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土の国編

激突

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土の国 グランド・マリア


闘技場中央、向かい合う2人の男の姿があった。

南門を背負うのはジレンマだった。
上半身がドス黒く染まり、右肩から大きな翼を広げている。
さらに銀色の長髪からは赤黒いオーラが湯気のように放たれていた。

北門を背負うのはアルフィス・ハートル。
ジレンマに打ったアッパー姿勢を解き、自然体へと戻る。

虎のような形相のジレンマの鋭い眼光と、少し冷ややかな表情のアルフィスの睨み合いは続いた。

そこに地下から上がって来たリオンが駆け寄る。
アルフィスはリオンの肩を触ると、すぐに口を開いた。

「"ファイアボディ"。お前に魔法を付与した。クロエを地下へ運べ、俺はこいつをぶちのめす」

「は、はい!」

リオンはジレンマを見た。
だが、ジレンマはリオンと目を合わせることは無い。
アルフィスから一切、目を離さなかったのだ。

「あいつが……僕の村を……」

「やはりか……お前の分も、俺の拳に乗せるさ……早くクロエを」

「はい!」

リオンはクロエを背負うと一目散に地下へ降りる階段へと向かった。

さらにアルフィスは叫ぶ。
それは南門付近、ジレンマの後方、数十メートル先で、頭を押さえて膝をつくアインに向けたものだった。

「アイン!魔法はまだ使えるか!マーシャと一緒に地下へ!」

ブラッド・オーラが解除されていたアインはアルフィスを見た。
そして、眉を顰めて、少し首を傾げたように見える。

「マ、マーシャ?」

そう言うと、アルフィスの後方に倒れるマーシャを細目で見る。

「あ、ああ……。わかった!」

アインは杖を前に出す。
するとブラウンの光を放ち、足元に魔法陣が展開すると、地面が砂のようになった。
そのままアインとマーシャの体は砂に飲まれ、地下へ移動するため落ちようとしていた。

アインはその最中、アルフィスに叫んだ。

「どこの誰かわからないが、恩に着る!」

それだけ言うとアインは、そのまま地下へ落ちていった。
マーシャの体も砂に飲まれ、地下へと落ちていく。

アルフィスはアインの言葉に首を傾げるが、今は考えている暇はない。
目の前には、最強の敵とも言うべき男が立っていたからだ。

「邪魔者を掃除してくれて助かったよ。ゴミが転がってると戦いづらいからな」

「てめぇ……」

ニヤリと笑うジレンマに対して、怒りの感情が爆破寸前のアルフィス。
お互い、次の行動は決まっていた。
それは、どちらも"闘気"の読み合いでわかっていた。

アルフィスとジレンマの距離は3メートルほど、お互いが一歩を踏み出せば殴り合える距離。

2人は、その一歩を同時に踏み出し、右ストレートを打った。

回避なんてしない。
意味の無い打ち合い、それは、ただの力試しだった。

"右拳"と"右拳"が凄まじい勢いでぶつかり合い、その衝撃波は周囲に広がる。
さらに円形の爆風が吹き、黒い雷撃が走って地面を抉った。

「ぐ……」

アルフィスは悲痛の表情を浮かべる。
右の腕は肩まで砕けた。
一方、ジレンマはニヤリと笑うと、アルフィスの拳を押し返そうと力を入れる。

「感覚でわかる。お前の体は、もう限界だろ?」

「ああ……だが……俺が死ぬのは、てめぇを倒した後だ!!」

「強がるな……痛いだろ?苦しいだろ?闘気が悲鳴を上げてるぞ!!」

ジレンマはアルフィスの拳を吹き飛ばした。
その衝撃で仰反るアルフィス。
ジレンマはさらに一歩踏み込み、顔面狙いの左のストレート。

アルフィスは首を傾けて回避すると同時に、スマートな左拳のボディブローをカウンターでジレンマの腹に叩き込んだ。

だが、そのボディには黒衣が纏ってあった。
アルフィスの拳の骨にヒビが入る。
その痛みは奥歯を噛み締めさせ、さらに顔を歪ませた。

「クソ……」

「まだやるか?」

ジレンマの闘気は、"回し蹴りのモーション"を取っていた。
それを読んだアルフィスは上体を前にかがめてダッキングする。

しかし、それはジレンマの罠だった。

ジレンマは右のアッパーで、かがんでいたアルフィスの顔面を打ち抜く。
アルフィスは宙を見て、その衝撃で後方に吹き飛んだ。
だが、数メートル先で膝を震わせながらも、かろうじて立っていた。

