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エターナル・マザー編

勝敗

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それはメイア自身が一度、体験したことだった。

冒険を始めた頃のこと。
特に自信があったわけでも、おごりがあったわけでもない。

だが最初に波動数値を聞いた時、兄であるガイよりも高かったことで、自分がしっかりしなければという気持ちは少なからずあった。

そして最初の戦闘で事件は起こった。

クロードが無理やり受けた依頼。
ベオウルフと呼ばれる魔物の討伐依頼の時、メイアは波動を初めて形にできた。

自分は本当に戦えると思ったのは一瞬のこと。
放った波動で倒すことができなかった魔物。
その魔物はメイアの体を切り裂いたのだ。

"今、思えば、なぜあの時、自分が生きていたのか不思議だった"
ガイにおいては心臓付近を突き刺され重症だったのにも関わらず、数日で目を覚ました。

しかし、それ以上にメイアはあの戦闘で多くのことを学ぶこととなる。

なにせ戦闘で勝利したのはパーティ内で波動数値が一番高い自分ではなく、低波動のガイだった。

波動は奥が深い。
メイアはこの時から気持ちを切り替え、自分が一歩前に出るのではなく、一歩引き、物事の全体を見て学ぶ姿勢を取ることとした。

____________


アカデミア 学校


早朝の訓練場には10人ほどの生徒がいた。
中央で向かい合う2人を周りで凝視する形だ。

数十メートル離れた男女。
メイアとクラウスは、それぞれの武具を構えている。

クラウスはソード型の武具のグリップを握るとゆっくと引き抜き両手持ちで前に構えるが、その表情は緊張感に満ちている。

一方、メイアはステッキ型の杖を前に構えるが、こちらは落ち着いた面持ちだ。

間には講師のハリスが立ち、2人を交互に見た。
そして少しため息混じりに口を開く。

「俺が勝敗を決める。ヤバいと思ったら止めるからな」

と言ってはみたものの、ハリスには勝敗は見えていた。
クラウスが波動を使う姿は何度も見ている。
逆にメイアが波動を使うのは一度しか見ていないが、それで十分だった。

"クラウスは絶対にメイアには勝てない"

長年の冒険者としての勘……というよりも確信に近いものだ。
クラウスの波動数値は28万。
メイアの波動数値は5万と差は明らかだが、勝敗を分けるのはそこではない。

ハリスは自分よりも強い人間を大勢見てきたが、"メイアもその部類"だと直感していたのだ。


ハリスの言葉に頷くメイアとクラウス。
2人は相手から目を離すことはできなかった。
見守る生徒たちからも緊張感が漂う。

ハリスは片手を掲げて、開始の合図の準備をとった。

そして、その時はやってきた。

「始め!」

ハリスが叫んだと同時に動いたのはクラウスだった。
両手で力強く握ったソード型武具を斜め下に構え、メイア目掛けてダッシュする。

メイアは即座に波動を発動させた。
一つ、拳ほどの大きさの炎の球体がステッキ型の武具の前に作られる。
そのまま武具を振ると炎球は勢いよく射出され、クラウスへ向かった。

それでも止まることのないクラウスに驚くメイア。
メイアが相手より少ない数値の波動を放ったのはクラウスの波動発動スピードを考慮してのものだ。
波動同士なら高い方が勝つことは常識ではあるが、それは"ぶつかった時のみ"に限る。
高波動の使い手の発動が間に合わない場合もあるのだ。

しかしクラウスはすぐさま波動を発動しソード型武具に炎を纏った。
そしてメイアの炎球をいとも簡単に斬り上げで破壊した。

「舐めんなぁ!!」

クラウスの激昂にメイアは一歩引いた。
何がなんでも負けられない確固たる意思が伝わる叫びだ。

メイアは少ない時間で思考する。
ここで自分が負けるようなことがあればクラウスは一生このままだ。
手加減するわけにはいかない。
その思いがメイアの体の中を駆け巡る波動を高速に動かした。

