夏の終わりに

35

模試の敗北者は全員にアイスを奢る。その約束通り、千里は全員にアイスを奢っていた。それもコンビニの安いアイスではない、フードコートにあるアイスクリーム屋で買ったアイスだ。
「うー……。お小遣いあんまり残らなかったよ……」
「でも、千里ちゃんのおかげで美味しいものが食べられますから！私は嬉しいですよ！」
小百合はそう言って微笑んだ。
「そう？それならよかったけど……。っていうか彰久、あんた抹茶アイスって……。爺臭いもの食べてるね」
千里は苦笑いしながらそう言う。
「別にいいだろ？好きなんだから」
「そういえば、この前も彰久君、同じ種類のアイスを食べてましたよね」
小百合は思い出したかのようにそう言う。
「やっぱり彰久君って大人っぽいよねー」
正志が羨ましそうにそう呟くと、彰久は不思議そうに首を傾げる。
「そうか？俺は普通だと思うけどな」
「そう言えるところがすでに大人っぽいんだよなあ。俺ももう少し落ち着いた雰囲気になりたいなあ」雄介も同じように思っていたようで、うんうんとうなずいている。
「雄介君はいつも元気いっぱいで、すごく明るいと思いますよ？」
「うん、俺も小百合と全く同意見だな。雄介は明るくて、人当たりもいいから、友達も多いだろ？」
「確かにそうかもな。でも、俺としては小百合みたいに優しい女の子と付き合いたかったんだよなあ」
「あら、私が優しく見えるんですか？」
「そりゃそうだよ。小百合ほど可愛いくて、性格の良い子はいないと思うぜ」
「もう、雄介君たら……」
雄介と小百合はお互いに顔を見合わせて照れている。その様子を見た千里は大きくため息をつきながら言った。
「はいはい、ごちそうさまでしたっと……。ほんと、見てられないくらい仲良しだねー」
「そういう千里も似たようなもんでしょ！」
正志がニヤリと笑ってそう言うと、千里は複雑そうな顔をする。
「でもほら、彰久は他に好きな人がいるから……」
「そうやって諦めちゃダメだろ？千里は美人なんだし、きっといつか振り向いてくれるよ」
「ありがと、彰久。その言葉だけで十分だよ」
「それにしても、千里は彼氏を作ろうとは思わないのか？」
彰久がそう聞くと、千里だけでなく全員が驚いたような顔をする。
「え？何？」
「……いや、なんでもないよ」
「この鈍感が……」
「え？雄介、何か言ったか？」
「いや、何も」
雄介は慌てて否定する。すると、千里は意地悪な笑みを浮かべて言った。
「まあ、今のところは作る予定はないかな。私、今は勉強が忙しくて恋愛どころじゃないし」
「へえ、千里が勉強か……」
「どういう意味よ、彰久？」
「いや、千里は勉強嫌いだと思ってたからさ」
「まあ、それは間違ってないかも。勉強は好きじゃないよ。だけど将来のことを考えたらやらないといけなくなると思うんだ。だから、今のうちに勉強を頑張ろうかなって思ってるの」
千里は真剣な表情をしてそう言った。そして、ふぅ、と小さく深呼吸すると再び口を開く。
「やっぱり塾とか通ったほうがいいのかな？」
「そうだな。千里の成績を考えると、家庭教師を雇った方がいいかもしれない」
「だったら彰久が家庭教師やって上げればいいじゃん。彰久だって塾に通ってるわけでもないのに、成績はかなりいいんだし」
「いや、さすがに俺が教えても大した効果は出ないんじゃないかな？」
「そんなことないよ。彰久の教え方なら大丈夫だと思うけど」
「そうですね。彰久君の教える姿は凄く真面目ですから」
小百合の言葉を聞いた雄介は納得できない様子だった。
「……なあ、千里。俺にはそんな風に見えたことがないんだけど、俺の見る目がないだけなのか？」
「そんなことはないよ。彰久は誰よりも一生懸命に勉強してたから。雄介は彰久のことを見てなかったんじゃない？」
「いや、そんなことはねえよ。……たぶん」
「たぶんじゃなくて、絶対見てなかったんだよ」
「千里、そんなに雄介君を責めなくても……。雄介君だって頑張って勉強してたはずですよ？」
小百合がフォローするようにそう言うが、雄介は不満げな表情をしている。
「でもさ、そんなこと言ってる千里ちゃんがまさか最下位になるとは思わなかったよ」
正志の言葉に、千里は顔を赤くして言い返す。
「し、仕方ないじゃん！苦手な科目だったし、勉強してなかったし！」
「千里、勉強しなかったら点数が下がるのは当たり前だぞ？」
「うっ……。わかってるよ、それぐらい……」
千里は顔を真っ赤にして俯いてしまった。その様子を見かねた彰久が口を挟む。
「おい、千里をいじめるなよ。千里だって頑張って勉強してきたんだから」
「はい、すみませんでした」
「わかればよろしい」
彰久は満足そうにうなずく。和気あいあいと話す中で、次第に小百合の表情が曇ってくる。それを見ていた雄介が、小百合に声をかけた。
「小百合……引っ越しのことだよな」
「うん……」
雄介の言葉に小百合は小さくうなずいた。
「引っ越し？」
「うん……。私、夏休みの終わりに北海道に引っ越すことになってね……」
「そうなのか？……って、千里と雄介。その顔はもしかして二人は知ってたのか？」
彰久が千里と雄介の顔を見る。二人は同時にうなずく。
「うん、前に小百合から聞いてたからね」
「そりゃあまあ、俺は小百合の彼氏だしな。小百合から相談されてたんだよ」
「なるほどな。でも、なんでわざわざ北海道に？」
「お父さんの仕事の都合で。新規事業の立ち上げのために転勤になったみたい。だから、転校することにもなっちゃうんだよね」
「そうか……。小百合も大変だな」
「うん、でも仕方ないからね」
小百合は無理して作ったような笑顔を見せた。そんな小百合の手を雄介は優しく握る。
「小百合……俺がついてるからな」
「雄介君……」
小百合は安心したように微笑んだ。
「……そうだ！思い出作りになにかしない？」
正志は突然声を上げた。そして、それにつられるようにして他の四人も賛同する。
「おっ、それいいな。でも、なにをするんだ？」
「それはこれから考えるんだよ。せっかくだから、五人で楽しめるものにしたいしさ」
「そうだ！じゃあ、花火大会に行こうよ！八月の二十日に大きな花火大会があるらしいし！」
千里は目を輝かせながら提案した。すると、雄介もそれに便乗する。
「おお、それはいいな！よし、みんなで行くか！」
「賛成！」
「俺もいいと思うよ」
「私も賛成です！」
全員が賛成したのを見て、雄介は嬉しそうに笑う。
「よっしゃ！じゃあ、決まりだな！せっかくだから浴衣着ていこうぜ！」
「うん、わかった！」
千里は大きくうなずいて見せた。
「ねえ、千里ちゃん」
「ん？なに？」
「その……。一緒に浴衣買いに行かない？私たち、まだ持ってなくて……」
「もちろんいいよ。丁度浴衣のフェアをやってるお店があったはずだし」
「よし、決まりだね！」
千里と小百合は楽しそうに笑い合っていた。そして五人はアイスを食べ終えると浴衣を買いに行くためにショッピングモールへと向かった。