晴れのち曇り時々雷雨

羽山凛

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救世主の正体

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ハルはこれは現実かあの世かそれとも夢から覚めてないだけなのかとしばらくその場に立ち竦んでいた。

私は死んだのですか?

とメモに書いてその女性に渡した。

女性はそれを見て
クスッと笑った。

「大丈夫です。生きてらっしゃいます。」

その人は一枚のメモをハルに差し出した。

「あなたを助けてくれた方です。このメモを頭を使って読めば分かるとおっしゃってました。」



大変だったね。
顔を見れて嬉しかった。
やっと会えたけどそれだけで充分。
大好きな人と幸せになれますように。
良く眠り良く食べて早く元気になってね。

from     Predictive Dream




え…Predictive  Dreamて…

それは世間を騒がせている正体不明の作曲家だった。

女性か男性かも不明でとても切ない歌詞を書くことで有名だった。
世間では「プロド」と呼ばれていた。

助けてくれたのはユウキくんじゃない…

ハルは頭が混乱した。

ハルはなぜそんな有名人が自分のことを助けてくれたのか全く理解出来なかった。

ふと、病院の看護師が言った言葉を思い出した。

「一緒に運ばれた方があなたのお知り合いの方で良かった。」

確かにそう言っていた。

ハルはメモを何度読み返しても全く分からなかった。

次の日

ハルは正体不明の人にお世話になる訳にはいかないからとマンションを出て行くことにした。

荷物をまとめていると

インターホンが鳴った。

「おはようございます。Predictive Dream様より依頼がありましてあなたの就職のお手伝いをさせていただきます。」

昨日ここに案内してくれた女性だった。

マンションの前には運転手付きの高級車が待機していた。

シンデレラストーリーみたいな展開にハルはただただ驚くばかり。

身を任せるしかない状況にハルは黙って従った。

でも声が出ないのに就職なんて出来るのか…

不安しかなかった。


ハルが案内されたのは有名な大手アパレル会社の社長室だった。

「おお、よく来たね。」

社長が両手を広げて歓迎してくれた。

ハルは軽く会釈をした。

「だいたいのことはプロドから聞いてるよ。簿記の資格を持ってるみたいだから、経理の仕事を頼みたいんだが大丈夫かな?」

ハルは社長と付き添ってくれた女性を交互に見た。

簿記の資格を持っていることを何故知っているのか…

プロドは何者なのか

ハルはポケットに入れたプロドのメモをもう一度開いて見た。

やはりいくら考えても分からずハルは首を傾げた。

「君もプロドの正体知らないのか…電話の声からして若い男だよ。」

若い男…

ユウキくんがプロド…
いや、あり得ない。

ハルはずっとユウキだけを見てきた。
ユウキと付き合ってから男友達を作った覚えもない。
ユウキ以外他に思い当たる男の人なんていなかった。

「険しい表情だね。」
とそんなハルを見て社長が笑った。

ハルは慌てて額を押さえて恥ずかしそうに何度も頭を下げた。

「あっはっは、大丈夫だよ。とりあえず明日から出勤してくれるね?」
と社長は和かな表情でハルの肩を2回叩いた。

ハルは深々とお辞儀をした。

「明日からは桜庭さくらばくんがお世話てくれるから頼ったらいいよ。では、よろしくお願いします。」

「はい、かしこまりました。よろしくお願いします。」

ハルをここまで案内してくれたあの女性がハルの補佐をしてくれることになった。

「楠木さん、桜庭です。よろしくお願いします。」

ハルは桜庭にも深々とお辞儀をした。


ハルは子供の頃に読んだ小説の
あしながおじさん
を思い出した。

正体を明かさないで主人公の支援をするあしながおじさんは実はすぐそばに居る大切な人だった。

そんなストーリー展開だった。

自分のあしながおじさんはいったい誰なのか。

プロドがユウキじゃなくてもユウキだと思いたかった。

一度は消えて無くなりたいと自暴自棄になったハルだったが、助けられて初めて実は自分のことしか考えてなかったのかもしれないと思った。

ユウキに会いたい。

戻りたい。

子供の頃はひとりぼっちでも平気だった。

でもそれは家に帰ると大好きな祖母がいたからだった。

ユウキと遠距離になっても耐えられたのはユウキに大切にされていると思えたからだった。

ユウキと結婚の約束をした時もこの人と幸せになる為に頑張ろうと思った。

だが今は

家に帰っても誰もいない。
目標もない。

ハルは孤独に押し潰されそうになっていた。

だからと言って今更戻れるはずもなかった。


その頃ユウキもまた壊れかけていた。

どこを探しても見つからず
ハルが置いて行った携帯電話からハルの実家に連絡したこともあった。
ハルは実家とも連絡を絶っていた。

ユウキは純粋にハルを愛していた。
守ってあげられなかったと自分を責め酒に溺れる日が続いていた。

ある日
「誰か楠木ハルを探してください。俺の可愛い彼女です。目が大きくて心の綺麗な女の子です。」

