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9話

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夕食後、稲荷の待つ旅館の出入口に、小走りで向かった。
稲荷の姿が見え、更に足を速めた。
軽く肩で息をしながら、目の前に立つと、稲荷は、頭から足元まで見て、優しく微笑んだ。

「キレイだ。よく似合ってる」

仲居の好意で、浴衣を着付けてもらった。
蓮が描かれた淡い色の浴衣に、紺色の帯の貸し浴衣に身を包み、稲荷の微笑みに頬が熱くなった。

「稲荷も…似合ってるよ」

旅館の浴衣とは違い、男物の浴衣を着ている稲荷は、本当に似合っていた。
稲荷の頬が、桃色になる。

「い…行こうか」

「うん」

並んで、花火大会の会場に向かって、手を繋いで歩き出した。

「その髪飾り珍しいな」

着付けをしてくれた仲居が、貸してくれた短い髪でも、付けられる髪飾りに、稲荷が、優しく触れると、シャランと小さな音が聞こえた。

「あの仲居さんがしてくれたの。キレイだよね」

「あぁ。キレイだ」

稲荷の2度目の綺麗に、また頬が熱くなった。
それから、黙ったまま、ゆっくりと歩き、川原が近付くと、明るくなってきた。
小さな出店が、数件あるだけだが、賑やかな声が、飛び交っていた。

「スゴいね」

「あぁ」

稲荷としっかりと、手を繋ぎ、ソースの焼ける香ばしい匂いの中、人混みを縫うように進んだ。
喉が乾いて、途中で、ラムネを買って飲むと、懐かしい爽やかさが、口いっぱいに広がる。
隣の稲荷も、ラムネを飲んで、懐かしむように、目を細めた。
そんな稲荷に愛しさが生まれ、気付かれないように、小さく微笑んだ。
更に、進んで行くと、人が増えて、なかなか前に進めない。

「これじゃ、進めないね」

「あぁ。どうしたんだろうな」

「この先で、陣取るお客がいんだよ」

会話を聞いて、近くの飴屋のおじさんが、親切に教えてくれた。

「この先の対岸で、打ち上げるからって、その真ん前に、沢山のお客が陣取って、毎年、こんなもんだ」

「毎年、出店されてるんですか?」

「あぁ。毎年来てるぜ」

「この花火大会って、そんなに有名なんですか?」

「いや。そんなんでもねぇが、よくいんだよ。花火大会ってぇと、1番近くで、陣取って、ドンチャン騒ぎする奴が。んな、近付かねぇでも、見えるのによ」

「そうなんですか。大変なんですね。1つ頂けますか?」

「あいよぅ。どれがいい?」

「ほら。選びな」

「ん~…どうしようかなぁ。どれも可愛いけど…コレにします」

並んでいる飴細工を見渡し、可愛い小鳥のべっこう飴を1つ選んだ。

「はいよ。嬢ちゃん、可愛い上に、お世辞が上手いねぇ~」

「そんな事ないですよ」

照れて下を向くと、顔をクシャクシャにしたおじさんは、稲荷に視線を向けた。

「彼氏の兄ちゃんも、昔の俺に似て、いい男だな」

「私なんて、足元にも及ばないですよ」

稲荷が小銭を渡す隣で、キラキラと、光を反射する小鳥の飴を受け取ると、おじさんは、同じような小鳥をもう1つ差し出した。
稲荷と顔を見合わせ、首を傾げると、おじさんは、クシャッと笑った。

「持ってきな。素敵な2人にジジィからだ」

「え…でも、売り物ですよね?悪いですよ」

「リンカ。こうゆうときは、素直に受け取らないと失礼だよ?」

遠慮しながら、恐る恐る、飴を受け取った。

「ありがとうございます」

ニッコリと笑うと、おじさんもニッコリ笑った。

「はい」

「ありがとう」

持っていた飴を1つを稲荷に差し出すと、優しく微笑んで、それを受け取った。

「キレイだねぇ」

「あぁ。細かい所まで出来てる。型がいいんだな」

店の前で、飴細工を眺めていると、おじさんが、キョロキョロと、周りを見た。

「2人にいい事を教えてやろう。ちょっと耳貸しな」

稲荷と一緒に、おじさんに顔を近付ける。

「あそこ、少し、小高くなってんだろ?」

おじさんの指差した方を見ると、確かに、少し小高くなっていた。

「あそこからでも花火が見える。地元の奴しか知らねぇ、穴場だったが、今じゃ、地元の奴も、あんま来ねぇから、誰にも、邪魔されねぇで、ゆっくり、見れっぞ」

「あそこには、何があるんですか?」

「古い神社だ。ここから、あんま、離れてねぇから、今から行けば、打ち上げにも間に合うぞ」

「へぇ」

「ここだと、見えないだろしな。早速、行ってみるか」

「うん」

「ありがとうございました」

「いいって事よ。んじゃ楽しめよ」

おじさんに手を振り、その場から離れて、また手を繋ぎ、飴を舐めながら、来た道を戻った。
教えてもらった神社に向かうと、それ程、時間も掛からず、古い石造りの階段に辿り着いた。
外灯もなく、ぼんやりと浮かび上がる階段の先は、真っ暗で、薄気味悪い。
こんな場所に好んで、来る人なんて確かにいない。
その雰囲気に恐怖を感じ、足がすくみそうになるが、しっかりと繋がれた手に稲荷を感じ、ゆっくりと階段を登り始めた。
だが、その階段は、意外と長くて、半分くらい登ると、足が痛みだした。
それでも、なんとか登りきると、稲荷は、心配そうな顔をした。

