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チュートリアル編

便利な世の中

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 翌朝。
 
 ベタベタして気持ち悪いし……シャワー浴びよ。

 朝日が入り込み、薄ら明るい廊下。

 間取りも、軋むフローリングも……全部実家と同じ。

 創造魔法様々だなぁ。
 
 あ……そういえば女神様が翻訳魔法を創れなんて言ってたなぁ。忘れないうちに創っておこうかねぇ。

 そんな風に考えながら廊下を歩き……そして、魔法で水を出して飲み、一口サイズの菓子パンも作って食べる。

 凄い、なんて便利なズボラ魔法なんだ……!! 風呂場に着く前に全部終わった……!
 例え地球で科学が発達しても、辿り着けない境地……!!

 それに、お風呂にはシャンプーもボディソープも全部創られていて、凄く便利。
 
 ふと、ザバザバとシャワーを浴びながら思う。
 このまま、此処で暮らすのが一番……だと。

 衣食住全部魔法で完結するし、外敵もいない。
 
 ただ……結婚どころか恋人すら難しいのが、難点かなぁ。

 女神様に色々と言われなきゃ……――――――ん? 外敵……?


「ヤ、ヤバッ!! ガッ……ゴボッ、ゴホッ……不味い不味い不味い!!」


 不味い、何も考えて無かったっ!!
 
 そりゃ龍がいる世界なんだし、人間を襲う外敵なんて幾らでも居そうだわっ!! 風呂入ってる場合じゃねぇ!!

 急いで外に出て確認しないと……!!

 慌てて服を着て外に出てみるも――――塀に目立った傷は無い。

 ……冷静に考えれば物音なんてしてなかったわ。

 まぁ良いや。
 魔除けがてら【女神の寵愛】のネックレスバージョンを門にぶら下げておくか。

 と、いうか……そもそもこの場所はあの龍の住処で、他の生物がいない可能性も……?

 確かめてみるか……? なるべく不確定要素は消していきたい。

 家の周りの荒野を見渡しても、動く物体は見えない。
 つまり……目指すは荒野の先にある、森。
 
 どうせ、この家に盗られて困る物は無い。

 視界にギリギリ映る、森の緑。

 歩けば往復でかなりの時間が掛かりそうだけど……僕には、魔法がある。

 空間を飛ぶ魔法……空間魔法。

 ワープやゲート……ルーラにそらをとぶ。幼い頃からやってきたゲーム達が、空間魔法を教えてくれる。

 全身の魔力を滾らせ……強くイメージ。

 あの森に行きたい。

 大鷲のように……龍のように、早く。
 
 歩くより、飛ぶより……早く。

 今直ぐに。

 スッ……と魔力が抜ける感覚。

 ギュルンッ! と僕の視界が歪んだかと思うと――――目の前に、森があった。


「ゲートとは即ち……駿馬である、ってね」


 空間魔法……転移。無事成功。
 五体満足で服も一緒に……家から森へ、瞬時に移動出来た。


「ふふふ……!」


 素晴らしい力に体が震え……笑みが漏れる。

 この力があれば……世界中の郷土菓子を探し回れるじゃないか……!!
 
 女神様万歳。異世界最高。
 
 ……調子に乗ってこのまま森に入る前に、丸腰は御免なので一本の剣を魔法で創っておく。

 職業柄、ナイフ……つまり刃物類は扱っているけど、剣などの刀剣類は流石に使った事は無い。

 道具として扱うナイフ。武器として扱う剣。

 何処まで……技術の流用が効くかなぁ。とりあえず、剣でいってみよう。

 さて、目の前の森。

 朝日煌めく、澄んだ緑の瑞々しい森――――なんて事はなく。
 
 朝なのに黒く淀み、日光の侵入を許さない……陰鬱とした森。

 初心者より……上級者向けの空気。

 ……来る所間違えた帰りたい。

 でも此処しか無いんだよなぁ……。

 仕方ない、入ろう。もしかしたら初心者向けの森かも知れないしね。

 少し重い足取りで、森へと進入していく。

 徐々に暗くなる視界。

 肌に纏わり付く、嫌な湿気。

 所狭しと蔓延る木の根。

 かと思えば草が茂った平らな地面。

 所々に見られる獣道。

 手入れされていない感満載の、野生の森。

 歩き辛い……そして無駄に怖い。
 いっその事、魔法パワーで更地にしてやろうか。

 木々を見渡しても、果実が実ってる事は無く。

 獣の声も足音も……何も聞こえない。

 酷く不気味で……不要な程に禍々しい、森。

 雰囲気だけ強そうな……変な森。

 これは、この世界の普通なんだろうか。異世界人である僕だから……思う事なんだろうか。

 あぁ……なんか嫌な森だなぁ……。帰ろうか――――
 

「――――誰か――――助け――――!!」


 !?

 人……!? 誰かいるのか……!?

 助けと言われても、声が木霊していて何処から声がしたかわかんないっ……!
 
 耳を澄ましても、追加の声は届かない。

 ど、どうしよう……どうするべきだ……!? いっその事魔法で木々を薙ぎ倒して、視界を広げるか……!?

