SMの世界

静華

文字の大きさ
8 / 53

8.

「おや、いいものを持ってるね、翔」
 ノックもなく入ってきたのは穂仁原と颯斗だった。
「な、なんでそんなもん持ってんだよ!」
 心なしか颯斗の目尻が赤い。
「こ、これは、その、有聖さんが!」
 乗馬鞭を握っているところを見られた、えもいわれぬ恥ずかしさから翔の頬が熱くなる。そそくさと箱に戻して、ずいっと有聖の方に押しやった。
「二人とも大きな声を出すものじゃないよ、颯斗。座りなさい」
「っ、はい」
 なんだか、颯斗の様子がいつもと違う気がする。歩き方がちょっとぎこちない。翔の横に腰を下ろすときには、「い、てぇ!」と小さな声で呻いた。
「颯斗さん、筋肉痛にでもなった? 大丈夫?」
「へ、平気だ。今日は、ちょっと、忙しかったから、な」
 頑張りすぎちまったかな、と颯斗が頭を掻いた。
 確かに今日は忙しかった。週末のイベントだから、普段よりも二倍くらいの数の客が来ていたはずだ。カウンターは翔と颯斗の二人で回していたから、忙しい時間帯はほとんど休憩も取れなかった。
「そだね。俺も疲れたぁ! イベントのときって、そんなに話しかけてくる人いないんだけど、今日はやけに多かったし。『君には首輪が似合いそうだね』なんて言われてもさぁ、えぇーって感じ」
「ああ、あの客な。結構、気に入られてたもんな、お前。気をつけろよ。あいつ、SM系のイベントばっか来てるから、そっち系だぞ」
「えぇーマジで!? まさかのロックオンとか、無理! 絶対、無理!」
 ぶるぶると思い切り首を振る。
 SM云々の前に、あのタイプは生理的に受け付けない。
 四十歳代くらいの男だったが、身長は翔と同じくらいなのに横幅は倍近くあったのだ。それに、ファンションにもこだわりがないようで、くたびれたスーツを着ていた。よれよれで、いつクリーニングに出したのかと聞きたくなるようなスーツだった。デブだろうとなかろうと小奇麗にしてない人は、翔のタイプじゃない。
「こらこら、お客様の話はやめなさい。失礼だよ」
「すみません。でも、なんかあからさまだったんです、あのお客様。他の人は、『可愛いね』とか『衣装は自前なの?』とか、当たり障りのないこと言う人が多いんだけど……。首輪はコレ、リードはアレがいいとか、なんとか……」
 ドリンクを頼まれるたびに、卑猥な妄想に付き合わされたら愚痴の一つもつきたくなる。
「そうか、それは嫌な思いをしたね。たまのイベントだと羽目を外してしまう人もいるから、大目に見てあげてくれ」
「ま、俺がちゃんとフォローしてやるって。気にすんな。あっこで働いてると、とんでもない経験なんて山ほどできるからさ。羞恥プレイに巻き込まれるのなんて序の口だ」
 ははは、と颯斗が大きな声で笑う。
「でも、翔くんも少し気をつけないとね。ちょっと危なっかしいから」
 口を挟んだ有聖に、「そうだねぇ。オオカミが多いから」と穂仁原が相槌を打つ。
「もう、みんなそんなことばっかり言う! オオカミって何なんですか? 俺だって、そんな柔じゃないんだから!」
 大人二人に子供扱いされて、翔が頬を膨らませる。
 その様がよりいっそう子供っぽく見えたのか、穂仁原と有聖が顔を見合わせてまた笑う。
 そうこうしているうちに、穂仁原が頼んでおいてくれたのだろう料理が次々と運ばれてきた。酢の物、刺身の盛り合わせ、野菜の天ぷら、茶碗蒸し、他にもいろいろな小鉢が並べられる。颯斗が好きだと言っていたステーキも、もちろんあった。
「わぁ、美味しそう!」
「料理長のオススメを頼んであるんだ。足りなければ、遠慮せず頼んでくれ。ああ、ノンアルコールはこちらに。翔は飲むだろう?颯斗は少し体調が悪いみたいだから、私たちと同じノンアルコールだよ」
「え? 颯斗さん、飲まないの? そんなに痛い?」
 そんなに筋肉痛が辛いのかと、颯斗の顔を覗きこむと、颯斗は「う、あ、いや、だ、大丈夫だから」と赤くなったり青くなったりしながら首を振った。
 なんだかよくわからないけれど、そんな颯斗の様子に有聖が笑いをこらえるように手で口元を隠した。
一人だけ酒を飲むのは気が引けたけれど、ありがたくもらうことにする。
 翔の前にはグラスに入ったビール、他の三人の手元にはまだビンに入ったままのビールが渡った。間違えないように、ノンアルコールのものはビンに入ったままだしているようだ。グラスの形も若干異なっている。
 三人がそれぞれビールをつぐのを待って、穂仁原の合図で「乾杯」とグラスを合わせた。
 腹が減っていたから、穂仁原に勧められるまま箸を進めて、これでもかというほどがっついた。さすが穂仁原御用達の店というべきか、どの料理も美味しかった。定番の刺身や天ぷらはもちろん、店オリジナルの鮭といくらの親子丼や颯斗おススメの和牛ステーキも絶品だった。
「ふぁ、食べたぁ! ……ここって、お茶もすっごく美味しいですね。玉露?」
 安い居酒屋だと、料理はそこそこでもお茶は出涸らしのようなものが出てきたりする。
 あれは本当にいただけない。料理が美味しくてもがっかりだ。
「ああ、いい茶葉だね。もう腹は膨れたかい?」
「もういっぱいいっぱいです。こんな美味しいもの食べたの久しぶりで、ちょっと食べすぎちゃったかも」
 ほんのり酔いが回ってすごく気分がいい。
「気に入ってくれてよかった。また連れてきてあげよう。ああ、そういえば、あの乗馬鞭は何だったんだい? 興味が湧いたのかな?」
 すっかり忘れていた話題を急に振られて、ごふっとむせてしまう。しかも、なんでSMに話が戻るんだ。いや、あの店で働いてるのだから仕方ないのかもしれない。なにせ穂仁原がオーナーで、有聖は調教師なのだから、共通の話題はそれくらいしかないのだ。
「翔くんが怖がるから、触らせてあげようと思ったんですよ。ちょうどあれは新しいやつだったので、触ってみたら少しは恐怖心が薄れるかな、と」
「なるほど。どうだい? 初めて鞭を握った感想は? ドキドキしたかな?」
 にこにこと穂仁原が微笑みながら聞いてくる。
「あ、……しま、した。すごく…」
 すごくドキドキした。本当は――もう一回触りたい。
 あれで叩かれたらやっぱり痛いのだろうか。そんなことを考えると、また胸が高鳴った。
感想 29

あなたにおすすめの小説

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 ★1000 Thank_You!!

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司と俺のSM関係

雫@23日更新予定
BL
タイトルの通りです。読む前に注意!誤字脱字あり。受けが外面は一人称私ですが、砕けると僕になります。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。