「大丈夫か?」

「うん…平気…」

足の痛みを堪えながら、笑ったが、稲荷の表情は、変わらなかった。

「ちょっと見せて」

稲荷と一緒に屈むと、鼻緒が擦れて、赤くなっていた。
その足を見て、稲荷は、ため息をついた。

「こんなになるまで、我慢して…大丈夫じゃないだろ?」

「…ごめんなさい」

呆れた顔をしているが、それでも優しい。
素直に謝ると、稲荷は、またため息をついて、立ち上がり、頭に手を置いてから抱き上げた。

「今度からは、ちゃんと教えるんだからな?」

稲荷に抱えられ、胸元に頬を寄せ、静かに頷くと、賽銭箱の前にある小さな段差に座らせられ、隣に稲荷も座った。
本当に静かで、誰もいない。
2人しかいない、別の世界にいる感覚に浸っていると、ドーンと大きな音が聞こえ、夜空に煌めく大輪の花火が見えた。

「キレイ…」

「ホント…キレイだ…」

稲荷に肩を抱き寄せられ、その肩に頭を乗せた。
寄り添いながら、幾重にも重なるように、次々に打ち上げられる花火を見つめた。

「…私の事、覚えていてくれて、ありがとう」

花火を見上げながら、思うがまま、感じたままに、ゆっくりと話し出した。

「大好きな人たちが、いなくなって、苦しくて、哀しくて、切なくて、どうしようもなかった。そんな思いなんか、捨ててしまいたくて、大切な思い出も、記憶から消そうとした。でも、今日、イナリと一緒に色んな所を回って分かったよ」

稲荷の肩が動き、静かに見下ろされた。

「私は、ただ、自分から逃げてたんだなって。誰かを傷付けたくないなんて、思いながら、本当は、傷付く自分から逃げてたんだって」

花火から視線を反らし、鼻緒で擦れ、赤くなった足を見つめた。

「そう思うと、私って、今まで皆に、凄く、酷い事してたんだなぁ~」

苦笑いしながら、稲荷の方に、少しだけ顔を向け、自傷するように笑った。

「私って、ワガママで、自分勝手で…嫌なヤツだね」

「そんな事ない」

少し強い口調に驚いて、見上げると、稲荷は、目を細めて、前を向いた。

「誰だって、自分勝手でワガママだ。他者がどうあれ、自分を優先しようとする。他者の事を考えているようで、本当は、自分の事を考えている。それは、私だって同じだ」

花火の明るさに、浮かび上がる稲荷の横顔から視線を反らすように、まだ続く花火を見上げた。

「だが、それでいい。それでいいんだ。そうやって、本当の自分を知るんだ。そして、自分に足りない部分を補い合う。補い合い、寄り添い合い、支え合い、慰め合いながら、これからを生きる」

稲荷を見上げると、稲荷も見下ろしていた。
しばらく見つめ合い、近付く稲荷の瞳の前で、ゆっくり、目を閉じようとした時、大きな花火が上がり、すぐに消えた。
目を閉じて、唇に、稲荷の唇が、重なったのを感じた。
暗闇の中に紛れるように、重ね合わせた口付けは、とても甘く、優しく、柔らかだった。
離れる唇に目を開け、真剣な顔付きの稲荷と見つめ合うと、急に淋しさが込み上げた。

