編集プロダクション・ファルスの事件記事~ハーレム占い師のインチキを暴け!~

ずいずい瑞祥

文字の大きさ
13 / 40
第二幕

第13話 加持と炎龍とブアメードの血

しおりを挟む
 夢の中で織田は、異国の音楽を聴いていた。
 目の前に、金色の文字が浮かび上がる。何語なのかもわからないが、なんとなく「いいもの」のような気がする。

 意識がふっと引き戻され、体の感覚が戻る。

 目を開けると、天井の木目が見えた。空気は涼やかで、視界も明るい。天野の声に気づいて右横を見上げると、結跏趺坐けっかふざの姿勢で数珠を繰り、真言を唱えている。音楽と思っていたのはこれだったのだ。

「気がつきました?」
 左横で、夕貴が覗き込んでいる。振り向いた拍子に、額に乗っていた濡れタオルが落ちた。
 織田は、自分が布団に寝かされていることに気づいた。起き上がろうとしたが、「加持が終わるまで待って」と夕貴に制される。織田は深呼吸をして、手足の感覚を確かめた。クーラーのきいた部屋に移ったせいで、汗が冷えている。

 真言を聞く内に、さっき見た炎の龍を思い出す。途端に息が詰まって体が強ばる。
「大丈夫ですよ」
 夕貴が小声で言って、タオルを額に乗せてくれる。洗面器の氷水で絞り直したところなので、ひんやりとして気持ちいい。

 再び眠りかけたところで真言が止み、天野が咳払いをする。織田は目を開けて、右横を見上げた。

「何を、見ましたか」

 問いに答えようと、タオルを取って起き上がり、織田は布団に正座した。あれが何だったのか、自分でもよくわからない。思い出しただけで、目の前にまた現れるような気がして、肩に力が入る。

「……龍、でしょうか。護摩壇の火が、たてがみをなびかせて牙を剥く、巨大な蛇のようなものに見えました」
 記憶を反すうするたび、炎の龍に、たてがみや鱗、髭などが細かく形成されていく。大きさも、視界いっぱいに広がっていた気がする。

 天野がまだ黙っているので、織田は仕方なく続けた。
「それが、口を開け、こちらへ向かってきたんです。とにかく怖くて、思わず頭を覆って……そこからは、覚えていません」
 天野が何も言わないので夕貴を盗み見ると、彼女はうっすらと微笑んでいた。

「あれは、何だったんでしょうか」
 織田がおそるおそる訊ねると、天野は半眼のまま答えた。
「龍神です。加持の最中に神仏が炎の中に現れることは、よくあるのですよ。龍神は、あなたに憑いている魔を喰らおうとしたのです。怖いと感じたのは、あなたが魔の影響を受けている証拠」

「影響って……じゃあ、私はすでに魔に憑かれているんでしょうか。この庵の中は安全だって……」
 天野が目を見開き、織田を凝視する。
「前にも言いました通り、魔は、嫉妬や怠け心などの負の感情を増幅させ、人を自滅へと導きます。あなたの場合は恐怖心ですね。必要以上に大きくなっている」

 確かに、竹藪の黒い煤を見たときから、心の片隅で怖れている。理屈では説明できない何かが存在しているのではないか、と。坂口社長の言葉も、超常的なものの存在を認めているようで、逆に落ち着かない。
 今までの自分の常識が足元から覆されるような怖さが、背筋を這う。あの龍をトリックで再現するのは無理だろう。火の粉の熱さも感じたし、咆哮も聞いたのだ。

「だから、ホームで突き落とされそうになったと感じたり、炎の龍を見て怖がったりするのです」
 天野の言葉に、織田はあいまいにうなずいた。

「猜疑心や恐怖心が落ち着くまで、外には出ない方がいいでしょう。また同じことを繰り返して、自滅しかねない」

 でも仕事が、と言うと、天野が半眼に戻って続けた。
「そんな状態で会社に行っても、紙から文字が浮き上がって動きだしたり、蛇口から出た水が蛇になって頭をもたげたりするだけですよ」

