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チュートリアル編

ゴリ押せ

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「むむむ……なんでこう、ちょっと違うんですかねぇ~……?」


「原因は色々考えられますねぇ」


 あの後、ミシェルさん作のプリンが焼けて、冷まして……試食。

 ほぼ僕の作ったのと同じだけど、微妙に違う。
 
 正直、気にならないレベルだけど……ミシェルさんはそれが気に食わないらしい。

 まぁ、作り手によって個性出るから……なんて言葉は、きっと届かないんだろうなぁ。


「具体的にどこですか!?」


「えぇっと……たぶんですが――――」


 まず、焼けたプリンの見た目。
 
 カラメルとプリンの境目がちょっとボヤけてしまったんだよね。ガラスのビンに充填したから、良く見えてしまう。

 うちのお店だと……販売に出せないんだよね、これ。


「牛乳の温度が少し高かったのと……充填の時間がかかり過ぎた所、ですね」


 プリン液が熱ければカラメルが溶けるし、充填した後直ぐにオーブンに入れないと、カラメルが水分吸って溶けちゃうのよ。そして滲む。

 それと、充填の時間がかかって生地温度が下がって、ちょっと焼き時間が伸びちゃった。
 これによってちょっと表面が固くなっちゃった。

 あんまり焼き過ぎると乾燥しちゃって……そうすると表面が割れちゃったりもする。
 あー……そうかぁ……水分量変えると、こういう問題もあるのかぁ……。

 マジで難しいな、プリン。
 
 
「そうですか……」


「それと、卵と牛乳の合わせ具合が良くなかった……かなぁ」


 たぶん、混ぜ合わせが足りなくてちょっと食感が悪い。
 でも、食べ比べてやっと気付くレベルだし……良いと思うけどねぇ。


「うぅ……はい……」
 

 それでも……何処か不満気で、表情が暗い。
 
 僕は……なんて言葉を掛けるべきだろうか。

 ミシェルさんは、何でこんなに……ダメージを受けているんだろうか。

 僕には……わからない。


「次はきっと……上手くいきますよ」


「頑張ります~……!」


 力無く笑うミシェルさん。


「でも……上手くいかなくて、良かったと僕は思いますよ」


「……え? なんで?」


 そんな僕の言葉に……ほんの少しだけ、怒りの表情を向けられた。
 
 あぁ、不味い……ダメな言葉だったか……。

 ど、どうしよう。


「えぇっと、出来ないからこそ……楽しいんだと思います」


「はぁ……」


「何でも簡単に出来ちゃ……つまらないと思うんですよね。苦労して、積み重ねて……自分を振り返ってみて、こんなに苦労したって笑えるんだと思います」

 僕の言葉は……どんどんミシェルさんの地雷を踏み抜いたらしく、ついには声を荒らげてしまう、ミシェルさん。


「それは……それはっ!! 簡単に出来る人だから……言える事ですっ!!」


 目尻に涙を浮かべ、顔を赤く染めて……エプロンをギュッと握り締めるミシェルさん。

 その言葉は……人の努力を無視してる発言だよ。

 以前の僕ならきっと口に出していただろう、言葉。
 
 でも……変わらなきゃ。相手を尊重して、言葉を選ばなきゃ。

 彼女の心の痛みを……知らなきゃ。


「どうして……そんなに拘るのか、教えて貰えますか?」


 優しく……諭すように。

 僕は味方だと……伝えるように。


「うぅ……」


「大丈夫。僕は……味方だから」
 

 優しく……包み込むように。


「……兄は……アレックス兄様は、なんでも……出来る人でした」


 優秀な……兄。
 

「優秀な上に……勇者、ですか」


「……そうなんです。だから……妹の私も、優秀だと期待されて……。でも、私は……平凡、で……」


 途切れ途切れの、悲痛な言葉。


「皆、何も言わないけど……わかるんです。私が優秀じゃないと知ってるのを……わかるんです」


「あっ――――」


 僕も、その気まずさを……知っている。

 陰で何か言ってるんだろうな……そんな嫌な風に思っちゃうのも、知っている。


「元々、公爵家という……立場。色めがねで見られる事も、多くて……」


 泣きそうな……ミシェルさん。
 彼女を慰める権利が……僕には、あるのだろうか。


「唯一、武の才能はありました。けど……兄よりはダメで、そ……それに、女だからって……認めて貰えなくて……!!」


「それは……」


 貴族という立場と、性別という壁……か。


「一つでも、秀でた何かがあれば……なんて、思ってたんですけど……ねぇ……」


 気付けば彼女は泣いていて――――僕には、そっと背中を擦る事しか、出来なかった。


「お転婆ぶって……皆に見て貰って。それで……自分の不出来さを、隠して……」


 見て貰いたいのに、見られたくない……矛盾した、行動。
 
 きっと彼女は――――まだ、子供なんだ。

 ずっと幼い時からプレッシャーと戦って。

 自分を責めて。

 ミシェルさんの心は……疲れて育ってないんだ。


「……凄い自分を、見て貰いたいんですね?」


