わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

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番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

第二王子の婚約者は勘違いしている(上)

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 レン・リ・ファーレン第二王子が正式に王太子に繰り上がった。
 それは、婚約者ユリン・ディア・マグダウェル侯爵令嬢もまた王太子妃に繰り上がることを意味する――のだが。

「無理無理無理! あの・・サラージュ様の後釜なんて無理です!!」

 ユリンは絶賛、泣いていた。ソファーのクッションを抱きしめながらのギャン泣きである。成年前とはいえまあまあ手足の伸び切った人間のすることではない。だが、ユリンの発現種は小型犬系の獣人。身長はかなり昔に止まってしまった。そんなちっちゃい体ときゅるきゅるの目できゃんきゃん泣く様は騒がしくはあるが、見苦しくはない。
 全身で嘆きと拒絶を表明する婚約者を前に、レンはふむ、と一考した。

「教育係はつけるし、スペック外のことは求めない。それでも無理か」
「無理です!! サラージュ様ですよ!? あのとんでもない美貌と出来ないことあるの? ってくらい何でもできる完璧超人の!」

 なんだその評判は。
 母親譲りの傾国であることも全方位に優秀であることも認めるが、小さなころから泥んこになって遊んだ乳兄妹の完成されていない人格を知っている身としては首を傾げるしかない。

「あれはそんなに大層なものではないんだがな……」
「ファンクラブに殴られますよレン様」
「あいつそんなのあるのか」
「ただの美人なら妬み嫉みも向くんでしょうけど、ドラゴンを乗りこなす女騎士とかもう別世界過ぎて偶像です」

 物語のヒロインかもしれない。
 そんなことを真顔で言い切るユリンに、「まあたしかにオーバースペックではあるな」と認識を擦り合わせる。
 だがまあ、サラージュは「王太子妃であった」というだけで、別に基準ではないのだからそう気にする必要もないだろう。

「……まあ、平気だろう。あれが規格外だろうが、王太子妃がすべてそう在るべきというわけもない」
「システム的にはそうでも! 世間が許しても! わたしの胃が死にます!!」
「きみも充分優秀だと思うんだがな」
「へっ!?」

 ぼんっと面白いほど顔が真っ赤になっていく。小さな体をわたわたさせてどうにか誤魔化そうとしているらしいが、ドレスの下でぱしぱし動く長毛の尻尾の音がする。
 この子はどうしてこう、侯爵令嬢だというのに褒められ慣れていないのだろうか。
 挙動が可愛らしいのでこれまでは放置していたが、これからは社交界で褒めあう機会も増えるだろう。他の人間の前でこうも赤く色づかれてはレンとしては面白くない。
 まずは褒められるのに慣れてもらおう、と静かに決めた蛇系王太子はするりと思ったことを口にした。

「武術以外は大概のことができるだろう。むしろ貴族令嬢のくせに前線に立っているあれがおかしい」
「サラージュ様のことおかしいとか言わないでください訴えますよ!?」

 おまけの言葉にすさまじい勢いで食ってかかられた。

「…………ユリン、もしかして君もあれの」
「ファンクラブ会員No.105です!」
「百人以上いるのか。傾国呼ばわりの意味が変わりそうだな」

 異性よりも同性ウケしているのかあいつ、と涼やかな美貌の乳兄妹を思い浮かべる。
 妙に納得できて、思わず舌打ちしかけた。
 最愛の婚約者が片割れのような相手のファンクラブに所属しているというのは、なんとも複雑な気持ちになったので。

 *

 自室に戻ったユリンは、ぎゅっとベッドの上で膝を抱えていた。

「……はー、王太子妃、かあ。これわたし当て馬令嬢ポジじゃない? サラージュ様はそもそも戦略系RPGの主人公だし」

 ぼそりと、この世界の誰にも通じない言葉をつぶやく。
 ユリンはかつて、ここではない世界で生きていた少女だった。災害で死に、気づけばこの世界に生まれ直していたのだが……まあ、それはいい。
 問題は、その世界で流行っていたエンタメ作品とこの世界がどこか似ているという点だ。
 一つは、サラージュによく似た騎士(性別変更可)が活躍する国土防衛戦略RPG。
 そしてもう一つが、愛を知らない主人公を取り巻く王宮ロマンス。正直、転生してから十年以上経つのでキャラクター名までは覚えていないが、筋書きは覚えている。

 好きでもない相手と結婚するヒーローが真実の愛を見つけるストーリーの、序盤の展開。――今の状況は、それに酷似していた。
 家柄だけであてがわれた娘との結婚が秒読みになり、諦観の中にいる彼の前に運命の相手が現れるのだ。

(あの作品じゃないとしても、レン様、絶対わたしのこと何とも思ってないしなあ)

 冴え冴えとしたアイスブルーの瞳に、情が灯ったことなど一度もない。
 冷徹なる蛇神王子。そう言われる異名のまま、彼は義務として淡々とこちらに接してくる。
 そのたびにユリンの胸がちくりと痛み、同時に熱を持っていることを、きっと彼は知らないのだろう。義務以上に、彼がこちらを知ることはないのだから。

「……わたしは、好きなのにな」

 思わず零れた言葉は、誰にも聞かれることなく枕へと吸い込まれていった。
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