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《密室城》 その二
しおりを挟む翌日、朝から来栖城へ赴いた。
閑散とした城内は、すでに多くの物品が処分されており、物取りに荒らされないよう配置された武官達もずいぶん暇そうだ。小さい城とはいえ、たった二週間でここまで片付いてしまうものなのか。
昨日と同様、天守まで来て黒鉄庵を眺めてみる。……やはり、どこからも入れそうにないし、出てこれそうにもないが。
「そうだ、あおば。この黒鉄庵について、入るだけなら不可能ではないと言っていたけれど、どうやって入るか、教えてくれないかい」
「御曹司も、たまにはご自身の頭でお考え下さいませ。……というより、御曹司もわかっているはずでございます」
わかっている? ぜんぜんわからないのだが。黒鉄庵の回りをぐるぐる歩いてみたが、なにもわからない。じゃあ、上か?
借りたはしごで、茶室の上部も覗き込む。躙り口よりも狭い排煙管が二回折れ曲がり、天守の外まで伸びている。黒姫様が言っていた排煙管は、これだろう。四角く細い管で、四方の幅は、それぞれ一尺もない。
「……いちおう聞いておくけれど、あおば。おまえ、この排煙管から入れるかい?」
「無理でございます。忍びでございますから、関節を外して狭い場所を進む術も、会得してはおりますが……、狭すぎでございます」
「じゃあ、あおばより術の冴えた忍びなら?」
「……師匠から、ある忍術の話を聞いたことはございます。裏隠密の一派、毒術と身体奇術に秀でた虫の一党には、関節を外すだけでなく、常飲する毒物で内臓の位置や肉の柔らかさを変えて、頭ほどの大きさしかない穴でも通れるように体を作り替える技がある、と」
ですが、と言葉を続ける。
「師匠ですら、再現は不可能だとか。人外の技だと申しておりました」
「師匠さんでも無理なのかい」
あおばがうなずく。大木葉木菟、あの凄腕の忍びは、人間か妖怪かで言えば、かなり妖怪に近い。
「でも、それなら、排煙管を這って進める、師匠さん以上に人外のような忍びがやった可能性もあると、そう言っていいんじゃないかい?」
問うと、あおばは首を横に振った。
「戦国乱世ならまだしも、江戸太平の世にそのような人外の技を持つ隠密がいるとは思えません。それに、忍びに限らず、殺すだけで良いのであれば、戸の近くで毒煙でも焚けば終いでございます。直接会わねばならない理由があれば、別ですが……」
「では、会うだけの理由があったんだ。それなら、忍びがやったと言えるだろう」
「ならば、獲物はクナイや短刀、あるいは縄による絞殺や、針を使った毒殺でございましょう。小刀はともかく、鎌や鉈を使う理由がございません。黒鉄庵を出る際に、わざわざかんぬきを閉める理由もないでしょう」
そうか、かんぬきをわざわざ閉めた理由か。ややこしいことこの上ない。
……駄目だ。結局、どうやったら黒鉄庵に入れるかは、ぜんぜんわからないままである。
「……あおば。拙者はお手上げだ。どうやって入ればいいんだい」
「簡単でございます。かんぬきを閉めて出る際は、すでに黒勝様が死んでおりますゆえ、自力で締めるしかございませんが……、かんぬきを開けて入る際は、まだ黒勝様が生きていたはず。であれば、黒勝様に開けていただければよいだけでございます」
あっけに取られる。が、なるほど、たしかにそうだ。中にいるひとに開けてもらえば、それでいい。
「けど、あおば。それは芥川様の証言と一致しないんじゃないか? 黒勝様は誰も入れる気がなかったし、会う気もなかったと言っていたじゃないか」
「ええ、その通りでございます。これはあくまで、入り方の一例とお考え下さい。加えて、出る際にかんぬきを閉めた方法は、まったくわからないままでございますゆえ、そこを深く考えねばなりません」
……ん? 待てよ? そこで、ひとつ閃く。
「下手人は農民なんじゃないか? 鎌や鉈を使ったわけだし。農民を片っ端から捕まえて尋問すれば、謎を解かずとも捕まえられたりしないだろうか」
「するわけがございません」
あおばが呆れたように嘆息する。
「御曹司、うつけるのもいい加減にして、しゃんとなさいませ。この件に関しては、謎を解かずに下手人を捕まえるなど、夢物語でございます。だいたい、この国に農民がどれほどの数いるとお思いでございますか」
だよね。現実的ではないと、わかっていましたとも。
「でも、じゃあ、なんで鎌や鉈なんだろう。伝説の農具使いが犯人とか?」
「おそらく、躙り口から持ち込める凶器であれば、なんでもよかったのでございましょう。鎌や鉈は、古金物を扱う棒手振りからでも買えますから」
言われてみれば、その通り。黒鉄庵の小さな躙り口さえ通れば、そして、二畳足らずしかない狭すぎる茶室内でも振れる長さの刃物であれば、なんでもよいのだ。
「かんぬき……閉めて出るには……ふぅむ」
顎に指を当てて考え込むあおば。考えるのは、やはり任せた方が良さそうだ。
自分は天守の窓から外を眺めてみる。茶屋から城を見たときは、あまり高くない城だと思っていたが……、江戸城と比べれば低いというだけで、登ってみれば、十分に高いな。落ちたくはない高さだ。……おや?
「あおば、井戸がある」
呼びかけてみたが、あおばは思索にふけり、返事がない。
本丸の裏手、城内を仕切る壁との間に、古そうな井戸が見えた。あまり使われていないのだろう、井戸の周囲には草がはびこっている。はて、城内には日常遣いの井戸が、ほかにあったはずだが……、もう使っていないなら、取り壊せばいいのに。
あの井戸が、どうにも気になる。不自然さがあるというか。
「あおば、ねえ」
今度は近くまで寄って呼びかける。
「一度、考えを切り替えたほうがいいんじゃないかい。なんだか、不自然な井戸があるんだ。見に行こう」
「……そうでございますね。ええ、それがようございます」
それは口実で、実のところ、四角い鉄箱を眺める時間に飽きていた、というのもある。
そういうわけで本丸を出て、脇の井戸へ。近くまで寄ると、あおばが首をかしげた。
「なんでございましょうか。御曹司が仰るほどの違和感はありませんが」
「いや、上から見たときは、なんだか違和感があったんだけど……」
覗き込むと、積まれた石の内壁がやけにでこぼこしているように見える。古い井戸にしても、作りが荒すぎる。水はまったく溜まっておらず、射し込む光によって、乾いた井戸底が見えるほどに浅い。
自分は目を凝らし、角度を変えつつ、見る。
「なんだか、突き出た石の影で見にくいけれど……、底のほう、怪しくないかい」
「怪しい、とは? ……御曹司、危のうございます。あまり身を乗り出しますな」
「わかってるって」
井戸のへりに手を置いて身を伸ばし、底を伺う。見えない、見えな……、あ。
つるり、と手が滑った。
少しの浮遊感と共に、井戸底へ転がり落ちてしまう。
「御曹司! ご無事でございますか!」
頭上から、あおばの焦り声が反響してくる。驚いただろうな。自分も驚いた。
「うん、大丈夫。受け身や受け流しは大の得意だ。知ってるだろ? あと……、あおば、もしかすると、ここが、一の一の答えかもしれない」
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