犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム)

いずくかける

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犯罪者達の前奏曲(プレリュード)

ここまでのプレリュード キャラクター編

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 登場順に紹介していきます。
 なお、時系列が前後するので、年齢は載せません。
 ネタバレを多く含みますので、ここを読むのは出来れば最後にしていただけると幸いです。



*** *** ***



ドド・ゴシック
 シシー・ゴシックの兄にあたる。
 優秀な妹と比べ、秀でた才能を持たなかったドドは、妹との交流を嫌い、シシーもそれを感づいていた。
 両親が他界し、妹が仕事で家を出てからは完全に音信不通となる。
 ドドが就職したのは街の工場だった。
 給料はよくなかったものの、仕事があるだけありがたい時代である。
 限られた生活費の中、慎ましく生活をしていたドドの耳に入ったのは、妹シシーがレクイエムに投獄されたという悲報だった。
 原因を調べるドドは、保護されたララの居場所を知る事になる。
 妹に何もできなかったドドは、せめてもの罪滅ぼしの為、ララを引き取りに向かった。
 プレリュード一話目の話で、世界のどうしようもない閉塞感を表したく、なにかしたいと思いながらも、力不足で何も変えられないキャラクターを描きたかった。
 名前の由来は音階。

オレンジ・ガバ
 キャリーが入社することになった出版社の課長。
 若くしてそこまで上り詰めたのは、かつての上司、危険な取材でスクープを掘り起こす記者、パルマ・ポップの教育があったからに相違ない。
 オレンジ自体もそれを自覚しており、パルマに敬意と感謝を抱いている。
 キャリーがパルマの娘と知り、面接官を務めていたオレンジはキャリーの研修を引き受ける事となる。
 10年前、政府に囚われたパルマの真相を暴こうと、メインでレクイエムの取材を続ける中、他のスクープも書き続け、数々の不正を暴き、世に発信していた。
 会社の稼ぎ頭である。
 今時の調子の良さそうな性格と裏腹に、己の恩義を大切にする古風な性格を持たせた。
 キャリーが囚われた事を、自分が原因であると悔いている。

ジョン・ザディゴ
 ザディゴファミリーと言うマフィアを取り仕切る、グラミーの裏社会の大御所。
 ジョンの一声で生活を、家族を、命を奪われた者は後を絶たない。
 先代から引き継いだファミリーをグラミー1と言われるまでに巨大化させた。
 ザディゴの行動意欲は金が動くかどうかに支配される。
 故に、他のファミリーに手を出す事も多く、敵が後を絶たなかった。
 命を狙われ続けるザディゴは、代わる代わる用心棒を雇い、ファンと出会う。
 その実力に信頼を置いていたザディゴは、味方ファミリーよりもファンを重宝していた。
 金と重圧。命を狙われるプレッシャーに縛られ、全てを手にしたにも関わらず、常に余裕がない。
 金以外に信頼関係を築くことのできなかったザディゴは、最後には飼い犬に手をかまれる結末を迎える。
 映画などでよくでる悪党の親玉のイメージを目一杯取り込んでみたキャラクター。

ファン・ファンク
 ザディゴに信頼されていた用心棒。
 以前敵方として対峙した用心棒、キリシマをザディゴに紹介する。
 表面上はザディゴの犬であったが、裏では彼の資産を狙っていた。
 ザディゴの用心棒を務めていただけの実力はあり、裏の世界では有名であった。
 それに目を付けたのがミュゼットである。
 ザディゴに勘づかれることなく接触に成功したミュゼットは、多額の報酬を提示し、ファンを取り込んだ。
 武器は大型のファルカタ。湾曲した片刃剣である。
 その体格と腕力による切り落としはザディゴに暗殺者を寄せ付けなかった。
 ファンもザディゴと同様、金にしか信頼をおかぬ男である。
 ザディゴの辿った運命は必然であった。
 いかにも忠実そうなキャラクターを裏切らせてみた。

