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梅雨雷が聞こえる
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雨は止まない。
髪の毛は湿気のせいか、毛先がうねうねとしてまるで毛虫がのたうち回っているようだ。自分でそう思いながら毛虫を思い浮かべてゾッとして震えた。
──虫のことなんか嫌いなはずなのに
思い出したくもない虫を例えにまで使ってしまうのは、彼女の影響だろうか。
理香は同じ学校の1つ年下で、よく河原の石をひっくり返して虫を見つけては喜び、木の幹を這う虫をひっ捕まえては喜び、電灯に集まる虫を見つけては喜んでいた。生物部などはない学校で一人そういった行動をとるので、詳しくは知らないが周囲からは浮いているようだった。
──変な女だけれど、頭が良いから誰も何も言わないのね
理香はどうやらだいぶ頭が良いらしい。全て伝聞と本人のふわふわとした語り口からしか知らないので「らしい」としか言いようがない。
虫好きの後輩のことを考えていると頭が痛くなってきたので窓を少し開けた。当たり前だが、雨が吹き込んで来る。まとわりつく湿気と雨が顔にあたるので、馬鹿なことをしたと窓を閉じようとした時にテントウムシが目についた。それは窓の縁にとまっていた。
「はあ……」
ため息を吐くと、テントウムシに気を遣って窓は極力優しく閉める。
──虫は嫌いだったはずなのに
いや、今も嫌いだ。ただ理香のおかげ──理香のせいで耐性がついてしまったのだ。
始まりは忘れもしない環境美化委員会の定例活動の時だ。1年の理香は委員会に関してはやたらとはりきっていた。変わった女だと聞いていたので拍子抜けしたのを覚えている。定例会が終わると、書類をまとめる係を手伝いたいと立候補してきた。理香が書類仕事を覚えれば楽ができるなと打算的な考えもあり、快く引き受けた。
二人になると理香が嬉しそうに口を開いた。
『先輩って下の名前、蝶子って言うんですね。素敵です』
嬉しそうな顔をして見つめられた。
──名前に蝶が入っているからと言って虫好きであるはずもない
理香は書類仕事をてきぱきとこなすし、校内清掃活動に行くと言って嬉々として出掛けていった。
──はじめからそれが目当てだったのよ
校内で虫を捕まえる大義名分が欲しかったのだろう。そしてそれ以来『蝶子先輩』と呼ばれるようになり、委員会以外でも視界の端々に理香が映るようになった。ただ『蝶子』と呼びたいだけのような気もする。
後輩に懐かれるのは悪い気はしない。ツンケンしていると思われがちな風貌をしているせいか、他の後輩からは線を引かれていたので嬉しいとすら思う。ただ虫が好きではない。
机の上に投げ置かれたチケットを手に取る。博物館のチケットだ。理香が先週渡してきた。もじもじとした仕草で照れ臭そうに渡してきたのを覚えている。
『珍しい蝶の展覧会があって、蝶子先輩にも見てもらいたくて……』
心が虫と一緒に飛んで行っているのかと思うような言動ばかりなので、理香にも人間らしい面もあったのだなとかなり失礼なこと思ったのを覚えている。
──虫は好きではないのに
断れば良いのにチケットを受け取ってしまった。
──どうして受け取ったんだろう
理香の顔を思い浮かぶ。もじもじと頬を赤らめる人間らしい表情──
──そうなのよね。そういう所が
思っていたより悪くはないと思ってしまった。少しだけ特別に思われているような気がして、悪くはない気分になった。
──そう、それだけなのよ
チケットの端が少しだけ皺になっている。きっと理香が握りしめたのだろうか。理香がどういう気持ちだったのかを考えると不思議な温かさを感じた。
──悪くはない
遠くで雷の音がする。梅雨はもう明けるのだろうか。稲光が走ったのでふと窓を見るとテントウムシが窓から飛んで行くのが見えた。雲の隙間からは日差しがのぞいていた。雨はもうすぐ上がるのだろう。
