画廊寄武等とyouれい!

須江まさのり

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最終章『画廊寄武等のyouかん』

92.それぞれの判断

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 僕は消滅し始めている死神をそのままに、地上からこちらの戦いを見上げていたあーちゃんの元へと向かった。

 そんなことよりも僕にとっては重要な事があったからだ。

「やればできるじゃない! イェイ!」

 彼女の正面に降り立った僕に、あーちゃんは無邪気にガッツポーズを決めてみせてから、

「はい、ご褒美!」
 とそう言いながら手にしていたブラジャーを差し出す。

 そう。一刻も早くそれを手に入れる必要があったからだ。それに比べれば他の事などは全て些事でしかない。

 僕は「ああどうも」と、その報酬を受取ろうとした……はずだった。

 が、

「……え?」

 なぜか僕の体が勝手に動いて、その手を払っていた。

 払われたブラジャーが地面に落ちる……。

 それを呆然と見つめるあーちゃん。

 それは、彼女の認識している僕ならば絶対にとらない行為だった。そんな僕の口が続いて勝手に言う。

「いや、なんてことしてくれてるんだよ!」

 それはこっちのセリフだ、なんて自分に対して思いつつも己の変化に気付く。

『人格が裏の意識に支配されている?』

 他のどんな雑事よりもブラジャーが最優先! そんな……物事の順番を間違えているのが今の画廊寄がろうより武等たけとの人格だったはずだ……。

『例え、それが他の事に気を囚われているのだったとしても、ブラジャーを蔑ろにするなど許されざる行為だ』

 そう思い、本来の自分を取り戻そうとした僕はふと思う。

『もう自分を偽るのは止めよう……』

 ブラ信仰を続けることに異存はない。だが僕の心の奥ではあの子への想いを捨て去るなんていうことには抵抗があったのだろう。だから夢タケトだとか裏人格だとか、そんなイマジナリー人格のせいにしてそんな思いを断ち切ろうとした。

『しかし僕が本当に追い求めているのはただ一人の少女だけらしい……』

 そう認識すると、まるで目覚めたかのように心がクリアになって、それまでの拘りやわだかまりが全て消えてゆくのだった。

『そうだ。結婚している僧侶とか聖職者だって居るんだから、心の中に大切な人が存在したからってなんだっていうんだ。そんなことで僕のブラ様への信仰は揺るぎはしない!』

――いや、あんまり変わって無いけどな! ほとんどクリアになって無いけどな!!

 そんな自分ツッコミは無視しつつ、驚きと戸惑いの表情を浮かべていた〝あーちゃん〟に対し僕は言う。

『あいつは、あの相棒の悪魔……夕蠅ゆうばえを殺してはいないんだ!!』

 現状の僕が持っている超常的な認知能力をもってすれば、空中で戦っている間ですら、死神レンズに取り込まれているアリアさんの力が相手の中に存在しているのを、はっきりと感じ取る事ができていた。

 それどころか、レンズという死神が過去……まださほどの力を持ってはいなかった最初の頃に手に入れたのであろう……それほど強力だとはいえない数々魂の微弱な力ですら、それらの存在を個別に判別するのも可能だった。

 そんな無数の感覚の中でも。

 どう精神を集中して観察してもその死神の中からは、かつて自分を死の直前まで陥れた事のある夕蠅という魔族の存在だけは感じ取る事ができなかったのだ。

 それは、死神レンズは夕蠅というあの仮面の悪魔の魂を取り込んではいないのだという、そんな事実を示していた。

「つまりあの悪魔は今も生きていて……そして、その気配を完璧に殺してチャンスを待っている筈なんだ。かつて、あの女神様を不意打ちした時のように……」

 自信満々の様子で繰り出そうとしていた必殺技だったが、それが失敗に終わってしまった時も想定して、先に仮面の悪魔は死んだという偽情報を与えておき周囲のどこかに潜ませているのだろう。

 そんな小賢しい手段を弄して相手を欺き、不意を付こうと画策するのが彼らの本性だというのも、今の僕には認識できていた。

 そう感じていた僕は退治した死神レンズに対応している間、すでに決着を付けるだけの力を身に付けていながらも、そんな夕蠅をおびき出すため、わざと苦戦をしてみせ、相手を誘っていたのだ。