イカルガ・マキナ
 エウロアのいとこにあたる存在だが、お互いその事を知る事がない。
 キリシマが生まれ育った島国に移住した母親と、現地で暮らしていた父親との間に生まれた。
 父親の家系、マキナ家は遠く遡るとシノビと言われる武闘集団であり、生まれながらに代々受け継がれた武術を引き継いだ鎖鎌の達人。
 多数相手を苦手とし、扱いの難しい鎖鎌だが、相手からしたら間合いは読めず、奇襲に優れ、そして分銅の破壊力は圧倒的である。
 遠く離れた地で、連絡の取れなかった父親の弟の一家が強盗により殺害された事を知らされ、父親に頼まれ、いとこである少女を探すため海を渡った。
 だが、すでにレクイエムに向かっていたエウロアを探し当てることが出来ず、捜索を続ける中、生活の為に自身の武術を生かし暗殺、護衛の依頼を受けていた。
 ある要人の護衛で、イカルガは同じく依頼を受けていたキリシマと出会う。
 初めて自分と同等以上の力をもつ男に話しかけた所、出身が同じだという事実に意気投合し、二人はニホンシュを酌み交わす仲となった。
 キリシマの友人という親近感を出したくてしゃべり方を崩した。

アミュゼ・ミュゼット
 ザディゴファミリーから独立したミュゼットファミリーを取り仕切る男。
 暗殺により先代が亡くなるまで、ザディゴファミリーに所属していたミュゼットは、組織の中でも知能派として一目置かれていた。
 頭領がジョンに引き継がれることを祝う席で、ミュゼットは独立を宣言。
 ジョンはそれを咎めようとしたが、ファミリー内で地位のあったミュゼットを推す声が多く、ジョン率いるザディゴファミリーと、ミュゼットファミリーに分裂する事になる。
 ジョンはアミュゼを目の敵にし、それを潰そうと目論むが、アミュゼはその手腕でミュゼットファミリーを拡大させ、ザディゴファミリーと並ぶと称されるようになる。
 だが、アミュゼ本人はジョンを打ち取るまでは勝利ではないと心に決めていた。
 金に支配されていたザディゴと違い、権力に縛られていた男。
 自分がグラミー1だと言われるまで、あと少しのところで夢は潰えた。
 ジョンが昔ながらの悪党だとすれば、こちらは現代の悪党って感じかな。

コウモリ
 グラミーの都市伝説とまで言われた暗殺家。
 正体を知られぬように、黒い布を全身に覆わせる姿を、いつしか人はコウモリと呼ぶようになった。
 闇に紛れ、厳重な警備の中でも受けた依頼は必ずこなすとされ、要人はコウモリを恐れていた。
 武器はグローブに仕込んだ特殊な刃物。
 破壊力は乏しいが、人を殺害するのには十分な武器であり、まるで無駄がない。
 要人に気付かれずに近づく事に優れており、コウモリはこれを愛用していた。
 暗殺を得意とするコウモリだが、戦闘能力もまた秀でており、ミュゼットに声をかけられた。
 対峙したキリシマが実力を隠していると悟ったコウモリは、依頼の完遂を諦め、勝負を降りる。
 その判断の速さ、的確さは、コウモリが今までに潜った修羅場の多さを物語る。
 そんなコウモリ相手でも、キリシマの眼中にはイカルガしか入っていなかった。
 描写が下手でイカルガ、キリシマの引き立て役になってしまった感があるかも……

エウロア・マキナ
 強盗殺人により、島国出身の父と、グラミー出身の母親。両親を目の前で銃殺される。
 父親はマキナ家に生まれていながら、人を傷つける武術を嫌い、両親に反発し海を渡っていた。
 皮肉にも、暴力を嫌った父親は暴力により生涯を閉じることになった。
 両親を殺害されたエウロアは、その犯人がどのように罪を償っているのか。
 また、自身と同じ被害者をまた出さぬように、誰もがやりたくないであろうレクイエムの管理者を志願する。
 刑殺官以外の管理者がいることを知らなかったエウロアは、約1年もの間刑殺官見習いの訓練を受けることになる。
 ある日の訓練中、銃を向けられたエウロアは、脳裏に焼き付けられた両親を殺害された日の事を思い出してしまい恐怖するが、その状況からハーディに助けられ、好意を抱くようになる。
 その後、ハーディと会える機会は減少してしまい、その会えない時間に想いはさらに膨らむ。
 エルビスの付き人の任を解かれたハーディを食事に誘い、そこで刑殺官以外の仕事を知ったエウロアは仲介屋に志願する事になる。
 キャリーとかぶらない様に、重い過去を背負っていながらそれを感じさせない様に明るく書いてみた。