「さっきのお返しだ……しかし、これでも、まだ立ってられるか」

「俺は……負けられねぇんだよ!!」

アルフィスの叫びにジレンマはため息をつき、苦笑いを浮かべていた。

「凄まじい気迫だな……だが、お前の闘気は正直だよ。もう負けを認めてる」

「なん……だと……?」

「お前の右腕は骨が砕けて、左手にはヒビが入ってる。俺はどうだ?ここまで仲間達が繋いでくれたが、それに何の意味があった?」

「……」

「俺にはダメージなんて無い。認めろ。お前じゃ、俺には勝てないんだ」

アルフィスは痛みで気を失いそうだった。
確かに、これ以上、戦っても意味なんて無いと、そう思い始めていた。

「"予言の男"も、この程度か……拍子抜けだな」

「予言……?」

「別に、お前が知る必要は無い。なにせ、お前は、今ここで死ぬんだからな」

そう言うと、ジレンマは一瞬でアルフィスの目の前へ現れる。
アルフィスはジレンマの次の行動がわかっていた。

"渾身の右ストレート"

そして自分は、それを回避することができない……そう悟っていたのだった。

その無慈悲な右拳は高速で打たれる。
顔面狙い、完全に頭を粉砕するためのもの。
アルフィスは無意識にクロスガードするが、とてつもないパンチの威力に左右の腕の骨は粉砕した。

「お前の負けだ!!アルフィス・ハートル!!」

「クソ……!!複合魔法・下級魔法きょ……」

構わずジレンマは右ストレートを振り抜いた。
アルフィスは猛スピードで後方へと吹き飛び、鉄の"北門"をズドン!と音を立てて突き破る。

北門の先は暗闇で、アルフィスの姿は見えないが、ジレンマの拳には上半身の骨を全て砕いた感覚が残っていた。
この時点でジレンマは勝利を確信していた。

「お前の息子……"炎の男"は殺したぞ……アルフォード……」

そう言ってジレンマは笑みをこぼす。

「天から見ているか?我が元主人よ……"名も無き奴隷"が、ここまで強くなったぞ!!」

ジレンマの叫びが闘技場内にこだまする。
両手で握り拳を作るが、それは手のひらから出血しそうなほど力強い。

「俺は、この二千年間、誰も成し得なかったことを達成する!!四属性王を全て倒し、この世界に君臨するのだ!!俺こそが……この世界で最強だ!!」

天を見上げ、勝利の余韻よいんに浸る。
恐らく、ロスト・フォースの後継者であるアインも難なく倒せる。
ジレンマは、そう思っていた。

……だが、その前にやることがある。

北門の上、観客席にいたダリウスの元へジレンマは歩き出し、その前まで来た。
観客席に立つダリウスを見上げたジレンマは口を開く。

「宝具はどうした?俺の屋敷へ運ばせる予定だったろ、今どこにある?」

「ほ、宝具は……」

ダリウスが、そう言いかけて震え出す。
その表情には恐怖があった。

「おいおい、どうした?」

その時だった。

暗闇の北門の中で"妙な金属音"がした。
それは段々と連続して聞こえ、最後にはカチャンと何かがハマる音がする。

「なんだ?今の音は……」

「宝具は……この中だ……」

ダリウスの言葉にジレンマが絶句する。

瞬間、暗闇の中から轟音。
大地を震わすほどの凄まじい音だった。
ジレンマは顔を歪め、ダリウスは耳を塞ぐ。
その衝撃なのか、北門から次第に壁面に亀裂が入り始める。

それは、まるで"大竜の咆哮"だった。
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