「炎の剣……」

メイアとクラウスの距離が数メートルというところ。
クラウスの足元に小さな炎が渦巻くと、それは一気に剣の形に変わって突き上がる。

目の前に出た炎の剣によりクラウスは即座に足にブレーキをかけて止まる。
……が、クラウスは炎を纏った剣を横に振り払ってメイアの波動を消した。

再度、走り出そうとした瞬間、クラウスの目に飛び込んできたのは絶望だった。

メイアの体の周りには、無数の炎の球が停滞していた。
数にして10ほどだろうか。
つまり単純計算で50万にもなる波動をほぼ一瞬にして構成したのだ。

それを見た講師のハリスは、すぐに口を開いた。

「そこまでだ!勝者はメイア!」

ハリスの叫びを聞いたクラウスは奥歯を噛み締めていた。
そして鋭い眼光をメイアに向ける。

「まだだ……まだ負けてない!!」

クラウスは無謀にも再度、走り出していた。
その予想外の動きにメイアも後ずさる。
無数の炎の球体を発動させたのはクラウスの負けを認めさせるためだったが逆効果だった。

お互いの距離が一気に縮まり、クラウスがメイアへ目掛けて剣を振ろうとした時、2人の目の前に"土の壁"が現れる。

斬撃のため踏み込もうとした瞬間のことだったため、クラウスは勢いよく壁に激突してしまい、その衝撃で後方へと倒れ込んだ。

「だからメイアの勝ちだと言っただろうに。相手が敵だったら死んでるぞ」

ハリスが半ば呆れ気味に言った。
土壁はすぐに塵になって消える。

倒れ込んだクラウスは痛みで起き上がれずにいた。

「クラウス君、大丈夫ですか」

メイアはすぐさまクラウスの元へ走り寄ると、手を差し伸べる。

「お前……この香りは……姉様」

少し驚いた表情のクラウスの目には涙があった。
困惑したメイアだったが、その顔を見たクラウスはすぐにハッとする。
そしてメイアの差し伸べた手を勢いよく弾くと、立ち上がって校舎の方へと走って行ってしまった。

「クラウス君!」

メイアも走り出そうとするが、誰かに肩を掴まれ止められた。
止めたのは講師のハリスだった。

「やめとけ。男にとって敵だと思ってたやつから慰められるほどみじめなことはない」

「でも……」

「あとはクラウス次第だ。君の目的も結局はそうだったんだろ?」

「はい。クラウス君にはわかってほしかった。"本当の自分"を」

「なるほど。"自分が大した人間じゃない"ってことをか。なかなか立派な試みだとは思うが、自分の弱さを素直に受け止めるのは大人でも難しいからな。あのクラウスができるとは思えんが」

「クラウス君なら大丈夫です」

「どうしてわかる?」

「"そう感じるから"です」

ハリスは眉を顰め、すぐに表情に笑みを含む。

「まさか感情論とは……君は理論派だと思ったが、思い違いだったか」

「理論的なのは好きです。でも人の感情は理論だけでは言い表せない。私はここでそれを学びました」

「なかなか面白い。つくづく俺の知ってるやつにそっくりだ」

「気になっていたのですが、ハリス先生の知ってる人って誰なのですか?」

その言葉にハリスは真っ青な空を見た。
昔を思い出して懐かしんでいるような表情だ。

「何年か前に北で魔物が大量発生した時があった。その時の大討伐の時に一緒になったパーティがあってな。メンバー全員の実力に驚かされた」

「……」

「のちにリーダーはS級冒険者になったが、俺が一目おいていたのはそいつじゃない。その右腕的存在のほうだ」

「え?」

「名前はヴァン・ガラード。通り名は"獄炎のヴァン"。俺が出会った冒険者の中で最も波動を上手く使いこなしていた男だ」

あまりの衝撃にメイアは言葉を失う。
ハリスは兄であるヴァンと面識があった。
それも冒険者時代の兄。
メイアが全く知らない兄の姿を彼は知っていたのだ。
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