ヴァンド・セレナーデ
 世界に名高いセレナーデ財閥の頭取。
 メロウの父親だが、メロウ出生の時に命を落とした嫁を今だに愛しており、その愛情がメロウに注がれることはなかった。
 メロウ同様、恐ろしいほどの一途で、二人目の嫁を娶ろうとはしなかった。
 煙たがっていたメロウを、セルゲイにそそのかされレクイエムへと献上した。
 生まれながらに帝王としての教育を受けており、自身がそうしたようにメロウにも政略結婚を押し付けていたが、初めて強く反発したメロウに亡くなった嫁の面影を見たヴァンドは、娘の意見を尊重することにした。
 各界の著名人と親交があり、発言力は絶大である。
 セルゲイ・エルビスが出資の話を持ち掛けたのはヴァンドの父親であるが、出資額を優る恩恵が出る為、父親の他界後もレクイエムに資金援助を続けている。
 権力がありながら生涯浮気をしなかった歴史上の偉人を尊敬し、モデルに書いている。

フェデリコ・ソカ
 カリスマデザイナー。
 メロウの誕生日にそれを祝う会場に呼ばれ、売名の為に指輪を送る。
 世界で活躍するフェデリコであるが、他のデザイナーと比べ抜きんでるために必要だったのは、圧倒的な伝説である。
 セレナーデ家の令嬢、メロウ・セレナーデが自身のデザインした指輪を付けていることが広まれば、それに勝る伝説はない。
 彼女の目論見は成功し、世界中のセレブから依頼が殺到することとなる。
 言わずもがな、メロウを取り巻く汚い世界を表したく作り出したキャラクターである。
 名前の由来は華やかなパーティ会場の参考にしようと読んでいた漫画のキャラクターから。

ザルバ・ホーミー
 メロウが初めて仕入屋を務める際、仕事の全てを教えた当時の仕入屋。
 物腰の柔らかさから受刑者達から好かれており、依頼は後を絶たない。
 ザルバがこの仕事に就いたきっかけは、愛する家族が投獄された為である。
 どうしても家族と再会したかったザルバは志願し、危険が伴う仕入屋となる。
 レクイエム内でその家族の命を奪われた後も、周りの受刑者と信頼関係を築いていたザルバは仕入屋を続ける決心をする。
 彼の生きがいは受刑者に依頼された後、外にいるその受刑者の家族からの手紙を隠れて彼らに手渡す事である。
 厳しい現状に必ず一人はいるであろう暖かい人物を作りたくて生み出したキャラクター。
 絶望的な状況に陥ったメロウを慰めた人物。

ジェンガ・タンゴ
 エルビスの現役時代、コンツェルトを管轄していた女刑殺官。
 怪力でバズーカ砲を軽々持ち上げるが、それが発射されることは殆どない。
 大抵の場合、その武器は鈍器として活躍する。
 幼き頃、性的暴行を受け、心の傷から言語障害を発症する。
 両親から保護され、居場所のなかったジェンガは刑殺官を志願。
 大人の力に勝てなかったジェンガは、誰よりも強くなろうとトレーニングに励んだ。
 レクイエム内での婦女暴行事件にだれよりも過敏に反応を示していた。
 尊敬していたエルビスに疑問を抱いたジェンガは最悪の相手に指示を仰いだ。
 不器用、そして力のあるキャラを巧みに操り、変わっていくセルゲイの非道さを表現させた。

