共学の学校にもしも男子が1人しかいなくなったら？

1話 ただ一人の男子生徒

春が近づき、桜の花が咲き始めたころ、涼は初めて自分が「唯一の男子生徒」であることを実感した。共学の私立学校に通う中学三年生の彼にとって、それは唐突で、少し奇妙な状況だった。

これまで、学校には男子も女子も多数いた。それが、ある日突然、男子の数が減少し始め、最終的には涼一人になってしまったのだ。理由は単純で、男子生徒が進学する際に別の学校に転校してしまったり、進路を変更したりしたからだった。しかし、どれほど原因が分かっていても、涼にとってそれはまるで予期せぬ出来事であり、つい先日までクラスにいた他の男子たちがいなくなったことに、強い違和感を覚えていた。

涼は、机に向かって数学の問題集を開いている。周囲は女子たちの声で賑やかで、彼の耳にはその声が混じり合って届いてくる。仲の良い女子たちは話し続け、他の女子はグループでおしゃべりに興じている。涼は、そんな光景をぼんやりと眺めながら、やるべき課題に取り組もうと心の中で決意していた。

だが、今日もまた、自分が「男子生徒一人」という立場であることが意識に上がってしまう。最初は気づかれないようにと、涼は女子たちの間で目立たないように振る舞っていた。しかし、次第にクラスメートたちからの視線を感じるようになった。女子たちは涼が一人になったことに対して、どう接すればよいのか迷っている様子だった。

「ねえ、涼。あのさ、ちょっと手伝ってくれない？」

突然、横から声をかけられた。振り向くと、隣の席の美咲が少し戸惑いながらこちらを見ていた。美咲は、いつもクールで冷静な印象を持っているが、今日はどこか不安げな様子だ。

「うん、何？」

涼は少し照れくさそうに答える。美咲とは仲が良いわけではないが、クラスメートとしてお互いに話すことはあった。美咲は彼に何かをお願いしたそうだ。

「この問題、どうやって解くのか分からなくて。涼、得意だよね？」

その言葉に、涼は少し驚く。確かに、数学は得意だが、どうして自分に頼むのかと疑問を感じた。だが、他の女子がいる前で、断るのもなんだか不自然だと思い、涼は素直に教え始めた。

そのとき、他の女子たちがチラリとこちらを見ているのを感じる。涼はその視線に気づき、少し戸惑いながらも、美咲に答えていった。

「こうやって解けばいいんだよ。まず、ここの部分に注目して…」

説明を終えると、美咲は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、涼。さすがだね。」

その笑顔を見た涼は、どこか複雑な気持ちを抱えていた。美咲は、普通に接してくれるが、彼女を含めた女子たちが自分一人にどう接するか、常に気にしなければならない状況に違和感を感じていた。

放課後、涼は一人で帰り道を歩いていた。夕日が沈みかけて、空の色が美しい。だが、その美しさを感じる余裕もなく、彼は歩きながら自分の心の中にわき上がる不安と向き合っていた。

「どうしてこんなことに…」

涼は呟くように言った。男子が一人だけの学校生活が、こんなにも変な感覚をもたらすなんて思いもしなかった。自分がクラスで唯一の男子であるという現実に、どうしても適応できずにいた。

学校では、女子たちが涼を特別扱いするわけでもなく、むしろ気まずい空気を感じさせることもある。自分が一人だけで浮いているような感覚が、どんどん強くなっていく。そして、それに慣れることができるのか、涼は不安で仕方がなかった。

その日の晩、涼は母親に夕食の準備を手伝いながら、最近の学校の話をした。

「どうだった、学校は？」

母親がいつものように声をかけてきた。涼は少し黙ってから答える。

「うーん、なんかね…男子が一人だけって、やっぱり変な感じがするんだ。」

母親は少し笑った。

「それは大変ね。でも、涼はしっかりしているから大丈夫よ。」

涼はその言葉に少し元気づけられたが、心の中ではまだ不安が拭えなかった。どれほど「大丈夫」と言われても、やはり自分がただ一人の男子生徒である現実は重くのしかかってくる。

その夜、涼はふと、今後自分がどう変わっていくのだろうか、という疑問を抱いた。今までと変わらない日常が続くのだろうか。それとも、この状況が涼にとって何か大きな影響を与えるのだろうか。

それを考えながら、涼は眠りに落ちた。