スノードロップの操り人形

洋海

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11. 消費期限切れの末路

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季節は巡りに巡って、新しい春の訪れと共に快楽殺人事件の記憶も皆の記憶から消え去っていった――

 なんておしゃれなエピローグで終わらせられたら、かの小説大賞の受賞も容易なんだろうが、生憎これは現実だ。そう簡単に物事は終わるはずは無い。任意同行に踏み切った警視庁は複雑な工程の事務作業を終えた後、俺の本業である検察官へと仕事がバトンタッチされた。そう、裁判を行うときがようやく来た、というわけであった。そこで冒頭へと時間軸を戻して、裁判の様子を傍聴して頂こう。


「では、質問を変えます。」
「あなたは、フラワーアレンジメントをなさるということですが、人の心に寄り添
うためにあるものが、このような醜い形で利用され、汚れたものとして扱われることについては、どうお考えですか?」
 奥原の頭が一瞬動いた。動揺している。
「今回の犯罪は全くといって美しくない、無差別な殺人は心が籠もっておらず、同情や共感の余地もない。数だけこなしても、メディアを騒がせても、人々はあなたのしたことを認めてくれる日は来ませんよ。」検察官と奥原の視線が交わり、沈黙が法廷内に響いた。幽霊が本当に存在するのであれば、この沈黙こそが殺されたものの魂の叫びである、なんていつかの時代の文学者が綴っていそうな、そんな雰囲気に包まれた。

「私たちの作品は美しい、」そう発したのは、傍聴席に座っていた石森だった。
「汚れてなんていない、神聖な作品であり、作品を完成させるためであったら手段は選ばない。そして、その作品の価値を理解できないこの世の人たちの方が、醜くく、汚れている。」作品を否定されたのがよほど気に触ったのか、気が動転したように石森は声を張り上げていた。瞳孔が開いており、瞳の中から心の闇が垣間見えるような気がした。
 所謂、殺人鬼の形相であった。
 傍聴席は大きなざわめきが湧いたが、裁判官はそれを止めなかった。検察官と共に安堵の表情を浮かべ、石森を見つめた。

 つまらない。問い詰められてからの自白があまりにも早い。文字数に迫られた三流小説みたいだ。私はもう少しドラマチックな散り方を望んでいたというのに。二人の最期は華が無かったな。なんてことを言ったら殺された上で口にラフレシアでも詰め込まれそうだが。
 私は傍聴席から立ち上がり、そっと法廷を出た。
  犯罪心理学者のロバート・ヘアのサイコパシーチェックリストでは、刺激のニーズ・退屈傾向、病的嘘、後悔や罪悪感の欠如がある人は殺人鬼になりやすい等と書いているが、その中でプライドが異常に高い自己中心的、自己価値が高い人というのも項目の一つとなっている。故に作品を否定されると一瞬で崩れる。案外殺人鬼も脆いものである。
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