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単独行動 001
しおりを挟む夜。
コルカでの主目的だったパーティー募集を終え、あとはメンバー候補が集まるのを待つだけになった俺たちは、とある安宿に拠点を構えることにした。
エリザの荷物を部屋まで運び入れ(女子は荷物が大きいとアスモデウスが言っていた、箴言だ)、ようやく一息つく。
「これからしばらくは大人しく待機ですね……ジンさんはこの後どうされますか?」
「ま、適当に観光でもするさ。時間はあるしね」
「あ、あの……もしよければ魔術についていろいろ教えてもらても……」
「おやすみ」
半ば無理矢理戸を閉め、エリザの部屋から自分の部屋へと移動する。
薄っすらと埃が舞う室内は清潔と高級からはほど遠いが、長年暮らしていたあの山小屋に比べればいくらかマシだ(命の危険がないだけで万々歳である)。
そも、宿泊費を出しているのはエリザなので、文句を言える立場にはいないし。
「さて……」
昼間ギルドからくすねてきた地図を広げ、大体の地理地形を把握。
大まかなものから詳細なものまで、手当たり次第に盗んで……いやさ借りてきた。
そのうち返せば問題ない(ということにしておこう)。
「近場に黒魔法陣は……って、青と緑ばっかじゃねーか」
三人目のメンバーが見つかるまで大人しくしているつもりなど毛頭ない。二週間もじっとしていたら身体がなまってしまう。
一人でダンジョンに潜ろうとしているのがエリザにバレたら面倒くさいので(アスモデウスに申し訳ないとか何とか言うに決まっている)、できるだけこっそり動くとしよう。
「んー……ここでいいか」
少し遠いが未攻略の赤魔法陣ダンジョンを見つけた。
今から出発すれば明日の夕方には戻れるだろう……エリザに怪しまれないためにも、迅速にことを運ばなければ。
正直、エリザと一緒にいた方が楽なのだが(自分の魔力を使わなくて済む)、あの真面目を絵に描いた少女のことだ、頼み込んだってついてきてくれそうにない。
「真面目人間か……生きてて損だ」
アスモデウスは「人間らしく暮らして」という言葉を遺したが、それは善人になれという意味ではないはずだ。
まずもって、悪魔がそんなことを願うわけがない。
俺が規則を無視する悪人だろうと、法を犯す犯罪者だろうと、要は生きていればそれでいいのだろう。
「不正に手に入れた魔石もやりようによっちゃ換金できるらしいし、手に入れたもん勝ちだな」
裏社会なるダークでディープなものに伝手などないが、そういう如何わしい連中は金の匂いを嗅げば嫌でも寄ってくるもんだ。
とにもかくにも、魔石を入手しないと話は始まらない。
「人間のルール、ね」
以前エリザと揉めたことを思い出す。
こうして着々と違法行為に手を染めようとしている俺は、間違いなく素晴らしい人間ではないだろう。
別に急ぐ必要はないのだ。
新しいメンバーが見つかるまで、大人しくしていればいいじゃないか?
そっちの方が人間らしいだろ?
「……」
俺は数秒思案し、窓から外に飛び出した。
◇
『お前もいつかは山を下りるのよ、ジン』
暗闇を駆けながら、ふとアスモデウスとの会話を思い出す。
この記憶はいつ頃のものだろうか……不確かさが証明になるくらいには遠い記憶だ。
『私も一緒に? はっ、そんなの無理に決まっているでしょ。私は悪魔なのよ、あーくーまー……全く、いつになったら理解できるのかしら』
彼女以外の他人を知らない俺にとって、人間と悪魔の違いを認識するのは難しいことだった。
姿形が違うのはわかっても。
心まで違うとは――思えなかった。
『悪魔は人間の敵なのよ。今更仲良しこよし手を取り合うわけにはいかないの……お前は別よ、ジン。私の敵と呼ぶにはまだガキ過ぎるわ』
アスモデウスはよくそう言って、幼い俺の頭を撫でていた。
敵と呼ぶにはガキ過ぎる、と。
なら彼女にとって。
俺は、何だったのだろうか。
『私はお前を愛さない……お前も、万に一つだって私を好きになるんじゃないわよ? あんまり懐かれても挨拶に困るわ』
愛さないというのなら、どうして俺を育てたんだ?
その矛盾に疑問を抱きつつも、結局最期まで尋ねることはなかった。
答えを聞くのが怖かった?
俺は一体何を怖がっている?
『私はお前に生きる術を教える。この残酷で救いのない、絶望の下から悲劇がめくれて出てくるような世界を生き抜く術を……ちょっとばかしスパルタかもしれないけれど、文句も愚痴も認めないからね』
実際、彼女は俺の弱音を聞き入れることはなかった。
しばらくすると、俺も弱音を吐くのをやめた。
苦しみや痛みに慣れたから?
いや、それだけじゃない。
そこにあったのは、苦しみだけではないと感じたから。
『ジン。お前はきっと、これから多くの苦難にぶち当たる……私を恨むことだってあるでしょう。どうして生きているのかわからず、自分の存在理由を見出せず、死んでしまいたくなることだってあると思うわ』
果たして、アスモデウスの予言通りに悩むことは何度かあったが、それは心の中に伏せておこう。
素直に認めて、ほら見たことかと地獄で小躍りされてもたまらない。
『お前は悪魔じゃない、人間なの。育っている環境は普通と少し違うけれど、育ての親はすこぶる異質だけれど、お前自身はごくごく平凡な人間なの。何があっても、それだけは忘れないで』
それがお前の――希望になるのよ。
「……」
アスモデウスの言葉の意味は。
今もまだ、わからないまま。
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