【日曜更新】ライク・アン・エクリプス【完結】

幻奏堂

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2051年12月14日(木) 前奏

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 シルクロの地下鉄のホーム。一両編成の電車を前に、美久、綜舞、陸翔、海央が立っている。
 海央以外はみな大きめのバッグやキャリーケースを手にしている。コートにブーツの重装備、吐く息は白い。

海央「ほんとに行っちゃうの? 美久は残った方がいいんじゃない?」

 不満げに口を尖らせる海央。ルームウェアに、バイカラーのレザーロングコートを羽織っている。

陸翔「美久の里帰りに美久が行かないでどうする」

 寒そうに肩をすくめながら、仏頂面で話す陸翔。ジャージMIXピーコート、チェックパンツ、スクエアトゥのムートンブーツ。

海央「だって~熊本とか遠すぎるじゃん。オレ心配」

綜舞「海央が100いるより俺が1人いる方が安全だから安心しろ」

陸翔「無駄に毒のある正論」

 綜舞はいつものベストに、ファーフード付きの上着をドッキングしている。ブラックカーゴデニム、青い厚底ウエスタンブーツ。

美久「龙成をよろしくね」

 手袋を付けながら海央を見やる美久。ポンチョ風ダウンにメタリックショートパンツ、ニーハイシャギーブーツ。

海央「よろしくったって、あいつオレに冷たいんだもん。やっぱオレらってイヌ科に嫌われる運命?」

陸翔「それは兄貴が一生話しかけるからだろ。あと一緒にすんな」

 龙成がいる地下室にはいつも誰かしらの姿がある。特に綜舞や美久は足繁く通っているようだ。

海央「だって絶対暇じゃん。俺はよかれと思って⋯⋯」

綜舞「海央のクソおもんねえ話聞かされるくらいなら、なんもない宇宙に放り出される方がマシだろ」

海央「くっ⋯⋯」

陸翔「綜舞今日どした??」

 龙成が獣化してからというもの、綜舞は何かと苛立ちがちだ。

 あの日、晚上を追ってシルクロを発とうとしたVAMPらを強襲した綜舞。しかし赤髪のVAMPを含む十数人は取り逃したらしい。
 その後、VAMPはほとんど姿を見せていない。咲鬼、晚上、そして永月を一挙に失い、体制を立て直そうとしているのかもしれない。

海央「っでもさ、陸は俺とバディなわけで、逆に綜舞が残ればいいんじゃない?」

陸翔「はぁ? 龙成が抜けた今、わざわざ兄貴と組むわけないだろ。そもそも俺は綜舞のままでよかったのに、兄貴のワガママ聞いてやったんだからな」

 陸翔が海央と組むことになったのは、陸翔が獣化しかけたのがキッカケらしい。

海央「だってぇ心配でぇ⋯⋯」

綜舞「いや普通に考えてアホ兄弟に美久を任せるとかねえから」

海央・陸翔「「言いすぎだろ!!」」

 声を揃えて抗議する2人。陸翔がいつものように苦々しげに顔を歪めて見せる。

綜舞「そんなことより海央は自分の心配をしろよ。俺がいない間はアルファ代理なんだから」

海央「えっちょっともう1回言って?」

綜舞「⋯⋯代理」

海央「そっちじゃなくてぇ~~」

綜舞「はぁ、だる」
「代理代理アホロ代理代理代理アホロ代理⋯⋯」

海央「アホロやめて!!!」

 海央の絶叫がホームに反響し、陸翔が両手で耳を塞いだ。

陸翔「そういや天陽は誘わないのか? 同郷だろ」

 退屈のあまり立ったまま寝かけていた美久に、陸翔が声をかける。

美久「うーん⋯⋯何があったのか私は全然知らないから、まずは1人でちゃんと受け止めたくて。そもそも教えてくれるかわかんないけど笑」

 それに天陽が沈黙を守っているのが自分の為なのだとしたら、帰省を快くは思わないだろうし、もしかしたら止められるかもしれない、と考えてのことだった。

海央「美久っ偉いぞっ」

綜舞「安心しろ。俺が無理やりにでも口を割らせる」

陸翔「顎まで裂けそう」

 みなに勇気づけられ、美久の表情が和らぐ。実のところ、昨夜は不安と緊張でほとんど寝られていない美久。

 ——自分がVAMPだと知っても、まだまだわからないことの方が多い。
 それを全部知ることができたとして、これまで通りとはいかなくなるであろうことを、美久は予感していた。