「うぅ……はい……。兄に負けない、凄い何かが欲しいですぅ~……」


 そうか……。

 僕は……どうしたら良いのだろう。


「実は……僕、魔法を創れるんですよ」


 なるべく、空気が明るくなるように……軽い雰囲気で。


「えっ……? えぇっ!?」


「創った魔法をミシェルさんにあげる事も出来ます。それこそ……勇者魔法だって、ね」


 たぶん……出来る。


「そんな……!! それは、だって……えぇっ……」


 感情がごちゃごちゃなのか、ミシェルさんの動揺が凄い。


「やった事無いですけど……たぶん、技術だって才能だって創れると思います」


 やろうなんて思った事無かったけど……たぶん、いける。


「でも……そうやって与えられた力って、とても虚しいんですよ――――僕が、虚しく思ってるように」


「――――――!!」


 外付けの力なんて……悲しいものよ。

 使えて嬉しい、便利……それは事実。

 だけど、この力を自慢する事も、この力だけで生きるのも……絶対に、したくない。

 あくまで、オマケなんだよ。


「才能なんてクソ喰らえなんですよ。土臭く努力して、汗を流して……涙して。血反吐撒いて……それを隠して」


 僕が……ずっと思ってた事。

 でも……実行出来なかった、事。


「綺麗な所だけ、他人に見られれば……それで良いんですよ」


 そうすれば……スマートな格好良い自分が、見せられる。


「ミシェルさんは、僕が簡単にお菓子作りしてると思ってたでしょ?」


「……そう、見えました」


 そう見られても……結局努力が蔑ろにされて、虚しくなるだけ。


「二十年勉強してます。これでもまだまだダメで……今も勉強中ですよ、僕」


 二十年……その数字に驚いたのか、ミシェルさんが目を見開く。


「えっ……そんなに……」


「ふふふっ。所詮、他人からみた印象なんて……そんなもんですよ」


 他人からどう見られても……大事なのは、結局自分で。

 格好良いと褒められるのは、自分だけで。


「だから……自分を追い込まないで。もっと肩の力抜いてみましょう?」


 フルフル、と力無く首を振るミシェルさん。


「今更……難しいですよ。もう、遅いです……」


 そう……それもわかる。
 過去の自分を捨てて……一歩踏み出すのは、キツい。


「うーん……。あ、そうだ。それなら今から死ぬほどお菓子作りません?」


「……はい?」


「お菓子作りの腕前を知ってるのは僕だけです。お迎えが来るまでに……沢山作って、沢山経験しましょう」


 もう……彼女を変える術は、無いかも知れない。
 だって、彼女自身が……気付かなきゃダメだから。

 だから……有耶無耶にして、ゴリ押すしか、無い。


「は、はぁ……」


「それで、最後に出来たお菓子をお迎えの人に食べて貰えば良いんです。どうですか、私が作りました、才能あるんですってちょっぴり嘘を吐いちゃいましょう」
 

 それっぽい言葉を並べれば……道理は引っ込む。


「ふふ、ちょっと……楽しそうですね、それ」


「でしょ? 二人だけの……秘密ですよ、ミシェルさん」


 彼女の心に、届きそうな言葉を。
 

「それは……とても素敵、ですね。じゃあ……ルイ様。私に協力してくれますか?」


「えぇ、勿論です」


 やっと笑ってくれたミシェルさん。

 優秀な兄と……平凡な妹。

 何の肩書きもない、平凡な家庭で育った僕にはわからない……劣等感。


「じゃあ……少し休んだら始めましょうか」


 周りの器用な人間を羨ましがり、有名なパティシエを見て羨むだけの僕とは……きっと違う。


「え、えぇ……?」


 視界に入れないで、自分の世界に逃げれば良い僕とは違って……彼女は、逃げられないんだ。


「大丈夫。センスがありましたから。いっぱい作れば、きっとプロになれますよ。だから早く作りましょう?」


 僕だったら……そのストレスに耐えられない。

 ストレスに耐えながら、それでも自分の可能性を探すなんて……できる訳ない。


「それ、ルイ様が作りたいだけじゃ……?」


「バレました? 一緒に作るの楽しかったので……付き合って下さいよ」


「も~……仕方ないですねぇ~」


 今、劣等感から解放されたいミシェルさん。

 過去の自分の過ちを……否定したい、僕。


「僕ね、回復魔法って便利なものがありまして……寝なくても動けますから、安心して下さい」


「それ……魔法の使い方、間違えてると思います」


 この解決方法が正しいか……わからない。

 でも、少しでも……折り合いが付いたらいいな。


「女神様直伝の魔法ですよ?」


「え、えぇ~……そう言われるとぉ~……」


 ――――女神様。

 ふと、去り際の微笑みを思い出してしまう。

 この二人と巡り会ったのも……女神様の中じゃ、計画通りなのだろうか。


「さ、まずは部屋の案内から始めましょうか! 気になる事、全部言って下さいね?」


「わ……わかりました。宜しくお願いします……!」


 だからといって、僕に不都合がある訳でも無いし……別にいっか。
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