SMの世界

静華

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11.

「あー! コトリさんがショウちゃん苛めてる! おじさまに言いつけちゃうぞ!」
 がばっと有聖に抱きついた茜がきゃんきゃん叫んだ。
 金縛りが解けたように、体に自由が戻る。
「茜、うるさいぞ。翔、これ、刺身な」
 茜がうるさくしたからか、奥のキッチンからぬぅっと長身がでてきた。片手には刺身の膳を持っている。
「大ちゃん! ごめんなさーい。怒っちゃやーだよ」
 てへへ、と笑う茜の顔を一瞥し、壁の時計を見る。
「茜、暇ならあがっていいぞ。まかない出してやるから」
「本当? やったー! ショウちゃんお先ね! 大ちゃん、あたし、カレーハンバーグがいいなぁ」
 いそいそとタブリエを外しながら、奥に引っ込んでいく郷田を追いかけていった。
 奥から「……オムライスで我慢しろよ」、「ええー、……卵はふわふわにしてよ?」と騒ぐ声が聞こえる。
 駄々をこねる茜の頭をぽんぽんと撫でる郷田の姿を想像して、翔は笑った。
「わっ、美味しそう。……お待たせしました。あ、っと、黒ビールでしたよね?」
 茜が騒いだせいで忘れるところだったが、ビールの話をしていたのだ。
「いや、悪いんだけど、あったかいお茶でもくれるかな? 緑茶ある?」
「大丈夫です。オーナーが好きなんで、いい茶葉があるんです」
 バーなのに淹れたての玉露や紅茶が飲める。エスプレッソマシーンもあるし、コーヒー豆はその場で挽くから薫りがいいと評判なのだ。
 オーナー直伝のいれ方で、手際良くお茶を淹れた。
「ね、なんで、郷田くんは大ちゃんなのか知ってる?」
「……そういえば、なんでですかね?」
 郷田の下の名前は千博。どこにも大という文字は入っていない。見た目が大きいからだろうか?
「奈良の大仏に似てるからなんだって」
「え? でも……」
「あんなに悪人顏なんだけどね」
 翔が飲み込んだ言葉を有聖がさらりと言う。
 有聖の言うとおり、郷田の顔はいつも厳めしい。ふつうにしていても、怒ってるのかと思割れる顔立ちだ。けれど、見た目に反して、性格は確かに優しいから仏というのもわからなくはない。
 見た目と反するといえば、目の前で刺身をつつくこの男もそうだ。こんなに穏やかでモデルのように綺麗なひとが、サディスティックで「奴隷」、「調教」なんて言葉を臆面もな使うのだから。
「なーに? 僕の顔に何かついてる?」
「あ、いえ……」
「なんでもなくないでしょう? 言ってごらん。怒らないから」
 にこにこと微笑む有聖に負けて、心の声を正直にありのまま話した。嘘をついても、この人にはすぐばれてしまうだろうと思ったのだ。
「ああ、そうか。そんな風に思われてるんだな、僕。こればっかりはね、うん。変えられないからね。僕が、怖い?」
 そう問われて、少し考える。
「……ちょっとだけ」
 あの低い声で囁かれると、自分が自分でないような、あの声に従わなければいけないような気になってしまう。
 嫌な恐怖ではない。なんとも言い表しがたいのだが、未知の物への興味と不安がないまぜになったような感じだろうか。近づいてみたいけれど、囚われてしまいそうで、怖い。
「でも、こういう風にしてる時は平気です。たまにちょっとドキドキしちゃうけど……」
「どういう時に、ドキドキしちゃうの?」
「えっと……あ、の……」
 ――お仕置きだから我慢しなきゃいけないね。
 突然、頭の中で有聖の声が響く。
 あの時、後ろから抱きしめられた感覚はまだしっかり覚えている。
 ――悪い子は、お尻を叩かれるんだよ。
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