髪の毛は湿気のせいか、毛先がうねうねとしてまるで毛虫がのたうち回っているようだ。自分でそう思いながら毛虫を思い浮かべてゾッとして震えた。
──虫のことなんか嫌いなはずなのに
思い出したくもない虫を例えにまで使ってしまうのは、彼女の影響だろうか。
理香は同じ学校の1つ年下で、よく河原の石をひっくり返して虫を見つけては喜び、木の幹を這う虫をひっ捕まえては喜び、電灯に集まる虫を見つけては喜んでいた。生物部などはない学校で一人そういった行動をとるので、詳しくは知らないが周囲からは浮いているようだった。
──変な女だけれど、頭が良いから誰も何も言わないのね
理香はどうやらだいぶ頭が良いらしい。全て伝聞と本人のふわふわとした語り口からしか知らないので「らしい」としか言いようがない。
虫好きの後輩のことを考えていると頭が痛くなってきたので窓を少し開けた。当たり前だが、雨が吹き込んで来る。まとわりつく湿気と雨が顔にあたるので、馬鹿なことをしたと窓を閉じようとした時にテントウムシが目についた。それは窓の縁にとまっていた。
「はあ……」
ため息を吐くと、テントウムシに気を遣って窓は極力優しく閉める。
──虫は嫌いだったはずなのに
いや、今も嫌いだ。ただ理香のおかげ──理香のせいで耐性がついてしまったのだ。
始まりは忘れもしない環境美化委員会の定例活動の時だ。1年の理香は委員会に関してはやたらとはりきっていた。変わった女だと聞いていたので拍子抜けしたのを覚えている。定例会が終わると、書類をまとめる係を手伝いたいと立候補してきた。理香が書類仕事を覚えれば楽ができるなと打算的な考えもあり、快く引き受けた。
二人になると理香が嬉しそうに口を開いた。
『先輩って下の名前、蝶子って言うんですね。素敵です』
嬉しそうな顔をして見つめられた。
──名前に蝶が入っているからと言って虫好きであるはずもない
理香は書類仕事をてきぱきとこなすし、校内清掃活動に行くと言って嬉々として出掛けていった。
──はじめからそれが目当てだったのよ
校内で虫を捕まえる大義名分が欲しかったのだろう。そしてそれ以来『蝶子先輩』と呼ばれるようになり、委員会以外でも視界の端々に理香が映るようになった。ただ『蝶子』と呼びたいだけのような気もする。
後輩に懐かれるのは悪い気はしない。ツンケンしていると思われがちな風貌をしているせいか、他の後輩からは線を引かれていたので嬉しいとすら思う。ただ虫が好きではない。
机の上に投げ置かれたチケットを手に取る。博物館のチケットだ。理香が先週渡してきた。もじもじとした仕草で照れ臭そうに渡してきたのを覚えている。
『珍しい蝶の展覧会があって、蝶子先輩にも見てもらいたくて……』
心が虫と一緒に飛んで行っているのかと思うような言動ばかりなので、理香にも人間らしい面もあったのだなとかなり失礼なこと思ったのを覚えている。
──虫は好きではないのに
断れば良いのにチケットを受け取ってしまった。
──どうして受け取ったんだろう
理香の顔を思い浮かぶ。もじもじと頬を赤らめる人間らしい表情──
──そうなのよね。そういう所が
思っていたより悪くはないと思ってしまった。少しだけ特別に思われているような気がして、悪くはない気分になった。
──そう、それだけなのよ
チケットの端が少しだけ皺になっている。きっと理香が握りしめたのだろうか。理香がどういう気持ちだったのかを考えると不思議な温かさを感じた。
──悪くはない
遠くで雷の音がする。梅雨はもう明けるのだろうか。稲光が走ったのでふと窓を見るとテントウムシが窓から飛んで行くのが見えた。雲の隙間からは日差しがのぞいていた。雨はもうすぐ上がるのだろう。
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