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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

22,闇の精霊

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気が付くとアロンは闇の中にいた。どこまでも続く闇の中を彼は漂っている。
「ここはどこだ……?」
アロンは周囲を見回してみたが、そこにあるのは暗黒の世界だけだった。
(俺は死んだのか?)
だとすれば、自分はこれから地獄に行くことになるのだろうか──。
アロンはそう思った。
「もしかしたらライノさんも同じところにいるかもしれないな……」
そう考えた瞬間、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。
ライノの死によってアロンの心に大きな穴ができてしまったのである。それは彼が今まで生きてきた中で感じたことの無い喪失感だった。
「……ちくしょう」
アロンは拳を強く握りしめた。
「俺が弱かったから……俺がもっと強かったら……こんなことにはならなかったのに……!」
後悔しても後の祭りだということは分かっていた。だが、それでもアロンは自分を責めずにはいられなかった。
「くそ……!」
アロンが涙を流したその時、突然彼の目の前の闇が蠢いた。そこから現れたものを見てアロンは大きく目を見開く。なぜならそこにいるはずのないものがいたからである。
『お前はまだ生きている』
その言葉を聞いた途端にアロンの目から涙が流れ落ちていった。そして彼は叫ぶように言った。
「だったら助けてくれよ!俺はどうしたらいいんだよ!?」
『お前は自分の力を信じるべきだ』
「俺の力……?」
アロンが自分の手を見ると、いつの間にか拳銃を握っていることに気付いた。そして銃口を自らのこめかみに当てると躊躇することなく引き金を引いた。
パンッという乾いた音と共に弾丸が発射され、アロンの頭部を撃ち抜いた。
アロンは絶命した。
「これで俺もライノさんのところに行ける……」
アロンは安らかな笑みを浮かべていた。
だが、それは束の間だった。アロンの頭部は再生を始めており、徐々に元の形を取り戻しつつあった。しかし、それも長くは続かなかった。
「なんだこれ……」
アロンの全身に激痛が走ったのである。まるで体の中身をかき混ぜられているかのような感覚だった。
「う、あ、あ……」
アロンは悲鳴を上げることすらできず、ただ悶え苦しむしかなかった。
しばらくして痛みが治まると、アロンの体は元通りになっていた。だが、それだけではなかった。
「あれ?」
アロンの瞳は紅に染まっており、髪の色は灰色へと変わっていた。まるで自分が生まれ変わったような。そんな気分になった。
「これは一体どういうことだ?」
アロンは困惑しながらも立ち上がる。
『おまえは私になるのだ』
「誰だ!?」
アロンは声の主を探すために辺りを見回す。しかし、周囲には誰もいなかった。
「おい、どこにいるんだ?」
アロンは叫んだが返事はない。
「まさか、さっきのは幻聴なのか……?」
『いや。私はお前の中にいる』「何……!?」
アロンは慌てて自分の胸に手を当てた。すると、胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。
「……!?」
何か得体の知れないものが入り込んできたような気がした。だが、不思議と不快感はなかった。むしろ心地良いくらいである。
「これが俺の中に入ったっていうのか?」
アロンは右手を前に突き出した。すると、手のひらから黒い炎が噴き出した。
「すげえ……」
アロンは感動に打ち震えていた。この力はまさに自分に相応しいものだと直感的に理解していた。
『おまえに力を与えてやろう。その代わり私の言うことを聞け』
「分かったぜ!」
アロンは迷わず答えた。今の彼ならどんな命令でも喜んで聞くことだろう。それほどまでに彼の心の中には大きな空洞が空いていたのだ。それを埋めてくれる存在ならば悪魔であろうと構わないとすら思っていた。
『おまえはより強い力をてにいれるために、多くの魂を喰らいつくすのだ。強靭な者ほどより多くのエネルギーを持っているはずだからな』
「なあ、それってどうやってやるんだ?」
アロンは目を輝かせながら問いかける。
『まずは適当な人間を殺して魂を吸収する。そうすれば自然とその人間が持つ力が吸収できる。後はそれを何度も繰り返せばいいだけだ』
「へえ……簡単だな」
アロンはニヤリと笑う。
「よし、じゃあさっそく殺してくるわ」
そうしてアロンはその場を後にした。そして数時間後、工場の近くを歩いていた男性を路地裏に引きずり込んで殺害することに成功するのであった。
それからアロンは多くの人間を殺し続けた。時には女性を襲い、時には老人を殺した。その現場を見られたアロンは警察に捕まったが、すぐに釈放されることになった。『証拠不十分』――この街の特権階級の者たちにとって警察はその程度のものだったのだ。
アロンの目の前には彼を釈放した男の姿があった。
「はじめまして、アロン君」
男は爽やかな笑顔で話しかける。
「あなたは誰ですか?」
「僕はこの都市を牛耳る四大ファミリーの一つ、『ランファラルファミリー』の人間さ」
漢はにこりと笑って自分の名を名乗った。
「僕の名前はユキムラ・コウキ。よろしくね」
「はい」
アロンは差し出された手を握り返した。
「それで、今日は何の用なんですか?」
「うん。実は君に頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「君は人を殺せるかい?」
「もちろん」
アロンは即答した。
「素晴らしい」
「ありがとうございます」
アロンは照れくさそうにしている。
「ところで、どうして俺に頼もうと思ったんですか?他の奴らはダメだったんですか?」
「だって君の中には『闇の精霊』が眠っているだろう?だから普通の人間では太刀打ちできないと思ってね」
「なるほど」
アロンは納得した。
「さて、話を戻そう。アロン君にお願いしたいのはとある人物を殺すことなんだ」
「その人って誰なんですか?」
「この写真の人物さ」
そう言ってユキムラは一枚の写真を見せてくる。そこに写っていたのはライノを殺したあの男だった。
「こいつが……」
アロンは憎しみを込めた視線をユキムラに向けた。
「その様子だと知っているようだね」
「ええ」
「だったら話は早い。アロン君、その男を殺して僕のところに持ってきてほしいんだ。報酬として君の望みをなんでも叶えてあげるよ」
「本当ですね?」
「ああ」
ユキムラは力強くうなずいた。
「分かりました。引き受けましょう」
こうして二人は契約を交わしたのであった。
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