「戻ろうか」

「うん」

稲荷は、肩を離さなかった。

「…イナリ?」

視線を反らさず、首を傾げると、頬に触れる稲荷は、少し意地悪な微笑みを作った。

「このまま、戻るのも勿体ないな」

さっきより少し、乱暴に稲荷の唇が重なる。
肩の手が滑るように落ち、腰に回され、頭を大きな手が包む。
小さな虫の鳴き声が聞こえる中、何度も角度を変えて、降り注ぐ、稲荷の口付けを必死に受け止めた。
それから、稲荷との関係が、少し変わった。
前までは、一定の距離を保つ為、互いに触れ合う事を極力避けていた。
だが、今では、その距離があった事すら、疑わしい程、互いに触れ合い、気付けば、寄り添い合って、多くの時間を共用するようになった。
それは、端から見れば、恋人同士に見えるかもしれない。
稲荷との距離が近付いたが、想いを未だに、伝えられなかった。
バイトと勉強に追われながら、稲荷とは、ゆったりとした時間を過ごす。
そんな風に、残りの夏休みを過ごし、学校が始まり、いつもの慌ただしい生活に戻った。
色んな事を気付いたあの旅行から、私は、人に対する態度が変わった。
1人で問題を抱える事をやめ、周りに相談するようになった。
最初は、ほとんどの人が、驚いていたが、喜んでもいた。
舞子も喜んで、前よりも、色んな事を話すようになった。
そんな風になってから、1ヶ月が過ぎ、制服が冬服になったある日のお昼休み。
舞子を含めて、4人で、仲良くお昼を食べていると、舞子にじっと見つめられた。

「何か付いてる?」

黙って首を振った舞子から、お弁当に視線を戻すが、舞子は、見つめ続けた。

「なに?どうしたの?」

「凜華…キレイになった」

「はぁ?」

「それ分かる!!」

「元々、キレイなのが、更に、キレイになった感じ」

「そうそう!!何か、こう…キラキラしてる感じ」

「あと、仕草とかも、何かこう…可愛らしくなったよね!?」

「そうそう!!女でも、キュンってなるよね!?」

「分かるわ~。それ。こう…守らなきゃ的な」

「そう!!それ!!何か、大事な話してる時なんか、小動物みたいな感じで」

「チョーーー可愛いよねぇ~~」

話が盛り上がる3人に苦笑いしてると、舞子が、ニヤリと笑った。
その舞子の表情に、嫌な予感がした。

「さては、凜華。彼氏が出来たんでしょ?」

「え!!」

「ウソ!?」

「マジ!?」

「違っ!!」

「違うんだぁ。じゃ好きな人だ」

舞子の好きな人に、稲荷の優しく微笑む姿が、頭に浮かび、一気に頬が熱くなった。
それを見て、ニヤニヤと笑いながら、舞子は、確信を持った。

「そうなら、そうって言ってよ~」

「別に言わなくても…」

「何、照れてんのよ」

舞子が、勢い良く背中を叩いた。

「で?どうなの?」

「なにが?」

「もう。何がじゃなくてぇ。仲良いの?」

「それなりに…」

黄色い声を上がるのに驚きながら、苦笑いすると、3人は、鼻息を荒くした。

「どんな人!?」

「年上!?下!?」

「まさかの同い年!?」

「あや、その、えっと…」

「凜華」

3人の勢いに押され、困っていると、幸彦に呼ばれ、手招きされた。

「ごめん。ちょっと、行ってくるね」

内心、ホッとしながら、幸彦の所に近付いた。

「なに?」

「ちょっとね。いい?」

幸彦は、親指で後ろに向け、頷くと、さっさと歩き出し、その後を追った。
舞子たちの猛攻から逃れ、幸彦に連れて来られたのは、屋上だった。
フェンスの近くに立ち、グランドを見下ろす後ろで、幸彦は、黙っていた。