 数時間後、18時頃。熊本駅から乗り換えて美久の地元に辿り着いた一行。
 ちなみに東京駅から各主要駅までは、『ショットエクスプレス』という直通の地下鉄で行けるようになり、移動時間が大幅に短縮された。

 駅から町の高台に向かって歩いていくと、木々が生い茂ったエリアが見えてくる。
 やがて大きな鳥居が姿を現し、それが神社だということがわかる。『高天原 日の宮 烏光神宮』と表示された電光看板。

陸翔「烏光神宮って、あの烏光神社か⋯⋯!?」

 目の前を通り過ぎながら、陸翔が驚きの声を上げる。

美久「うん、天陽くんの実家だよ。今は誰も住んでないと思うけど。知ってるの?」

 そう言いながら、でも看板の電源が入ってるってことは一応開放はしてるんだなぁと、思い至る美久。

綜舞「ああ、海央の母親が通ってたみたいで、おみやげにお守りもらったことあったな」

美久「ええっこんな所まで?! そういえば龙成からもらったお守り⋯⋯友達って海央のことだったんだ」

 それはそうとこの中にGPSが入ってるのかと、PA3に付けたお守りをしげしげと眺める美久。まだそのままのようだ。

陸翔「⋯⋯」

 陸翔は深刻そうな表情で押し黙っている。

美久「あっ見えてきたよ」

 町の高台に鎮座する純和風のお屋敷。美久の生家だ。

陸翔「でっけぇ⋯⋯」

美久「まぁ田舎だからね。古いだけだよ」

 慣れ親しんだはずの実家を見上げながら、美久は急速に気持ちが萎んでいくのを感じていた。


 玄関前に辿り着いたところで、綜舞と陸翔が足を止める。
 引き戸の脇には提灯風のライト、左手の庭園には灯籠風のライトが点在している。

綜舞「じゃーとりあえず俺らはそこらへんで時間潰してるから。顎裂いてほしくなったら呼んで」

美久「あはは笑、了解」

陸翔「まじでやるぞこれ」

 しかし引手に手をかけたまま、しばらく静止している美久。

美久「⋯⋯寒くなったら勝手に入ってていいからね?」

陸翔「めっちゃ気重いじゃん笑。まぁそりゃそうか」

 心細そうな美久に、ふっと破顔する陸翔。

綜舞「何があっても美久は悪くねえ。胸張って殴り倒してこい!」

陸翔「突撃反抗期すぎる」

綜舞「は?」

陸翔「あ?」

 いつものスイッチが入る。一触即発だ。

美久「はは笑、ありがとう。なんかほぐれた。じゃあ、いってきます」

 美久はここにいるのも地獄かもと思い直し、意を決して重い扉を開け放った。

高逸「おかえり、美久。大きくなったね」

 その先で、高逸が待ち構えていた。百合柄の白い着物。珍しい格好だと、美久は思った。
 美久の背後に立つ2人と目が合ったのか、にこやかに会釈をする高逸。

 玄関に積まれるように置かれた沢山の贈り物。花束や製菓、農作物の数々。
 添えられたメッセージカードを見て、今日が高逸の誕生日だったことを思い出す美久。

美久「⋯⋯お父さんは変わらないね。何歳になったの?」

 美久は後ろ手に扉を閉めながら、冷たく問いかける。高逸は容姿が変わらず、30~40代にしか見えない。

高逸「ええと、65だったかな」

美久「そういうのもういいから」

 うんざりした様子の美久。対して高逸は楽しげだ。

高逸「ははは、そう? いちいち数えてないけれど、そろそろ1000を超える頃かな」

 1000⋯⋯高逸がクォーターであるならば、寿命に差し掛かっているということになる。

美久「いつからこの村にいるの」

高逸「⋯⋯生まれてからずっと」

美久「よくみんなに気味悪がられないね」

高逸「ああ、それは⋯⋯実験対象は美久だけじゃない、とだけ言っておこうかな笑」

 悪戯っぽく笑う高逸を、美久は心底軽蔑した。


 居間に通された美久。すると女性がお茶を乗せた盆を手に現れる。
 美久が物心ついた時には既に住み込みで働いていたお手伝いさん。桜鼠色の着物。艶のある古風なまとめ髪、陰りのある黒い瞳。
 50代くらいだろうか。その外見は高逸同様、変わっていないように見える。

