのに」
「そんなふうに聞こえてたんだ、僕の喋り……」
と、そんな評価に羞恥心も刺激されてしまい、僕は狼狽する。
いくら変わり者で通しているとはいえ、僕も思春期な男の子。
女子を家に招き入れるだけの事で緊張してしまっている、などとは思われたくはない。
「い、いやぁ。君の敬語がうつったのかな、ははは……」
などと話を逸らしつつも頭の中では、このシチュエーションで使うべき言葉を考えながら、その間を埋めるために話を続ける。
「まあ君のほうも畏まった敬語なんて使わずにタメ口でいいんだけどな」
「え? わたしとしては砕けた話し方をしているつもりなのですが、そう思われていたのですか?」
「ええ? それで砕けた口調のつもりだったの?」
「はい、わたしの言葉なんて敬語警察に掴まったなら、間違いを指摘されまくりですよ。ただ口調が丁寧っぽいだけで、二重敬語とか使いまくりですしね」
「ああ、そうなんだ……僕にはよく分からんが」
心ここにあらずの状態なので……というのは見栄を張りすぎだろう。たとえこちらは万全の状況で聞いていたとしても理解できないっぽい、そんな話を聞き流しながら答えに至るまでの時間を稼ごうとしていた僕に、彼女は言う。
「それにわたしは特別タケトさんに対して敬意を払っているというわけでもないですしね。ただこの話し方が好きなだけで、これまで積み上げてきたキャラ作りが……ではなくてえーと……馴染んでいるこの口調を今更変えるというのもなんだか変な感じですので、このままでよろしいでしょうか」
「ふーん、そういうものなのか……」
何やらまたこちらが軽く傷付きそうな言葉や、メタなセリフとかがあったような気もするが、上の空で答えを返しつつ、僕は言葉を続ける。
「まあ君がいいならそのままの喋り方でも別にいいさ。……とにかく家に入りなよ」
そんな必死の思考が実を結んだのか、ようやくそれらしい言葉をどうにかひねり出せた僕は、内心ガッツポーズで|(よくやった自分!)などと、そんなしょうもない自画自賛をしていた。
すると、その僕の不審な挙動をいぶかしげな眼で見詰めていた彼女が言う。
「あのー、もしかして……」
その言葉に僕はぎくりとしてしまう。この天然少女は、なんだかんだで僕への指摘だけは無駄に察しが良い所を要所要所でみせてきたからだ。
「もしかしてタケトさん、わたしを家に連れ込んで、なにか良からぬ事を企んでいるのではないでしょうね!」
「だから違わい! 変な話題を蒸し返そうとするな! ってかさっきも言ったはずだが、触ろうとしても手が体をすり抜けちゃうような相手に、いったいどんな事ができるって言うんだよ! こっちが何をしようとしても壁すり抜けて逃げられてお終い、どころかそっちには逃げる必然性すらないだろ」
何だか自己弁護に関しては妙に饒舌で相手に対する思いやりも無くなってしまう、そんな僕に彼女はおずおずと肩をすくめる。
「それもそうなのかもしれないのですけれど……」
「……けれど?」
こっちはてっきりまた『幽霊じゃなくて透明人間がどうのこうの』とか、そんな掛け合いを始めるのかと思っていたのだが、どうもそんなつもりはない様子で彼女はそっと道路側を指差した。
「今のタケトさんって、端から見ると独り事で声を荒げている、そんな変な人に見えているようですが……」
「え?」
彼女の家の焼け跡からの帰り道、不自然なほど道行く人とすれ違う事が無かったせいで、すっかり油断してしまっていたのだが、最後の最後でそんな幸運も尽きたようだった。
彼女が示した方に目を向けると、お向かいのおばさんが道路を跨いだ向こう側から、怪訝そうな表情でこちらを眺めている。
その不審げな目は僕のみへ向けられていて、傍らにいる彼女に視線を向ける様子は見えなかった。
もし、そのおばさんにも彼女の姿が見えていたのだとしたら、どうしたって着物少女に対して興味が惹かれる筈だ。既に透明人間設定を貫くのが面倒になったのか、その体はもう完全に地面から宙に浮いちゃっているし。
しかし、そのおばちゃんにそんな様子は見て取れない。
つまりそれは相手からは僕の姿しか見えていない証拠だとも言えた。
だとするなら、このやり取りがどう受け取られていたのかは、もはや明白だ。
ここまで完全に失念していたが、この状況は他人から見れば会話口調で独り言をしているようにしか見えないという、僕はそんな状況を演じ続けていたのだ。
「あわわわっ!? ど、どーもこんにちわです!」
遅ればせながら慌てて作り笑顔で挨拶をしてみせるも、軽いパニック状態に陥ってしまっていた僕は、相手の返事も待たずにそのまま逃げ込むように家の中に入ってしまっていた。
そうして玄関のドアを閉じてようやく一息ついてから、自らの行動の失態に気付く。
「ぐぐ……、近所の人に奇行を曝してしまったかもしれない……」
意外に他人の目や世間体を気にするタイプの僕は、一人玄関で後悔の念に包まれながら項垂れてしまうのだった……。
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