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鏑木空手道場にて。彰久は正義と立ち合いをしていた。
向かい合っている正義の気迫は、彰久とはあまりにも格が違う。それを肌でひしひしと感じていた。
「いくぞ、彰久君!」
「はい!」
それでも。自分よりも圧倒的に格上を前にして、彰久は笑っていた。
正義が攻めてくる。突き出した拳を彰久は見切ることさえできなかった。腹に突き刺さった拳と、その痛みでようやく正拳突きを繰り出されたのだと理解する。
「ほら、どうしたんだい?君も反撃してきなさい!」
さらに追撃を仕掛けてくる正義に対し、彰久は何とか食らいついていく。だが、実力差はいかんともし難いもので、一撃を食らうたびに身体中に激痛が走った。
それでも、やられっぱなしでいるわけにはいかない。なんとか反撃を試みるものの、それはことごとく空を切るばかりだ。
「……ッ!?」
やがて、正義の右ストレートが顔面へと迫る。しかし彰久はそれを間一髪のところでかわすと、カウンター気味に右拳を突き出した。
彰久の攻撃は見事に命中する。だが、正義はその攻撃を意にも介さず、平然としていた。
(やっぱりダメか……。)
悔しさを噛み締めながら、今度は左脚から蹴りを放つ。だがそれもまた簡単に受け止められてしまった。そして次の瞬間、腹部への衝撃とともに視界が大きく揺れ動く。
「うぐっ……」
何が起こったのかわからないままに膝をつく彰久へ、正義は追い打ちをかけるように顔めがけて前蹴りを放った。
咄嵯に両腕でガードするものの、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。そのまま畳の上を転げまわり、壁に激突してようやく止まった。
「大丈夫かい?」
心配そうに声をかける正義。
「痛たたたた……。はい、なんとか」
腕をさすりながら立ち上がる彰久。
「すまないね。ちょっと力を入れすぎちゃったかな」
申し訳なさそうな表情を浮かべる正義に対して、彰久は笑って答えた。
「いえ、全然問題ありませんよ!むしろ手加減されてたら困っちゃいますもん!」
彰久の言葉を聞いた正義は一瞬驚いたような顔をした後、すぐに笑顔になった。
「ははは……参ったなぁ。君は本当に面白い子だよ」
「あ、ありがとうございます!」
褒められたことが嬉しくて、思わず頭を下げる彰久。そんな彼を見て、正義は苦笑いをした。
「彰久君。君は本当に強くなったね」
「いえ、そんな。俺なんてまだまだ師匠の足元にも及びませんよ」
謙遜する彰久だったが、内心では嬉しい気持ちを抑えられなかった。憧れの人物から認められたという喜びが胸を満たしているのだ。
笑顔を浮かべる正義だったが、その顔からはすぐに笑顔が消える。
「彰久君。この間の宴会でも言ったけどね。私はね、君に将来この空手道場を継いでもらいたいと思っているんだ。真理や千里と結婚するとか、そういう話は抜きにしてもね」
真剣な眼差しで彰久を見つめる正義。その瞳の奥には深い慈愛の色があった。
「でも師匠、俺には将来背負わなくてはならないものがありますから」
彰久の将来は千葉酒店を継ぐことだと決められている。
だが、それは果たして自分でなくてはできないことなのだろうか。
(俺は俺にしかできないことがやりたい)
雄介に言われたことを思い出す。自分は完璧超人なのだ、と。
確かに彰久は天才であると自分でも思っている。学んだものを吸収し、学んだもの同士をかけあわせて新しいことを始める際にも活かしていく。いわゆる学習能力が人よりも高いと自覚している。
そんな自分だからこそ、優勝候補の三年生を差し置いて県大会に優勝することができたのだ。これは自惚れでもなんでもない。事実だった。
「私はね、君が責任感の強い子だということは知っているよ。責任感が強い子だからそうやって悩んでいることも。それに、千里の面倒を見るために同じ学校に入学してくれたことも知っている。本当にありがとう」
