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Ⅵ
しおりを挟む「おっ、トウマ。おはよう! 昨日はどうしてた?」
仕事場に行くと、同僚のオースティンが満面の笑みで俺の肩を叩きながら、話しかけてきた。
「あ、オースティン、おはよう。俺は家で飯食べて、日本のアニメ見て寝たかな」
「おー、アニメ! いいねぇ! 日本のアニメ面白いもんな、って、でも、お前いつもそれじゃん! もっと遊びに行ったらどうだ? 聞いてくれよ。俺は昨日、街中で可愛い女の子をナンパして、お持ち帰りして、最高の夜だった。その子とそのうち付き合うかも!」
オースティンが興奮した様子で俺に言ってくる。
確かに俺は、オースティンにアニメを観ているとよく言っている。
「そうか、いいな。もし、その子と付き合えたらお祝いでもしよう」
「おー、嬉しいな! 俺頑張るよ。もし、振られても慰めてくれよ?」
オースティンが、手で一杯のむ動作をしながら、言う。
俺は朝から元気溢れるオースティンに、こちらも元気をもらった気がしながら、オースティンに笑顔を返した。
「もちろん」
俺は今、叔父さんの古い馴染みの人の仕事場で働いていた。
ここはすごく働きやすくて、みんないい人だった。
目の前のオースティンは仕事の同僚で、アメリカに来て、初めてできた男友達でもあった。
したことがない色々な事に挑戦してみたが、この仕事に就いてからは、働きやすいのに満足して、何かすることもせずに、平凡な生活と仕事の毎日になった。
普通に快適に働けるだけで、今の俺はとりあえず満たされたからだ。
まぁ、そのうち、オースティンにあやかって、俺も人間関係や遊びを広げていければいいなと思う。
人生をどう生きていきていくのか、まだわからなかった。
ただ、当面の仕事はうまく行くと思う。
もうすぐ仕事が始まる。
俺は気を引き締めて、仕事の準備を進めた。
*
変わり映えのない風景を見ながら、俺は立派な一軒家に帰ってきた。
遠巻きに家が見える。
無駄に広くて、いかにも家族向けで明るさが良く通って光が満ちる家。
どんどん家に近づいている。
見慣れたお洒落な家。
いや、いつもと違う。
誰かが俺の家の玄関の前に、もたれかかって、座り込んでいる。
体が小さくて、あれは女性か?
目を凝らしながら、早足で玄関の前に急いだ。
玄関にいる誰かが、誰か。
俺は信じられない気持ちが湧き上がりながらも理解した。
その人は、紛れもなく、あのサキだった……。
サキは、腕で自分の体を抱きながら、玄関の扉に頭を寄せて眠っていた。
白いTシャツが何故か胸元から、大きく伸び切り、よれていて、腕組みした腕の上に覆い被さっている。
服が所々、茶色く汚れていた。
サキの綺麗だった腕には、見ていて痛ましい気持ちになる引っ掻き傷のような傷跡が付いていた。
長いジーンズを履いていて、素足は見えないが、ジーンズも土汚れのような茶色い汚れが、しっかり付いていた。
目の前にあのサキがいる。
玄関の前で眠るサキの顔は相変わらず綺麗だった。
瞑っていても、わかる形の良い瞼。
スッと通った高い鼻筋。
桜色の小ぶりで口角がキュッと締まった唇。
他のパーツとの比率が取れた輪郭。
プロの彫刻家が作り出したような、息を呑むほど美しい造形だった。
俺はたまらなく、どうしようもないほどに心が高鳴っていた。
サキがまた俺の目の前にいる。
たった、それだけのことで甘ったるい高揚感が俺をまた支配する。
だが、サキの姿をまた一通り見て、俺は唇をぐっと噛んで、自分に言い聞かせた。
これは只事ではない。
目の前にいるサキは、服が汚れ、破れかけ、怪我をして、ボロボロの姿だからだ。
きっと、俺に助けを求めにきたに違いない。
「サキ、サキ」
俺は意を決して、サキの腕に触れ、起こす為にサキを揺り動かした。
「ん……?」
サキが吐息を漏らしながら、目を徐々に開いた。
「大丈夫か? ここじゃ、体に障るから、俺の家に入ろう?」
俺はサキと同じ目線に合わせて、しゃがみ込むとサキに言った。
「……トウマ?」
サキは寝ぼけているのか、まだしっかり開かない目で俺を見ながら、俺の名前を読んだ。
「うん、俺だよ。久しぶり、サキ」
俺は最近、仕事場で出せるようになった笑顔を思い出しながら、サキに笑いかけた。
サキは、眼を見開くと、そのアーモンド状の切れ長な目から、大粒の涙をこぼして、そして両腕を広げて俺の首元目掛け、しがみついてきた。
「うわっ」
俺はサキの腕を手で抑えて、サキが抱きついてきたことに驚く。
体の熱が一気に上がって、心臓が破裂しそうなぐらい、激しく脈を打ち出した。
サキは何も言わずに、鼻をグズグズ鳴らしていて、泣き続けているんだろうなと思った。
俺はサキの力になりたい。
何かきっと辛いことがあったんだ。
緊張する気持ちを抑え込みながら、俺が悲しかった時、誰かに寄り添ってほしかった気持ちを思い出しながら、サキの背中に手を回して、サキの背中を優しくリズムに乗って叩いた。
しばらくして、サキがゆっくり俺から離れた。
「いきなりごめんね、ありがとう……」
サキがまだ涙が残る顔で言った。
「全く問題ないよ。落ち着いた?」
「うん、おかげさまでっ」
ここにきてやっと、サキがとびっきり可愛い笑みを俺に向けた。
っ、サキの笑顔に胸がギュッと締め付けられて、切なくなる。
目の前の彼女が映り続けて、何故か、繰り返し、胸が締め付けられて、苦しくなった。
なんだこれは。
彼女を見ていると、胸が規則的に苦しく締め付けられる。
「トウマ……どうしたの?」
サキの問いかけに、意識がはっきりした。
今の俺はサキを見ながら、心ここにあらずだった。
胸の苦しみだけを、考えていた。
俺と彼女は座り込みながら、近くで見つめあっている。
この状況は不自然だな。
「いや、ちょっとぼーっとしてた。家の中に入ろう」
俺はすぐさま立ち上がった。
「また迷惑かけてごめん」
そう言いながらサキも立ちあがろうとしていた。
「迷惑なんかじゃないよ」
そう言いながら、俺は玄関の扉を開けると、サキを家に招き入れた。
リビングに入ったサキが、ソファに腰を下ろす。
いつか見た懐かしい光景。
頭に二人で過ごした懐かしい思い出が過ぎる。
二人でご飯を食べて、映画を見た。
いろんな話をした。
サキがこちらを向いて、微笑みかけて、俺が来るのを待っている気がする。
その微笑みを見た時、今までの悲しさ、虚しさ、切なさが大きく押し寄せてきた。
そして、サキに対する愛しさ?恋焦がれた気持ち?
だめだ、なんか辛い。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
「うん、わかった」
サキは快く返事をしてくれた。
俺は今度はまともにサキを見れず、俯きながら、トイレに行った。
トイレに入ると、涙が溢れ出る。
切なくて、恋しくて、彼女を見て嬉しくて、捉えどころのない何かの気持ちが心にある。
涙が止まらない。
早く、行かなければ、彼女が不審がるだろう。
溢れ出る、捉えどころのない感情を経ち切って、なんとか涙を止める。
洗面所で顔を洗いながら考えた。
俺はサキを愛してしまったのかもしれない。
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