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それぞれの10年間
19 林 雅司
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所長の娘である鈴木春香が1年間の司法研修を終え、同じ事務所で働き始めた。
自己紹介が「体力には自信あります」というように、小柄だが筋肉質のがっちりした体型だった。子供の頃から剣道をずっとしていて、インカレでもいい成績を修めたそうだ。武道の体育会系で鍛えられており礼儀正しく、清々しい女性だった。陰日向なく一生懸命仕事をするので、可愛い後輩と思い指導した。
春香はベータ女性なので変なフェロモンがないのも良かった。朝早くから夜遅くまで、雅司の後についてきて懸命に仕事を覚えようとした。雑用を頼むと、食事なども後回しにして素早くしあげてきた。気が利く、いい後輩だった。
春香は有能で1か月も経つとこちらが指示しなくても、自分の仕事以外に雅司の下準備などこなしてくれるようになった。おかげで雅司の仕事の効率も上がった。
ボーナスが出た時、春香に仕事のお礼に何かご馳走するよ、と誘った。春香は鈍感な雅司にも分かるくらい、はっきりと赤くなった。その顔を見た瞬間、雅司は自分が取返しのつかないことをしでかしたのに気づいた。
雅司は素知らぬ顔をして春香のリクエストの高級フレンチに予約をした。仕事柄、2人はいつもスーツ姿だったが、その日の春香はワンピースで、いつも一つにまとめている髪もフワフワとウエーブをつけておろしていた。雅司は春香のファッションの変化に気づかない振りをして、いつものように仕事の話をした。無粋な男と春香もあきらめてくれることを期待した。
しかし、春香はあきれるどころか楽しそうに仕事の話をした。
「お母さんの女性やオメガなど弱者を守る仕事は大切な仕事だし、その仕事をしているお母さんを尊敬してます。女性の自分にはむいているのかもしれないと思います。でも、林さんの任されている政府筋の仕事は規模が大きくて憧れます。自分もそういう仕事をしてみたいです」
そんな風に自分の仕事に対しての思いを熱く語った。語りながら、よく食べ、よく飲んだ。フルコースだったが、気持ちよく皿が空になっていった。雅司も安心して高級フレンチとワインを楽しんだ。
今までデートした女性で仕事の話で盛り上がれるのは春香が初めてだった。
春香が自分に気があると誤解したのは自分の思い上がりだったと雅司は反省した。
(高級フレンチにお洒落してくるのはマナーであり、自分との食事だからお洒落してきたわけではない)
楽しく仕事や大学の思い出話をした。色気のある話を2人とも一切しなかった。
翌日からも事務所で春香の態度は変わらなかった。事務の女性が春香に雅司と2人で食事に行ったことを冷やかして聞いてきた。春香は思わせぶりな態度は取らずにはきはきとフレンチの店名を答え、すごく美味しかったと料理の話をした。色気より食い気か、と事務の女性は小馬鹿にした表情だった。
雅司と春香は仲の良い先輩後輩の立ち位置のまま、仕事に没頭した。
敗訴間違いなしの困難な案件を無事示談でまとめ上げることができた時、雅司は高揚し春香にハイタッチした。手と手が触れ合った瞬間、春香はまた分かりやすく赤面した。
ある日、所長が雅司に恋人がいるか聞いた。雅司は来るべきものが来たことを悟った。
実は、娘が雅司を好いているようだと。雅司が良ければ結婚相手として考えて欲しいと。
雅司は即答を避けた。内緒で出しゃばったらしく、春香は所長がこんな事を言っているのは知らないので、考えておいてと話は終わった。
(春香のことは好ましい女性と思ってる。でも、恋愛感情ではない)
(恋愛……りょういち以外に恋愛感情を抱けるだろうか)
今はいない運命の番に思いを馳せる。
(でも、りょういちはおそらく誰かの番になってしまったのだろう)
オメガは番以外は拒絶反応を示すという。雅司がりょういちと結ばれる事はもう無い。
りょういち以外のオメガとは将来は考えられなかった。
春香はベータだ。春香に愛を囁くことは想像できないが、春香との家庭生活は想像できた。春香に同志として強い信頼はある。2人とも仕事を続け、共に高め合う夫婦。子供ができたらしっかり育てる。仲の良い家族。
