ラストオーダー

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ラストオーダー

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幼馴染みが結婚するらしい。
彼女には大変お世話になった。
私と彼女が最初に出会ったのは、私と彼女が10歳の時である。

…………


両親が共働きであった私は、家では一人で居ることが多く、留守番を始めた当初は寂しさがあったものの、月日が経つにつれて当たり前の事のように感じていた。両親はそんな私に気をつかったのか分からないが、休日は家族そろってどこかへ外出するのが定番となっていた。私は、週に1回のそれをとても楽しみにしていた。彼女が引っ越してきたのはそんなある日の事であった。

その日は珍しく、家のなかでまったりした休日を過ごしていたところ、インターホンがなった。
どうやら隣に引っ越してきた家族らしい。私の家の近くには最近、新築がたくさん作られていて、隣にも新築ができたのだが、そこに入ったらしい。
彼女の家族が一通り挨拶を終えたところで、こちらも自己紹介をした。
そうすると、彼女が私に
『直樹君って言うんだ。よろしくね。』
と言った。
私も挨拶を返した。
彼女は私と違って、快活で笑顔が可愛らしい人であり、学校では人気者の部類に入るのではないかと思った。
最初、私は住む世界が違う人なので、あまり話すことはないと思った。


彼女が、越してきてすぐに学校が始まった。
私と彼女は小学校に登校する時、たまに朝会うので挨拶をする、その位の間柄であった。
両親とは相変わらず、平日は夜まで会うことは無く、また留守番の日々が戻ってきた。


新しいクラスにも慣れ始めた6月、私は失態を犯してしまった。鍵をなくしたのだ。帰り途中で雨が降り始めたため急いで帰ったのだが、肝心の鍵がないのなら中に入れない。どうしようもないので家の前で座って、どうしようか考えていたところ、彼女が私の家の前を通った。私は声をかけようとしたが、言葉が出ない。そんな私の様子に彼女は気づいたらしく、
『どうかしたの?』
と声をかけてきた。
『鍵、なくした』
と私は精一杯答えた。
『お母さんは?』
『仕事』
『そっか、外、雨降ってて寒いし、ウチおいでよ。』
『えっ、でも…』
『いいから、いいから。』
結局、彼女の好意に甘える形で、お邪魔させて貰った。


彼女の家は私の家と大きさはあまり変わらなかった。
違うところと言えば、私の家は入って右に階段があるのだが、彼女の家は入って突き当たりを左であった。
むしろ、その位の違いしかないことが驚きであった。
私は、大きめの部屋に案内され、そこにあったテーブルの椅子に腰を下ろした。幸い服はあまり濡れていなかったため、乾かす手間もなく、私は彼女としばらく話をしていた。
気がつくと、時刻は午後6時半を指していた。いつもであれば冷蔵庫に入っている、食物を温めて食べている所だが、今日はそうは行かない。私が我慢をしていると、彼女がおにぎりを持ってきて、
『ごめんね、私、料理苦手でさ。今、お母さん働きに出ててこれしか作れないの』
と言った。
私はおにぎりをもらって食べた後に
『いや、すごくおいしいよ。ありがとう。』
と言った。
『ほんとに?よかった。』
と、彼女は喜んだ。
正直、塩が少し多くて、水が欲しくなったが、今日も一人で食べるはずだった食事の時間を誰かと一緒に食べられたと言うことと、彼女の温かい心遣いが、おにぎりの味を美味しくしたのではないかと思った。
おにぎりを食べ終えた後、しばらくしてインターホンがなった。
彼女が出ると、居たのは私の母であった。彼女の家に行く前に、ドアに紙を貼っておいたのだ。ミニセロハンテープをクラス全員に購入させた担任に感謝だ。
『ごめんなさいね、ご迷惑おかけして。』
と母が言った。
『いえいえ、直樹君ととお話しできて楽しかったのです。』
と彼女が言った。
『お母さんにも、お礼を言いたいのだけれど、大丈夫かしら?』
と母が言うと、彼女は
『今、仕事に出てて…、あと1時間くらいで帰ってくると思うんですけど。』
と彼女は答えた。
『あら、大変ねぇ…。それなら、また後日伺うわね。よろしくお伝えください。』
大変なのはあなたもだろうと私は母に対して思ったりもしたが、ともかく母と共に家に戻り、その日はすぐに眠りについた。



朝、いつも通り家を出ると、たまたま彼女とはち合わせた。
『あ、あの、昨日はありがとう。助かったよ。』
と、私は言った。そうすると彼女が
『いやいや、困ったときはお互い様だよ。またいつでも遊びに来てね。』
と答えた。
私は正直、彼女といた時間が楽しかったので、また行こうかと思ったが、実行に移す勇気なかった。
彼女は続けて、『私も、遊び行くね。』と言った。
私は、うれしさのあまり飛び上がりそうであった。
彼女は笑顔で手を振りながら自分の通学路へ歩いて行った。