「で?何か用?」

振り返らず、グランドを見下ろしたままでいると、靴の擦れる音が聞こえた。

「近付かないで」

「凜華…」

「ねぇ…幸彦君は、私が好き?」

「それは…好きだよ」

「私も好き」

「え…じゃぁ…」

「でもね?」

振り向いて、幸彦に優しく微笑んだ。

「私は、友だちとして好き…恋心じゃない。だから、私は、五月女君と、このまま、友だちでいたい」

幸彦の顔が、悔しそうに歪んでいく。

「無理にとは言わない。辛いなら、友だちをやめてもいい。それは、五月女君の自由だから。だけど、私は、五月女君と付き合う気は全くない」

「…分かった…今まで…ごめん」

顔を隠すように、下を向いた幸彦は、屋上から足早にいなくなった。
また、フェンスに向き直り、グランドを見下ろす。

「いつまで、隠れてるつもりですか?」

静かにドアが開かれ、隆也が、屋上に現れた。

「聞いてました?」

「あぁ」

「なら、分かりますよね?」

隆也に向き直り、優しく微笑むと、隆也は、淋しそうに微笑んだ。

「理由…聞いていいか?」

「好きな人がいます」

「そっか。どんなヤツだ?」

「優しくて、強くて、暖かくて、私を1番に思ってくれて、凄く…カッコよくて、素敵な人です」

目を閉じて、瞼に稲荷を思い描き、頬に熱を感じながら、ニッコリと笑った。
隆也は、諦めたように、両手を上げて、降参のポーズをした。

「んな良い所ずくめのヤツに、敵うわけねぇわ。んじゃな」

隆也の背中は、淋しそうでありながら、どこか、清々しいようにも見えた。
しっかりと、ドアが閉まるのを見届け、いつの間にか、止めていた息を吐き出し、空を見上げた。
空に向かって腕を伸ばし、思いっきり、背伸びをしてから歩き出した。
そよ風に、一瞬だけ振り返り、すぐにドアを開けて屋上を出た。
教室に戻ると、舞子たちに囲まれ、あれこれ聞かれ、素直に話した。
最初は、驚いていたが、次第に安心したように、頷きながら、話を聞き、最後には、優しい微笑みを作り、褒めてくれた。
それからすぐにチャイムが鳴り、私は、慌てて弁当箱を片付けた。
授業の用意を出して、しばらくすると、先生が入ってきた。
黒板に顔を向ける度に、本人のいない幸彦の席が、視界に入って胸が痛む。
だか、後悔はしていなかった。
だから、授業に集中する事が出来た。
その後も普段と変わらずに過ごしたが、放課後になっても、幸彦は、教室に戻って来なかった。
誰もいなくなり、静かになった教室で、目を真っ赤にした幸彦は、静かにグランドを眺めていた。
知った背中を見付けると、屋上での事が思い出され、また、涙が溢れ、頬を伝う。
流れ落ちる涙をそのままに、その背中を目で追い続ける。

「よぉ」

人が来たのも分からずに、泣いていた幸彦は、聞こえてきた声に、慌てて、袖で目元を拭った。

「なんだよ。笑いにでも来たのかよ」

背中を向けたままの幸彦の隣に立った隆也は、ため息をついた。

「ちげぇよ。慰めに来たんだ」

頭に乗せられた隆也の手を振り払った幸彦は、我慢していたモノが弾けた。

「テメェの慰めなんかいらねぇよ!!どうせ大人だからとか思ってんだろ!!大人だから言ってんだろ!!何が大人だよ!!大人がなんだよ!!俺だって!!」

下を向いて、大粒の涙を流し、床を濡らす幸彦を隆也は、真剣な顔で、黙って見つめた。

「俺だって…アイツを…必死に想って…アイツの為に…必死に…感情…抑え込んで…なのに…なのに…大人なんかに…大人に勝てるワケねぇじゃん…勝てっこねぇじゃん…」

唇を噛み締めてから、顔を上げ、隆也に向かって怒鳴った。

「テメェなんかに!!テメェみてぇな大人に!!慰められたくねぇんだよ!!」

目を閉じ、グッと奥歯を噛み締め、泣き顔を隠すように、隆也に背中を向けた幸彦は、肩を揺らし、声を震わせた。

「笑えよ…いつもの調子でさ…フラれたくらいで、んな大泣きして、バカだろって言えよ。そう言って大笑いしろよ!!」

「俺もだ」

強い口調に驚いた幸彦が、勢い良く、振り返ると、隆也は、唇を噛み締め、悔しそうに顔を歪めていた。

「俺もフラれた…お前のすぐ後に」

ゆっくりと、閉じられた隆也の目から、涙が頬を伝った。

「子供はいいよな。そうやって、泣けてよ。大人になったら、簡単には、泣けねぇ。大人だからって、良い事ばっかじゃねぇ。大人だって、フラれる時は、フラれんだよ」

目を開け、流れる涙を乱暴に手のひらで拭い、鼻をすすった隆也を見ていると、その痛みが、伝染したのか、幸彦は、顔を歪めて泣いた。

「なんで、おめぇが、んなに泣くんだよ」

苦笑いしながら、幸彦の頭を乱暴に、撫で付けて、隆也も、静かに泣いた。
夕焼けに染まる教室で、静かに泣く男が2人の肩には、同じ色の哀しみと痛みがのし掛かる。
目が真っ赤になり目を腫らしながらも、やっと、泣き止んだ2人を見つめるのは、窓の外から、夜となって、瞬きだした星と月だけだった。
次の日からは、隆也の服装がジャージに戻った。
幸彦も、普段通りに戻っていたが、どちらも話す時は、ぎこちなかった。
それでも、学校で普通に過ごせるのは、舞子と新たに出来た友だちのおかげで、あまり、傷付かなかったのは、稲荷のおかげだった。
学校では、舞子や友だちがいて、アパートに帰ると、稲荷がいる。
自分だけじゃなく、誰かに支えられることにも慣れ始めた頃、1ヶ月後に行われる文化祭の話し合いが、隆也が担当の数学の授業に設けられた。