 いや、巻き込む可能性……落ち着け、落ち着け僕。

 ……あ、そうか。
 魔法があるだから、探索する魔法を創れば良いんだ!!

 探索……ソナー……? 魚群探知機……?

 音波……電波? いや……せっかくだし、魔力で良いか。
 魔力を周囲に広げて、触れたものを探知する感覚。

 四メートルが限界の侍じゃなく……本気を出せば三百メートル広げられる暗殺者をイメージ……。


ソナーっ!!」


 上手く纏まらない思考を、言葉で補って。

 魔法を放った瞬間、パッと僕から解き放たれる、透明な波状の魔力。
 魔力が通った部分のマッピングを脳内に直接送る……そんな魔法。

 瞬時にこの森の全容も……声の主が何処にいるかもわかった。
 
 恐ろしく早い魔法。僕じゃなかったら見逃しちゃうね。

 魔法の結果わかった事は……四足の獣が数頭と、二足歩行の人型が……一人いる事。
 
 捕食者と……餌。

 一刻の猶予も無い。


転移ゲート!」


 急いで……向かわないと……!!

 パッと視界が映り変わり、転移した先には――――狼が四頭と……緑色の、小人がいた。

 小人……?

 違ぇだろ翻訳魔法ぉぉぉぉぉぉ!! どう見ても!!外敵じゃねぇか!!

 え……? あれ、この人はゴブリンなのかな……?
 
 ん? それとも、この世界のスタンダード人間……?

 わかんない……情報が足りない。

 けど、真っ先に浮かんだ名前……ゴブリン。
 
 緑色の小人で、黄ばんだ歯を剥き出しにして狼に対して威嚇している。

 汚れたボロ布を纏い、欠けた棍棒を振り回しつつ、大木を背にして追い詰められている状況。
 このゴブリンがメインの世界じゃない事を……祈ろう。
 
 というか……僕が思ってた状況と違う……。
 
 でも、この世界のゴブリンは良い奴なのかも知れない。実は王子様とかかも……ね?
 
 不潔すぎて友達にはなれないけど。

 そうだよ、言葉も通じたし……助けた方が良いのかも。

 悩んでまごまごしていた僕と、ゴブリンの目が合い――――瞬間、目をカッと見開くゴブリン。


「ニンゲンッ!! 何故こんな所にっ!!」
 

 涎を撒き散らし、錯乱しながら叫ぶ姿は……正に化物。
 オマケに棍棒を投げ付けてくる始末で、お陰様で狼達の視線が僕に集まってきた。

 コイツ……。
 良かった。外敵の類で。


「シネッ!! シネッ!!」


 なんでこのゴブリンは、こんなに敵対的なんだろう。


「あの、一応助けに来たんだけど……」


「ゲヒャア!! シネッ!! シネッ!!」


 ダメだ言葉通じないや。


「バウルルルルッ!!」


「うおっ!? 危な!!」


 呆れた僕に、飛び掛る狼。
 反射的に、腰に携えていた剣を抜き放ち……力任せに狼を横一文字に斬る。

 飛び散る血肉。

 弾ける臓物。

 激流の如く飛び散る元狼――――グロい、キツい。


「うっぷ……ゲホッ……ゲホッ」


 龍を殺した時は、アドレナリンがドバドバだったみたいで平気だったけど……今の零距離血飛沫はマジでキツい。
 
 血腥さも……生々しさも……手に残る、感触も。

 か、回復……!! 魔法だ、回復魔法……! 精神を、安定させなきゃ……!!

 幸い、一瞬で肉塊になった仲間を見て、狼も狼狽えている。

 今しか、ない。


HKTハイパー・賢者・タイム


 魔法の発動と共に、トクン……と小さく心臓が跳ね、心音が安定する。
 
 喉元まで来ていた胃液も、ストンと胃に落ちた。

 ゴブリンを見ても、狼を見ても……怖いと思わない。

 狼の残骸を見ても……気持ち悪くない。

 恐怖か緊張か、小刻みに震えていた体も、硬直していた筋肉も……大人しくなった。


「ふぅ……」


 これで、大丈夫。

 グッと剣を握り直す。
 ホイッパーを握る時とは違う、手首を固定する握り方。
 断面が曲がらないように……ブレないように。

 ジリジリと距離を取り、僕を見据える狼。

 迷う事無く……頭に叩き付けるように、鋭い剣戟を一閃。

 ズブッと刃が狼にめり込んだ瞬間、滑らせるように刀身を引きながら力を入れる。
 
 肩から剣にかけて……一本の腕だと思って、固く、曲げず……ブレないように。

 硬い皮膚、柔らかい肉、一番硬い骨。

 迸る、血飛沫。

 まるでガナッシュの心棒が入ったロールケーキみたい。

 しかし……力加減を間違えたみたいで、頭からお尻にかけての断面が曲がってしまった。
 
 力を入れすぎたか……。切っ先が反ったなぁ……。

 地面までめり込んだ剣を引き抜き、次の狼へと視線を向ける。


「親父なら……もっと上手くやる……!!」


 言いたいけど言う機会が無かった漫画のセリフ……その一。

 因みにウチの親父は普通のサラリーマンだ。
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