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第七章

第十六話 ツインターボステークス②  

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 ~アイリン視点~





 最後に入場したオグニさんの姿を見た瞬間、観客たちが声を上げて彼女に声援を送ります。

「まさか、あの人が1番人気だったなんて。田舎娘だと思って、油断していましたわ」

 1番人気を取られ、アイネスビジンさんが悔しそうにしていました。そして声援を受けるオグニさんに、アイネスビジンさんが近付きます。

「あなた、1番人気を勝ち取れる程の実力者でしたのね。なら、もっと堂々として入れば良いですのに?」

「1番人気? この私が?」

 1番人気だと言われ、オグニさんは小首を傾げました。そして人気順が書かれてある看板の方を見ます。

「これは驚いた。まさか、私が1番人気を勝ち取る日が来るなんて。いつも2、3番人気だったから。信じられないよ」

「今まで1番人気を取ったことがないの! 怪物と呼ばれているのに?」

 思わずわたしまでも近付き、会話に参加してしまいました。

「ああ、これまでのレースでは、私よりも実力が上の2名の走者がいたからね……そうか。今回のレースは1600メートルのマイル戦。中、長距離が得意なあの2人が出場する訳がないか」

 オグニさんよりも強い走者がいる。そう言うと、彼女は途中からブツブツと言い始めます。ですが、エルフであるわたしにはハッキリと聞こえました。それはアイネスビジンさんも同じでしょう。

「でも、1番人気でも油断はしないから。人気順が、そのままレースの着順になることはないからね。初めて競う君たちも強敵だと思っている。挑戦者の気持ちで挑ませて貰うよ。さぁ、そろそろゲートに入ろう。そろそろ時間だ」

『ファ~ン、ファ~ン、ファファ~ン、ファン、ファ、ファ~ン! ファン、ファン、ファン、ファ~ン! ファ~ン、ファ~ン、ファファ~ン、ファン、ファ、ファ~ン! ファン、ファン、ファン、ファ~ン!』

 ゲートに入るように促されると、それと同時に始まりのファンファーレが鳴り響きます。確かにもう時間がない。わたしも気合いを入れてレースに挑まないと。

 一度自身の顔を軽く叩き、気合いを入れ直すとゲートに向かいます。

 今回のゲートは一枠1番ゲートです。逃げや先行の脚質をフルに活かせるポジションなので、今回は運がとても良いです。

 ゲート内に入り、走る体勢をとりながら、いつでも走れる準備を行います。

『さぁ、16人の走者が続々とゲート入りをして行きます。今回のレースはツインターボステークス。ツインターボが天より見守る中、優勝するのはどの走者か! 1600メートルの芝は良との発表です』

『芝が乾いているので、今回は走りやすい環境になっているかと』

『最速スプリンターの名を得るのはどの走者か……今ゲートが開きました』

 実況の人が言葉を連ねる中、ゲートが開き、わたしは飛び出します。

『ゲートが開き、一斉に走者が芝のコースを駆けて行きます』

『出遅れの走者はいなさそうですね。全員が集中していました』

『最初の先行争いで前に出たのは、アイリン! そしてアイネスビジンとヒッキーハウスが続いて行く』

『逃げ、逃げ、先行が前に出た感じとなりましね』

『その3メートル後をビクトリーロード、オーランド、タップダンスが走り、その外からオグニが様子を伺っている感じか。そしてその2メートル後ろをシャイニングスターが走っているが、ここでオニバースが並んで来る。その外を走っているカーネルが横にずれましたねぇ』

『どうやら追い越そうとしているようです。1600メートルと言う短い距離なので、早めに前に出たいのでしょう』

『ここまでが中段のグループ。そして後段の先頭を走るのはやはりこの男、マーリン。そしてその後ろブリーザとジャッカルが走り……おっと、ここで13番のウゾウムゾウがバランスを崩した! それに巻き込まれてノゲノラが転倒した!』

 どうやらノゲノラが魔法でウゾウムゾウを攻撃したようですが、速度を落としたウゾウムゾウに対して、速度を上げたことで接触してしまったようですね』

『転倒した2人を躱し、ここでガランデュウが追い越す……さぁ、ここで先頭に戻りましょう。激しい先行争いをしていましたが、序盤の順位が確定しました。先頭ハナを進むアイリン、1メートル差をアイネスビジン、そして差がなくヒッキーハウスが走っています』

 走りながら実況の声が耳に入ってきます。どうやらアイネスビジンさんとは、1メートル差が開いているようです、ひとまずはスタートダッシュに成功しました。

 さぁ、ここからが本当の戦いです。わたしの大逃げを観客の皆さんに見せてあげます。爆進……と言いたいところですが、爆進すればわたしのスタミナが足りなくって優勝するのは難しいです。ですが、大逃げだからと言って全力で走る必要はない。そうですよね、シャカールトレーナー。

 走りながら、わたしは数日前のことを思い出します。





「アイリン、お前は今日から爆進は禁止な」

「どうして爆進してはいけないのですか! 爆進は大逃げの華ですよ!」

 声を上げて抗議すると、シャカールトレーナーは面倒臭そうな顔をします。

「お前はスタミナが足りない。でも、だからと言って、今から大逃げをするためのスタミナを上げる訓練をしても、ツインターボステークスには間に合わない。お前をレースで勝たせるためには、一度爆進を封印する必要がある」

「わたしに逃げで走れと言うのですか!」

 大逃げではなく、逃げで走ると言うことはわたしには許されない。大逃げでなければ、お師匠様の弟子を名乗る資格がないから。

「誰も逃げで走れとは言っていないだろう。大逃げで走りたいのなら、大逃げで走れば良い。俺が言っているのは、大逃げの手段の一つである爆進をするなと言っているだけだ」

「爆進を封印する大逃げ?」

 そんなものって存在するのでしょうか? そんなこと、聞いたことがありません。

「大逃げと言うのは、誰からも攻撃を受けることなく、常にリードを保ち続け、そのまま逃げ切る走りのことを言う。爆進はそれを成し遂げるための手段のひとつにしかすぎない。爆進以外にも、大逃げを成功させることはできる。しかもスタミナが少ないお前でも実現が可能だ」

「それってどのような手段なのですか?」

「ああ、それはな」






「見ていてください。シャカールトレーナー」

 ポツリと呟き、私は魔力を練り上げて魔力回路を伝って全身に行き渡らせます。

「シャイニングアロー!」

 魔法で弓矢を生み出し、後方に向けて矢を放ちます。

『おっと! ここで先頭を走るアイリンが魔法で生み出した矢を放つ! その放たれた矢は追走する走者の足元に直撃して、一時的に速度を下げたぞ! まるで背中に目があるみたいだ!』

 後ろに目があればもっと楽なのでしょうが、どうやら上手くいったみたいです。

 エルフの特徴である遠くの音や小さい音を聞き分ける能力。それを利用すれば、聞こえる足音から相手の位置を割り出し、その足元に狙いを定めて矢を放つことは可能です。

 習得するまでの地獄のような日々を送ってきましたが、どうやら制度は高いようです。

『先頭を走るアイリンが妨害するせいで後続が思うように走れない! 次第にその差が広がって行く!』

 これこそが、シャカールトレーナー直伝の大逃げです。さぁ、このまま逃げ続けますよ!
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