彼と彼女の曖昧な関係。

いしもりえりか

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第1夜(前編)

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「・・・なぁ、俺らって何でセックスしてんだっけ。」

情事を終えたベッドの上で、その気怠さを持て余していれば。シャワー上がりの彼がビール片手に窓の外を眺めながら、突然似合わないことを口にした。

「・・・は?」

彼と身体を重ねたのは何度目だろう、と。思い返してみても彼がそんなことを口にしたのはこれが初めてで、私は思わず彼を凝視する。

「何で、お前なんだろ。」

・・・彼は今、私に喧嘩を売っているのだろうか。少なからず、つい先程まで身体を重ねていた相手にかける言葉ではない。しかしその言葉が、私に向けられているわけではなく、彼自身に向けられていたような気がして・・・なんとなく言葉を返すことに躊躇した。

「お前だって『どうしても俺がいい』ってわけでもないだろ?」

少しだけ視線をこちらに寄越して、彼はそう続けた。

「・・・どうだろ。」

確かに『どうしても彼でなければならないのか』と問われれば、答えはNOだ。けれど私には、彼以外に“そういうこと”をしたいと思う相手もいなかった。もっと言ってしまえば、私はこの行為自体をさほど必要としていないのだから。

「なんだそれ。」

そう言って小さく笑った彼の雰囲気が、いつもとは少し違うように感じた。

「・・・考えたこと、なかったから。」

なんとなくお互いに気が向いたら会って、食事をして、お酒を飲んで、他愛のない話をして、そのままホテルに行き身体を重ねる。・・・私と彼の関係は、その程度。セフレ、と形容するのは少し違う気がした。腐れ縁、・・・あぁその方がしっくりくるのではないか。

「実は、俺も。」

私と彼は、高校が一緒だった。校内ですれ違えば言葉を交わし、多忙な身であるお互いに呆れる。本当に些細な関係。大学は当然進路が別れたけれど、たまに懐かしんで連絡をくれたし、何度か出かけたりもした。けれどその頃は、彼氏彼女と形容できる関係になったこともなければ、こうやって身体を重ねたことすらない。それどころか、お互いちゃんと相手がいた時期だってそれなりに。それが今では、幾度となく身体を重ねているのだ。よくよく考えてみれば、不思議な気もする。

「でもさ、もう2年だぜ?お互いちゃんとした相手も作らずに。」

この関係が始まって、そんなに経つのか。その事実に少しだけ驚いた。
確かに、お互いにちゃんと相手がいたことはあるのだ。しかしその関係は、続いてもせいぜい1年持てば良いほうだった。そんな私と彼が、2年も同じ関係を続けられているなんて。

「俺ら、今年で30だろ?」

大学を卒業して、彼に連絡することも彼から連絡が来ることもなくなった。元々多忙だった私と彼は、就職して、さらに多忙を極めることになったのだ。そして一昨年の春、共通の友人の結婚式で顔を合わせるまで、お互いの存在も遠い記憶となっていた。

「そうだねぇ・・・。」

新郎と仲が良かった私と彼はその日、披露宴のあとも二次会三次会へと強制連行された。私も彼もお酒は強い方だったけれど、私は珍しくいつもと少しだけ違う酔い方をしてしまって。夜風に当たろうと店を出ると、心配した彼が後を追って出てきた。式の前に軽く挨拶した程度だった私と彼は、それまで話していなかったことが嘘のように言葉を交わし、いつかのように多忙な身のお互いに呆れ、そして笑った。
・・・今までと違ったのは、そこからだった。ふと私の彼の間に沈黙が流れた時、たまたまお互いの指先が触れて。それが合図だったみたいに、彼は私に触れるだけのキスをした。待ってて、と一言残して店に戻っていき、すぐに2人分の荷物を持って出てきた彼。何も言わず私の手を引いて歩き出す彼に、私も何も言わず手を引かれながら歩いて。その夜、私と彼は初めて身体を重ねたのだ。

「・・・親がさ、見合いの話を持ってきた。」

視線を逸らした彼が零した言葉に、特に驚きはしなかった。それどころか、少し納得したくらいだ。

「もう、30だもんねぇ。」

そろそろ結婚して、子供がいてもおかしくない歳。女は特に、出産を考えるとそうのんびりもしていられない。・・・もちろん30を過ぎて結婚したり、出産したりする人だっているのだけれど。

「・・・孫の顔が、見たいんだと。」

選ぶように言葉を落とす彼は、目を逸らしたままこちらを見ようとはしない。私はバスローブを羽織って、彼にそっと近づいた。

「・・・この関係、終わらせないとねぇ。」

何でもない、とでも言うように小さく笑って、私は彼の背中に指を這わせる。

「っ・・・!」

その言葉に驚いたみたいに勢いよく振り返った彼の表情は、酷く傷ついた時のそれに似ていて。私は目を見開いた。

「・・・お前は、」

言いかけた言葉を飲み込み、唇を噛む彼。いつもとは違う彼に驚くと同時に、『今日は初めて目にする彼が多いな』と心の中で冷静に思う私もいた。

「私も・・・誰かと結婚しなきゃ。」

ふわりと笑って、彼の唇に触れる。

「・・・もう30だから、ね。」

自分に言い聞かせるように言葉を並べ、窓の外を眺めたけれど、なんとなく彼以外の人と並んでいる私を想像できなくて。その時初めて私は、彼の隣で過ごす穏やかな時間にどこか依存していた私自身に気づいた。でもだからと言って、今さら気付いても遅いのだ。この先もひとりで過ごす私を想像して、呆れたように笑う。幸い我が家の両親は、娘の多忙さに呆れ、結婚を諦めているようだし、とそこまで考えて。

「なぁ・・・俺にしとけよ。」

一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。そうして私は少し遅れてその言葉の意味を理解する。驚いて顔を向ければ彼の瞳は悲しげに揺れていて、でも私だけを映していた。

「何、言って・・・」

心なしか、声が震える。ふらり、と彼はそんな私から離れて。ソファーに脱ぎ捨てたジャケットのポケットから何かを取り出し、再び戻ってきた。

「お前、他の奴じゃ続かねーよ。・・・俺も、な。」

でも俺は、と言葉を続ける彼は私の前に跪いて。

「お前となら、続けられる。」

“きっと”とか、“たぶん”とか、そんな曖昧なものじゃなくて、自信に満ちた彼の言葉。根拠なんてどこにもないはずなのに、どこか信じている私がいて。だから、と続く彼の言葉を止めることが、私には出来なかった。

「俺と、結婚してください。」
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