酔っ払い、そう叫んでそのまま寝てしまった。

その様子を少し離れた席から見ている人物がいた。

「お客さん、ここで寝られると困ります。」

店員がユウキの肩を叩いて起こそうとするが
全く反応がない。

「あの…俺この人の知り合いなんで連れて帰ります。」

深々とキャップをかぶり顔はマフラーで隠れて見えない。ダウンジャケットにチノパンのラフな格好の若い男だ。

会計を済ませ、自分の肩にユウキの腕をかけて立ち上がらせた。

タクシーを拾いユウキのアパートまで付き添った。

ユウキのズボンのポケットをあさり部屋の鍵を探し中へ入った。

ユウキをベッドに寝かせ部屋を出ようとした時、部屋に飾ってある1枚の写真に足を止めた。

ハルとユウキが寄り添った笑顔の写真だ。

その男はしばらくそれを眺めていた。

「ハル…ハル…」

ユウキの寝言を聞いて慌ててアパートを出た。

そして闇夜に消えてった。


ハルは声は出ないが仕事の覚えは早く半年経つ頃には頼まれた仕事を完璧に熟せるまでになっていた。

月末や給料日前には残業する程忙しかったが、忙しくしていれば余計なことを考えずに済んだ。

あっという間に次の年の春が来た。

「楠木さん、今日新入社員の歓迎会行くでしょ?」

ハルは同じ部署の先輩に呼び止められた。

あ…そっか
もうそんな時期なんだ。

ハルは笑顔で頷いた。
ハルはこの頃から少しずつ笑顔を取り戻してきていた。

大企業の歓迎会は規模が大きかった。
ホテルの会場を貸し切って行われる。

「楠木くん。仕事は順調みたいだね?」
ホテルのロビーで社長に話しかけられハルは満面の笑みで会釈をした。

「おー、笑顔が可愛いね。元気になって良かった良かった。では会場で会おう。」

社長は声を出して笑いハルの肩を叩いた。

ハルは社長の背中に深々と頭を下げた。

会社の同じ部署の先輩とロビーで待ち合わせをしていたが、まだホテルに着いていないのか見当たらない。

ハルはロビーを見渡して先輩を探した。

ふと入り口付近に目をやると若い男と目が合った。

男はすぐに目を逸らし外へ出て行った。

ハルは不思議に思ったがその時は特に気にはしなかった。

そのあとすぐに先輩が走って入ってきた。

「ごめんなさい。お待たせ。行こっか。」

ハルは先輩と会場に向かった。

その後ろ姿をその男はロビーの入り口から見えなくなるまでずっと見ていた。

会場に入ると各部署の席が設けられていた。

まずは社長の挨拶から始まった。
そして話の終盤

「ええ、最後になりましたが今回我が社でもCMを作ることになりました。そこで私が個人的に作曲をお願いし、作ってもらった曲が完成しました。その曲を作ってくれたのはPredictive Dreamです。」

会場から歓声が起こった。

「今回のテーマはです。失恋ソングのイメージが強いプロドですがこの曲は愛する人を見守るようなそんな曲になってます。皆さんには今から聴いていただきます。この曲のようにお客様を大切に思う気持ちを忘れず、頑張って下さい。」

と社長は締め括った。


小さな頃から夢見たのは
争いの無い世界
信じてくれる人がいること
それが生きる力と
そう言って君は笑いかける

君を不安にさせる雷雨も
明日はきっと晴れる
僕は君にそう伝えたい
ひとりぼっちになっても
僕が君を信じて見守る


ハルはその歌詞を聞いて泣いた。

「楠木さん…声」

先輩に言われて
ハルはその時自分が声を出して泣いていることに初めて気付いた。

その日以来

ハルは少しずつ声を出せるようになってきていた。

ハルはプロドに何とも言えない感情を抱いていた。

一日にあの曲を何度も聴いた。

そしてある人物が脳裏を過った。

ハルは慌ててプロドのメモを広げた。



大変だったね。
顔を見れて嬉しかった。
やっと会えたけどそれだけで充分。
大好きな人と幸せになれますように。
良く眠り良く食べて早く元気になってね。

from   Predictive  Dream


桜庭がメモを渡す時に言っていた言葉を思い出した。

「頭を使って読めば分かる。」と…

頭…

謎解きだ。

頭文字だけ抜き出して紙に書いてみた。

大 顔 や 大 良

ハルはしばらくその文字を眺めていた。

ひらがなに、直してみた。

たい かお や だい よ


ハルはそれを見て泣いた。

「何で気付かなかったんだろう。」

更にその頭の文字だけを読むと…

い お     い 


Predictive Dreamはタカヤだった。

「あ、あの時のあの人はもしかして…」

ハルは歓迎会の日にホテルのロビーで目が合ったあの若い男を思い出した。

思い返せばハルが辛い時に必ず現れるのはタカヤだった。

祖父が亡くなる前後

祖母が亡くなってからのイチョウの木での出来事

そして今回のこと

偶然だとは思えなかった。

プロドの曲が話題になったのはハルが高校生の時だった。

タカヤが曲を書いていたことも知らなかった。

ハルは幼い頃からずっと一緒だったのにタカヤのことを何も知らなかったのだ。















































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