「では、文化祭の出し物を決めたいと思います」

実行委員である舞子と幸彦が、黒板の前に立ち、話し合いが始まると、次々に案が出され、2人で、黒板に書いていく。
お化け屋敷や演劇など、定番の物が挙げられる。

「はい。では、この中で、決めたいと思いますが、意見のある人いますか」

「どれも普通すぎて、つまんなくね?」

1番に意見を言ったのは、幸彦だった。
幸彦の意見に、舞子も、黒板を見て、頷いた。

「確かにねぇ。なんか、ちょっと変わった事したいよね」

教室内がざわついた。

「はい」

そんな中、女子生徒の1人が手を挙げた。

「はい。どうぞ」

「何かと何かを掛け合わせるのは、どうかな?」

「って言うと?」

「例えば、お化け屋敷と喫茶店を掛け合わせて、お化け喫茶みたいな感じで」

「それなら、コスプレ喫茶とかの方が、盛り上がんじゃない?」

「でも、コスプレ喫茶なら、その辺にあるし」

「私らだけじゃなくて、お客さんにもコスプレしてもらうなんて、どうかな?衣装だけ用意して、選んでもらうの」

「着替えスペースが、必要じゃない?」

「ならさ。いっそ、衣装も台本も全部、俺らで作った演劇を喫茶店の中で、やっちまえば?」

「それこそ、劇するスペースが必要じゃん」

「演劇じゃなくて、映画にでもすれば?」

幸彦が、何気なく思ったことを口にすると、今まで、縦横無尽に飛び交っていた声が、ピタリと止まった。

「な何だよ」

「五月女…アンタ、良い事言った!!」

舞子が珍しく幸彦を褒めて、黒板に何かを書いた。

「映画喫茶?」

「そう。本質は、喫茶店だけど、決まった時間に、1から全て自分たちで、作った映画を上映する」

「全てって…マジ?」

「マジよ?台本から衣装から、全部、自分たちで作る。もちろん、会場の準備も自分たちでやる」

「どうやって」

「クラスを半分にして、半分は映画。もう半分は会場準備。」

「半分って…部活とか委員会の方に行く奴もいるんだぞ?」

「その時は、手の空いてる人が、手伝えばいいじゃない」

「映画の方で、抜けた奴がいたら、どうすんだよ?スタッフだったらいいけど、演技する奴とかじゃ、それは、出来ないだろ」

「違うシーンを撮って、編集すればいいじゃん」

とうとう、幸彦が何も言えなくなると、舞子は、ドヤ顔をした。

「私の案に反対の方、挙手をお願いします」

誰一人として、手を挙げる人は、いなかった。

「はい。じゃ、皆、賛成って事で、映画喫茶に決定します」

その後、先に映画の内容や配役を決めてから、それに合わせて、クラスを半分にしようとなった。
クラスの女子生徒の意見が、押し切られるような形で、恋愛物に決まり、その台本は、文章を得意とする子が、全てを一任する事になった。
配役を決める段階になると、その子の中には、もう映画のあらすじは、出来上がってたらしく、大まかな役を挙げて、それを舞子が黒板に書いた。

「では、配役を決めます。やりたいのでも、誰かにやって欲しいのでもいいので、適当に、名前言ってください」

「ちょっと待って。ヒロインは、寺西さんがいいんだけど」

「私!?」

話し合いを黙って見つめていると、台本の担当の子から、急に、自分の名前が挙げられ、驚いて声を上げた。

「それ、私も思った」

舞子も、その意見に賛成すると、教室内で、一斉に賛成の声が上がった。

「はい。じゃ~決まり~」

「ちょっ!!待って!!待って!!私、どっちかって言うと、喫茶の方がいいんだけど」

「えーーー」

一気に沸き起こる声に、押され気味になりながら、必死になって、反対した。

「はぁ~い。寺西さんがやるなら、私もやる~」

「なら、俺も」

次々に率先して、手を挙げた子たちの名前が、書かれていく。

「じゃ、この中から、配役を決めていきます」

完全に逃げられない状況になり、机に突っ伏して、順調に流れていく話を聞いているだけだった。
授業時間いっぱいまで使われ、話し合いが終わると、周りに舞子や友だちが集まった。

「いや~。有意義な時間だったねぇ」

「全然、有意義じゃない。」

「いいじゃん。当日は、皆で喫茶店は、出来るんだし」

「よくないよ。当日以外は、何も出来ない」

「それはそれ。これはこれ。やるべき事は、やらなきゃね?」

「無理矢理、押し付けられたのに」

「寺西さんがいるから、話が思い付いたんだよ?」

顔を上げると、すぐ近くに、台本の担当になった子が立っていた。

「初めて、寺西さんと同じクラスになって、綺麗な人だなぁって思ってたんだ。でも、綺麗な人って、必ず、特定のグループに属してて、そのグループしかいないから、なんか、近寄り難いような雰囲気じゃん?」

返答に困って、舞子を見ると、頷いていた。

「でも、寺西さんは、色んな人と話するし。スゴく気さくだし。困ってる人に声掛けたりするし。優しいし」

彼女の言葉に、友だちも頷く。

「色んな寺西さんを見てたら、仲良くなりたいな。話してみたいなって、思ったんだ。でも…どんな風に…何を話したらいいか…分からなくて…だから、この文化祭がきっかけで…仲良くなれたらいいなって思って…」

