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あの日の記憶

第28話 ひろし、明日に備える

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「なに戦闘中にヘラヘラ挨拶してんだよ!」

 黒の武闘家は苛立いらだちながら、挨拶をしているタマシリにハイキックを放った。

 タマシリは即座に反応して身をかがめながキックを避けると、低い体勢から拳で武闘家のボディをえぐった。

 ズドッ!

「うっくッ!」

 武闘家はあまりの威力に体勢を崩した。

「あぁぁああいいっ! あいっ! あいっ! あいっ!」

 タマシリはすかさず強烈なローキックの連打を食らわせると、武闘家は顔を歪ませながら倒れ込んで叫んだ。

「くそっ! こいつ速ぇ!」

 しかし、タマシリはトドメを刺さずに、笑顔でファイティングポーズをとった。

 それを見た武闘家は怒りが絶頂に達して狂ったように叫んだ。

「おぉぉおおい! 何笑ってんだ、てめぇええ! ふざけんブッツ」

 なんとその時、村の外に出たナミが一瞬の隙をついて綺麗にヘッドショットを決めた。

「あぁぁああいいっ!」

 ズドンッ!

 その瞬間、タマシリが一直線に前蹴りを放ち、武闘家のミゾオチを凹ませてHPをゼロにした。

「ここ、最初の村だろ……?、何でこんなヤツが……」

 武闘家は悔しそうな表情を浮かべると、静かに消滅していった。

『311ポイントのステータスポイントを獲得しました』

 ナミは311ポイントに驚いて口を開けた。

 黒の武闘家は昇格転職のために、ポイントを貯めこんでいたのだった。

 タマシリは矢を放ったナミに両手を合わせ、頭を下げて言った。

「Good job! スゴイネ!」

 ナミは頭に乗せているアルマジロと一緒に恥ずかしそうにうなずいた。

 タマシリは笑顔でおばあさんたちに近づいて花束を受け取ると、その場を立ち去ろうとした。

 それを見たおばあさんは慌ててタマシリを引き止めた。

「待って! フレンド、フレンド! オトモダチになりましょ!」

「Ahh, okay. Please wait. (あぁ、分かりました。待ってください)」

 すると、おばあさんの視界にタマシリからのフレンド申請が現れ、おばあさんは受理した。

「サンキュー! ユー、ストロング!」

 おばあさんが笑顔で頭を下げると、タマシリも両手を合わせて頭を下げた。

 そしてまた笑顔でみんなに手を振ると、転移魔法で帰って行った。


 タマシリが帰っていくとマユはおばあさんに言った。

「外国の人に声かけるなんて凄いね! あたし怖くて話せないよ」

「うふふ、強い人とはお友達になっておかないと。あの人ずっと笑顔で、おじいさんみたい」

「おじいさん?」

 マユが聞き返すと、おばあさんは慌てて答えた。

「あ、うん。わたし、おじいさんが好きなの。やさしくて」

 それを聞いたナミが小さい声で言った。

「わかる。わたし、ぉじいちゃんもぉばあちゃんも好き。やさしぃの」

「うふふ、きっとナミさんのおじいさんとおばあさんもナミさんの事が大好きですよ」

 ナミは笑顔で頷いた。

 こうして、おばあさんたちは岩キノコを持ってお店へ向かったのであった。


 ー バリードレの町 ー

「あぁぁあああ、いってぇ!」

 タマシリに倒された武闘家はバリードレの町にリスポーン(復活)した。

 ここ、バリードレの町はゲームの世界の中央辺りにあり、実質的に黒が支配している町だった。

 住人は黒のメンバーか黒にアイテムや物資を売るプレイヤーばかりで、他のプレイヤーは近づかなかった。

 リスポーンした武闘家は手で何かを操作すると、黒のメンバーがいる屋敷へと転移していった。


 ブーーーン

 武闘家は屋敷の前に転移すると少し肩を落としながら中に入った。

 そして正面の大きな扉を開け、リーダーが待つ大広間へと入った。

「おかえり。どうだった?」

 すると大きなテーブルの奥に座る女性が入ってきた武闘家に尋ねた。

「すみません、マリ様。不覚にもやられてしまいました」

「そう。すまなかったね、ポイントなくなってしまったでしょう。指示した私の責任ね」

 マリは立ち上がると頭を下げた。

「待ってください! 負けたのは俺の不覚です」

 武闘家も慌てて頭を下げた。

 するとマリは武闘家をねぎらって言った。

「痛かったでしょう。それにあなたほどのプレイヤーだとステータスが完全に戻るまで時間かかるわね」

「すみません。20時間くらいはかかります」

「本当にすまなかったわ。しばらくゆっくり休んでちょうだい」

「はい」

 武闘家は頭を下げると大広間を出ていった。


「ヤマちゃん、ちょっと来てくれない?」

 マリがそう呼ぶと魔法使いが現れた。

「なに、マリさん」

「やっぱり、ピンデチの村にも強いプレイヤーたちが居るみたいね」

「そうだね。あの武闘家がやられるなんて」

「計画を成功させるには、もっと熱心な課金プレイヤーたちを黒に加入させないとダメなのよね」

「マリさん。課金プレイヤーたちは、まだマリさんがハッキングをする事を信じない人が多いみたい」

「そうよね。それを信じれば黒に加入する者も増えるわね。熱心な課金プレイヤーほど、私たち黒の計画に賛成するはずだから」

「そうだね」

「ヤマちゃん、計画は進んでいるの?」

「うん。手筈通てはずどおりに」

「じゃあ、宜しく頼んだわね」

「わかった」

 ◆

 その頃、おじいさんたちはバンド練習を終えて休憩していた。

 イリューシュは録音していたバンド練習の音源を再生して聞くと、満足そうにみんなに言った。

「みなさん、最高の演奏ですね。 明日のオーディションがんばりましょう!」

「「おー!」」

 すると、めぐがイリューシュに尋ねた。

「イリューシュさん、明日のオーディションって何組くらい出るんですか?」

「今のところ26組ですね。オーディションを通過できるのは10組です」

「なるほど。ちなみに本番は何曲くらい演奏できるんですか?」

「そうですねぇ。5曲くらいかしら。オーディションを通過できたら、もっと曲を増やさなければなりませんね」

「イリューシュさん、あたし弾き語りで一曲歌ってもいいですか?」

「あら、それは助かります」

「やった! 一曲だけオリジナル曲あるんです!」

 それを聞いていたアカネは少し不満そうに言った。

「めぐ、イイなぁ。柔道大会とかも開いてくれないかなぁ」

 すると、おじいさんも言った。

「では、書道の展覧会も。ははは」

 イリューシュは2人に言った。

「あら、他の町ではやってましたよ」

「「ええ!?」」

 アカネとおじいさんが驚くとイリューシュが説明してくれた。

「今はピンデチとコーシャタとハーイムという港町しか行けませんが、メインクエストを進めると他の町にも行けるようになるんです」

 アカネとおじいさんは目をキラキラさせると、それを見たイリューシュは笑顔で言った。

「では、オーディションが終わったらメインクエストも進めましょう」

「はい!」
「よろしくお願いします!」

 こうして、みんなでワイワイお喋りすると、明日の夕方に集まる約束をしてログアウトしていった。
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