ライバル宣言返上求む

ななし

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ライバル→その先

第1話 社内恋愛ってどう思う?

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 ―――職場恋愛ってどう思います?



 ことの発端は、飲み会で出た後輩からの質問からだった。

「あり!断然あり!潤いが出て仕事にも精が出るよな!」

隣に座る先輩が俺を押しのけて、俺の逆隣りに座る後輩の彼女に賛同した。勢い余って、机がガタン、と揺れたのにも気が付いていない。

―この席、ほんと失敗した。

周囲の異様な熱に、冷めた気分で俺はビールを口にする。

 ゆるふわで可愛いと評判の彼女の隣は、飲み会で必ずといっていいほど争奪戦になる激戦区。そんな多くの男から見たら素晴らしいラッキーチャンスに恵まれたわけだが、俺にとっちゃあ、ラッキーでもなんでもないわけで。正直、上座の課長に酌をしている理沙子の方が気になって仕方がない。

 あー、あっちいきてー。

 運悪く帳合から連絡が来てしまった俺は発注業務に追われ、残業するはめになり、仕方がなく下座についた。それに比べて理沙子といえば、ばっちり仕事を終わらせて、上役の接待もしっかりこなしているところが、相変わらず格好いい。そういうとこ、惚れるんだよなぁ。

 「すました顔してっけど、尾瀬はどうなのよ?」
「俺?俺は……まぁ、ちゃんと線引きできれば、楽しいのかもとは思うけど。」

ちらっとこちらを見られて、眉を顰める。

「なんだよ?」
「なんでもない。」

なんでもない、といいつつ、しっかり俺の視線の先を察して、ちらっと理沙子を示しているところがなんとも憎々しい。

「え、なんですか?」

後輩が何かを察したのか、少し身を乗り出す。

「いや、なんでもない。」

苦い顔をする俺を面白がって、尾瀬がにやにやしているのが腹立つ。

「樹さんって、すごく仕事熱心ですよね。」
「ん?そんなことないっしょ。」

理沙子にそんなこと言ったらぶっとばされるぞ。

 仕事熱心っていえば、目標に向かって一直線に頑張れる、理沙子とか、木崎とかああいう奴らにこそふさわしい気がする。自分もまぁそれなりにやっているとは思うが、正直それほど仕事に対して目標とか熱意があるわけではないので、その言葉はあまり素直に受け取りづらい。むしろ、俺の場合は理沙子という、かなり不純な動機があるのでなおさらだ。

「そんなことないですよー、事務の子とかも皆、すごいって言ってますよ。」

あ、この感じ、すごい覚えある。

「あ、そう?ありがと。」

俺のことをあんまり知らない子からの褒め殺しは、妙に居心地が悪くて、曖昧に笑って濁す。これが理沙子からだったら、泣いて喜べるんだけどな。

「そうですよぉ、樹さんはどんな人がタイプなんですか?」

思わず、顔がゆがむ。隣の先輩の顔が険しくなったのが見なくてもわかったからだ。頼むから、先輩を刺激しないでくれ。俺は正直、無駄な争いはしたくない。
 と、思いつつ、ふと気が付く。これ、理沙子が聞いていたら、アピールチャンス?

「……俺、俺はぁ、不器用でも仕事熱心で頑張り屋な子が可愛いって思うかなぁ。」

不自然にちょっと大き目な声でしゃべると、上座に座る理沙子をちらっと見る。

が、しかし。

課長と談笑している理沙子は、全く気が付いていない。――いや、それどころか、こちらを気にするそぶりさえない。何故だ。

「ぶはっ」

前に座る尾瀬が噴き出したのを見て、俺は口を引き結ぶ。

「仕事頑張る子が好きってことですか?」
「う、うん…まぁ……おい、尾瀬!」

小声で尾瀬を咎めるものの、尾瀬はすでにつぼに入ってしまっているらしく、腹を抱えて悶絶している。

「おい、尾瀬…?お前、大丈夫かよ?」
「だ、だいじょ、大丈夫っ……です…っ、く……」

事情を知らない周りの先輩や後輩が戸惑っている。……くそっ。

 「ちょっと樹、いい?」
「え!?あ、岡っ!」

ビール瓶片手に理沙子がやってきて、俺は慌てた。

「な、なんだよ」
「課長が樹と話したいって。ちょっと交代してよ。」
「お、おう……」

なんだ、さっきの話聞かれてなかったのか。残念なような、ほっとしたような。俺は複雑な気持ちで立ち上がる。
 その席に理沙子が自然に座った。

「え、お前、一緒に行かないの?」
「え、だって、樹が行けば十分でしょ。」

あたし、結構頑張ったし、とビールを口にする理沙子は、満足げだ。

「いやぁ、課長っていい上司だし、尊敬するけど、話なっがくて、あんま長時間は疲れるわ、さすがに。あとは任せた!」

すでに一仕事終えた感のある理沙子は、俺と一緒にくる気がないらしい。黙々とつまみをほおばりだす。ぽつんと一人で席を立っている俺は、取り残された気分になった。
なんだよ、やっとせっかく隣に座れるチャンスだと思ったのに。

「……ふーん、それぐらいでバテてんのかよ。女子営業トップが泣かせるぜ。」

口にしてからしまった、と思ったが後の祭りだ。
俺の言葉に彼女のスイッチが入ったのがわかった。

「…………ん?樹、それマジで言ってんの?」

頬杖をついて、上目遣いでこちらを睨んでくる理沙子には妙な迫力があった。

「後からのこのこやってきて、上司に酌もしないで、わーわー楽しくやってたあんたが、私に言う?」
「別に俺だって好き好んで下座に座ったわけじゃねぇっつぅの。仕事だわ。」
「ほぉ?」

びりびりとした空気に、尾瀬が水を差した。

「はいはいはーい、課長待ってるから。」

その言葉を待っていたかのように、上座から「おい、樹くーん」と課長の間の抜けた呼び声がした。

「………………行ってくる。」
「はいはい、行ってらっしゃい。」

ぶすくれた顔で理沙子がぼそっと呟いた。

「え」
「何、ぼさっとしてんの。上司に呼ばれてんだから、さっさか行きなさいよ。」

呆れたように言われて、我に返る。慌てて手近なビール瓶をもって、上座に向かう。

 ――だって、今、行ってらっしゃいって…。行ってらっしゃいって………。

 頬が一気に緩みだす。だって、それって、ほら、新婚夫婦みたいじゃん?

 「あーあ、あいつ、今何考えてんのかわっかりやすいなぁ。」

後ろで尾瀬がぽろりと何かを口にしていたが、俺の耳にはもはや入らなかった。
浮かれた気持ちで、俺はそのまま上機嫌に上座へ向かったのだった。

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