次第に、モジモジしながら、一生懸命に話す彼女を見てると、嬉しさが込み上げてきた。

「ありがと。えーっと…」

「酒田です。酒田香奈(サカタカナ)」

「ありがと。よろしくね?香奈さん」

微笑むと、香奈の頬が赤くなり、ゆっくりと表現が崩れ、嬉しそうに、ニッコリと笑った。

「ありがとう。寺西さん」

「凜華でいいよ?」

「いいの?」

「その代わり。私も香奈さんって、呼ばせてね?」

悪戯っ子のような、笑みを浮かべ、ウィンクすると、香奈は、余程、嬉しかったのか、満面の笑みを作った。

「うん!よろしく。凜華さん」

また新たな友だちが出来て、嬉しくなると、香奈は、自分のブレザーから携帯を取り出した。

「アドレス教えて?」

「いいよ」

携帯を出して、赤外線で連絡先を交換してると、舞子や友だちも携帯を出した。

「私もいい?」

「私も」

「私にも教えて?」

その場にいた全員で、連絡先の交換を始めた。

「私、一条舞子」

「一条さんの字ってこれであってる?」

「うん。そうそう。香奈ってこれでいい?」

「はい」

舞子と香奈が、連絡先を交換してる間、他の2人と連絡先を交換した。

「ねぇ。私も凜華って呼んでいい?私も友姫(ユキ)って、呼んでいいから」

「全然、いいよ?」

「あ!ズルい!私も紗英(サエ)で、お願いします」

「うん。分かった」

友姫と紗英の連絡先を登録し、香奈を見ると、嬉しそうに携帯を眺めていた。

「ところでさ」

舞子が声を掛けると、香奈は、首を傾げた。

「何がきっかけで、話が思い付いたの?」

「かなり前だけど、事務室前の花壇に水やりしたり、手入れしてるのを見た時に、思い付いたんだ」

「そんな所まで見られてたんだ」

恥ずかしくなって、苦笑いすると、香奈は、鼻息を荒くした。

「だって!!その時スゴく幻想的だったんだもん!!凜華さんが、水を掛けると、萎れてた花が、元気になって、キラキラして、周りに蝶々とかも、嬉しそうに飛び回って。花の精が降臨って感じで!!それだけで、どんどん、話が膨らんで。これは、書かなくてば!!って思うくらい、ヤバかった!!」

香奈の勢いに押され、苦笑いしていると、紗英と友姫も、身を乗り出した。

「分かる!!授業で、バスケの試合した時も汗が、キラキラして、すんごいヤバかった!!」

「そうそう!!それに、木陰に座って、本読んでる所なんかも、ヤバい!!それで、気付いて、笑ってくれたら、ちょーーーヤバい!!男だったら、ときめいてた」

「いやいや。女でもときめくよ」

「あと、手を洗ってる時に、口にハンカチくわえてるのとかも、色っぽいし」

「そう!そして、着替えの時は、ちょーーーセクシー!!」

「あとあと、誰か待ってる時の…」

また談義が始まり、苦笑いするしか出来ずにいると、舞子に肩を軽く叩かれた。

「大変だねぇ~」

「…今度から気を付けるよ」

「その方がいいね。悪いムシは、付かないが、どこで、誰に見られてるか、分からない。ツラいご時世だねぇ~」

その後、チャイムが鳴るまで、3人は、盛り上がり、出来る限り、話に出てきたシーンを取り込むと、香奈が、宣言すると、他の2人も何かあれば、報告すると約束して、3人は、席に戻っていった。
その後は、監視されてるような感覚に陥る程、3人に見つめられた。
最初は、舞子も、色々と、3人に言ってたが、放課後になると、疲れたのか、それすらなくなり、完全に諦めた。
次の日の朝、教室に入ると、私を見付けた香奈が、小走りで近付いてきた。
その手には、ノートが握られていた。

「おはよう!!」

「おはよ」

席に座ると、香奈は、持っていたノートを差し出した。

「出来ました。お目通しをお願いします」

頭を下げた香奈とノートを交互に見ていると、舞子がやって来た。

「おっはよ~。ん?何したの?」

「なんか…出来ましたって…」

「出来たって…もしかして、台本!?」

親指を立て、頭を下げたまま、頷く香奈に舞子も驚いた。

「早っ!!なんちゅー早さ!!昨日の今日!!速攻ですか!!」

舞子が驚きで、訳の分からない事を言ってると、友姫や紗英も来て、更には、騒ぎを聞き付けた何人かの女子生徒も集まってきてた。

「私も読みたい!!」

「私も!!」

みんな、香奈の持つノートに、興味津々の様子だった。
それを見ていた舞子が、何かを思い付いたらしく、その場にいた人たちの肩を叩いて、何か、コソコソと内緒話をすると、香奈からノートを受け取った。
その後、チャイムが鳴り、すぐに隆也が来た為、何を話したのか、聞きそびれてしまった。
ホームルームが終わり、1時限目の音楽を用意をして、立ち上がろうとすると、友姫の手が肩に乗り、紗英と香奈が机の前に立った。