マリア・オペラ
 権力を持ったセルゲイが政略結婚により選んだ嫁。
 正確には、見合いは付き合いで、セルゲイ自身には所帯を持つ気はなく、妹の顔に瓜二つだったマリアに気を惹かれ、会話するごとに恋をしていったという方が正しい。
 代々議員を務めるオペラ家の長女に当たり、オペラ家側は上り龍、セルゲイ・ワルツを一族に引き入れたがっていた。
 当のマリアは目論見通り、それを達成し、セルゲイを婿に迎え入れる事になる。
 正確には、マリアは自分が道具にされている事を自覚しており、突然見せられたセルゲイの悲しみに母性本能をくすぐられ、会話するごとに恋をしていったという方が正しい。
 セルゲイが過去を思い出すきっかけを作るため、妹と似た容姿であると設定した。
 完璧な男、セルゲイと釣り合うように完璧な妻を描いたつもりである。

ハルゲイ・オペラ
 セルゲイとマリアの間に生まれた長男。
 親の愛情を目いっぱい注がれた子であるが、多忙な父親と過ごせる時間は少なかった。
 マリアの死後、変わっていく父親を嫌悪するようになる。
 突然冷たい研究施設に囚われたハルゲイは、そこで一人の女性シシー・ゴシックの暖かさを知った。
 だが、父親はそれを許さず、ハルゲイから取り上げることになる。
 シシーを求めるハルゲイが、その後にどのような運命を辿る事になるのかは以後で語る。
 幸せな生活が一変する世界の絶望を表現したキャラクター。
 セルゲイと名前が似ているのは、マリアが本気でセルゲイを愛し、セルゲイの様に育ってほしいと願って名付けたため。

ビクトリア・ビバップ
 戦火のグレゴリオの一員。
 海賊団、ビバップ海賊団の頭領であり、ビクトリア号の船長。
 世界を股にかけるビバップ海賊団は、黒い噂を聞きつけ、海上にてそれを強奪し、拠点で食料と引き換えに金品をばらまく義賊であった。
 ビクトリアは、世界中の指名手配犯に向けたメロウからの伝令を受け取ると、世界を救うため戦火のグレゴリオへの加入を決定する。
 シシーの作戦で参謀にエルビスを迎え入れようとするが、それは失敗に終わる。
 母船、ビクトリア号は、襲撃を受けたところを返り討ちにし、奪い取った最先端の機器が搭載された戦闘艦である。
 海賊らしい豪気な性格を表したくビバップと名付けたが、よく考えたらそれを船名にしてしまうと某アニメと丸被りするのでビクトリア号と名付けた。



























*** *** ***



<一命を抱く乙女>

「よし、うまく焼けたかな?」

 オラトリオにある管理者が滞在するための宿の一室。
 エウロアはオーブンを開け、手作りのクッキーの焼き色を確かめている。
 幼き頃、今は亡き母に教わった菓子のレシピには魔法がかかっていると聞かされていた。

「焼けてる焼けてる。ハーディ、喜んでくれるかな?」

 オラトリオに滞在する仲介人、エウロアは入所から2年間、街で姿を見かけるたびにハーディに声をかけていた。
 だがしかし、官長を務めるハーディは多忙であり、その会話が長続きすることはない。
 ハーディの激務を知るエウロアは、その身を案じていた。

 ミトンを使い、オーブンから焼きたてのクッキーを取り出すエウロア。
 粗熱が取れたことを確認すると、綺麗に並べられたそのうちの一つを手に取り、口に運ぶ。
 クッキーが口の中でほぐれると、香ばしい香りが鼻をくすぐり、クッキーに混ぜ込まれたチョコチップの絶妙な甘みが舌を喜ばせる。
 母の味を堪能し、思わずエウロアの口元はほころんだ。

「少し柔らかいけど、冷めると丁度いいでしょう!」

 このクッキーには魔法がかけてある。
 エウロアの母親は、当時グラミーに上京したばかりだった父親にこのお菓子を送り、そしてその恋は成就することになる。
 母曰く、今日それを渡せば男の子と仲良くなれるというの魔法のクッキーだそうだ。
 今日は2月14日。バレンタインデーである。



