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窮地
しおりを挟む「……っ⁉ イオ!」
落下物の気配に気づき、咄嗟にイオの体を突き飛ばす。
刹那、彼女の元いた位置に、すさまじい衝撃音と共に物体が落下した。
「……!」
その物体が何なのか、詳しく見聞する必要はなかった。
と言うか、できなかった。
俺たちの真横に落下したソレは、一呼吸置く間もなくこちらに突進し、俺の首を絞め上げてきたのだ。
「がっ、ぐっ」
軽々と片手で俺のことを持ち上げたソレに、しかし俺は見覚えがあった。
人型の体に獣のような荒々しさを持つその顔は、先刻まで戦っていたゴブリンに酷似している。
ただ、違う点をあげるなら。
その体躯が三メートルを優に超す巨体であることと、その身体能力がすさまじく高いこと。
そして――禍々しい角が一本、額から生えていることだ。
それはさながら、鬼のような……。
「シキさん!」
丸太ばりの腕で締め上げられ、その怪力で身動きが取れない俺だったが、イオの声だけははっきりと聞こえる。
「【死の商人】!」
彼女の叫び声が聞こえた後、ズガガガガとけたたましい銃声が鳴り響いた。
恐らく、マシンガンの類を撃っているのだろう……が、しかし。
先ほど蹴散らしたゴブリンたちとは違い、この鬼は表情一つ変えず銃弾の雨を受け切っている。
なんつー頑丈さだよ。
明らかに格上。
イオも、それを実感したはずだ。
「このっ……!」
しかし、彼女は手に持っていたマシンガンを捨て、新しく両刃剣を召喚した。
銀色に煌めく刀身に、異様な魔物の姿が映る。
「だ、だめ、だ……ち、近づく、な……」
接近戦を挑もうとするイオに声を掛けようとするが、気道を締め上げられているため上手く発声できない。
と言うか、このままだと死ぬ。
殺される。
「はああああ!」
俺の忠告は届かず、イオは鬼に向かって駆け出し、脇腹目掛けてその剣を両手で振り下ろした。
ガキン!
直後、まるで金属同士がぶつかり合ったような音が響き。
彼女の振るった剣の方が、無残にも折れてしまっていた。
「……そんな」
目の前で起きた事象に圧倒され、イオはその場で固まってしまう。
鬼はぎょろりと彼女の方を見た――ダメージはないが、横からちょっかいをかけられたのが気に食わなかったのだろう。
そして。
余っている左腕で、イオの体を薙ぎ払った。
「あぐっ……」
鬱陶しい羽虫を払うかの如く、軽い動きだったが。
彼女の小さな体を吹き飛ばすには、充分な威力を持っていた。
後方に十メートル程すっ飛ばされたイオは、大木に激突してその場に倒れこんでしまう。
「シ、シキさん……」
自分が殴り飛ばされて、なお。
彼女の碧い瞳は、俺のことを見据えていた。
「……」
俺が彼女の立場だったら、同じように動けたか?
一瞬で相手の力量を測り、現状では対処不可能と判断して、逃げていたんじゃないか?
イオだって、それができたはずだ。
少なくとも、最初の銃撃が効いていない時点で、逃げるという選択がベストなのは明らかだ。
にも関わらず、俺を助けるために、無謀な攻撃を仕掛けた。
それを愚かだと、蛮勇だと、確かに思う。
でも。
俺を助けようとしてくれたその行為に対し、確かに嬉しいと思った。
だから、生きねば。
生きて、あの碧い瞳の少女を、助けなければ。
「おい……化、け物……、あんまり、調子に乗、るんじゃ、ねえ……」
こいつの表皮はありえないほど頑丈だ――銃弾も刃物も通じない。
だったら、他の部分を狙うしかない。
俺は懐から小太刀を取り出し、頭上に向かって放り投げる。
そして、鬼の太い腕を両手で掴み、それを始点にして右足を上に振り上げた。
「クソが……食らえ……」
上げた右足を振り下ろし、落ちてきた小太刀の柄を思いっきり踵で蹴り飛ばす。
小太刀は勢いを増してまっすぐ進み、鬼の右目に突き刺さった。
「ぎぐあああああ!」
鬼は凄まじい絶叫をあげ、たまらず掴んでいた手を振り払う。
やはり、剥き出しの臓器……眼球は柔らかいようだった。
俺は無造作に空中に放り投げられたが、受け身を取って着地を決める。
次に自分の首と喉を確認するが――うん、今すぐ治療が必要な損傷はない。
「大丈夫か、イオ!」
「は、はい……シキさんもご無事で……」
うずくまったまま動かなくなってしまっていたイオに声をかけると、弱々しいが返事が返ってきた。安心できる状態ではないが、一応意識はしっかりしているようだ。
だが恐らく、この場から走って逃げるだけの力は残っていないだろう……なら、生き延びるための選択肢は、一つ。
あのモンスターを、殺すことだ。
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