「なに?」

「ちょっとねぇ。肩凝ってるかなぁ~って」

「そんな凝ってないよ。それより、移動しないの?」

「もうちょっと」

「でも、早く行かないと遅れるよ?」

「大丈夫。走れば間に合う」

「なら、早く出た方がいいんじゃ…」

「よ~し。行くぞぉ~」

舞子と共に、3人も離れて、授業の用意を持った。
首を傾げながら、立ち上がり、舞子たちと一緒に音楽室に向かった。

「ところで、舞子。さっき、何の話してたの?」

隣を歩く舞子と周りの3人の肩がビクッと揺れた。

「さっきって?」

「ほら。朝、何か皆に言ってたでしょ?」

「あ~あれ?また、私が皆に文句言ったら、凜華困るでしょ?だから、凜華に聞こえないように、皆に耳打ちしただけだよ。ごめんね?心配した?」

舞子は、嘘をついている。
付き合いが長い分、舞子の性格は、分かっていた。
舞子は、何かを隠してる。
だが、こんな時の舞子は、何も教えてくれない。

「そっか。私こそ、ごめんね?気使わせて」

舞子には、舞子の考えがある。
だから、それ以上聞かない。
無理のある舞子の言い訳に、素直に頷いた。

「今日って、歌うのかな?」

「この前の続きだから、歌うんじゃない?」

「あーあー。ダメだ。いつもの美声が出ない」

「どう考えても、美声じゃないと思う」

「ひどっ!!」

これが、舞子との関係だ。
無理に色々、聞かない。
嘘をついても、必ず話してくれるから待つ。
話をしながら、歩いていると、チャイムが鳴り響き、あと少しの廊下を小走りした。
それから、授業も順調にこなし、休み時間は、舞子たちと楽しく過ごし、気付けば放課後になっていた。

「り~んか」

帰りの支度をしていると、呼ばれて、顔を上げると、教台に舞子たちが、集まっていた。

「なに?」

舞子に手招きされ、鞄を持って、教台に近付いた。

「何したの?」

舞子たちは、顔を見合わせてから、今朝、香奈が舞子に渡していたノートを差し出した。

「帰ってから、読んでね?」

「え?別に、今、読んでも…」

「ダーメ。帰ってから、ゆっくり読んで。感想は、明日でも、メールでもいいから」

「…分かった」

ノートを受け取り、鞄に、丁寧に仕舞った。

「では。お仕事、頑張って!」

舞子が、敬礼のポーズをすると、他の3人も同じように、敬礼のポーズをした。

「ありがと。頑張ります」

同じポーズをして、舞子たちに手を振って、教室を出て、いつも通りにバイトに向かった。
バイトから帰って、簡単な夕飯を作っていると、ガチャっと、鍵が開く音がした。
タオルで、手を拭きながら、玄関に向かうと、バタンと音がした。

「おかえり」

玄関に顔を出して、靴を脱ぐ稲荷に声を掛けると、稲荷は、優しく微笑んで、頭を撫でた。

「ただいま」

我が家に帰ってきたように、部屋に入る稲荷は、ほとんど私の部屋に来ていて、自分の部屋には、帰ってなかった。

「ねぇ。いいの?部屋、帰らなくて」

「ちょくちょく帰ってる。リンカが、気付いてないだけだよ。それに…」

床に鞄を置いた稲荷に、割れ物を扱うように、優しく腕の中に閉じ込められた。

「この方が落ち着く」

耳元で囁く稲荷の声には、癒される。
そっと、稲荷の背中に手を回し、抱き付くと、稲荷の香りに落ち着く。
しばらく、そうしていると、稲荷から、体を離し、額にそっと、口付けされた。

「今日は、なに?」

ニッコリと笑う稲荷に、その日のメニューを教える。
これが、日課になっていた。
帰ってくると、必ず、相手の存在を確かめ合ってから、夕飯を食べる。
これは、新婚がやる事じゃないのかと考えたのは、最初だけで、最近では、これが、普通になってしまった。
夕飯を食べ終え、お茶を飲みながら、その日、1日の出来事を話したいて、放課後に舞子から、ノートを渡されたのを思い出した。
慌てて、鞄を探り、ノートを引っ張り出した。

