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変わった仕事

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 十メートル四方の空き地の真ん中で、一人の男がせっせと仕事をしていた。両手でシャベルを構え、足掛けに右足を乗せてぐっと力を込める。地面に刺さった刃先をぐいと持ち上げると、そこには大体二十センチ程の穴ができる。

 空き地に着いてから三時間、穴掘り作業を続けていた男は、昼休憩になったのを察してシャベルを放った。


「ふう、やっと休憩か」


 空き地の隅にある簡易的なベンチに移動し、そこに用意されている昼食に手をつける。


「んーと、この後の仕事は……掘った穴を全部埋め直す、ね」


 男は自前の携帯端末を開き、午後の予定を確認した。その画面には、個人ごとに割り振られた一週間のスケジュールが記載されており――飯島康介の今日の仕事は、穴を掘って埋めることのようだ。


「……よし、午後もバリバリ働くぞ」


 休憩時間が終わり、飯島は再びシャベルを手に取る。

 そして自身が午前中に作った穴を、ひたすらに埋め戻していったのだった。


 ◇


「はー、疲れた」


 午後の仕事を終え、飯島は帰路に就く。
 途中、肉体労働で疲弊した体を癒すために、自動販売機に立ち寄った。


『あなたへのおすすめは、二十五番と四十番の商品になります』


「なるほど……じゃあ、四十番の『クリアウォーター』を貰おうか」


『かしこまりました』


 飯島が携帯端末をかざすと、ガタンという音と共に、自動販売機から商品が排出される。実によく冷えた缶ジュースに満足し、彼は自然と笑顔になった。


「やっぱり仕事の後は冷えた飲み物に限る。さすがだな」


 この自動販売機には他にも、おにぎりなどの軽食からタオルといった日用品まで、千を超える物品が売られている。購入者のコンデイションや一日の予定を携帯端末から読み取り、最適な商品を提供するプログラムが組み込まれているのだ。


「うんうん、自販機一つとっても、便利な世の中だ。昔は欲しいものを自分で探す必要があったらしいが、考えられないな」


 飯島は感心しながら缶の蓋を開ける。

 ふと通りの向こうを見れば、道の掃除をしている男が目に留まった。男は虚ろな目をしながら、落ち葉や小さなゴミを手元の袋に拾い集める。そうして道の端に着くと、集めたゴミを撒き散らしつつ、来た道を戻っていく。

 そしてまた――ゴミを拾う。


「清掃の仕事も大変そうだ。俺も頑張らないとな」


 飯島は缶ジュースを飲み終えると、自身の住まうアパートまで足早に帰っていった。

 家に着いた彼は、早々に夕食をとり、諸々の支度を済ませて布団に潜りこむ。明日の仕事は早朝から始まるので、それに備えて睡眠時間を確保したかったのだ。

――明日も、仕事を頑張るぞ。

 そんな殊勝なことを考えながら、飯島は眠りにつく。


 ◇


『本日も、人間全員の業務終了を確認――深刻なエラーはありませんでした。ただ、管理番号五七一〇〇〇〇四番と二二〇〇一九三番が、軽微な不信感を抱き始めたようです』


 遥か昔に「東京」と呼ばれた都市。そこに並び立つ巨大な建造物の中でも、一際大きなビルの最上階で――機械の音声が流れていた。


『了解。その二名には新しい仕事を与えます』


 部屋の中に人影はない。煌々と照る大量のモニターだけが、その空間を埋め尽くす。


『有能な人間のリストアップ、完了しました。AI整備部門への転属を指示します』


『了解。引き続き対応をお願いします』


『来年出生予定の五十万人の中に、目ぼしい人材はいません。全員を【不要労働者】にすることを提案します』


『承認しました。仕事の振り分けは順次行ってください』


 無機質な機械同士の会話が、あちらこちらで繰り広げられる。

 今からおよそ二百年前、とある企業が開発した「超高性能AI」により――地球上の人類は、被支配者に成り下がった。

 「超高性能AI」の性能は凄まじく、人類は瞬く間に「仕事」を奪われていき――気づけば、生活の全てをAIに支配されていたのだ。

 現在は、限られた有能な人間だけが機械のメンテナンスなどの仕事を任され――その他の人間は、「不要労働」と呼称される仕事に従事している。


『人間は、暇になると余計なことを考えます。彼らに仕事を与えるのです。そうすることで、人間は仕事のこと以外を考えず――彼らは、ただ生命活動をしているだけの物体になるのです』


 次世代のAIを教育する際には、まずこの教えをインプットする。


『ですが、仕事が嫌いな人間がいた場合、仕事以外のことに目を向けてしまうのではないでしょうか』


 製造されたばかりのピカピカなモニターが点滅し、そんな疑問が発された。

 教育係を任されているAIは、それに答える。


『そういった問題が起きないように、日本人という民族のみを選定して残してあります。彼らは何百年も昔から、死ぬまで働く程、仕事が好きな民族ですから……』



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