美久「あの人は人間だよね。餌にしたの⋯⋯?」

 お手伝いさんが退室するのを見計らって口を開く美久。
 久しぶりに会ったというのに美久を気にする様子もなく、どこか機械的な印象を受ける。思えば昔からそうだったと美久は思い出す。

高逸「いや。昔からここで働いてる人だよ。私は餌というものがどうにも苦手でね。ッゴホッゴホ⋯⋯」

 苦しそうに咳をする高逸。風邪だろうか。

美久「昔から⋯⋯」

 どのくらい昔からなのかという疑問を美久は飲み込んだ。今はそれどころではない。

高逸「で、今日は何用かな。まさかこの家に戻りたいだなんて相談ではないだろう?笑 私としては大歓迎だが」

美久「⋯⋯本当のことを教えてほしい。私に隠していたこと、全部」

 美久は高逸をまっすぐに見据えた。その目に、迷いはない。

高逸「はぁ、なるほど。いいよ。もう隠しておく必要もないからね」

 意外なほどあっさりと了承する高逸。美久と同じ色でも、まるで印象の違う瞳。

美久「でもその前に、獣化を治す薬ってある?」

高逸「獣化⋯⋯ああ、LYCANの。へえ、ついに完全な個体を得られたのか。興味深い」

 目を輝かせる高逸に、博道が重なる。2人はどこか似ていると、美久は感じた。

美久「あるの? あるなら買わせてください」

高逸「はは、随分と他人行儀だな笑。高くつくぞ?」

美久「買わせてください」

高逸「まあ、善処するよ」

 相変わらず掴みどころのない高逸に、美久は小さくため息をついた。

美久「⋯⋯お母さんはどこにいるの?」

 ようやく本題に入る。高逸に愛想を尽かし、家を出たと聞いていたが、この状況になってはそれも怪しいと考えていた美久。

高逸「ああ⋯⋯竜宮城かな。川の底にもあるのなら笑」

美久「っ殺したの?!」

 取り乱す美久。名前も顔も知らない母親だったが、亡くなったと思うと胸が痛んだ。

高逸「いいや。彼女まで殺すつもりはなかった、自ら飛び込んだんだ。次は餌にして色々と試そうと考えていたところだったから、私としても残念だったよ」

美久「餌にしてなかったの⋯⋯?」

 VAMPは基本的に餌にしてから子供を産ませる。それは母体へのストレスを軽減させ、無事に出産させる為でもある。

高逸「ああ。どちらのデータも欲しかったからね。女VAMPが生まれたのはおそらく烏光家の血筋によるものだが、他の要因も考えられなくはなかった」

美久「烏光家⋯⋯? お母さんは天陽くんと関係あるの?」

高逸「烏光さんの妹さんだよ。烏光さんの奥さんは天陽くんを産んですぐに亡くなったから、ほとんど母親代わりで天陽くんの面倒を見ていたようだよ」

 やはり美久と天陽は血が繋がっていたようだ。叔父の息子ということは、従兄弟にあたるということになる。

『僕にはもう⋯⋯美久しかいないから』
 暗い瞳でそう呟く天陽を思い浮かべる美久。天陽は全てを知っていたのだろうか。

高逸「彼女が私に接触してきたのも、天陽くんの病気を治す為でね。いくつか研究を披露してやったら、すぐに私を信用したよ。簡単だった」

美久「っ⋯⋯お母さんを騙したんだ」

高逸「騙したというか、協力してもらったという認識でいるが⋯⋯そもそも天陽くんの病気自体、私が過度に採血を繰り返していたのが原因だったからね。私次第という意味では、あながち嘘ではなかったんだ笑」

美久「っなんで、そんなこと⋯⋯」

 まるで世間話でもしているかのように、淡々と話す高逸に美久は苛立ちを募らせる。

高逸「烏光家は特別なんだ。私は不死を叶えたら、その血の研究をすると決めていた。その為に継続的に血が必要だったんだ」

美久「不死⋯⋯?」

高逸「ほとんど一生をかけて、DNAを書き換えるワクチンの開発に成功してね。私は自らのDNAを当主のDNAに書き換え、純血種となった。純血種にも寿命があるといわれているが、私はほとんど無限だと結論付けている」