それからと言うもの、私は彼女の家にお邪魔する事が多くなっていた。最初の方は彼女が私のことを呼んでくれていたのだが、いつの日か私から彼女の家に向かっていた。
一緒に宿題をやったり、たわいもない話をしたりする事で、寂しかったはずの留守番の時間がいつの間にか楽しい時間に変わっていた。
特に思い出深いのが、彼女が料理を練習し始めたことだ。
『直樹君が、美味しいって言ってくれたから、いろいろ作ってみたくなっちゃったの。』
と彼女は言った。母親が休みの日に、一緒に練習しているようだ。休日の次の日に彼女の家に遊びに行くと、練習した料理が冷蔵庫の中でラップされていて、それを温めて食べて、私が感想を言うのだった。
最初は、レパートリーも技術もほとんどゼロであった彼女の料理スキルが、2、3年経つ頃には家庭科で大活躍できるレベルまで上達したのを見ると、料理自体は得意だが機会がなかっただけなのではないかと思った。


そんな毎日を過ごしているうちに、彼女も私も年を重ね、部活など各々の活動で忙しくなったため、会うことは少なくなっていったが、まれに会うと昔のように話が弾んだ。
彼女は、部活動の応援に来てくれたりもした。
同級生に付き合ってるのかなんて揶揄されたのは良い思い出である。

………

そんな彼女の結婚式が来週の土曜日に行われるという。
私も彼女も今年で26歳になる。
彼女の夫の写真を見せてもらった。中学校の国語教師をしているそうで、日焼けした肌が印象的な好青年であった。どうやら、サッカー部の顧問をしているそうだ。


私は、ついに彼女も結婚するのか…と考えていると、携帯が鳴った。まさに、その彼女からの着信であった。社会人になってからは、学生時代よりさらに合う頻度は減っていたが、たまに二人で飲みに行ったりはしていた。彼氏ができたという話は聞いていた。
私が電話に出ると、彼女は
『もしもし、直樹?今、梢さんと武さん家に来てるから、私の家に来ない?』
梢と武とは、私の両親だ。私の留守番の件でお礼を言いに言ったところ、妙に気が合ったらしく、そこから家族ぐるみでの付き合いが続いている。
『何で、オヤジとオフクロいるの?』
と私は苦笑交じりに聞いた。
『私の結婚の前祝いだって。』
彼女は嬉しそうに笑った。
両親は今は昔ほど時間に追われることもなく穏やかに過ごして居るみたいだ。
『分かった。今から行くわ』
と私は答えると、すぐに準備を始めた。



彼女の家に着くと、彼女の両親と私の両親がもう寝ていた。騒ぎ疲れたのだろうか?
『お疲れ。わざわざありがとう。』
と彼女が言った。
『ああ。それよりも、結婚おめでとう。』
と私は言った。
『ありがとう』
と彼女は少しはにかみながら答えた。
『式は来てくれるの?』
『まぁ、一応予定は空けてあるよ』
『ほんとに?絶対来てね。美しさのあまり腰抜かすから』
と彼女は無邪気に笑った。
『そりゃ、楽しみなことで。そう言えば、食卓にはずいぶんと豪華な食事が並んでるな。これ。どうしたんだ?』
『それがね~、全部私が作ったの。どう、直樹?
こんなに成長しました。』
と彼女は誇らしげに言った。
『随分と上手くなったな。店でも出すのか?』
『まさか』
彼女は笑った。
『何か食べたいものある?』
と彼女は私に聞いた。
これから、彼女は旦那のために料理を作るのだと考えると、私への料理はこれが最後である気がした。
そう思うと、なんだかものすごく貴重な物な気がしてつい、考え込んでしまった。
そんな、私の様子を見て彼女が
『大抵のものは作れるようになったから、何でもいってよ』
と勧めてきた。
私は考えた末に結論を出した。
『じゃあ、…おにぎりを一つ欲しいかな。』
『そんな簡単なので良いの?』
彼女は驚いたようだった。
『うん。今、すごく食べたいんだ。』
『そう。じゃあ、作ってくるわね。』
と、彼女はキッチンへ向かった。
少しすると、彼女が戻ってきた。
『はい、どうぞ』
『ありがとう』
と、私は受け取り、一口食べた。
『美味しいよ』
と私は言ったと同時に、少し涙がこぼれた。
『どうかしたの?』
と彼女は心配そうに声をかけた。
『うーん、眠いからかな。明日も仕事だし、そろそろ帰るね。』
彼女は納得した様子ではなかったが、最終的に『気を付けてね』と言って見送ってくれた。



結婚式当日、彼女はとても美しい姿で登場した。
新郎も、そんな彼女を見て、圧倒されていた。
式は滞りなく進み、最後の挨拶が終わる頃には、私の両親と彼女の両親は、感激のあまり涙ぐんでいた。


式も終わり、私は自宅に戻ると、昨日のおにぎりを温めて食べた。私以外の人間にはただの米の集まりかもしれないが、私にとっては寂しかった少年時代が劇的に変わった思い出の品であるのだ。私だけが知っているが、私では再現できない味なのだ。再び食べはじめると、涙のしょっぱさか、おにぎりのしょっぱさかわからなかったため、おにぎりを作るのが上手くなったかは分からなかった。
ただ、私はあのときの味を一生涯忘れることはないだろうと思いつつ、彼女幸せを願うのだった。
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