そう言って正義は頭を深く下げた。
「そんな、やめて下さいよ。師匠に頭を下げられるような立場じゃないんですから」
慌てて制止しようとする彰久だったが、それでも正義は頭を下げ続けた。
「それでもだ。それでも、君にお礼を言いたかったんだ」
しばらくして、ようやく正義は頭を上げる。そして、彰久の目をまっすぐに見据えるとこう言い放った。
「私は、君がどんな選択をしようと受け入れるつもりだ。なにせ私達は家族なんだからね」
「師匠……」
正義に包み込まれるような優しい笑顔を向けられて、彰久は目頭が熱くなる。
「まあ、とはいえだ。君も知っているとおり、私のところの道場も門下生がだいぶ減ってしまっている。盛り返すためには、新しい風が必要だな。そこで……だ!こんな物を用意した!」
そういうと正義は一枚のチラシを懐から取り出した。正義の素肌に触れていたからまだ生暖かいそれにはこう書かれている。
『アマチュア格闘大会参加申込書』と。
「アマチュア格闘大会ですか?」
「ああそうだ。だがアマチュアだからといってバカにしてはいけないよ?なにせこの大会で優勝ができればプロ入り間違いなし!と言われているほどの大会だからね」
「プロデビュー……!?」
思わぬ言葉を聞いて驚く彰久。だが、プロになれれば空手を続けられる。その思いが彼の心を揺さぶったのは確かであった。
「それで、もしこの大会で優勝したら……!」
「そう!プロの仲間入りというわけだ!君がプロになってテレビで有名になればうちの道場にも門下生がわんさと集まっつ来て、またあの頃の活気が戻ってくるだろう!」
「なるほど……」
「どうだい?出てみたくなってきたんじゃないかい?」
ニヤリとした笑みを浮かべながら問いかけてくる正義に対し、彰久は力強く返事をした。
「はい!!出たいです!!」
「よしきた!それじゃあ申し込みをしておこう!」
「はい!よろしくお願いします!」
彰久は大会に思いを馳せる。これから自分の輝かしい未来が始まるのだと、そう信じて。
向かい合っている正義の気迫は、彰久とはあまりにも格が違う。それを肌でひしひしと感じていた。
「いくぞ、彰久君!」
「はい!」
それでも。自分よりも圧倒的に格上を前にして、彰久は笑っていた。
正義が攻めてくる。突き出した拳を彰久は見切ることさえできなかった。腹に突き刺さった拳と、その痛みでようやく正拳突きを繰り出されたのだと理解する。
「ほら、どうしたんだい?君も反撃してきなさい!」
さらに追撃を仕掛けてくる正義に対し、彰久は何とか食らいついていく。だが、実力差はいかんともし難いもので、一撃を食らうたびに身体中に激痛が走った。
それでも、やられっぱなしでいるわけにはいかない。なんとか反撃を試みるものの、それはことごとく空を切るばかりだ。
「……ッ!?」
やがて、正義の右ストレートが顔面へと迫る。しかし彰久はそれを間一髪のところでかわすと、カウンター気味に右拳を突き出した。
彰久の攻撃は見事に命中する。だが、正義はその攻撃を意にも介さず、平然としていた。
(やっぱりダメか……。)
悔しさを噛み締めながら、今度は左脚から蹴りを放つ。だがそれもまた簡単に受け止められてしまった。そして次の瞬間、腹部への衝撃とともに視界が大きく揺れ動く。
「うぐっ……」
何が起こったのかわからないままに膝をつく彰久へ、正義は追い打ちをかけるように顔めがけて前蹴りを放った。
咄嵯に両腕でガードするものの、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。そのまま畳の上を転げまわり、壁に激突してようやく止まった。
「大丈夫かい?」
心配そうに声をかける正義。
「痛たたたた……。はい、なんとか」
腕をさすりながら立ち上がる彰久。
「すまないね。ちょっと力を入れすぎちゃったかな」
申し訳なさそうな表情を浮かべる正義に対して、彰久は笑って答えた。
「いえ、全然問題ありませんよ!むしろ手加減されてたら困っちゃいますもん!」
