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帰還 002

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「ナイラさ~ん。おはようございま~す」

 目的地が同じであるにも関わらず先を行ってしまったエルネに追いつくと、丁度ナイラと挨拶を交わしてるところだった。

「おはよう、エルネ。今日はこっちでの仕事はないのではなかったか?」
「ニーナさんとお見舞いへ行くので、ギルドで待ち合せようかと」
「そうか。私も顔を出してやりたいのだが、見ての通り力仕事が溜まっていてな……おいそこ! もっとテキパキ動かんか!」

 ナイラは持ち前のスキルを活かして建材の運搬をしつつ、全体の指揮を執るという役目を担っている。
 誰一人文句を言わずに働くのは彼女の求心力故だろう。

「……む。そこで覇気がなさそうにしているのはウィグか。お前も早く動かんか。一人のやる気が欠ければ全ての工程に遅れが出る。気合を入れろ」
「……委細承知」

 根性論で動く現場の身にもなってほしいが、如何せんナイラが一番労働しているので何も言えない。
 ので、大人しくストレッチをして仕事に取り掛かる。
 とは言うものの、現段階で僕ができることはほどんどない……精々、右から左へ物資を運ぶ程度である。

「声を出さんか、声を! やる気が感じられないぞ!」
「いや、声なんか出しても意味ないし……」
「気合の重要性を甘く見るなよ、ウィグ! ほら、いちっ、にっ、さんっ、しっ!」
「あいあいさー……」

 もうやだ、この現場。
 布団に潜っていたい。
 それか素振りをしていたい。

「全く身が入っていないな……よし、わかった。そろそろお前にピッタリの仕事を任そう」
「ピッタリの仕事って言うと?」
「木材の切り出しと加工だ。少し先の工程だが、あらかじめ終わらせていても問題あるまい」
「それは確かに僕向きだね。ちょうど素振りをしたかったところなんだ」
「では頼んだぞ。詳細は森にいる担当者に聞いてくれ」
「森のどこにいるの?」
「知らん。自分で探せ」

 冷たい反応である。
 まあ、探せと言われれば探すけども(その間サボれるし)。
 僕はいそいそとこの場を片付け、周囲に広がる森へと向かった。
 もっともらしく辺りを見回しながら、どこかで作業をしているであろう担当者とやらを探す。

「……」

 普通に面倒くさくなってきた。
 第一、相手の顔も名前もわからないのにどうやって見つけろっていうんだ。
 見かけた人間全てに声を掛ければいいのだろうが、僕みたいなチキン野郎には難易度の高い仕打ちである。

「おい、そこの者」

 と、既にここから逃げ出したくなっている僕の耳に、聞き馴染のない声が届いた。
 随分と若い、と言うよりも幼さの残る声色。
 振り返ると、見た目十歳くらいの女児が凛々しく仁王立ちしていた。
 深い碧色の髪を腰辺りまで伸ばし、黒いローブに身を包んでいる。

「この近くに『流星団』というギルドがあるはずなのじゃが、知っておるか?」

 女児にしてはなんとも古風な言葉遣いだ。
 が、不思議と様になっているのは、自身たっぷりな態度故だろう。

「早く答えんかい。今の儂は少しばかり機嫌が悪いんじゃ、待たすな」
「……『流星団』のギルドは近くにあるけど、より正確を期すなら、『あった』って過去形になるかな」
「なんじゃと? わけのわからないことを言うなよ」
「まあ、実際見た方が早いよ。ここを真っすぐ行けばすぐだから」

 僕は自分の来た道を指し示し、それじゃあと立ち去ろうとする。

「おい、お主。何を儂を置いてどこかに行こうとしておるんじゃ。すぐ近くなら案内せんか」
「すぐ近くなんだから一人で行きなよ」
「融通の利かん男じゃのぉ。そんなんじゃモテんぞ」

 子どもに呆れられた。
 地味に傷つく。

「わかったわかった。じゃあついてきて」
「最初から素直に案内すればいいのじゃ。全く、最近の若い者は礼儀がなっとらん」

 一回り弱も歳下な若者に説教されたが、僕は大人なので一々目くじらを立てない。
 紳士な振る舞いで女児を招き、ギルドへと逆戻りを始める。

「お主、名は何という」
「僕? ウィグ・レンスリーだよ」
「……そうか。それでウィグよ。お主はこんなところで何をしておったんじゃ」
「別に、ちょっと野暮用でね……君はどうして一人で森にいるの? 『流星団』に用があるみたいだけど」
「儂の方も野暮用じゃよ」

 少女は得意気に笑った。
 生意気な子どもである。

「まあ、何でもいいけどさ。もし依頼をする予定なら無駄足になるよ」
「何じゃと? どういうことじゃ」
「それも見た方が早い……ほら、ギルドにご到着」

 視界が開け、崩壊したギルドが姿を現した。

「見ての通りでさ。しばらくは依頼を請けるどころの話じゃないんだ」
「……」
「あのー……」
「……」

 少女は大きな瞳をさらに見開き、口をパクパクと動かしたまま静止している。
 絶句、といった表情だ。

「ま、まあ、もし急ぎの依頼だったら何とか対応してくれるんじゃないかな?」
「……」
「おーい……」
「わ……」
「わ?」
「儂の……儂のギルドォォォォォォォォォォォォォ‼」

 絶叫。
 同時に、遥か上空がゴウッとうねり――落雷。
 少女の周りに、蒼色の雷撃が落ちてきた。

「っ⁉」

 すんでのところで後方に回避する。
 あと一瞬反応が遅れていたら丸焦げだ……それどころか、消し炭になっていてもおかしくない。
 割れた地面が雷撃の威力を物語っている。
 一体何者なんだ、この子。
 僕が呆気に取られていると、

「マ、マスター⁉」

 資材の山から、ナイラが顔を出した。

「……おお、ナイラか。久しいの」

 雷に打たれて落ち着いたのだろうか(?)、少女は軽く手を挙げ、ナイラに笑顔を向ける。

「いつお戻りに? 迎えの者をやっていたはずですが……」
「いやー、待つのが面倒で一人で帰ってきたら、道に迷ってしまっての。森を抜けてきたところじゃ……そんなことよりナイラよ。ギルドがこうなった経緯について詳しく語ってもらおうか」
「は、はい……」

 あの「豪傑のナイラ」がタジタジだ。
 その態度と先ほどの発言で、碧い髪の少女の正体は自ずと導き出される。

「てゆーかウィグ、さっきは悪かったの。ちょっとばかし怒りが爆発してしまったわ。儂もマスターとしてまだまだ未熟じゃ……これでも五百年は生きとるんじゃがの。カハハッ」

 十歳児にしか見えないこの少女こそ。
 「流星団」のギルドマスター、「魔女のアウレア」その人だった。

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