SMの世界

静華

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28.

 夜もだいぶ深まった頃、翔はやっとFでの夕食にありついた。
 本当ならもっと早い時間に来るつもりだった。有聖の部屋で一、二時間寝たら夕飯にちょうどいい時間になるはずだったのに。
 初めて潮を吹いた後、連れていかれたバスルームでさらにひどい目に遭った。
 ――勝手に手を離した罰はどうしようか?
 何が何だかわからない状態で有聖の腕に縋ったのに、それすらも許されなかった。
 ――ゆるし、て。ゆうせいさん、おねがい……。
 そんな哀願も空しく、お仕置きとして散々弄られた乳首は今もじくじくするほどだ。
「どうしたの、翔くん?」
 隣に座る有聖が翔の顔を覗き込んだ。
「っ、……なんでも、ないです」
 危うく全部を思い出しそうになって、翔は勢いよく頭を振った。
「そう? もっと何か食べる?」
「もう、だ、大丈夫」
 もうお腹いっぱいだ。
 ――精のつくもの用意してもらったよ。
 事前に頼んでおいてくれた有聖のおかげで、普段店では出さないようなとびきり質のいい肉を郷田が用意してくれていた。
 ひどい目にあったものの、ぐっすりと眠ったあとは体も頭もすっきりしていたおかげで、美味しい肉をたらふく食べることができた。有聖の家に着いた時は食べる気力もわかなかったのに。
「翔、なんか飲むか? 有聖さん、おかわりはどうですか?」
 カウンターに戻ってきた颯斗が二人に声をかけた。
「僕はいいよ。翔くんは?」
「あ、俺もとりあえず大丈夫。今日、ホールは颯斗さん一人なの?」
 翔は店内奥のボックス席を見渡して、颯斗に問いかけた。
「ん、あー、……茜は下に手伝いに行ってるから。一階(こっち)は翔たち以外は一組だけで、俺一人でもそんな困んねぇし」
「え! 下って……オーナーの許可がないとダメなんだよね?」
 つい小声になってしまう。
「龍哉さんも下にいるんだ」
「譲渡の相談かな?」
 有聖が颯斗に訊いた。
「あ、いや、貸出です、……たぶん」
 颯斗が目を逸らして、詳しいことは知らないと首を振った。
「あの、それって、どういうこと?」
 一人だけ理解できないでいる翔がおずおずと訳知り顔の二人に訊ねた。
 颯斗はバツが悪いのか、顔を顰めて有聖を見やった。
 有聖は仕方ないと言わんばかりに肩をすくめ、「奴隷の譲渡や貸出だよ」と言った。
 いろいろな理由で調教した奴隷を手放したり、自分が調教した奴隷を他のSに貸し出すご主人様がいるのだという。
 今日日はオンラインでもそういった類の募集もネットでできるが、身元の確認などができないなど犯罪被害に遭う可能性もある。そのため、穂仁原が仲介することもある、らしい。
「ここの会員なら身元は確かな人ばかりだし、顔合わせのついでにプレイも試せるから、そういう依頼は多いんじゃないかな」
「最近はあんまりなかったみたいですけど……」
「あ、あの、ちょっと待って……、それって普通、なの……?」
 プレイの一環なのか? 人を譲り渡したり、貸し出したりするのが? 
(それっていいの? え、それって、もしかして、――俺も?)
 もし有聖と付き合ったら、いつか自分もそういう目に遭うのだろうか? 
「お、おれ、そんなの……」
 絶対無理、という言葉がこぼれ出る前に、有聖の手がぽんぽんと翔の背中を叩いた。まるで落ち着かせるような優しい手つきだった。
 颯斗が心配そうに見ている。
「僕は翔くんを誰かに貸し出したりしないよ」
 真っ直ぐに見つめる有聖の目は真剣だ。
 そうは言われても、でも、もしかしたら、そんな言葉しか浮かばない。
 何と言えばいいのかわからず、翔は口を開けてはつむるのを繰り返した。
「不安にさせちゃったね。大丈夫だよ。翔くんが思ってることを言ってごらん」
「あ、あの……っ」
「ゆっくりでいいよ」
 言葉が上手く出てこない。
 背中を撫でられ、頭を包み込むように抱きしめられ、こめかみにそっとキスされる。
 そうされているうちに、「俺、絶対嫌だ。……有聖さん以外は、絶対無理」と言葉を絞り出した。
 それに、有聖は優しく微笑んだ。
「そもそも、僕は貸し出したり、寝取られたりっていうことに一切興奮しない。むしろ、大事なものに他人の手垢はつけられたくないんだ」
 そういえば、初めての時もそんなことを聞いた気がする。
 ――大事なモノは隠しておきたいタイプだから。
 翔は少しだけほっとした。
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