夏の終わりに

佐城竜信

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そして夏休みは過ぎ去り。とうとう小百合が引越しをする日がやってきた。
小百合の父親が運転する車。小百合はその前に立っていた。これから小百合は車に乗り込み、北海道へと引っ越してしまうのだ。これが小百合に会える最後のチャンスというわけではないが、それでも心残りはある。特に小百合の恋人である雄介は、小百合に自分の気持ちを伝えることなく、ただ笑顔で見送ることしかできなかった。
「それじゃあ小百合、元気でな」
雄介が言うと、小百合は寂しげに微笑んで答えた。
「うん……雄介君も元気でね?」
二人はしばらく見つめ合った後、どちらからともなく抱き合った。雄介の目から、涙が溢れ出す。小百合も泣いていたが、それはきっと悲しいからではないのだろうと雄介は思った。
「ありがとう……私を好きになってくれて」
小百合は震える声で言った。雄介にはその言葉の意味が痛いほど理解できて、ただ無言で彼女を抱きしめることしかできなかった。
「大丈夫だよ、小百合。これが最後ってわけじゃないんだからさ!」
雄介が明るい声で言うと、小百合はこくりと頷き、そして言った。
「うん……大学生になったら戻ってくるから、それまで浮気しちゃだめだよ?」
「し、しないよっ!ってか俺が小百合以外の女の子に目がいくとでも思ってんのか!?」
雄介の言葉に、小百合は小さく笑う。そしてお互いの目を見つめ合うと、どちらからともなくキスをした。短い時間ではあったが、二人にとっては最高のひと時だっただろう。やがて唇を離すと、二人は名残惜しそうに見つめ合った。
小百合は少し迷ってから、ふい、と諭介から視線を外すと千里に声をかける。
「千里、彰久君と仲良くね?……彰久君。千里を泣かせたら、承知しないからね?」
小百合は笑顔でそう言ったが、その目は笑っていなかった。その様子がおかしくて、思わず彰久は笑ってしまう。
「当たり前だろ?俺にとって千里は誰よりも大切な家族だからな。何があっても、千里を守るよ」
彰久の言葉に、小百合は満足げに頷いた。
「小百合、大丈夫だよ!ちゃんと彰久の首に縄つけて、あたしが管理するから!」
「おいおい、さすがにそれは怖いな」
彰久が言うと、みんなが一斉に笑い出した。その様子を見て、小百合も笑顔になる。
「小百合。あたしね、彰吾さんと君江さんに相談したんだ、あたしが酒屋を継ぎたいって」
「うん……」
「それでね、二人からOKが出たんだ。だからあたし、これから一生懸命頑張るよ!」
「えっ!?じゃあ大学には……」
「大学には行くつもり!ちゃんと経営の勉強をして、酒屋を大きくしていかないといけないからね!……ちゃんと彰久も協力してよ?」
「わかってるって。誠心誠意頑張らせていただきます!」
千里に改めて決意表明をされた彰久は、苦笑しながら答える。
「だからね、小百合。あたしは酒屋を頑張って大きくするし、彰久も格闘家になってうちの道場を継いでもらうから。あたしたち二人はこの街で頑張っていくから。みんなが帰ってこられる場所を、ちゃんと守るから!」
「うん……ありがとう、千里……」
小百合はまた、泣きそうになった。だけどここはぐっと堪えなければ、と小百合は大きく息を吸い込む。
その小百合の目の前に、正志の手が差し伸べられる。その手には一つの封筒が握られていた。
「ええと、正志君。これは……?」
「選別、っていうのもおかしいけど。この間の夏祭りの写真だよ!」
正志は照れたように、そう言った。小百合はその封筒を受け取ると、中に入っている写真を取り出してみた。それはあの花火大会で撮った、みんなの集合写真だった。
みんなで焼きそばを食べているところを正志が撮った写真。そのお返しとばかりに雄介がカメラを奪い取って、正志を撮った写真。真剣に雄介が射撃をしている写真――どれもかけがえのない、思い出の写真ばかりだった。
そしてなによりも。大きく夜空に咲いた花火を背景にあの神社で撮った写真。小百合が心の底から望んでいた、最高の一枚だった。
「正志君、ありがとね……」
その声は微かに震えていたけれど、顔は笑顔だった。それを見た正志も満足そうに笑うのだった。
「そろそろ、行くね」
小百合はそう言うと、車に乗り込んだ。そして窓を開けると、雄介に手を振った。
「じゃあね、雄介君!浮気しちゃダメだよ?」
「するかっ!」
雄介が叫ぶと、小百合はおかしそうに笑った。そして彰久や千里に向かっても手を振ると、最後に千里に向かって言った。
「千里、彰久君のこと、ちゃんと支えてあげてね?」
「分かってるって!……ほら、早く行きなさいよ!」
「うん。じゃあみんな、またね……」
小百合はそう言うと、窓を閉めた。そしてゆっくりと車が発進しはじめると、残された四人はその後ろ姿を静かに見つめるのだった。
「……ねえ、お父さん」
車の中で。小百合は、雄介に話しかける。
「ん?どうした?」
「私ね、今日この街を出ていくときに……みんなに会えて、本当に良かった」
しみじみと小百合は言う。
「……なあ、小百合。小百合はみんなのことが、好きだったか?」
「うん、大好き。だから私……この街を離れたくない!」
小百合は涙声になりながらも、はっきりそう言った。雄介はそんな娘の姿を見て、優しく微笑んだ。
「だから私、大学生になったらこの街に戻ってきたいの。いいよね、お父さん?」
「ああ、もちろんだよ」
雄介は微笑みながら答える。そして二人はお互いに顔を見合わせると、笑ったのだった。
(またいつか、この街に戻ってくるから……そのときまで待っててね)
小百合は心の中でそう言った。そして、みんなで撮った写真にもう一度目をやる。それはただの一枚の集合写真。だけど、小百合にとってはどんな宝より価値のあるものだった。これからも、このかけがえのない日々を忘れないようにしよう―小百合はそう誓ったのである。
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