薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳

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第五章

第五話 フェインのお願い

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 馬車の窓から見える風景を眺めながら、俺はテイオー賞後の出来事を思い出していた。

 成り行きとは言え、フェインたちスカーレット家の味方をすることになった。だけどあれは俺の意思で決めたことだ。別に後悔なんてしていない。

「そうだ。スカーレット家が危うい状況であることは、タマモには――」

「安心してくれ。あいつにはこの件に関しては何も話していないさ。正直に話したところで、面倒になるのは目に見えているからな」

 申し訳なさそうに顔を俯かせ、ポツリと呟くフェインに対して手のひらを向け、こちらから話して彼の言葉を遮る。

「ありがとう。本当にお前はタマモのことを良く分かってくれている」

「犯人の捜索については、ルーナも全面協力をしてくれると約束した。期限までに犯人を見つけ出すことはできるはずだ」

 ホッとしたかのような表情をフェインが作ると、俺はルーナも協力していることを告げる。

 それにしても、あの時のルーナは凄かった。まさか彼女が思い詰めた顔で、俺に壁ドンをしてくるとは思わなかった。

 俺はもう一度窓に視線を向けると、魔競走委員会の奴らと契約を交わした後のことを思い出す。





 フェインをおかしくさせた犯人を見つけ出すと決意表明をした後、ブッヒーたちはニヤニヤと俺の顔を見ながら会議室から出て行った。

 あの顔、おそらく俺が犯人を見つけられる訳がないと思っている顔だな。今に見ていろよ。絶対に犯人を見つけ出して、ブヒブヒ泣かせて侮ったことを詫びさせてやる。

「厄介ごとに自ら首を突っ込んでくれたねぇ」

 部屋の中にルーナと2人きりになると、彼女は小さく息を吐き、額に右手を当てる。

「俺が自らの意思で売ったケンカだ。ルーナには迷惑をかけない」

「そう言う訳にはいかないさ。もし、犯人の特定ができずにシャカールの身に何かがあるとなれば、ワタシは気が気でない。今後の生活に支障が起きると分かっている以上、犯人の捜索は、ワタシも全面的に協力をしなければいけないよ」

 大袈裟に言うルーナに、思わず苦笑いを浮かべる。

「お前、どれだけ俺のことが好き何だよ。気が気でないとか大袈裟すぎる――」

「シャカールが関わっているとなれば、ワタシはこうなってしまう!」

 冗談を言うと、ルーナは真剣な表情で声を上げ、突然前に腕を伸ばす。咄嗟のことに俺は思わず1歩後退した。しかし背後は壁となっており、これ以上下がることができない。

 逃げ道が塞がれる中、彼女の手は壁に添えられる。そしてルーナは顔を近づけ、彼女の唇が近付いた。

 唇同士の距離が縮まる毎に、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

「君はワタシのピースだ。欠けることは許されない。魔の森に捨てられ、拾って名前を付けた時点で、君はワタシの所有物だ。自分の持ち物を守るのは当然のことだろう」

 唇同士が触れるかと思った直前、彼女の唇がずれ、耳元でそっと囁かれる。

 そして言葉を言い終わった後、ゆっくりと顔が離された。

 視界に入ったルーナの顔は一瞬だけ恥じらっているかのように見えたが、直ぐに頬を緩め、いたずらに成功した子どものような笑みを浮かべる。

「ぷっ、あはははは! なんて顔をしているんだ。何? キスをされると思ったのかい? そんな訳ないじゃないか。あー、お腹が痛い。その表情、まさに極上だ。あはははは!」

 彼女の顔を見て、俺は理解した。

 この女、俺が魔競走委員会にケンカを売りやがったから、その仕返しをしやがったな。普通なら、ここは否定をするところだが、それでは面白くない。こちらも反撃をさせてもらう。

 若干の怒りと羞恥を感じつつも、なるべく彼女の望む感情を出さないように心がけ、ピュアな反応をしてみる。

「何を言っているんだよ。突然壁ドンをされて顔を近付かれたら、誰だって勘違いをする。特にルーナのような美人からなら尚更だ」

 演技で恥じらい、顔を少しだけ俯かせる。

 さぁ、ルーナはどんな反応をする? 普段見せない俺の表情に、狼狽えるが良い。

 下げていた視線を上げ、彼女を見る。するとルーナの表情は普段とあまり変わらなかった。

「なるほど、さすがシャカールだ。ワタシが仕返しをしたことを理解した上でカウンターをしてくるとはね。だけど残念だったね。普段の君があまり言わないセリフを言われると、逆に演技をしているのだと直ぐに理解してしまう」

 堂々とした佇まいで言葉を連ねる彼女を見て、正直悔しく感じてしまう。

 俺としたことが、裏を読んだつもりが裏の裏をかかれてしまった。

「危なかった。なんだよ今の顔は、一瞬本気で言っているのかと思って正直焦ってしまったではないか。ギャップ萌えの破壊力が、ここまで凄まじいとは計算外だった。シャカール、中々やるではないか。このワタシをここまでドキドキさせるなんて」

 ルーナがブツブツと何かを呟いている様子であったが、声があまりにも小さかったので、彼女が何を言っているのか分からない。

「何か言ったか?」

「いや、こちらの話しだ。今後の対策を考えていただけだよ。取り敢えず、真の犯人探しはワタシがやっておこう。君は魔競走の学生らしく、学園ライフを送りながら最高の走者を目指してくれ。2冠目をかけたマキョウダービーを期待している」

 犯人探しはひとまず自分に任せ、俺は学園生活を楽しむように言われるが、俺はそのつもりはない。

「前に言ったかもしれないが、俺は3冠なんてものには興味ない。マキョウダービーには出ないさ。テイオー賞に出たのも、成り行きでフェインと勝負をすることになったからだ。似たようなことが起きない限り、俺は二冠目を狙わないし、他のレースにも出場しない」

 今後レースに出場するつもりはないことを告げ、俺たちは会議室を後にする。






 窓の風景を眺めていると、どうやら学園に着いたようだ。窓から学園を敷きる壁が見えてきた。

「そろそろ着くな。名残惜しいが、お前と話すことができて本当に良かった。そうだ。ひとつシャカールに聞きたいのだが、タマモのことはどう思っている?」

 フェインがタマモのことを訊ね、俺は胸の前に腕を組むと、現段階で思っていることを口に出す。

「タマモは学園生活を頑張っていると思う。学級委員長としてクラスメイトからも慕われている。だが、猫を被っているのが気に入らねぇ。俺に見せた時のように、素の状態でも十分に人気者になれると思うのに、未だに俺にしか素を見せない。本当に何を考えているんだろうな。いくらスカーレット家の令嬢と言っても、嫁入りしたらスカーレット家の家訓なんて関係ないだろうに」

 淡々と答えると、なぜかフェインは嬉しそうに俺のことを見てくる。

「おい、なんだよ。そんなに笑みを浮かべて、気持ち悪いな」

「いや、お前は本当にタマモのことを見ているんだなと思って。妹のために無限回路賞でわざと負け、無敗伝説を自ら閉ざしたシャカールは本当に凄いやつだと思っている」

「突然褒め出すフェインに、なんとも言えない気持ち悪さを感じてしまう」

 本当にこいつは俺に負けて以来変わったな。

「これは前向きに検討してもらいたいことなのだが、もしよければタマモの婚約者になってくれないか?」

「は?」

 突然の言葉に、俺は自然と言葉が漏れた。

 俺がタマモの婚約者に? 今度は何を企んでいるんだ?
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