*** *** ***



 手作りの包装に包まったクッキーを手に、エウロアはオラトリオへ繰り出した。
 街を歩き、ハーディを探すが、オラトリオを巡回するハーディを、エウロアは見つけられない。
 小一時間ほど歩き回るうち、エウロアは何度も受刑者に話しかけられていた。

「よう、エウロア。この前の取引助かったぜ」

「エウロア、良かったら今度、食事にでも行かないか?」

「数日後、武器の取引がある。その時はよろしくな」

 オラトリオの仲介屋として、広くエウロアの顔は広まっていたのである。
 エウロアと受刑者との間には信頼関係が築かれ始めていた。
 当初の予想と、レクイエムの内情は大幅にかけ離れていた。というのが、2年間をレクイエムで過ごしたエウロアの感想である。レクイエムはもっと殺伐とし、規律が厳しく敷かれていると想像していたからだ。

 エウロアはため息をつきながら、路地から街の広場へと出た。
 広場の中央付近に立っていた男。
 やっと見つけたその男にエウロアは手を振り駆け寄る。

「ハーディ!!」

 エウロアに呼ばれ、気づいたハーディは振り返った。

「なんだ、エウロアか」

 ハーディは会うたびに話しかけてくるエウロアに慣れていた。
 いつも通りそっけない態度をとる。

「なんだって、まったく、そんな言い方しないでよ! 女の子が話しかけてるんだから、もっと気の利いた返事をしないと駄目だよ!?」

 ハーディはやれやれと目をそらした。

「それで、仲介屋の方はどうなんだ? 特に問題ないか?」

 ハーディはエウロアを心配しそう尋ねたが、それは友人としてではなく、官長として管理者のエウロアに尋ねたに過ぎない。

「うん。まあ順調だよ。ハーディほどじゃないけど、お客さんも増えてきて忙しくなってきたかな」

 その報告とは裏腹にエウロアは浮かない表情だった。

「そうか、ならいい。問題があったら俺に報告しろ」

 ハーディはそう告げると、その場を立ち去ろうとした。
 服の袖を掴み、エウロアはハーディを引き留める。

「待ってハーディ。あのね、ハーディ。今日がなんの日だか知ってる?」

 上目遣いでもじもじと質問するエウロアに、ハーディは不思議そうに首を傾げた。

「いや、解らねえな。管理者会はまだ先だっただろう?」

 外の世界に疎いハーディが、今日のイベントを知るわけがなかった。

「そうだよね。ハーディ、今日はね……」

「ハーディ様~~~~!!」

 エウロアの話はその叫び声に遮られた。
 声のした方へ振り向くと、馬車に乗ったメロウが近づいてくる。
 メロウはレクイエムでハーディに助けられて以来、ハーディに激しく求愛していた。最初こそ、目の前で受刑者を華麗に倒したハーディへの憧れであったが、官長と言う大役をまかされる同世代の青年に、次第に心が惹かれていったのである。

「お、おう。久しぶりだな。メロウ……」

 顔を引きつらせながらハーディはそう答えた。

「メロウ! 今いいとこなんだから邪魔しないでよ!!」

 エウロアとメロウは出会った時から、ハーディを巡って反発しあっていた。
 エウロアはメロウがいなければと、メロウはエウロアがいなければと、お互いに何度もそう思わされ続けてきた。
 メロウはエウロアが手に持っていた袋をちらりと見ると鼻で笑った。