「それなのにアイツを、あんなふうにあっさり始末してしまったなら……用心深い奴の事だ、もう僕の前には姿を現さないだろう」

 僕はあーちゃんに対して問い詰めるような言葉を投げ掛けながらも、内心では感覚を研ぎ澄まし必死で周囲の気配を探っていた。

 そうやって意図的に隙を装ってみせる事で、夕蠅というもう一人のかたきを誘っているのだ。

 なので僕は一見して彼女を問い詰めているようではあっても、僕はあーちゃんの絶望に歪んだ彼女の顔はもう見てはいなかった。

 そんな彼女の口からこぼれた言葉も聞こえてはいない。

「そんな人間じみた執着心に支配されてるなんて……」

 その眼が、無邪気なそれから……邪気そのものへと変わっていた事すら見ていない、気付かない。

「……もう解約ね」

 その口が、そんな言葉を放った事にも気付かない。

「……え?」

 俺はうわの空で聞き返す。

 索敵に集中していた僕はその時、先日その彼女に喰い千切られた首の傷……その痛みが引いている事には、まだ気付いてはいない……。

 更にはその首の傷自体が無くなっていて、かつて刀で貫かれた傷が復活している事にも気付かない。

「……ん?……あ……あれ……?」

 ただ……手にしていた剣が元のブラジャーの形へと戻ってしまい、そこに至ってから、ようやくその事態に気付く。

「は?……ぐあっ!?」

 と同時に、胸の部分が急に激痛を発し始めている状況にようやく気付いた。

「……あ……ああ……。がはっ!!」

 そうして、ようやく自分の状況を察した僕は、嘔吐感と共に喉を遡り始めている血液を我慢しながら茫然と彼女に視線を向ける。

「……もういいわ、解約よ」

 彼女は冷たい目で、崩れ落ちる僕を見おろしながら、もう一度そう口にした。

『……ま、待て、ぼ、僕……いや、俺はまだ夕蠅とかいう悪魔を倒して……いないんだ』

 既に僕はその言葉を発する事すらできなかった。

 その体は、あーちゃんと契約を交わす直前の状態に戻っていたからだ。

 そう……死亡寸前というで気力だけで生きていただけの、かつての瀕死状態へと……。

「そんなのあたしには関係が無い」

 彼女は、そんな僕の思考を読み取ったように、そう答える。

『な、なぜ……今になって……』

――自分は契約を破棄しようなどという気は無いのに……。この復讐を果たせたなら、その時はしっかりと契約を果たして……。

 彼女がこの自分の体の全てを食べ尽くすまでの間、肉の一片になっても僕の意識は生き続け、噛み千切られ砕かれる痛みを感じ続けたまま、食い尽くされるまで死ぬ事は出来ない。

――その苦行も受け入れるつもりだったのに。

 意識が遠くなりそうな頭でそう考える僕へ、彼女は全くの別人の口調で言う。

「あたしにとってはそれは目的ではないのだけど……きっとあなたはその苦痛に耐えきるんでしょうね……」

 もう耳も役に立たなくなりつつあるのだろうか、テレパシーのような力でこちらの心に直接伝えてくる。

『……それも、他の女への想いを抱いたままで一切の後悔もせずに……』

 そんな、彼女の思念が僕の頭に直接響く。

『……そんなあなたを私に喰えと……あなたは言うの?』

「そんなのおいしくないよ。食べるのに一ヶ月はかかっちゃうね。うん!」

 そうして、僕が知っているあーちゃんの言葉で最後に言った。

「それはタケトも辛いでしょ? だったらここで死んだ方が楽だと思うのよ。うん、あーちゃん優しい!……ん?」

 胸の激痛の中、そんな言葉を聞いていた僕は背後から漂う何者かの気配に気付いた。

「そこの正体不明の女に問おう。この者を殺してもお前は我を許してくれるのだろうか?」

 っ!!

 その声は、決して聞き間違えることはないだろう、仮面の悪魔、夕蠅の声だった。
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