恋愛と結婚は別、そんな怜太の言葉を思い出す。
雅司は一晩考えて結婚前提の交際を了承した。
自己紹介が「体力には自信あります」というように、小柄だが筋肉質のがっちりした体型だった。子供の頃から剣道をずっとしていて、インカレでもいい成績を修めたそうだ。武道の体育会系で鍛えられており礼儀正しく、清々しい女性だった。陰日向なく一生懸命仕事をするので、可愛い後輩と思い指導した。
春香はベータ女性なので変なフェロモンがないのも良かった。朝早くから夜遅くまで、雅司の後についてきて懸命に仕事を覚えようとした。雑用を頼むと、食事なども後回しにして素早くしあげてきた。気が利く、いい後輩だった。
春香は有能で1か月も経つとこちらが指示しなくても、自分の仕事以外に雅司の下準備などこなしてくれるようになった。おかげで雅司の仕事の効率も上がった。
ボーナスが出た時、春香に仕事のお礼に何かご馳走するよ、と誘った。春香は鈍感な雅司にも分かるくらい、はっきりと赤くなった。その顔を見た瞬間、雅司は自分が取返しのつかないことをしでかしたのに気づいた。
雅司は素知らぬ顔をして春香のリクエストの高級フレンチに予約をした。仕事柄、2人はいつもスーツ姿だったが、その日の春香はワンピースで、いつも一つにまとめている髪もフワフワとウエーブをつけておろしていた。雅司は春香のファッションの変化に気づかない振りをして、いつものように仕事の話をした。無粋な男と春香もあきらめてくれることを期待した。
しかし、春香はあきれるどころか楽しそうに仕事の話をした。
「お母さんの女性やオメガなど弱者を守る仕事は大切な仕事だし、その仕事をしているお母さんを尊敬してます。女性の自分にはむいているのかもしれないと思います。でも、林さんの任されている政府筋の仕事は規模が大きくて憧れます。自分もそういう仕事をしてみたいです」
そんな風に自分の仕事に対しての思いを熱く語った。語りながら、よく食べ、よく飲んだ。フルコースだったが、気持ちよく皿が空になっていった。雅司も安心して高級フレンチとワインを楽しんだ。
今までデートした女性で仕事の話で盛り上がれるのは春香が初めてだった。
春香が自分に気があると誤解したのは自分の思い上がりだったと雅司は反省した。
(高級フレンチにお洒落してくるのはマナーであり、自分との食事だからお洒落してきたわけではない)
楽しく仕事や大学の思い出話をした。色気のある話を2人とも一切しなかった。
翌日からも事務所で春香の態度は変わらなかった。事務の女性が春香に雅司と2人で食事に行ったことを冷やかして聞いてきた。春香は思わせぶりな態度は取らずにはきはきとフレンチの店名を答え、すごく美味しかったと料理の話をした。色気より食い気か、と事務の女性は小馬鹿にした表情だった。
雅司と春香は仲の良い先輩後輩の立ち位置のまま、仕事に没頭した。
敗訴間違いなしの困難な案件を無事示談でまとめ上げることができた時、雅司は高揚し春香にハイタッチした。手と手が触れ合った瞬間、春香はまた分かりやすく赤面した。
ある日、所長が雅司に恋人がいるか聞いた。雅司は来るべきものが来たことを悟った。
実は、娘が雅司を好いているようだと。雅司が良ければ結婚相手として考えて欲しいと。
雅司は即答を避けた。内緒で出しゃばったらしく、春香は所長がこんな事を言っているのは知らないので、考えておいてと話は終わった。
(春香のことは好ましい女性と思ってる。でも、恋愛感情ではない)
(恋愛……りょういち以外に恋愛感情を抱けるだろうか)
今はいない運命の番に思いを馳せる。
(でも、りょういちはおそらく誰かの番になってしまったのだろう)
オメガは番以外は拒絶反応を示すという。雅司がりょういちと結ばれる事はもう無い。
りょういち以外のオメガとは将来は考えられなかった。
春香はベータだ。春香に愛を囁くことは想像できないが、春香との家庭生活は想像できた。春香に同志として強い信頼はある。2人とも仕事を続け、共に高め合う夫婦。子供ができたらしっかり育てる。仲の良い家族。
恋愛と結婚は別、そんな怜太の言葉を思い出す。
雅司は一晩考えて結婚前提の交際を了承した。
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