彰久の言葉を聞いた正義は一瞬驚いたような顔をした後、すぐに笑顔になった。
「ははは……参ったなぁ。君は本当に面白い子だよ」
「あ、ありがとうございます!」
褒められたことが嬉しくて、思わず頭を下げる彰久。そんな彼を見て、正義は苦笑いをした。
「彰久君。君は本当に強くなったね」
「いえ、そんな。俺なんてまだまだ師匠の足元にも及びませんよ」
謙遜する彰久だったが、内心では嬉しい気持ちを抑えられなかった。憧れの人物から認められたという喜びが胸を満たしているのだ。
笑顔を浮かべる正義だったが、その顔からはすぐに笑顔が消える。
「彰久君。この間の宴会でも言ったけどね。私はね、君に将来この空手道場を継いでもらいたいと思っているんだ。真理や千里と結婚するとか、そういう話は抜きにしてもね」
真剣な眼差しで彰久を見つめる正義。その瞳の奥には深い慈愛の色があった。
「でも師匠、俺には将来背負わなくてはならないものがありますから」
彰久の将来は千葉酒店を継ぐことだと決められている。
だが、それは果たして自分でなくてはできないことなのだろうか。
(俺は俺にしかできないことがやりたい)
雄介に言われたことを思い出す。自分は完璧超人なのだ、と。
確かに彰久は天才であると自分でも思っている。学んだものを吸収し、学んだもの同士をかけあわせて新しいことを始める際にも活かしていく。いわゆる学習能力が人よりも高いと自覚している。
そんな自分だからこそ、優勝候補の三年生を差し置いて県大会に優勝することができたのだ。これは自惚れでもなんでもない。事実だった。
「私はね、君が責任感の強い子だということは知っているよ。責任感が強い子だからそうやって悩んでいることも。それに、千里の面倒を見るために同じ学校に入学してくれたことも知っている。本当にありがとう」
そう言って正義は頭を深く下げた。
「そんな、やめて下さいよ。師匠に頭を下げられるような立場じゃないんですから」
慌てて制止しようとする彰久だったが、それでも正義は頭を下げ続けた。
「それでもだ。それでも、君にお礼を言いたかったんだ」
しばらくして、ようやく正義は頭を上げる。そして、彰久の目をまっすぐに見据えるとこう言い放った。
「私は、君がどんな選択をしようと受け入れるつもりだ。なにせ私達は家族なんだからね」
「師匠……」
正義に包み込まれるような優しい笑顔を向けられて、彰久は目頭が熱くなる。
「まあ、とはいえだ。君も知っているとおり、私のところの道場も門下生がだいぶ減ってしまっている。盛り返すためには、新しい風が必要だな。そこで……だ!こんな物を用意した!」
そういうと正義は一枚のチラシを懐から取り出した。正義の素肌に触れていたからまだ生暖かいそれにはこう書かれている。
『アマチュア格闘大会参加申込書』と。
「アマチュア格闘大会ですか?」
「ああそうだ。だがアマチュアだからといってバカにしてはいけないよ?なにせこの大会で優勝ができればプロ入り間違いなし!と言われているほどの大会だからね」
「プロデビュー……!?」
思わぬ言葉を聞いて驚く彰久。だが、プロになれれば空手を続けられる。その思いが彼の心を揺さぶったのは確かであった。
「それで、もしこの大会で優勝したら……!」
「そう!プロの仲間入りというわけだ!君がプロになってテレビで有名になればうちの道場にも門下生がわんさと集まっつ来て、またあの頃の活気が戻ってくるだろう!」
「なるほど……」
「どうだい?出てみたくなってきたんじゃないかい?」
ニヤリとした笑みを浮かべながら問いかけてくる正義に対し、彰久は力強く返事をした。
「はい!!出たいです!!」
「よしきた!それじゃあ申し込みをしておこう!」
「はい!よろしくお願いします!」
彰久は大会に思いを馳せる。これから自分の輝かしい未来が始まるのだと、そう信じて。
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