 白紙のゲラの上で踊る黒い文字たちを想像する。織田は、滑稽なゆえの不気味さに、吐き気を覚えた。今までの日常が、少しずつ姿を変えて理解できないものになっていく違和感。この分だと、アスファルトの道路が波打ったり、車の前面が顔になって笑いだしたりするかもしれない。まるで百鬼夜行だ。

「釜や皿が命を持って、市中を練り歩く絵や文献が残っているでしょう。あれは、魔に憑かれた人が、恐怖心ゆえ実際に見たものなのですよ。何と言いましたっけ……そう、百鬼夜行」

 心を読まれたのか、と織田は息を呑んだ。天野が意味ありげに微笑む。
「怖いのは、幻影のはずの百鬼夜行が、その人にとってはリアルになることです」
 十九世紀のオランダで、こんな実験をした話があります、と天野が語り始めた。

 被験者をベッドに寝かせ、目隠しをして手足を縛りつける。実験者は、その足指をほんの少しだけ傷つける。うっすらと血が出る程度のものなのだが、被験者には洗面器に雫が落ちる音を聞かせ続け、しばらくしておもむろに言う。
「もう体の血の三分の一は出てしまったね」

 それを聞いた被験者は、本当に死んでしまったというのだ。致死量の血が流れ出てしまった、と思い込むだけで、被験者にとってそれは事実となり命すら奪ってしまう。それほど心は体に影響を与え、いもしない怪物を創り出してしまうのだ、と。

 竹藪の煤や炎の龍を思い出すと、鼻の奥に金属のような匂いがした。
 不安になって、織田はカーゴパンツの右太もものポケットに手をやった。
 司からもらったお守りを、布越しに感じる。念入りに祈祷したから邪気を祓い身を守ってくれるよ、と言っていた。四角い感触を何度もなぞっていると、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。

 ──愛美さんと接触して、早くここを抜け出す。それが本来の目的だったじゃない。呑まれちゃだめだ。
 織田は自分に言い聞かせた。

 同時に、入社当時、津島から教わったことが脳裏に浮かぶ。
 ──情報は、必ず原典に当たるように。伝聞は特に裏を取る必要があります。

 オランダの実験の話が事実とは限らない。想像だけで死んでしまったという話は、小説やマンガではよくあるパターンだ。だからこそ信じてしまいがちだが、裏を取るまでは話半分に聞かなければ。織田は深呼吸して背筋を正した。

「会社は二、三日休みます。……魔に惑わされないためにはどうすればいいか、教えていただけますでしょうか」
  手をついて頭を下げる。起き直ると、天野がうなずいた。

「まずは、外界との接触を断って、魔をブロックしましょう。その上で、加持を修します。さらに、良い気が満ちたものだけを口にし、規則正しい生活を行うことで、体に備わっている自浄作用を促すのです。ジャンクフードを食べ続けると、体調が悪くなるでしょう。その逆をすれば、体はすぐに回復して、同時に心も上向きになるのに、みんなそれをしようとしない。おかしなことです」

 夕貴が、「準備をしてきますね」と言って部屋を出て行った。
 天野が注意事項を続ける。

 携帯電話は特に悪いものを引きこみやすいので、金庫に預け、必要なときのみ付き添いのもとで使用する。パソコンやテレビは、魔に憑かれる恐れがある者は禁止。電磁波は、結界をたやすく越えてしまうからだ。
 お金は、庵にいる間は不要なので、安全のために金庫に預ける。
 滞在費は、食費などの実費のみで、一日千五百円程度。ただし作務は必須なので、掃除、洗濯、炊事、畑仕事などは分担して行う。

 滞在費などは良心的だが、携帯電話とお金を取り上げられるのは手痛い。いざというとき逃げる自由を奪われるのは、精神的な揺さぶりになる、ということを織田は思い知った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...