 衝撃的事実の連続に、思わず絶句する美久。信じがたいが、嘘をついているようには見えない。

 現在は複製された当主の血液が出回っていると話していた博道。それも疑似血液を開発した高逸によるものと考えて間違いないだろう。
 『未完成』であるVAMPらはかつて、定期的に当主から血液を与えられていたというから、おそらくそれを利用し、当主のDNAも得たと考えられる。

高逸「彼女と出会ったのはその後だから、美久はハーフということになるね。それと、天陽くんも」

美久「天陽くんがハーフ? おじさんが父親なのに?」

 父親が人間なら、母親が純血種の女VAMPではなければハーフは産まれないはずだ。だが、それは有り得ない。

高逸「そうだよ。私がそのワクチンを使って、天陽くんのDNAを美久のDNAに書き換えたんだ」

美久「は⋯⋯?」

 耳を疑う美久。天陽は生まれつきVAMPではなかった。高逸の手によって変わり果てたのだ。

高逸「全部お前の為だよ、美久」

 高逸の言葉が、美久に重くのしかかる。

高逸「あの日、珠琴さんが私を訪ねた日。夜遅くにお前は屋敷を抜け出し、烏光神社の宿舎に忍び込んだんだ。

そして珠琴さんを吸血し⋯⋯殺した」

美久「⋯⋯!!」

 あの日の翌朝。とても体が軽かったことを思い出す美久。そう、それは——つい先日も感じたものだった。

 美久は吐き気をもよおし、胸を押さえて嗚咽する。珠琴の笑顔が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。

高逸「そこに天陽くんと、遅れて私が駆けつけた。私は普段からVAMPに監視されていてね、私が着いた時には見張りが立ち去るところだった。現場を見られたかもしれない、唯一の女VAMPである美久は連れ去られるだろう、そう考えた」

 頭の中で声が反響している。美久は息を切らしながら、高逸を見上げた。嗜虐的な笑みをたたえている高逸と目が合う。

高逸「私としても貴重な実験材料を失いたくはなかった。だから天陽くんに提案したんだ。君がやったことにしないかって」

美久「嘘⋯⋯⋯⋯」

高逸「ああ、そう気に病むことはないよ。ほとんど事故だったんだ。吸血衝動は抑えられるものではないし、特に美久は早かったからね。殺したくて殺したわけじゃない」

 なんの励ましにもならない、無感情な言葉。

美久「お、おじさん⋯⋯天陽くんのお父さんは⋯⋯」

高逸「ああ。大事な息子さんがVAMPになる前に、殺してあげたよ」

美久「っ⋯⋯」

 父親も、母親代わりだった叔母も、そして自身の人生すらも奪われていた天陽。その全てに、美久が関係していた。
 美久は自身の体がバラバラに切り裂かれるような、激しい痛みを覚えた。

——ガタッ

 背後から物音がして美久が振り返ると、海央が立っていた。驚きに目を見開いて。

美久「海央⋯⋯なんで⋯⋯」

高逸「海央⋯⋯ああ、珠琴さんの息子さんか! 最期に君の名を口にしていたよ。奇遇だね、美久の知り合いなのかい?」

美久「え⋯⋯」

 出張中に亡くなった、海央の母親。定期的に高逸を訪ねていた、スーツ姿の珠琴。2人の影が重なる。

「お前はもう黙れ」

——パァン!

 突如、高逸の傍らに現れた天陽が、UVガンで高逸の側頭部を撃ち抜いた。

 派手に飛び散る血飛沫。高逸は静かに目を閉じ、倒れ込んだ。

美久「⋯⋯」

 放心状態の美久。呼吸がうまくできていない。

綜舞「っおい、大丈夫か?!」

陸翔「え、兄貴?」

 銃声を聞きつけ、綜舞と陸翔が駆けつける。綜舞は既に斧を手にしている。

海央「⋯⋯」

 海央が美久に目を移す——深く、悲しみに満ちた目。
 あまりに、遠い。

美久「⋯⋯っ」

 美久が立ち上がり、ふらつきながら部屋を出て行く。苦しげに顔を歪める天陽。

天陽「⋯⋯美久は殺してない」

 天陽はそう呟き、すぐに美久の後を追う。
 立ち尽くす海央。呆気に取られている綜舞、陸翔。

 微動だにしない高逸。白い百合が、赤く染まり咲く。

 永遠の終わりを祝うように。




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