「それは?」

「昨日話した文化祭で上映する映画の脚本?台本?みたいなヤツ」

「へぇ。もう出来たのか。早いな」

「うん。凄いよね」

「私も見ていいか?」

「いいよ」

ベットに寄り掛かって、床に座ると、隣に稲荷も座り、ノートを開いた。
それは、脚本や台本と言うよりも、小説に近かった。
主人公の女の子は、同年代の子たちより、綺麗で大人っぽい人。
だが、それには理由があった。
彼女は、異世界から来た妖精だった。
小さい時に、遊びに来ていた所を人間に襲われて、逃げ回っている内に、帰り道が分からなくなり、泣きながら歩いていると、足を滑らせ、川へと落ち、記憶を失った。
倒れている所に、優しい夫婦が通り掛かり、その子を自分の子のように育てた。
やがて、成長した女の子が、高校生になると、妖精の世界から迎えが来た。
だが、記憶のない彼女には、どうする事も出来なかった。
そして、彼女は、自分の記憶を取り戻そうと奮闘する。
しかし、やがて訪れる人々との別れを思うと、哀しみが溢れた。
そこに、彼女の婚約者が現れ、記憶が取り戻せるように、手伝いながら、彼女を支えた。
婚約者の優しさに触れ、彼女の気持ちは、前向きになった。
次第に記憶を取り戻し、婚約者への想いも蘇ると、彼女は、今まで、お世話になった人々へと、花を送り、婚約者と共に、自分の世界へと帰っていく。

「何か、リンカに似てるな」

「そう?てか…こんなの映画に出来んのかな?」

「まぁ。多少、無理があるかもしれないが、まだ粗削りだし、何とかなるだろう」

話をしながら、最後のページを捲ると、裏表紙に、4つに折られた紙が、張り付いていた。
その紙を広げると、そこには、びっしりと文字が書かれていた。

「なにこれ。凄い事になってる」

「ホント。皆、やる気だね」

「何か、プレッシャーで、胃が痛くなりそう」

「そう?支え合おうとしてるように、思えるんだが」

稲荷が指差しながら、紙に書かれた文字を読んだ。

「この話を読んだ時、寺西さんが思い浮かびました。一緒に頑張りましょうね。笹谷」

その下を指差した。

「最初は、悪いなって思ったけど、一緒に頑張ろう。三笠」

更に、下を差す稲荷の指を目で追う。

「喫茶担当だけど、絶対良い物、造るから。苅谷」

その下にも、ずっとずっと、クラスメート、1人1人からのメッセージが書かれていた。
いつの間にか、稲荷の指ではなく、自らの目で、メッセージを読んでいた。

【感動するくらいの映画を造る。】

【寺西さんが恥ずかしくない衣装にする。】

【絶対成功させるから。】

【オレがいてよかったって思わせてやる。】

【笑って終われるようにしてみせる。】

「…あ。」

「ん?どうした?」

「ここから下の3人。滝田さんと一緒にいる子たち」

稲荷の眉間にシワが寄った。

「何か、悪い事でも書かれてるんじゃないよな?」

「全然。むしろ謝罪みたい。ほら」

【滝田さんに言われたからと、ヒドイことしてごめんなさい。今度は、支えてみせます。】

【父に言われて気付きました。ごめんなさい。負けないくらい頑張ります。】

【人として恥ずかしい事をしてしまいました。ごめんなさい。絶対、力になってみせます。】

指差した3人のメッセージを読んで、稲荷と顔を見合わせて、小さく笑った。
更に、メッセージを読み進めると、下の方は、友姫や紗英、香奈や幸彦、最後には、舞子からのメッセージがあった。

【昨日、友だちになったばかりで、仲良くしてくれてありがとう。これからも仲良くしてね。香奈。】

【毎日、たくさん話を聞いてくれてありがとう。これからもいっぱい、いっぱい、話しようね。紗英。】

【仲良くなれて、ホントに嬉しい。ありがとう。近い内に、ゼッタイ、遊ぼうね。友姫。】

【お前の心に残るくらい、最高な文化祭にしてやる。幸彦。】

前日、辛い思いをさせてしまった幸彦も、支えようとしてくれてる事に、涙が出そうになった。

【凜華が転校してきて、仲良くなって、ずっと友だちでいれて、私を親友だと言ってもらえて、本当、嬉しくて、幸せ。いつもは、恥ずかしくて言えないけど、私は、凜華にずっと、ずっと支えられてたんだよ。毎日、毎日、学校が楽しく感じるのは、凜華がいるおかげ。今回の文化祭で、全部、返せるとは、思ってないけど、今まで支えられた分、少しでも返すから。私の最高の友だちと、最高の文化祭にしてみせる。高校最後の文化祭。最高の思い出、作ろうね?舞子。】

頬を涙が、伝い落ちる。

「素敵なクラスだな」

稲荷に抱き付き、溢れ出る涙と熱い想いを噛み締めていると、稲荷も優しく、抱き締めてくれた。
しばらくして、稲荷から離れ、涙を拭いてから、舞子と香奈に同じメールを打った。

〈ありがとう。全部、終わったら、ノートもらっていい?〉

短い文章を送ると、2人から同時に返信がきた。

〈オッケー!!〉

可愛い顔文字の入ったシンプルなメールに、また涙が出そうになるのを堪えた。
その後、ベットに入っても、夜遅くになっても、ずっと、皆からのメッセージを読んでいた。

「明日も学校なんだから、もう寝なさい」

稲荷に視界を遮られるまで、何度も、何度も読み返していた。
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