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新しい生活の幕開けだった。1

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 ~冒険者ギルドの寮~

 草原から帰ってくるときに、かなりの注目を浴びた一同。マスターを先頭に、露出度の高い者たちが街中を歩くのだ、逆に視線を集めないほうがおかしいと言っていいだろう。そして、冒険者ギルドから徒歩3分の距離にあった寮なのだが、外装で言えば少し豪華そうな木造建築による平屋二階建て。それらをマスターひとりで仕上げたのだと言う。

 調合師ギルド設立の時は、マスターに頼るのもアリである。

 中に案内されてすぐに出迎えてくれたのは広めのリビング。多目的スペースといってもいいだろう、ソファーからテーブル、仕舞には大きめのキッチンまで用意されている贅沢空間だ。

「うっわ、なによこれ。まるで豪邸じゃない……」
「こ、こんな大きな家に入るのは初めてです。謎のプレッシャーのようなものを感じますね!」
「プレッシャーもなにも、リリーは俺の教え子としてここにきただけだからなぁ。なんも考えなくていいんじゃないか?」
「ふふん。どう? 私の手掛けた完璧な寮は」
「正直、なんてコメントすればいいのかまったくだ。ただ、すごいと言うのはわかる」

 自慢気に胸を張るマスターを他所に、ふたりの少女はキッチンやらソファーやらに興味を示したらしく、あちらこちらを楽しそうに見て回っていた。

「おやおや? マァァスター! ではないですか。本日はどういったご用件で?」
「あ、あらぁ。いたの?」
「ははは、御冗談を! この僕が! この寮にいない日などありましたか?」

 なんかめんどくさそうなのが沸いてきた。

 青みの掛かった黒髪に、遠目にみてもわかる伊達メガネ。それに加えて、まるで研究者のようにビシッと決めたシャツ。ここまでやるのかと、シワ一つない白衣を羽織った若者だった。

「僕が寮にいない日は、基本的にマスターの元に向かうときだけ!」
 
 要約すると、目的がないときは外に出ない引きこもりと言うことか。

「ふ、ふふふ。今日はね、新しい仲間を連れてきたのよ。あなたに用事はないから安心しなさい」
「新しい仲間! それは、うれしい限りですな! 前回やってきた調合師の方は、この寮に来て2日目の朝にはいなくなってましたから、それはもう悲しくて……」

 どう考えても、原因は騒がしいこいつだろう。

 なんて、口が裂けても言えないシヴィーであったが、ふと目が合うと、彼はシヴィーの前々ずいずいと来ては、品定めするかの如くジロジロろ見やり、考え込む素振りを見せていた。

「して、この方はマスターと同じ趣味を?」
「……なんで俺が、マスターあんなのと一緒にされなきゃならんのか。この服装は無理やり着せられたんだ」
「なるほどなるほど。マスターの着せ替え人形でしたか。それは失礼しました!」

 なにをどう考えたらその発想に行きつくのかは謎だが、頬を引きつらせるシヴィーがマスターに助けを求めても、マスターは目が合った瞬間に他所に目をやった。

「まぁ、この僕がいる限り! 君には負担をかけさせない。安心してくれ!」

 不安でしかない。
 
 そこへレイラとリリーが戻ってくると、

「おぉ、おぉおぉおぉお!? なんと美しい! お嬢さぁぁぁん! お名前は?」

 今度は、リリーに絡み始める始末。

「あ、あの。リリー・マーティンです」
「リリーさん……なんていい響きだ! そして、今日! ここで出会えたことは奇跡! いや、運命!」
「え、そうなんですか?」

 ダメだ、リリーは彼がめんどくさい人物だということを第一印象から得られてない。会話から察するに、彼はリリーのことを口説こうとしているのか、はかまたお近づきになりたいのかのどちらかであり、リリーの顔を見たと思えば、今度は胸を見たりと下心満載なのは一目瞭然であった。

 シヴィーの隣にきたレイラには一度だけ目を向けたのだが、リリーの時とはまったく興味のない反応を示していた。

「なんなの、あいつ。リリーに熱中しすぎじゃない?」
「それは俺も思ったんだがな。まぁ、どうにかなるだろ」
「どうにかなるって、どう見ても口説いてるわよ、あれ。リリーは気づいてないみたいだけど……」

 自身が口説かれていることにすら気づかないリリー。流石に調子に乗り始めたのか、彼はリリーの手を握り締めると、

「是非とも、僕と! 一緒にポーションを作っていただきたい!」
「でも、私まだ未熟で……」

 嫌がる素振りを見せず、リリーはポーションに対して困惑の色を見せいていた。

「ちょっと、アルティミス。リリーちゃんに近づきすぎよ?」
「おっと、これは失礼。リリーさん、今からどうですか? 商人ギルドで逞しく育ったこの僕が! 君に調合のなんたるかを教えて差し上げますよ?」

 まるで怪しい商品を進められているような感じだ。

 どうすればいいのか困ったリリーはシヴィーに目で訴えかけた。どうすればいいのか、と。しかし、シヴィーは首を縦に振るだけで、それ以外なにもしなかった。つまり、彼『アルティミス』に調合を習えということなのだろうか。

「わかりました。調合の何たるかを教えてください!」
「おぉ、素晴らしい決断だ! では、行きましょうか。僕の部屋へ!」

 リリーの手を取り、アルティミスはご機嫌そうに鼻歌混じりに階段を上っていく。その姿を見ていたレイラは、不機嫌そうに眉を寄せた。

「行かせていいの? 普通は止めるところじゃないの?」
「いや、あれでいいんだ。なに、すぐにわかるさ」
「シヴィーちゃんがそういうならいいのだけど。本当に大丈夫かしら」
「あぁいう男は、簡単に手は出さないだろうよ。だけどな、優良物件だと思っていた女が不良物件とわかると──」

 シヴィーは少し笑いながら話しているが、マスターとレイラはあまり理解が追い付いていない様子で階段に目をやった。

 すると、



 ──ッドォォォン!!!



 小さい地響きと、いつも通りの爆発音が響き渡った。
 
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