「ふふっ。エウロアさん。なんですの? その貧相な小包はっ!!」

「なにって、この、これはっ!!」

 返事を聞き終える前にエウロアは馬車を降り、荷台から一つの箱を取り出した。
 受け取ってくれと言わんばかりにハーディにそれを差し出す。

「メ、メロウ……なんなんだ、これは……」

 箱を指さし、ハーディは尋ねる。

「決まっているじゃないですか、ハーディ様。今日はバレンタインデーでしてよ!? 厳選したカカオで作った手作りのチョコの詰め合わせでしてよ」

「バレ……なんだって?」

「バレンタインデーだよう。ハーディ!」

 エウロアにそう言われても、ハーディにはピンと来ていなかった。
 メロウは声を高々と上げ、説明し始める。

「日々の業務に邁進されるハーディ様がご存知ないのも無理からぬ話ですわ! バレンタインデーとは、意中の殿方の為に婦人がお菓子を手渡し、愛を告白する日でございましてよ!?」

「「なっ!?」」

 ハーディとエウロアは共に驚愕し、顔が真っ赤になる。
 そう言われた後だと、せっかく作ったクッキーが渡しにくいではないか。エウロアは強く訂正した。

「ち、違うよハーディ! バレンタインってのはだね、仲良くしている友達に日頃の感謝を込めてお菓子を渡す日なの!! そんな、好きとかそんなんじゃないんだから!!」

「あら、エウロアさん。あなた、ハーディ様と『仲良く』だなんて無礼にも程がありますわよ?」

「何言ってんのよメロウ! 変な事言うからハーディだって困ってんじゃないのよ!!」

 バチバチと視線を散らしながら言い争う二人の間に、一人の女が降ってきた。
 恐ろしいほどの軽い身のこなしで屋根から飛び降りてきたその刑殺官を見て、三人は驚く。

「レイラ!?」「レイラさん!?」「レ、レイラ……」

「なんや、騒がしいと思うたらあんたらやったんか。まあええ、おかげでやっとはーでぃはんを見つけれたんやからな」

「レイラ、てめぇ、コンツェルトはどうした!?」

 レイラは入所後、しばらくハーディに付き業務を学び、その後コンツェルトに配属されていた。
 オラトリオでレイラを見かけることなど稀である。

「こんつぇるとなら見習いに任せてきたわ。平和な街や。問題あらへんやろ」

 ハーディにそう返すと、レイラはポケットからビニール袋に詰められた砂糖を取り出した。

「おい、レイラ……それはなんだ……?」

「えるびすはんにきいたんやけどな、今日は上司に甘いものを送る日らしいんや」

 コンツェルトを訪ねたエルビスはレイラと接触した際にそう告げた。
 その真意は、ハーディをからかいたかったからに相違ないが、まさか砂糖そのものを持っていくとは、さすがのエルビスも予想していなかった。

「ホーホッホ!! レイラさん、送るのはお菓子ですわよ。そのようなもの、人間が直接食べるものではありません! さあハーディ様!! 是非私のチョコを召し上がってくださいまし!!」

 メロウは箱からチョコを一粒取り出すとハーディに差し出した。
 それを見てエウロアも袋からクッキーを1枚取り出しハーディに差し出す。

「ハーディ! 友達としてうちのから食べてみてよ! 昔、お母さんから教わったレシピなんだ。絶対においしいよ!?」

 レイラも負けじと袋に手を入れ、ざらあっと手のひらに砂糖を乗せてハーディに差し出した。

「はーでぃはん。せっかくこんつぇるとから持ってきたんや。えるびすはんが言っとったとおりに、うちの砂糖を口にするのが正しいと思わんか?」

 三人に囲まれ、強烈な眼差しを向けられたまま、じりじりと詰め寄られるハーディに逃げ場などなかった。

 メロウのチョコを口にすれば、愛の告白を受けた事になる。
 エウロアのクッキーをかじれば、友達として付き合っていく事になる。
 レイラの砂糖を舐めれば、口の中をジャリジャリ言わせる事になる。

 メロウのチョコを口にしなければ、後で何をされるかわからない。
 エウロアのクッキーをかじらなければ、母を失ったエウロアを傷つけるかもしれない。
 レイラの砂糖を舐めなければ、エルビスの期待を裏切る事になる。

