編集プロダクション・ファルスの事件記事~ハーレム占い師のインチキを暴け!~

ずいずい瑞祥

文字の大きさ
6 / 40
第一幕

第6話 魔を滅する加持

しおりを挟む
 覚えがあるかと問われて、織田はおずおずと首を縦に振った。部屋の暗さやロウソクの火、雰囲気を変えた天野に、少なからず威圧されている。
「はい。何週間か前から、帰り道にあとをつけられたり、洗濯物が下着だけなくなっていたり、ゴミを荒らされたりしました」
「ああ、まさに魔の仕業ではないですか!」

 天野が身を乗り出す。
「恐らく、魔は誰かに取り憑き、ストーカー行為を行わせています。あなたに恋愛感情を持っている人、もしくは精神的に弱い人でしょう。そういう人には憑きやすいですから。あなたが怯え、疑心暗鬼に陥り、だんだん弱っていくのを、魔は待っているのです」
 占いのときと打って変わって低く小さな声で話すから、自然と集中して耳を傾ける形になってしまう。

「ストーカーに憑依しているときと、魔だけのときがありますが、いずれにしてもあなたは狙われています。人のいない道路を歩いていて、何かの気配に怯える。そういう恐怖心は正常な判断を狂わせ、よくないものを呼び寄せる。まさに、魔の思うツボです」
 ロウソクの炎が、また大きくなる。
「盗まれた洗濯物やゴミは、呪詛に使われたかもしれませんね。本人が使用したものや髪の毛などは、呪いをかけやすいのです」

 一人暮らしをしていれば、洗濯物がなくなったりゴミを荒らされたりというのは、誰でも一度は経験している。織田もつい一週間前、干していた下着がなくなった。それは単なる偶然だ、と思っていたのに、架空の設定だったストーカーが、実は本当にいるのではないか、という気になってきた。久々に買った上下セットのかわいい下着だから狙われたのだと思っていたが、ターゲットは自分だったのかもしれない。

しゅがかかると、魔に憑かれやすくなります。まずは、胃腸などがやられて体調を崩すでしょう。摂食障害や睡眠障害も出てきます。場合によっては、ついふらふらと電車に飛び込みたくなったりするかもしれません」
 企画本の忙しさが最高潮だったころ、似たようなことは考えた。出勤途中、信号の途中でどうしても足が動かなくなり、通りかかった制作部の永井遙香に引っ張られて、なんとか歩けたこともあった。

「どうすれば、いいのでしょうか」
 喉がからからで声がうまく出ない中、織田は訊ねた。

 天野は目を見つめ返しながら、たっぷりと間を開けたあと、含めるように言った。
「もうおわかりでしょうが、薬は対症療法だから、根本的な解決にはなりません。内臓や精神を痛めつける原因、つまり、魔を取り除くべきなのです」
 前のめりの姿勢で織田はうなずいた。取材のためと言い訳をしつつも、もはや心の底に漠然とした恐怖心が植えつけられている。部屋の薄暗さや揺らめくロウソクの炎、天野の僧衣、占いのときとギャップのある真剣な表情や、低くていねいな話し方、それらが不気味な感じをさらに増大させる。

「加持ならば、魔そのものを消すことができます」
 天野は手ぶりを交えて話し始めた。
「加持とは、仏様の光を、特定の人や場所に当てることです。普段は、太陽のように万人万物に当たっている御仏の光も、何らかの理由で雲が湧き起こって届かなくなることがあります。行者は加持を修することで、この雲を取り除き、願主に光を当てるのです。御仏の光にかなう魔はいませんから、たちどころに消えます。ストーカー行為も止みますし、願主の体に病巣があるなら、光によって徐々に小さくなります」

 愛美もこうやって絡め取られたのだ、と思いながら、織田は相槌を打った。
「簡単な加持なら、この場で修することができます。しばらくは魔の影響を食い止めることができるでしょう」

 来た。織田はできるだけ、おどおどした感じで訊ねた。
「ぜひ、お願いします。……あ、でも、おいくらぐらいするんでしょうか」
 天野は不敵な笑みを浮かべながら、姿勢を正した。
「今回はお布施ということで、お気持ちだけ包んでいただければ結構です。私は金額は見ませんから、あとで受付にお支払いください」
 狙いはお金ではないから、今回は良心的価格でということだろうか。恐らく、愛美のときと同じ足取りをたどっている。手がかりを見逃さないようにしなくては。

「では、今から加持をしましょう。……椅子を一メートルほど後ろに引いてください」
「今、ここでするのですか?」
 護摩壇ごまだんに火をつけて修するものと思っていたので、織田はつい声を出した。

「今からするのは内護摩と言って、行者の心の中に火を焚くものなので、数珠さえあればできます」
 天野が立ち上がる。思ったより背が高い。上司の津島と同じくらいだから、百八十センチはあるだろう。机の上の数珠を取り、二連にして左手に持ち、近づいてくる。
 織田は椅子を引き、すかさずカゴバッグの中にかぶせてあるスカーフの柄の位置を確認した。加持の間に動いていたら、探られていた証拠になる。

「合掌して目を閉じてください。背筋と首筋はまっすぐにして」
 織田は言われたとおりにした。うつむいていれば薄眼を開けることができるかと思ったのに、正面に立たれては無理だ。

 目の前に人の気配がして、数珠を擦り合わせる音が聞こえた。低い声で唱える真言が、音楽のようだ。何度かこっそり目を開けようと試みたが、ときどき額の近くや頭上で小さな風が巻き起こるので、やめておいた。
 じっと目を閉じていると、時間が経つのが遅く感じる。瞼の裏の闇に、なぜか極彩色のものがちらちらと見える。

 天野の気配が脇を通り、声が後ろへと移動した。そのまま真言を唱え続けている。
 今ならば、と織田は瞼を開き、目玉だけを動かした。部屋には他に誰もおらず、バッグの中のスカーフも元のままだ。ほっとして目を正面へ向けたとき、思わず声が出そうになった。

 机上のロウソクが、あざやかな緑色の炎をあげている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...