 どの選択においても、ハーディにメリットなど一つもなかった。
 それともう一つの問題がある。
 だが、この場においてハーディがそれを口にすることなど到底できない。

「ハーディ様、私の愛の告白を――」

「ハーディ、1枚だけでいいから――」

「はーでぃはん、えるびすはんが言ってたん――」

 意を決したハーディがとった行動は、三人の手からそれを奪い取り、同時に口に入れるというものだった。
 呆気にとられる三人の中、ハーディは口を抑え、うずくまる。
 顔色が青く染まっていき、具合が悪そうだ。
 この日を境に、さらにハーディは甘いものが苦手になるのであった。

 もし、個々がそれぞれお菓子を献上していたら、正直に話し、ハーディがそれら受け取ることなどなかっただろう。
 だが、エウロアだけでなく、メロウも、レイラも、その手にある思いに、愛情と言う名の魔法をかけてきた。
 ハーディが口にすることになるのは必然だったのかもしれない。



*** *** ***



「まったく、信じられませんわ。この世に糖分が苦手な人が存在していたなんて……」

「なんや、それならそうとはっきり言うたらええんや。そしたら倒れることはなかったやろ」

「ハーディ、優しいからねえ。悪い事しちゃったかも……」

 宿を取り、体調を崩したハーディをベットに寝かせ、三人はハーディの心配をしていた。
 当の本人は横たわり、苦しそうに休んでいる。
 ハーディの顔を眺めながら、思いつめたようにメロウは口を開いた。

「レイラさん。あなたはハーディ様を好いていらっしゃるのですか?」

 レイラは何を言ってるんだと言いたげな視線をメロウに向けた。
 それに構わず、続けてメロウは口にする。

「エウロアさんはわかっていますのよ。わかりやすいですもの」

「なっ、何言ってんのよ! メロウ!!」

 エウロアは顔を真っ赤にして言い返した。

「はーでぃはんはうちと同じ。特別や。えるびすはんを除けば、うちが初めて会った特別な人間。そこら辺の有象無象とは格が違う。うちにとって、唯一信頼を置ける人間や」

「レイラさん……」

 メロウにそっけなくそう答えたレイラに、二人は視線を向けた。
 ハーディを語るその目は、どこか寂しそうだった。

「だけどな、あんたらが望むものと、うちがはーでぃはんに望む関係はまるで違うんや。うちははーでぃはんの部下として、傍で役に立てればそれでええ」

 レイラがハーディに好意を抱いているのは間違いなかった。
 だが、幼少期より常に孤独だったレイラは、ただ自分を理解してくれる人間が傍にいてくれるというだけで満足しており、それ以上は微塵も望んでいなかった。

「そうですか……、ではエウロアさん。ハーディ様をよろしくお願いいたしますわ……」

 メロウのそのセリフに、エウロアもレイラも驚きを隠せない。
 ついさっきまでのメロウとは別人のようだった。

「ちょ、何言ってんの、メロウ?」

「そのままの通りですわ。レイラさんがハーディ様を欲しないのであれば、残るはあなただけですもの」

 悔しそうな眼差しで話すメロウにエウロアは怒鳴った。

「意味わかんないよメロウ! まるで、メロウがどこかへ行っちゃうみたいじゃない!!」

 エウロアに確信をつかれ、メロウはため息をつく。

「私にはお父様の決めた顔も知らない相手との婚姻がもう決まっているのです。今まで、本当に幸せでしたわ。……でも、もう時間切れ。もうすぐそこまで、私の誕生日が迫っているのですわ」

「なんや、今まで黙ってたんか? はーでぃはんがもしあんたに惚れても、意味なんてなかったんやないか?」

 メロウは子供の頃から、父のヴァンドにそう伝えられて育った。
 それを受け入れてしまっていたメロウであったが、ハーディの近くにいられた時間は、何よりも心地よく、メロウに現実を忘れさせた。

「そうですわね。もし、ハーディ様が私になびいてくれていたとしても、結局はお父様の決定は覆すことはできませんでしたわ。ですから、誰とも知れないお方にとられるくらいなら、エウロアさん、あなたがハーディ様を……」

「いやだよ!!」

 メロウのセリフを、泣きじゃくりながらエウロアは遮った。

「メロウ! なんで!? なんで諦めちゃうの!? ハーディが好きじゃないの!?」

「好きですわよ!! あなたやレイラさんより、ずっとずっと好きですわ!! ですが、どうしようもないんですのよ!! 私の家庭の事など何も知らないあなたに――」

「じゃあ諦めちゃ駄目だよ!! メロウの家の事は何も知らないけど、そんな理由で諦めるなんて、悲しすぎるよ!!」

 エウロアはライバルであるメロウを励まし始める。
 予想外の反応についメロウも熱くなっていた。

「レイラもレイラだよ!! 部下とか本物とか難しい事言って! 一緒にいたいって、それってもう好きって事じゃん!!」

 そこまで言ってエウロアは気付く。
 ハーディと一緒にいたいと願っているのは、自分も同じであるという事に。

「なんや、くだらんな。そうゆう話じゃないねん。うちはな、お前らとちごうて――」

「いえ、違くなんかありませんわ……。レイラさんはハーディ様と一緒にいたいのでしょう? 一番近しい存在でいたいのでしょう? ただの部下と言う関係で、それがいつまでも続くとでも!?」

 もしかしたらハーディがレクイエムを去る日だって来るかもしれない。
 メロウのセリフは、その可能性をレイラに突き付けた。

「はーでぃはんがうちを選ぶわけがないやろ。ただの仕事上の関係や。大体――」

「そんなの関係ないんだよ!! 一緒にいたいなら思いを伝えないと不公平だよ!!」

「それはあなたも同じですわよ。さっきのはなんですの!? 友達!? 笑わせますわね。あなたが一番中途半端じゃありませんか!!」

 エウロアはハーディと何度も会話を重ねたが、思いを伝えたことなどあるわけがなかった。
 自分の気持ちに気付いたのはついさっきなのだから。

「あああああ!!! もう!! うるさい!!」

 エウロアは二人の腕を掴み自分の方へと引き寄せた。
 何をするんだと抵抗する二人と目を合わせ、エウロアは口にする。

「いい? 今日から三人は仲間で、ライバル! ……ハーディ争奪戦よ!!」

「「は、ハーディ争奪戦??」」

 きょとんとする二人にエウロアは語りだす。

「そう、三人とも絶対にハーディを諦めない事!! わかった!?」

「いきなり何を言い出してるんや。なあ?」

「……面白いですわ」

 レイラはメロウに同意を求めたが、エウロアと、そして自分の気持ちに気付けないレイラの背中を押すために、メロウはエウロアの話に乗る事を決意した。

「いいですわよ。エウロアさん。そのハーディ様の争奪戦。受けて立ちますわ!!」

「馬鹿馬鹿しいわ。いったい何がしたいねん。うちはのらんで」

「レイラ。もし私がハーディを取ったら、ハーディに一生会わせないよ」

 それを聞いてメロウもふふんと笑い、後押しする。

「そうですわね。自分の旦那に姫方が寄るというのも見ていて気持ちがよくないものでしょう。私もハーディ様と結ばれた暁には、あなた達二人には姿も見せませんわ」

「何勝手言うとるんや!! そんなの、はーでぃはんに関係あらへんやろ!!」

「いいえ、必ずそう言わせて見せますわ」

「レイラ、どうするの? ハーディと一緒にいたいんでしょう?」

 レイラは悔しそうに頭をガシガシと描きむしった後、怒りながら答えた。
 その返事に、メロウも、エウロアも納得し、笑いあう。
 二人をハーディと結びつけるため、メロウが勇気を出して父と向かい合うのはそれから遠くない日の話だった。
 何も言い返さなければ、ハーディに対する恋敵はいなくなっていた。
 だがしかし、エウロアはまるで後悔せず、すがすがしい気分でハーディの顔を覗き込む。
 ハーディは休んだことで体調が回復したのか、寝息を立てるその寝顔はとても心地よさそうだった。
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